働きたくない
「せっかくだから少し話そうか。話していると眠気も紛れるし」
「うん、いいよー」
ただ無言でいるのもつまらないしな。
俺が同意するように頷くと、ノルド父さんが身を乗り出して聞いてくる。
「アルは将来、何になりたい?」
うわ、出た! 父親と二人きりになると定番で振られる話題だ。
父親として気になる気持ちはわかるけど、そう尋ねられるとプレッシャーを感じるんだよ。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか」
自分の感情が顔に出ていたのか、ノルド父さんが少し困ったように笑う。
そういう進路だとか何だとかで困るのは前世だけで十分なのだ。この世界にまで持ち込んで欲しくないのが正直な気持ちだ。
「でも、アルも七歳。シルヴィオは領主を継ぐことになるし、エリノラは王都の騎士団に入る。まだ時間はあるけど、アルも自分の道を考えてもいい頃だと思うんだ。道を決めるのは早ければ早いほど有利になるか
らね」
「うーん、まあそうだね」
「アルは何かやりたいことはないのかい? 何かやりたいことがあれば、父さんは出来る限り応援するよ」
にっこりと笑みを浮かべながら尋ねてくるノルド父さん。
その笑みはとても優しく、俺がどのような無謀な夢を語ろうが真っすぐに受け止めてくれるようだ。
ノルド父さんから、そのようなオーラを感じ取った俺は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺は、毎日働かずに食っちゃ寝する生活をしたいんだ!」
「……それはできればやめてほしいな」
「何で!? やりたいことがあれば応援してくれるって言ったじゃん!」
「それはやりたい事や夢じゃなく、惰性的な欲望というんだよ。そんなものは父親として応援できないね」
俺の言葉を聞いたノルド父さんはゆっくりと首を横に振る。
欲望に素直なことの何がいけないのか。
「他にはないのかい?」
「ないよ。好きな時に遊んで、好きな時に出かける。働かずに自由を謳歌してスローライフをおくることこそが俺の夢なんだよ」
「…………」
俺がゆるぎない瞳できっぱりと告げると、ノルド父さんが背もたれに深く腰掛けてため息を吐く。
「リバーシやパスタ、コマと俺はもう一生分稼いでいると思うんだけど……」
「……確かにそれはそうだけど」
俺が働かなくてもいい理由を述べると、ノルド父さんは苦渋の表情で言葉を漏らす。
それにまだ卓球だってあるし、ジェンガ、スライムクッションなども控えている。まだまだ商品は売れ続けるだろうし、スロウレット家には継続的にお金が入ってくる。
それらの総額を考えると前世では考えられない金額だ。
「なぁに、安心してよノルド父さん。シルヴィオ兄さんの補佐として領地の仕事もちょこっとだけ手伝うから。俺は勉学だってそれなりにこなせているから、いい戦力でしょ?」
領主である兄を支える弟。素晴らしい関係ではないか。
勿論、手伝うのは俺の気が向いた時で暇つぶし程度だけどね。
「……僕もそんな一つの未来を思い描き、素敵だと思ったこともある」
「でしょでしょ?」
「でも、そうするとアルにとってよくないと思うんだ」
思わず前のめりになった俺だが、ノルド父さんの言葉で崩れ落ちる。
何だよそれ。
「具体的にどうよくないの?」
「……今よりももっと堕落しそう」
失礼な。それじゃあ、今の俺の生活が既に堕落していると言っているようなものではないか。
子供がのんびりと日々を過ごして何が悪いと言うのか。
「アルはこれだけ魔法ができるんだ。魔法関係に仕事につきたいと思わないのかい?」
「思わない」
そもそも普通に仕事をするという選択肢が俺にはない。好きな魔法関係であろうと、そこは曲げられない。
これが何の取り柄もなく家族に貢献していない者が言えば失笑されることであろうが、既に俺は成果を出して家に貢献している。別に不可能な我儘を言っているわけではないと思える。
「……はぁ、アルの実力なら城勤めだって狙えると思うんだけど」
困ったように頬杖を突くノルド父さん。
「俺は基本的にコリアット村にいたいから」
いくら名誉ある職につけるとしても無駄だよ。
ノルド父さんがチラリと視線を向けてくるも、俺は毅然とした態度を崩さない。
意思の硬さから今説得するのは無理と考えたのか、ノルド父さんはため息を吐いた。
「アルをカグラに向かわせたのは、異国の文化に触れて何か得られるものがあるんじゃないかって思ってのことだったんだけどねえ」
ふむ、最終的にはそのような両親の思惑で許可されたのか。
サイキックを利用することで空を飛べるようになりました。と、自慢げに言ってやりたいがノルド父さんが言っているのはそういう意味ではないよな。
カグラに行くことで将来何かやりたいことなどを見つけてもらいたかったのだろう。
そんな両親の期待など俺は知らず、普通にルンバと観光を満喫していたんだけどね。
「カグラに行くことによって、将来なってみたいなと思う職も見つけたよ」
「え!? そうなのかい? それは何だい?」
物憂げな表情から一変して、ノルド父さんが期待に満ち溢れた表情で聞いてくる。
「氷室の管理者になりたい」
「はい?」
「氷魔法を使って村の皆の食材を冷凍保存するんだよ! 俺は定期的に氷室に顔を出して氷魔法を使うだけでお金が貰える。村人も食料が保存できて喜ぶ。領地を治める貴族の一員として、村の生活にも貢献できる
楽な――立派な職業だよ!」
「……はぁ」
「……ノルド父さん、どうしてため息を吐くの?」
今日何度目のため息だろうか。そんなため息を吐くと幸せが逃げるよ。
「まさか、隠居した氷魔法使いがする仕事をやりたいと言うなんてね。海を渡って遠い国に行ったのに、どうしてそういう事になるんだい?」
「別に悪いことじゃないしいいじゃん。やりたい事があるのは素敵なことだってノルド父さんも前に言っていたよね?」
俺がそう述べると、ノルド父さんが頭を痛そうな顔をする。
「この話題はここまでにしておこうか。アルがいつも言うように、アルはまだ七歳だから考える時間はたくさんあるしね」
真剣な表情で将来の道を考えるべきだと言ってきたのはノルド父さんだよね? まあ、そこは突っ込まなくていいか。俺はまだ七歳だし、そこまで焦らなくてもいいからね。氷室の管理者よりも楽な仕事があるかもしれないし。今ここで決めてしまうのは早急過ぎるというものだ。
俺が目指す方向性としては早ければ良いというものでもないのだから。
「あっ、そうだ! 村にあるマイホームに住人を住まわせて俺が大家になるというのはどうかな? 快適な家を提供して、そこに住まう住人からお金を貰う。家を作るのは土魔法でできるからお金がかからないし、何かあってもすぐに作り直すことができる! 俺が働く必要はないし、いい仕事だと思わない?」
「…………」
俺がしばらくマイホームの大家についての素晴らしさ、領地活性への利点なども含めて熱く語るも、ノルド父さんは色の失った瞳でメラメラと燃える炎を見つめるだけだった。




