船に乗り込む
貝殻などを集めた俺達は、そのまま予定通りに船のある場所に向かう。
「着いたぞ。ここが港だ」
先頭を歩くエリックが声を上げる。
港では、いくつか漁船のような小型の船が浮かんでいる。カグラに行くときに乗った大型の船をウンと小さくした感じだ。
辺りには海風が吹いており、港に繋がれた船が波で微かに上下していた。
港全体としては、エスポートなどと比べると小さなものであるが、田舎町にあるような海を彷彿とさせる落ち着きある光景だった。
「わあー! あれが船ってやつですよね?」
ミーナが船を指さしながら興奮したような声を上げる。
「ああ、そうだ。とはいっても、小さなものだが」
「あれでも小さいんですか!?」
「大きいやつなら高さが三十メートルくらいあるからな」
ダグラスが乗っていた船とかだね。やはりあの船は世界でもトップクラスを誇る大きさだったようだ。
「ふえー、そこまで大きい船となると想像できませんね」
「うちもそれくらい大きな船を所有したいものだ」
「……財力的に絶対無理。というか所有できても人が足りない」
しみじみと語るエリックの願望をバッサリと切り捨てるルーナさん。
現実を突きつけられたエリックは見事に無言になった。
そのエリックの何とも言えない表情が、大きな船を持つことが夢物語なのだと如実に語っていた。
それからエリックは歯を食いしばるような表情を浮かべて、
「今は無理でも、将来必ず……」
「……頑張ってエリック。まあ、無理だとは思うけど、姉と兄は王都からエリックの活躍を祈るから」
「姉上と兄上ももう少し勉学に励むべきだと思うぞ?」
「……短所を直すより、長所を磨いて伸ばした方がいい」
何だろう。この二人のやり取りにもの凄くデジャブのようなものを感じる。
俺とシルヴィオ兄さんが思わずエリノラ姉さんの方に視線をやるも、エリノラ姉さんは知っていてか船を興味深そうに眺めているだけだった。
類は友を呼ぶ。エリノラ姉さんとルーナさんは、引かれ合うべき存在だったということか。
「ところで、エリックの兄さんは王都にいるのかい?」
「ああ、王都の騎士団に入っている。エリノラ嬢なら面識があると思うが」
「ちょっと待って。エリック、今のエリノラ姉さんを呼ぶ時の言葉をもう一回――痛いっ!?」
笑いながら聞き直そうとすると、エリノラ姉さんから後ろから頭を叩かれた。
エリノラ姉さんからすれば軽い一撃だが、俺からすると結構痛い。
だって、エリノラ嬢だよ? そんな呼称ほど、エリノラ姉さんに似合わないものはないじゃん。俺が思わず笑ってしまうのも仕方がないと思う。
「エドワードね。知っているわ。あの性格じゃ、領主として土地を治めるのは無理でしょうね」
エリノラ姉さん、ブーメランって言葉知ってる? そんな台詞が喉元まで出かかったが俺は何とか堪えることができた。
この言葉を言ってしまうと、先ほどよりもっと強い力で叩かれる気がした。
というか、いきなりエリックとルーナさんの兄を悪く言ってしまって大丈夫なのだろうか。
恐る恐るエリックの様子を伺うと、彼は大きくため息を吐いた。
「兄上は剣の実力に関しては中々の才だが、頭の方が残念でな。頭よりも身体が先に動くタイプで考えるのが苦手なんだ」
何だ、エリノラ姉さんと同じ脳筋じゃないか。
そんなことを思った瞬間、また同じようにエリノラ姉さんに叩かれた。
「……ちょっと、今は何も言ってないから叩かれる意味がわからないんだけど?」
「何も言ってないってことは、心の中では何か思ってるってことでしょ? というか口に出さなくても顔が語っているのよ」
「そんな無茶苦茶な!」
エリノラ姉さんの前では想像の自由すら無いと言うのか……。
「今のは貴様が悪い。あのような顔をすれば、誰でも心の中で何かしらの悪口を言われていると確信するぞ」
「……顔で語っていた」
そんなにわかりやすかったというのか。もう少しポーカーフェイスという技術を磨かなければいけないな。
「まあ、連絡の一つも送ってこないバカな兄上のことはいい。それよりも船に乗る準備をしよう」
そうだったな。話が脱線していた。
エリックはそう言うと、停泊している船の下へと歩いてく。
エリックが声をかけると、船から日に焼けた肌をしたガタイのいい男性が現れた。
それからエリックは男性と適当に会話をすると、こちらへと振り返る。
「おい、乗っていいぞ」
どうやら許可が取れたようだ。
それがわかったので、俺達はゾロゾロと歩いて船の方へと歩いていく。
アポなしでも拒否されることなく歓迎してもらえる。これが貴族の特権というやつだな。
◆
漁船を動かす漁師の男性、タイタスに挨拶をした俺達は船と乗り込んでいく。
すると、シルヴィオ兄さんが一歩目を踏み出すなり慌てた。
「わ、わわ! これ乗ったらひっくり返ったりしない?」
「大丈夫だよ。そんなにやわじゃないし、ひっくり返らないように錨やロープで繋がれているから」
俺が諭すように言うと、シルヴィオ兄さんは恐る恐る船へと一歩を踏み出す。
そして体重をかけると、海面に乗っている船が僅かにぐらついた。
初めて船に乗る人からすれば、船がひっくり返ったり、自分が転倒してしまうのではないかと思ってしまうだろう。
だが、これはしっかりとした漁船だ。ボートなどではないので、足に伝わる浮遊感させ恐れなければどうということはない。
俺はシルヴィオ兄さんを追い越して先に船へと乗り込むと、振り返って手を差し伸べる。
「はい、シルヴィオ兄さん手を貸して。ちょっと頼りないかもだけど」
俺が先に乗ることで安全ということがわかったし、頼りないけど何かあっても支えてあげられるので大丈夫だろう。
シルヴィオ兄さんは俺を見ると、意を決したような表情をし、差し伸べた手をゆっくりと取った。
それからゆっくりと足を動かし、無事に船に乗ることができた。
それを本人も自覚したのか、ホッとするような笑みを浮かべる。
「ありがとう、アル。すごく頼りになったよ」
「う、うん、どういたしまして」
何だろう、普通こういうのはヒロインなどとするのが定番なのになあ。でも、シルヴィオ兄さんの庇護欲をそそるものは、一種のヒロイン力といってもいいだろう。
俺とシルヴィオ兄さんが乗り込むと、エリック、ルーナさんが慣れた様子で乗り込む。
「……エリノラ、手はいらない?」
「いらないわ。転倒するような間抜けはしないし、落ちたとしても死にはしないんだから」
エリノラ姉さんは、シルヴィオ兄さんにヒロイン力をわけてもらうべきだと思う。ちょっと勇ましすぎるから。
そして、最後に乗り込むのはミーナだ。
「私はお手が欲しいです! エリノラ様、手を差し伸べてください!」
「……任せて。私がしっかりと支える」
「それは嬉しいのですが遠慮します! ルーナ様に任せるのはダメだと私の勘が告げているんです!」
「……ちっ、勘の鋭い」
こういう場面で率先して何かをする奴は、裏がある場合がほとんどだからな。それにルーナさんの顔に薄ら笑いが浮かんでいたし、警戒するのも当然だろう。
「ほら、ミーナ。早く来なさい」
びくびくと怯えるミーナを見ていられなくなったのだろう。エリノラ姉さんが男前に手を差し出す。
ミーナはそれを恐る恐る握り、
「ふざけて押したりしないでくださいよ? 絶対ですからね?」
「そこまで言われると何か押したくなるわね」
「……わかる」
「何でですか!?」
人は絶対にするなと言われると、それを破ってやりたくなるのだから仕方がないだろう。
ルーナさんとエリノラ姉さんにからかわれながらも、ミーナも何とか乗船を果たす。
船は漁船であるために、大きな網や釣り道具などが置かれている。
俺達全員が座る場所など勿論ないので、立っているしかない。
それでも皆気にすることなく、船の上から海の光景を眺めていた。
今日の天気は快晴。雲一つない青空に透き通るような海が広がっている。
海風が程よく吹いているお陰か、夏の日差しも少し緩和されている。絶好の船出日和だな。
「これから船に乗って海に出るんだね。ワクワクするよ」
船の旅を一番に楽しみにしていたシルヴィオ兄さんが、ニコニコとした笑みを浮かべる。
シルヴィオ兄さんからすれば、これを楽しみにはるばるやってきたのだ。期待値は大きいだろう。
だが、その気持ちは俺も同じである。前回の船は大きいために海面との距離が遠かったからな。こうやって海面と近い距離で水しぶきを浴びながら、海を味わうのもいいと思う。
クルージングのようなお洒落なものを楽しんでいる気分になれるし。
「床が海水で滑りやすくなっていやすから足元に気をつけてくだせえ。それと道具の類が少し散らかってますが、触らないようにお願いしやす」
「は、はい! すいません!」
網や金具を触ろうと手を伸ばしていたミーナが、返事をして慌てて手を引っ込めた。
直立不動となったミーナを見て、皆がコロコロと笑う。
それから各々が空いている好きなスペースに陣取ると、タイタスさんが動き回って出発の準備をする。
すると、真ん中にある大きな帆がばさりと広がった。
おお、これこそが帆というものだ。気持ちのいい音と光景を見たな。
タイタスが港に繋いでいたロープを外し、錨を上げる。
そして、操舵をすると海風の力によってスーッと港から船が離れていった。
「それじゃあ、出発しやーす」
漫画最新話は4月2日に『このマンガがすごい! Web』で更新予定です。お楽しみに。




