夜の見張り
土魔法によって作られた家で快適に夕食を作り、食べ終わる頃には辺りは暗くなっていた。
しかし、家の中にいる俺達は暗闇で困ることはない。家の各所に光の魔導具を設置しているからだ。
そのお陰で家の室内は昼間と変わらないくらいの明るさを保つことができている。
エルナ母さん、ノルド父さん、エリノラ姉さんは椅子に座ってお喋りをしており、俺とシルヴィオ兄さんはソファーに座って本を読んでいる。
ロウさんは外で馬の様子を見ており、ミーナは食後のクッキーを幸せそうに食べていた。
旅の最中とは思えない状態であるが、皆も快適さに慣れてきたのか思い思いに寛いでいた。
そうやってしばらく過ごしていると、不意にノルド父さんが立ち上がる。
「……そろそろ見張りに出ようか」
「見張り?」
ノルド父さんの言葉を聞いて、俺は首を傾げる。
「そうだよ。魔物は夜になると活発になる個体も多いからね。山も近いし、いくら建物があるからといって安全とはいえないよ。だから、二人一組になって夜は交代で見張りを立てる」
「えー、見張りなんているのー? こんな立派な家があるんだし魔物だって警戒して襲ってこないんじゃないの?」
俺の楽しみである睡眠時間を削ってまで見張りなんてしたくないんだけど。今日はもう眠し、できればすんなりとベッドで寝かせて欲しい。
「魔物だってバカじゃないのよ。家があるということは人間がいるという証。好奇心旺盛で凶暴な魔物はむしろ進んで襲ってくるわね」
俺が文句を言うと、エルナ母さんが珍しく文句を言わずに見張りの必要性を説いてくる。
こういうことはエルナ母さんも嫌がると思っていただけに意外だ。
やはり二人共冒険者生活をしていただけあって夜の魔物への警戒心は強いようだ。
この二人がそこまでして言うのであれば、本当に危険があるみたいだしやるしかないのか。
「ここはコリアット村みたいに安全じゃないのよ? 諦めなさい」
「はいはい、わかったよ」
そう、ここは平和なコリアット村とは違うんだ。だから、駄々を捏ねるのも程々にしないとな。
◆
「アル、火を点けてくれるかい?」
「はいよ」
ノルド父さんが薪を二つ地面に置き、俺が火魔法で火を点ける。
乾燥した枝や藁で火種を大きくして、風魔法で緩やかに風を送る。
しばらくすると、火は見事に薪に灯り、メラメラと燃え出した。
さて、見てわかる通り栄えある見張りの第一陣はノルド父さんと俺だ。
俺はまだ七歳児なので身体が睡眠を欲する時間も早い。これを考慮して俺は最初に見張りをこなして、後はぐっすりと朝まで眠れるようになっている。二番目、三番目になると睡眠の途中で起こされて眠いからな。
きちんと子供の事を配慮してくれたノルド父さんには感謝だ。
ちなみに二番目はまたもやノルド父さん、ミーナ。三番目はエルナ母さんとシルヴィオ兄さん。そして最後はエリノラ姉さんとロウさんになる。
二時間交代で計八時間だ。頼りになる大人が一人ついているので、もしもの時も安全だ。
といっても、毎回過剰戦力が一人はいるのでそのような事態にはならないと思うけどね。
そんな事を思いながら俺は揺れ動く炎を見つめる。
大きな薪や枝がパキパキと割れるような音が鳴り、闇を照らすようにオレンジ色の光が広がる。
暗闇の中の炎はとてもハッキリと見えて綺麗だな。
ゆらゆらと揺れながら温かい空気を放つ炎。一度として同じ形をすることがないそれは見ているだけで暇つぶしになって面白いな。
夜の見張りなんて睡眠時間が削れるだけで楽しくないと思っていたが、暗闇の中で輝く炎を観察していればいくらでも時間が潰せそうだな。
思いもよらない楽しみを見つけて俺は喜ぶ。
「……アル、大丈夫かい?」
「…………」
「……アル? アル!」
「ん? はえ? なに?」
しばらく夢中で炎を眺めていると、ノルド父さんに急に肩を揺らされた。
「いや、どんどんと目から色が失っていたから心配になって」
「そうなの? 別に炎を眺めていただけだよ?」
俺が首を傾げて言い放つも、ノルド父さんは何故か心配げな表情をする。
川で水の流れを見つめていた時もエリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんに同じようなことを言われた気がする。
俺ってばそんなにヤバい表情をしているのだろうか?
そんな事を考えつつも、気をとり直すように息を吐く。
肌寒くならないように火を作ったはいいけど、座るための椅子が欲しいな。さすがにずっと立ったままだったり、しゃがんでいたりするのは辛い。
俺は早速土魔法を発動させて、焚火の周りにちょうどいい椅子を二つ作る。
きちんと背もたれのある通常タイプの椅子と、よりリラックスできるための背もたれが深くて湾曲しているタイプの椅子だ。
「ノルド父さんはそっちね」
「あ、ああ。ありがとう」
俺が座りたいのは勿論後者なので、ノルド父さんを普通の椅子に促して、後者のタイプの椅子に座る。
背もたれが深いタイプの椅子に座ると、湾曲しているために俺の身体を包み込むかのような感触だ。普通の椅子よりもお尻が深くに収まっているのがよくわかる。
何となく椅子をいじくるのが面白くなった俺は、椅子に座りながらさらに土魔法を発動。
今度はもっと背もたれが倒せるようなものをイメージして象る。
すると、今度は深く背もたれが倒れているタイプの椅子ができた。
全体的に問題がないことを確認すると、俺は新しく作った椅子に座る。いや、これはもはや寝転ぶといった方が正しいだろうか。絶妙なバランスによって保たれた俺の椅子は、もはや腰かけるに留まらずに寝転んでいた。
スライムクッションを頭の下に敷いた俺は居心地の良さに思わずリラックスをする。すると不意に今日一日分の疲れがどっと襲いかかってきた。
今日は朝早くから起きて屋敷を出発して旅をしたから疲れたな。
今なら気持ちよく眠れそうな気がする。どうせノルド父さんがいるのだし、俺が眠っても問題ないだろう。
そんな悪魔の囁きが聞こえてきた。そして、俺の意思の中に天使は出てこなかったので、俺は迷うことなく瞼を閉じる。
「こら、アル! 今完璧に寝ようとしたよね!?」
しかし、俺の意識は心地良い闇へと落ちる前に現実へと戻された。それはノルド父さんが俺の肩を激しく揺さぶってきたせいである。
「だって、眠いんだもん」
「我慢しなさい」
ちっ、ノルド父さんならあどけない子供の寝顔を見れば、しょうがないなと笑って見逃してくれると思ったんだけどなぁ。
やるならばもう少し後にするべきだったか。七歳児ながらも健気に眠気を我慢するも、最後には眠気に勝てずに眠ってしまう。そういう筋書きにしておけば良かったな。
「僕にはこの椅子がアルを眠りへと誘っているように見えるよ。アルも普通の椅子に座りなさい」
「……はーい」
ノルド父さんの言う事ももっともなので俺は椅子から降りて、普通の椅子を作り出す。そして、椅子に座ると眠気はいくらかマシになった。
……これは眠りへと誘う魔性の椅子だな。




