エリックの家に到着
朝からご飯が大変進むメニューでお腹を満たした俺達は、移動を再開するために準備をしだす。
家に配置した光の魔導具を回収し、毛布や寝具の類を全て馬車に。それらが終わると土魔法でできた家はもぬけの空となり、生活感は一気になくなる。
家具や食器の類といったものは全て土魔法で作られていたから当然だ。
荷物の積み替えが終わると、俺達は全員外に出る。
「本当に家を潰してしまうんですか?」
一晩過ごして思い入れがあるのかミーナがどこか悲しそうに言う。
「うん、そうだよ」
領域としてはここもスロウレット領になるので残しておいてもいいのだが、管理人のいない家など汚れてしまうだけだ。
それはマイホームに住んでいるルンバが如実に事実を証明してくれている。
「少し残念です」
「家ならすぐに建てられるし、帰りはもっといい家を建ててみるよ」
「もっといい家を作っちゃうと余計に帰りづらくなりますよ!」
しょんぼりとしていたミーナだが、持ち前の陽気さですぐに明るさを取り戻す。
ミーナのそんな様子を見た俺は、土魔法を解除する。
すると、家の形を保っていた土がサララと崩れ落ち、あっという間に土へと還ることになった。
もはや、平原に家はない。俺達の目の前に残ったのは、こんもりと盛り上がった土の塊だけであった。
「さあ、出発しようか」
ノルド父さんの声を合図に、俺達は馬車へと乗り込んだ。
◆
それから俺達は初日と同じようにひたすら馬車で揺られては、休憩を繰り返して道を進んでいく。
さすがに二日目になると、険しい山道などは越えたのか徐々に村々が見えるようになり途中で立ち寄って食料の補充をしながら進む。
そして、日が沈むと近くにある村の村長の家に泊めてもらい、夕食を振る舞われながらぐっすりと眠った。この時に、俺が土魔法で作った家の方が居心地がいいと思ったのは内緒だ。
三日目は、村長の家で朝食を頂くと、いくらかの金銭をお礼として払って出発。同じように馬車に乗って道を進む。
移動の時は室内で本を読んだり、皆でお喋りをしたり、昼寝をしたりと自由に過ごし、休憩の時は稽古をやらされ、時にまったりと景色を眺めたり、魔法の稽古などをする。
そうしていると夕方にはシルフォード領にある街にたどり着き、ゆっくりと街で過ごすことができた。
そして四日目になり、馬車に揺られて揺られること数時間。ついに俺達はエリックが住む、シルフォード領にあるベルンという村へとたどり着いた。
俺達が馬車で大きな道を進もうとすると、執事服を着たお爺さんが馬から降りて声をかけてきた。
執事の後ろには武器と防具を手にした屈強そうな男達がおり、その装備には剣の紋章が入っていることからエリックの家の関係者だということがわかる。
「お待ちしておりました。スロウレット男爵様ですね?」
「ああ、そうだよ」
人の好さそうな笑みを浮かべる執事の言葉に、ノルド父さんが鷹揚に頷いて答える。
これほど馬車にデカデカとドラゴンの紋章が描かれているのだ。疑う余地はないだろうな。
「私は、シルフォード家に仕える執事のラルゴと申します。彼らはシルフォード家が雇っている警護の者です」
ラルゴという執事が頭を下げながら紹介すると、後ろにいた屈強そうな男達もぺこりと統率のとれた動きで礼をする。
こういう時のために普段から練習とかしたりしているのだろうか。
「かの有名なドラゴンスレイヤーに会うことができて光栄の極みでございます」
「僕はそんな偉い人間じゃないよ。早速だけどシルフォード家の屋敷に案内してもらえるかい?」
いきなりの執事の熱烈な言葉に、ノルド父さんは苦笑いを浮かべながら案内を促す。
村や街に出る度にこんな反応をされたら、嫌になりもするよな。
「かしこまりました。それでは屋敷に案内させて頂きます」
そんなノルド父さんの心の機微を察したのか、ラルゴは馬にまたがって馬車の先頭を進み出す。そして、屈強な男達は馬車の周りを囲むように移動しだした。
「ドラゴンスレイヤーの息子である俺達は光栄の極みだね」
「……ぷっ、やめてよアル」
俺がラルゴさんの言葉を借りるように言うと、隣に座っていたシルヴィオ兄さんが思わず笑う。
「そんな光栄なる父親が愛する息子のために強化メニューを組んであげたんだ。存分に励むといいよ」
「「…………」」
へらへらと笑っていた俺とシルヴィオ兄さんだったが、その言葉を聞いて言葉を失う。
俺達は呆然と表情を浮かべるも、ノルド父さんはにっこりと笑うのみ。
優しい笑みではあるが、得体の知れないプレッシャーが襲ってくる。
「「か、かしこまりました」」
俺達が言える台詞はこれだけであった。
◆
執事に案内されながら俺達はベルンの村を進む。
新しい村に到着したとあってか、俺とシルヴィオ兄さん、ミーナ、エリノラ姉さんは興味深そうに窓から景色を見る。
港町エスポートと同じく海が傍にあるからか、人々が住む民家は白塗りだ。海から流れてくる潮風を防ぐような効果があるのだろう。
民家の数は割と多く、コリアット村の二倍以上の人口はありそうだ。
エスポートのような騒がしさはなく穏やかで、海と山に囲まれた田舎といったような感じだ。
「大きな川だね」
窓から景色を眺めるシルヴィオ兄さんが感心したような声を上げる。
俺達が通る道の傍には大きな川が流れており、それがずっと先まで続いている。コリアット村の川とは比べ物にならないくらいの広さだな。
「それに立派な橋がありますね! 王都のものより大きい気がします!」
興奮したように言うミーナが指さす先には、石材によって組み立てられて立派なアーチを描く橋が架けられていた。装飾にも拘っているのか、見ているだけで十分に楽しめるものだ。
「多分、この川は海と繋がっているんだろうね」
「海かぁ」
「海ですかぁ」
俺がそう言うと、シルヴィオ兄さんとミーナが思いを馳せるように川の先を見つめた。
二人は海を見たことがないようなので、楽しみにしているのだろう。
一方、エリノラ姉さんは外の景色を眺めることに飽きてしまったのか、腕を組んで大人しく座っている。心の中では早く稽古したいとか思っているんだろうな。
もう少し外の景色を楽しんでもいいのに。
俺達が外の景色を眺める一方で、村人も同じように俺達を眺めている。シルフォード家の執事に警備団、それにドラゴンの紋章のついた馬車が通れば自然と目を集めるもので……。
「お母さん、見て! あの馬車ドラゴンの絵がついてる!」
「カッコいいー!」
「きっとドラゴンスレイヤーのスロウレット男爵様が乗っているのよ」
などという声が通る先々で起こっていた。
外の景色は気になるがドラゴンスレイヤーと勘違いされては堪らない。俺とシルヴィオ兄さんはそんな思いから、ひっそりと窓から離れて外を見ることを止めた。
そうやって大人しく馬車で揺られることしばらく。道を走っていた馬車がゆっくりと停車した。どうやらエリックの屋敷にたどり着いたらしい。
馬車の扉が開けられて、執事のラルゴが恭しく礼をする。
「到着いたしました。馬車や荷物については当家の使用人がしっかりと運び込みますので」
「わかった。よろしく頼むよ」
「では、足下にお気をつけて」
扉付近にラルゴが控え、ノルド父さんが最初に降りる。
その姿は堂々としたもので、見ているだけで惚れ惚れとするような貴族の当主としての品格があった。
その次にエルナ母さんがラルゴさんの手を借りながら、用意された階段を優雅に降りていく。こちらもその姿は堂に入ったものでどこからどう見ても淑女だ。
そして次に次期当主であるシルヴィオ兄さんは、ラルゴの手を借りずに毅然とした態度で降りていく。ノルド父さんほどの迫力やオーラはないものの、凛々しさといったものが感じられる。
……何だろう。この貴族の風格を醸し出すショーのようなものは。一番貴族としての風格がない俺とすれば、公開処刑としか思えないのだが……。
だが、俺の隣には女子力最低率を誇る姉がいる。貴族としての風格はあるものの、こういう所作はエリノラ姉さんは苦手だろう。というかそうに決まっている!
王都のパーティーなどでは礼儀作法は完璧だと言い張っているエリノラ姉さんだが、実際は嘘に決まっている。普段からできないことを、本番でできるはずなどない。
俺はどこか緊張を紛らわすように冗談紛れに言う。
「エリノラ姉さん、ここではぴょんと降りたらダメだよ?」
「わかってるわよ。あたしはアルと違って外で無礼な姿を見せたりしないから」
エリノラ姉さんは自信ありげにそう言うと、表情を引き締めて凛とした顔で歩き出す。
そして、恭しく差し出されたラルゴの腕を取って愛想笑いを浮かべ、今までにない綺麗な動作でゆっくりと階段を降りていった。
「う、裏切り者……」
目の前で起きている光景が信じられず、俺は掠れた言葉を漏らす。
エリノラ姉さんがエルナ母さんと同じレベルの所作をこなすなんて信じられない。実はまだエリックの屋敷に到着しておらず、馬車の中で眠って夢を見ているのではないだろうか。そう考える方が俺の中では現実味があるくらいだ。
それに何だよあの愛想笑い。エリノラ姉さんってば、そんな表情までできたの?
「……コホン」
俺が固まっていると、扉の方から微かに咳ばらいをする音が聞こえる。
その音でハッと我に返った俺は、緊張しながらも扉へと向かう。
「お手はいりますか?」
「いえ、大丈夫です。それとありがとうございました」
二重の意味で礼を言うと、ラルゴさんはにっこりと笑って礼をする。
いいな、俺にもこんな気が利く執事が欲しいな。
そう思いながら階段を降りると、既に降りた家族と合流する。
何か俺を咎めるような空気が漂っていたが、ここで言い合うのは恥ずかしいらしく呆れの視線を向けられるだけに留まった。
いや、だってエリノラ姉さんが貴族令嬢らしい所作をするとかあり得ないじゃん! できるならできると事前に教えてもらいたかったほどだよ!
心の中でそんな叫びを上げていると、最後にラルゴさんの手を借りてミーナが降りてくる。
そして、ラルゴさんが馬車の扉をゆっくりと閉めると、他の使用人が現れてロウさんと共に馬車を停めに移動した。
「それでは屋敷へと案内します」
ラルゴさんに案内されて、俺達は目の前にある屋敷へと歩く。
エリックの家の屋敷は、うちよりも少し大きいくらい。王都にある貴族の屋敷のように煌びやかなものではなく、実用性重視で頑強そうな造りといったイメージだ。
重々しそうな扉を控えていた使用人が空けて、俺達は中へと入る。
室内の方は屋敷の外観とは裏腹に意外と明るく、広々とした空間のようだ。特に高い天井があるお陰か入り口が広く見える。
玄関に入ると、ラルゴさんは速すぎず遅すぎもしないちょうどいいペースで廊下を進んでいく。
そして、奥にある扉の前に立ち止まるとノックをした。
「エーガル様、ラルゴです。スロウレット家の皆様をお連れ致しました」
「入ってもらいなさい」
中から聞いたことのある渋みのある返事が聞こえると、ラルゴさんが丁寧な動作で扉を開いて中に促す。
そして、馬車を降りた順番と同じように室内に入ると、そこにはエリックを含むシルフォード家の面々が揃っていた。




