味噌の香りに誘われて
「……アル、起きて」
翌朝、誰かに揺さぶられて俺は目を覚ました。
土魔法の家では、外の日光が効率的に取り込める窓がないためにずっと暗い。
なので、目の前にいるのが誰かすらよくわからないのだが、俺の直感がエリノラ姉さんだと言い張っていた。
そうだった。屋敷じゃないから扉に鍵をかけていなかったな。
「……なに? まだ夜だよ」
「家が暗いだけで外はもう明るいわよ」
エリノラ姉さんの言葉を確かめるために、俺は部屋の壁部分を土魔法で四角くくり抜く。
すると、朝日が室内を照らし、暗闇に慣れた俺は眩しくて目を瞑る。
新鮮な空気がふわりと入ってき、俺とエリノラ姉さんの髪の毛を揺らす。
ようやく光に目が慣れてきたところで、俺はゆっくりと外へと視線を向ける。
外はちょうど太陽が上がったばかりで、闇色の空が徐々に白じんでいた。
朝日なんて見たのはいつぶりだろうか。
「ほら、朝でしょ? お腹空いたから朝ご飯作って。ロウさんとミーナが下で待ってるから」
俺がボーっと朝日を眺めていると、エリノラ姉さんはそう言って部屋を出ていく。
「エリノラ姉さんは?」
「朝稽古。しばらく剣を振ってないし」
いや、エリノラ姉さんは手伝ってくれないのかという意味で質問したのだけど……。
まあ、いいや。俺とロウさんだけの方がすんなりと朝食を作れるし。もっとも楽な見張りをしたのだから、皆のために美味しい朝食を作ってあげよう。
そう思って、俺は素早く身支度を整えた。
俺が一階にある台所に向かうと、既にロウさんとミーナが食材を並べていた。
「「おはようございます、アルフリート様」」
「おはよう、ロウさん。ミーナはちょっと眠そうだね?」
ロウさんは、至って普通の用意だがミーナは表情がどことなく眠そう。
「熟睡していたところを何度も起こされたので何か微妙な感じです」
途中で起こされてから眠ると何だか眠った気がしないんだよな。可能であれば、ずーっと長い時間を眠っていたというのが人間。
二番目のミーナでこれなのだ。三番目であるエルナ母さんとシルヴィオ兄さんは結構キツイかもしれないな。
「……あれ? 何度もっておかしくない? ミーナは俺と交代して見張りをしたから、何度も起こされてはいないと思うんだけど……」
「……アルフリート様の作った椅子。あれが悪いのです。あんな寝心地のいい椅子を用意するから」
おお、どうやらミーナはあの魔性の椅子にやられてしまったらしい。
見張りをしている最中に何度も寝入っては、ノルド父さんに起こされたのだろうな。
「美味しい朝ご飯を食べたらきっと目が覚めるよ。朝食を作ろうか」
「はい」
眠気があるせいかどことなく低い声で返事するミーナ。
「本来ならば使用人である私とミーナがやるべきなのですが、アルフリート様に手伝ってもらってよろしいのでしょうか?」
さあ、準備にとりかかろうと言うところでロウさんが申し訳なさそうに言ってくる。
これには眠そうにしていたミーナも、目をくわっと見開いて驚きを露わにしている。心情的には「何余計なこと言ってんだコイツ!?」みたいな感じだろうか。
「別にいいよ。魔法が使える俺がいた方が早いし楽だからね」
「すいません、助かります」
俺がそう言うと、ロウさんがぺこりと頭を下げた。
そして、ミーナが安心したように小さく息を吐く。
ここの近くにも水源はあるのだが些か遠い。俺かエルナ母さんのどちらかが協力する前提での場所選びなのだ。ここは俺が協力してあげないとな。
ロウさんもすぐに受け入れた辺り、やはり魔法無しでやるのとやらないのとでは雲泥の差があるのだろうな。
「朝食のメニューは何がいいかな?」
「鮮度が限界の野菜を使い切った方がいいので、無難に野菜スープですかね?」
「どうせなら味噌汁にしちゃいましょう! 私、朝はあれがいいです!」
「じゃあ、具だくさんの味噌汁で!」
ミーナのナイスな提案で朝食は味噌汁に決定だ。
「みそしるですか?」
ロウさんは食べたことがないのか、不思議そうな顔をしている。
カグラから持ち帰った味噌は、そこまで村に普及をしていないからな。トールやアスモの家やセリア食堂から徐々に便利な調味料として広がっているがまだまだだ。
「美味しいスープですよ。ロウさんもきっと気に入ります」
「それは楽しみですね」
そんな感じでメニューは味噌汁に決定し、俺達は和やかに準備へと取り掛かる。
俺が土魔法で必要な食器や調理道具を生成する。
次に水を壺に入れておいて、必要な時に二人が使えるようにしておく。
それが終わると台所に火球を浮かべて、そこに鍋を浮かべられるように台所を変形。
うん、これで大体の準備は完了だな。あっ、念のために通気口は大きくしておこう。
「……何かもうアルフリート様一人でも十分な気がしてきましたね」
「……食材の下処理があります。私達はそっちを頑張りましょう」
そんな感じに各自でミーナとロウさんが食材の下処理。俺が出汁を取って、ご飯を炊くことになった。
やっぱり味噌汁のお供はご飯だからな。どうせなら卵焼きも……って、さすがに卵は鮮度の問題で持ってきていなかったな。
くっ、亜空間から卵を取り出して調理してあげたい。
俺は泣く泣く卵焼きを諦めて、ご飯を炊くことに集中する。
屋敷やマイホームにあるような竈はないが、ローガンに作ってもらった携帯式炊飯器がある。それのお陰でお米をといだら、後はいつもと同じように火加減をするだけ。
竈よりも多少味は落ちるかもしれないが、空腹というスパイスもあるし、おこげだってある。たまにはこういうご飯も悪くないだろう。
俺が火球を調整してお米を炊いている間、ミーナとロウさんは次々と野菜をカットして鍋へと放りこんでいく。
そんな風に効率的に動いていくと小一時間くらいで大体の仕事が終わった。
ミーナが鍋に味噌を溶かしていくと、たちまち台所は優しい味噌の味に包まれる。
すると、眠気に苛まれていたミーナの表情が浄化されるかのように晴れやかなものになる。
「……はぁ、いい匂いです! 後は味噌汁を煮込んでいくだけですね!」
味噌の香りで目が覚めたのか、ミーナがいつも通りの元気な声を上げる。
うん、いい匂いだ。優しくも香ばしい味噌の香りは空になった胃袋をほどよく刺激してくれるな。
「これはご飯が進みそう。でも、もう少し品数が欲しいね」
「やっぱりお肉ですよ!」
俺が腕を組んで唸っていると、ミーナが目を爛々と輝かせながら言ってくる。
「いや、お肉は昨日で使い切ったよ。もう干し肉しかない」
俺がバッサリと切り捨てるとミーナがこの世の終わりのような顔をする。
本当なら屋敷からお肉を冷凍保存して持ってきてもよかったのだが、今の季節は夏だし、前世のようにきちんと冷蔵できるわけでもないので諦めたのだ。
きちんと冷凍保存に適した馬車などがあればいいけど、うちにはないからね。
でも、その代わり醤油と味噌という万能の調味料が二つもある。
余った食材と一緒に炒めるだけで十分な品ができる。
それを思いついた俺は、余った食材を油の敷いたフライパンで炒める。
野菜に火が通り、しんなりとしたところで味噌、みりん、醤油、カグラ酒を適当に混ぜて再び炒める。
それだけで余った食材の味噌炒めが完成だ。
調味料を入れて炒めるだけの簡単料理。これならエリノラ姉さんでもできるほど簡単だな。
完成した味噌炒めを俺は味見する。
うん、味噌が余った野菜やキノコにちゃんと染み込んでいる。十分に食べ応えのある味だ。
あー、今すぐにご飯と一緒にかきこみたい。
「あー! アルフリート様ズルいですよ!」
俺が味見をしていると、それを目ざとく見つけたミーナがビシッと指をさして声を上げる。
「バレたか。ミーナやロウさんも味見していいよ。味見は料理を作る人の特権だからね」
「特権を使用します!」
「……それでは、私も少しだけ」
ミーナは即座にフォークを構え、ロウさんも控えめながらにフォークを手に取った。
そして二人は味噌炒めをフォークで刺して、パクリと口に入れる。
「ふああっ!? これ、絶対ご飯が進むやつですよ!?」
「味噌と醤油がとてもいい味をしていますね」
初めて味噌を食べるロウさんも気に入ったようだ。
ロウさんの反応に安心していると、ミーナがパクパクと味噌炒めを口に入れているのが見えた。どう見ても味見の範疇を越えている。
「ちょっとミーナ。食べ過ぎじゃない?」
「きちんと皆さんにお出しできるものか確かめないといけないので! これもメイドの務めです!」
ご主人が作ったものを毒物のように扱うとはいい度胸だ。そうかメイドの務めときたか。
エリックの領地にタコはいるのかな? もし、いるのであれば、タコ料理を作ってミーナに毒見をしてもらおう。その他にもウニやナマコがいれば、味見させるのは悪くない。
「……あれ? 何だか寒気がします」
「気のせいだよ」
だから、存分にメイドとしての務めを果たすことを今後も続けるといいよ。
俺達がそんな会話をしていると、玄関にある扉が開いてリビングにエリノラ姉さんが入ってきた。
エリノラ姉さんは朝食の匂いに釣られるように台所へとやってくる。
「いい匂いがするわね。朝食は味噌汁?」
「そうだよ」
稽古をしていたせいで汗をかいているのだが、まったく汗臭くないのが不思議なところだ。
「こっちは炒め物ね」
そう呟いて、手を伸ばすエリノラ姉さん腕を俺は叩く。
「ちょっと何すんのよ? これだけあるんだし、ちょっとくらいいいじゃない!」
「つまみ食いできるのは料理を作った人の特権なんですー。手伝ってない人は席に座った座った」
俺がシッシと手で追い払うと、エリノラ姉さんはムッとしたような表情を浮かべた。
それからエリノラ姉さんは諦めたようにリビングの方に戻る……かと思いきや、即座に反転して目にも止まらない速さで味噌炒めのキノコを手を伸ばして口に入れた。
「ああ!?」
「う、美味!」
エリノラ姉さんが思わず声を上げる。
美味しいと言ってくれるのは嬉しいけど、その台詞は女子としてどうなのだろうか。
「も、もう一口」
「勝手に取る人はダメ」
俺とエリノラ姉さんがそんなやり取りをしていると、階段から足音が聞こえてくる。
どうやらノルド父さん、エルナ母さん、シルヴィオ兄さんも起きてきたようだ。
「美味しそうな匂いね」
「今日は味噌汁かな?」
階段を降りる音と共に聞こえてくる会話。
「ほら、もうすぐ朝食だから席に座って」
「わかったわよ」
俺がそう言うも、エリノラ姉さんはまたしても同じようにつまみ食いをした。




