魔石の破片
波打ち際に屈みこんだミーナとシルヴィオ兄さん、エリノラ姉さんがそーっと海水に指をつける。それから三人は恐る恐るといった風にそれを口へと持っていった。
「「「塩辛い(です)」」」
至極当然な感想が三人の口から漏れる。
そりゃ、そうだ。塩水なんだからな。
「本当に海の水は飲めないのね」
エリノラ姉さんは顔をしかめながら戻るが、ミーナとシルヴィオ兄さんはまだ海水を突いている。
そして、もう一度確かめるように指を舐めた。
「やっぱり塩辛いですね」
「そうだね」
お互いに顔をしかめながら笑い合う二人。
行動的には二回目などは無意味なのだけれど、未知の海というものを心底楽しんでいるというのがわかった。二人共すごく楽しそうである。
俺も前世で初めて海に行った時は、海水が塩辛いのが不思議でああやって何度も舐めたものだなぁ。
「海の水ってどうして塩辛いのでしょうか?」
「うーん、僕にもわからないな」
何度も舐めると、次は疑問に思ったのか二人は首を傾げる。
それを聞いた俺はここぞとばかりに隣にいるエリックを小突く。
「ほら、エリック。どうして海の水は塩っ辛いんだ? 教えてくれよ?」
俺がそう言うと、ミーナとシルヴィオ兄さんが期待のこもった眼差しをエリックに向ける。そして、エリックはそれを感じて気まずそうな顔をした。
「海水が塩辛い理由は俺にはわからん。というより、まだ誰にもよく理由がわかってないと言った方が正しいな」
「あー、そうなんですね」
相槌を打つミーナの声は納得しているものの少し残念そう。
「……研究している人もいるらしいけど未だに海水が塩辛い理由はよくわかってない」
エリックの言葉に付け足すように言うルーナさん。
確か前世の知識では、塩酸の雨が地表のナトリウムやマグネシウムを含む岩石を溶かし、塩酸とナトリウムで中和反応が起こって塩が発生した。それにより塩分を含む水が海に流れ込んで溜まっていった。確かそんな理由だったはず。
しかし、科学などがそれほど発達していないこの世界では、まだまだ解明できていないことの方が多いだろう。わからないのも無理はない。
とにかくわからない。そんな納得をした皆は微妙な空気を霧散させるかのように歩き出す。
すると、前を歩いていたミーナが前方で何かを見つけたのか小走りで進んでいく。
「この白いのは何ですか?」
「貝殻じゃないかな?」
シルヴィオ兄さんは知識として知っていたのだろう。傍に向かうとしゃがみ込んで見つめる。
「そうだね。貝の殻だね」
「コリアット村の川とかにいる貝と全然違いますね」
「村にいる貝は茶色のものが多いよね」
シルヴィオ兄さんの言う通り、確かに川にいる貝は茶色のものが多いな。タニシとか石貝とかサカマキガイとか。それに比べると海の貝は、色も種類も豊富なように思える。
今まで特に意識していなかったことだけど、改めて考えてみると少し面白いな。
「こっちの貝殻は中が虹色に輝いていて綺麗です!」
「本当だね。せっかくだし、ちょっと貝殻を拾っていこうか!」
「はい!」
「じゃあ、俺も手伝うよ」
綺麗な貝を見つけるのは好きだ。広大な浜辺の中で綺麗な貝殻を見つけるというのは、どこか宝探しのようでいて面白い。
俺達三人が浜辺で貝を探し出すと、エリノラ姉さん、エリック、ルーナさんも協力するように探し始める。
エリノラ姉さんだけは「貝殻の何がいいの?」みたいな顔をしていたけど気にしない。
俺達は互いの捜索範囲を広げるようにそれぞれが散らばる。
トテトテと地面を観察しながら歩くと、白色の貝が落ちていた。
ソフトクリームのように白く、綺麗に巻かれている巻貝だ。
「おっ、これは綺麗だな」
とくに穴も開いている様子もないしとても綺麗だ。
俺はそれをひょいと摘まみ上げて観察すると、穴の中からヤドカリのような生き物が顔を出した。
「……なるほど、既にお住まいだったか」
凄く綺麗な貝であったが、すでに住民がいるのであれば仕方がない。さすがに中の住民を追い出してまで欲しいとは思わないからな。
「失礼しました」
俺は白い巻貝をゆっくりと砂浜に下ろして、次の貝を探し歩くとシルヴィオ兄さんの悲鳴が聞こえた。
「うわっ! 中になんかいる!」
「ははは、ヤドカリですね。貝に住み着く生き物ですよ」
シルヴィオ兄さんも俺と同じような状態になっていたのか、エリックに軽く笑われて説明を受けていた。
俺はそういう生き物がいると知っているからいいけど、知らずに手に取った人からすれば、中から不気味な生き物が出てきたとビビるだろうからな。魔物とかだったら洒落にならないし。
「ねえ、ルーナ。こういう貝って食べられるの?」
「……小さいし食べれても美味しくないのが多い。でも、夕食に出る貝は大きくて美味しいものばかりだから期待してて」
「わかったわ。楽しみにしてるわ」
エリノラ姉さん、今は綺麗な貝殻集めをしているんですけど……。
「さっきから気になっていたんですけど、ルーナ様の首にかけているものって貝のネックレスですよね?」
ミーナの言葉を聞いてルーナさんの首元を見ると、そこには白い真珠が連なっており、アクセントとして淡い水色をした貝殻がついているネックレスがあった。
小麦色に焼けているルーナさんの肌に凄くマッチしていて綺麗だ。
「……この村では、貝殻を加工してネックレスにしたものが特産品。メイドさんも気に入ったのなら、後でお店に行って買ってみるといい。私の名前を出したら融通してくれるはず」
「本当ですか!? 後で行ってみます!」
海が傍にある村ならではの特産品というやつか。
ルーナさんはエリノラ姉さんの友人ではあるが、エリノラ姉さんよりも遥かに女子力が高いようだ。
「……何よ? その何か言いたげな顔は?」
「別に何でもないよ」
「口ではそうは言っても、顔が文句を言ってるのよ。言いたい事があるなら言いなさいよ」
顔が文句を言っているときたか。また新しい言葉のバリエーションが増えた気がする。
「ルーナさんの方が女子力が高い――身嗜みに気を使ってるなーって思って」
「まーた、女子力ってやつね。最近は母さんからもうるさく言われてうんざりよ」
俺がぼやくと、エリノラ姉さんが辟易とした表情をする。
確かにここ最近は、エルナ母さんからよく注意されているな。
しかし、それはエリノラ姉さんのあまりの女子力の低さのせいだろう。あれだけ低ければエルナ母さんも心配して注意したくなる。
「……それはエリノラがいい素材をしているから。綺麗なものを磨かないのは勿体ない。王都の演習の時も思ったけど、エリノラは剣で自分を磨くこと以外に無関心すぎる。ネックレスでもブレスレットでもいいから、お店を覗いてみない?」
「エリノラ様も行きましょう!」
「いいわよ興味がないから」
ルーナさんとミーナが誘うも、エリノラ姉さんはきっぱりと言う。
それから逃げるように歩き去って一人で貝を探し始めた。
エリノラ姉さんってば、興味のないことには本当に無関心だからな。あまり強要しても仕方がないだろ
う。
それを理解したミーナとルーナさんは、少し残念そうにしながらも貝探しを続ける。
「ん? 何これ?」
俺も気をとり直して貝探しを続けていると、角に丸みを帯びた四角い物体が目に入った。少し濁った色をしており、透き通ってはいない。
前世の浜辺でよく見かけたビーチグラスであろうか?
「わあ! それも凄く綺麗ですね! 何でしょうか?」
俺とミーナが首を傾げていると、近くにいたエリックが近寄ってくる。
「ああ、それは魔石の破片だな。魔物の体内にあった魔石が海に流れて、波で削れたものだ。既に魔力は抜けきっている場合がほとんどで魔導具に利用はできないが、見た目が綺麗なために装飾品としては使えるぞ」
なるほど、原料は違うもののビーチグラスと同じというわけか。
貝もいいけど、これも中々に綺麗なものだな。
俺は太陽に透かして満足がいくまで眺めると、それをズボンのポケットへとしまった。




