自己紹介
シルフォードの家の面子は四人。
王都のパーティーでも見たことのあるエリックの父さんと、その奥さんであろう女性。
そして、相も変わらずふてぶてしい表情を浮かべているエリックと、姉であろう少女だ。
多分、この人がエリノラ姉さんの友達であろうルーナさんなのだろう。
俺がそう思っていると、ルーナさんと視線が合った。
何となく俺は気まずくて視線を逸らしたのだが、ルーナさんは視線を逸らすことはない。むしろ、力を込めてこちらを見ている気がする。
な、何だ? 何か肉食動物が草食動物見つけたような視線を感じるのだが気のせいだろうか?
俺が何かしたというのだろうか? いや、確かにエリックとトングで斬り結んだりはしたけど、お姉さんであるルーナさんからこんなに睨まれるものなのだろうか。
「今日は遠いところからよく来てくれたな。感謝するぞノルド殿」
「いえいえ、こちらこそお招き下さりありがとうございます」
エリックの父であるエーガルさんとノルド父さんは握手をすると、差し当たりのない言葉を交換し合う。
「あなた、挨拶も程々にしてまずはスロウレット家の皆様に座って頂いたらどうかしら?」
それを俺達はしばらく見守っていたのだが、エーガルさんの奥さんが柔らかく窘める。
「そうだな。まずはそこのソファーにかけてくれ」
エーガルさんに促されて、俺達はソファーへと移動する。
ノルド父さん、エルナ母さんと順番に上座へと座り、一番年下の俺は下座に座る。
ふむ、座り心地で言えばうちの屋敷のソファーの方がいいな。やっぱりエルナ母さんが買い上げただけあって、うちにあるソファーはかなりいい物なのだろう。
「知っている者同士もいると思うが知らない者もいると思う。まずは自己紹介をしよう。私はシルフォード家の当主、エーガル=シルフォードだ」
貴族交流会でも見たエリックの父さん。エリックと同じ暗い色をした茶髪であり、厳格そうな表情をした壮年の男性だ。顔つきで言えば、完璧にエリックと似たような感じだな。
ただ、他の家族と違って肌はそれほど浅黒くはない。
奥さんやエリック、ルーナさんは少し肌が濃いところを見ると、子供である二人は奥さんの肌の色を色濃く受け継いだのであろう。
「そして、隣にいるのが私の妻であるナターシャだ」
「初めまして、エーガルの妻のナターシャと申します」
エーガルさんに紹介されて、優しそうな笑みを浮かべたナターシャさん。
艶のある美しい黒髪を腰まで伸ばしており、お淑やかそうな雰囲気を漂わせている美女だ。
肌についてはエリックよりも少し濃い小麦色の肌をしている。その色合いは王都の屋台で見かけるラズール人に近いような感じだ。
身に纏っているドレスはミスフィリト王国でも一般的に着られているタイプだが、ところどころに民族的な刺繍が入っているので間違いないだろう。
そんな俺の視線に気が付いたのか、ナターシャさんははにかむように笑ってスカートの裾を掴む。
「服装や肌の色から見て察しているかもしれませんが、私はラズール人の血が混じっているのです」
「そうだったのですね。そのドレスの刺繍はオーダーメイドで?」
「はい! ラズール人が経営している衣服屋で縫ってもらったのです」
「そんな事もできるのですね。綺麗ですし、今度私も頼んでみようかしら?」
「もし、よろしければ紹介状を書きますよ。ご利用になる際はおしゃって下さい。何かと親身にしてくれるはずですから」
「ありがとうございます。その時はぜひとも頼みますね」
これが貴族の夫人のコミュニケーション能力というやつだろうか。あっという間に二人の間で話題が進んで、友好的な関係が築き上げられていく。俺達男性が介入する隙間などあるはずもない。
一方で同じ女性であるエリノラ姉さんは、足を揃えて座ってニコニコと笑っているだけ。
お前誰だよと突っ込みたくなるような感じだ。
でも、服の話題になっても一切介入しない辺り、まったく興味がないことが伺える。
それは相手方であるルーナさんも同じであり、微笑を浮かべながら言葉は発しなかった。
エリノラ姉さんとルーナさんの女子力は同程度なのかもしれないな。類は友を呼ぶとも言うし。
「では、次に息子達を紹介する」
「次男のエリック=シルフォードです。今回は私のせいで、ご足労をおかけすることになってしまい大変申し訳ありません」
まったくもってそうだ。エリックのせいでカグラから帰ってきたばかりなのにまた旅を出ることになった。本当にいい迷惑だ。
俺がやれやれとばかりに小さく息を吐くと、エリックは気付いたのか「……貴様」と震えるような声を漏らして睨んできた。
冗談だからそんなに睨まないでくれよ。相変わらず冗談が通じ難い奴だな。
「いえいえ、うちの息子も悪いのです。エリック殿も気にしないで下さい」
「お気遣い痛み入ります」
エリックがお気遣い痛み入りますだって。思わず笑いそうになっちゃうよ。
俺は再び向けられるエリックの視線から逃れるように、ルーナさんの方を向く。
「……長女のルーナ=シルフォードです。よろしくお願いします」
黒い髪をショートカットにしている少女だが、無表情なのでボーイッシュという印象とは少し違う。何だかやたらと俺の方を見てきて、何を考えているのかよくわからない雰囲気がある人だが、エリノラ姉さんと違って静かなタイプであることはわかった。
シルフォード家の自己紹介が終わると、次はスロウレット家へと移行する。
「次はこちら側ですね。スロウレット家の当主である、ノルド=スロウレットです」
「おお、あの有名なドラゴンスレイヤーの……っ!」
「王都での劇は私も拝見いたしました。お二人の劇に思わず私も感動しました!」
ノルド父さんが自己紹介をすると、エリックとナターシャさんが感動した面持ちで声を上げる。
「ど、どうも。こちらとしては恥ずかしいものですよ」
二人の態度に一歩引いた様子を見せるノルド父さんであるが、尊敬という眼差しで色塗られたエリックの瞳にそんなものは映らない。
「ノルド様は劇と同じようにドラゴンの首を一撃で斬り落としたのですか?」
「ええ、まあ」
「おお!」
苦笑しながらのノルド父さんの言葉に興奮したような声を上げるエリック。
貴族の交流会でも、この質問は断トツに多かったな。やはり、常人からすれば竜の首を斬り落とすなど考えられないことなのだろう。
俺達はもうノルド父さんならやりかねん。みたいな感じで悟っているから質問しようとすら思わないけど。
「エルナ様のことは、いつ頃から意識していたので?」
「ええ? そ、それは」
「あっ、それは俺も気になる」
「私もとても興味があるわ」
ナターシャさんに問いかけられて、困った表情を浮かべるノルド父さん。
それは俺もエルナ母さんも気になるので、ここぞとばかりに便乗する。
「こらこら、今は自己紹介の最中なのだぞ?」
話しが大きく逸れたことを咎めるエーガルさん。
それにより浮ついた空気はどこか霧散してしまう。チッ、もうちょっとで面白い話が聞けたところだったのに。
俺が残念に思っていると、エーガルさんはニヤリと笑みを浮かべて、
「そういう質問は後でじっくりと聞くとしようじゃないか」
「そうですね」
「そうね」
「そうだね」
「ちょっと……」
口々に言葉を揃える皆にノルド父さんが困ったように声を上げる。
何だ、エーガルさんってば厳格そうな人だけど意外といけるタイプではないか。
そんな風にノルド父さんの自己紹介が終わると、次にエルナ母さん、シルヴィオ兄さん、エリノラ姉さんのものが終わり、最後に俺へと回ってくる。
やはり今回の元凶の一翼を担っているせいか視線が集まるな。
少し緊張感を持ちながらも、俺は口を開く。
「次男のアルフリート=スロウレットです。今回は私とエリックの騒ぎのせいで、皆様に迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。今後はこのような事がないように努める所存です」
「貴様、シレッと俺の名前まで付け加えたな」
エリックがぼそりと言ってくるが無視だ。俺とエリックが原因であるのだから付け加えるのは当然だろう。
「……な、何だか子供の割に妙に謝り慣れているような感じがするな」
「うちのエリックとトングで斬り結ぶようなやんちゃな子には見えないですね」
これも立派な貴族スキルなのだよ。悲しいことに謝ることには慣れているからな。
「まあ、しばらくは一緒に過ごすのだ。硬いのはここまでにしておこうか! 歓迎するぞ、スロウレット家の諸君!」
そんな微妙な空気の中、シルフォード家とスロウレット家の顔合わせが終わった。




