皆で料理
色々と見解の相違などはあったが、滞りなく俺達は料理を進めていく。
「エリノラ、もうちょっとニンジンのサイズを揃えて切りなさいよ」
料理に強制的に参加させられたエリノラ姉さんが、エルナ母さんに注意されている。
そちらに視線をやれば、どこか危なっかしい手つきニンジンを輪切りするエリノラ姉さんがいた。
「ポトフなんでしょ? だったら、多少大きさが違ってもいいわよ。むしろ、それがいい味になるわ」
「できるけどやらないと、できないとでは大きく違うのよ? ほら、サイズを揃えて切ってみなさい」
「はいはい」
エルナ母さんに言われて、ちょっと不満そうな顔を浮かべるエリノラ姉さん。
それから大人しくニンジンをカットする。
トン……トン……と明らかに慣れていない不規則な音。
まな板の上にある切られたニンジンを見てみると、お世辞にも揃えたとは思えない歪なものが転がっていた。
「……これ、揃えるつもりでやったの?」
「そうよ!」
堂々とそう言い張るエリノラ姉さんを見て、エルナ母さんは酷く心配げな表情で、
「エリノラ、目は大丈夫? さっきの稽古で転んだ時に頭でも打った?」
「あたしは正常だから!」
ボロボロに負けたことが悔しいのか、歯噛みするエリノラ姉さん。
エリノラ姉さんがいじられているのを見るのは楽しいな。ああいうのは普段俺がやられることが多いから新鮮だ。
「……何よ?」
俺がボーっと見ているのに気付いたのだろう。虫の居所が少し悪いエリノラ姉さんが睨んでくる。
「……何でも」
何か喋るとこちらにまで火の粉が飛んでくるかもしれないので、俺はそう答えて視線を目の前へと向ける。
それから敢えてリズム良く玉ねぎをスライス。勿論、不出来な姉と違ってサイズもきちんと揃えてだ。
「……ほら、アルはちゃんとできているわよ?」
「アルは半分料理人みたいなものだからなしよ」
半分料理人とはなんだ。俺は自分が好きな範囲でしかやらないからな? バルトロのように料理大好き人間とは違うぞ。
そんな突っ込みを入れていると、シルヴィオ兄さん、ノルド父さん、ミーナの三人が椅子に座って仲良くジャガイモの皮を剥いていた。
それもリンゴの皮を剥くように包丁でだ。この世界に皮むき器という便利な道具はないが、危ないし時間がかなりかかるだろう。
そんなことをしなくても簡単に皮を剥く方法があるのだけど教えるべきだろうか?
「アル、どうしたんだい?」
複雑な表情を浮かべていると、ノルド父さんが気付いたのか尋ねてくる。
「もっと皮を簡単に剥く方法があるけど……」
「そんな方法があるのかい?」
「それってどうやるんですか?」
ノルド父さんとミーナは面倒な皮むきを経験しているだけに、興味深そうに食いついている。シルヴィオ兄さんは目の前のジャガイモに集中しているようで無言だ。
特に怒られる様子もないので、俺はテーブルの方にまな板と包丁を持っていく。
それから皮つきのジャガイモを一つ手に取って、まな板の上に乗せる。
「こうやって包丁で一周浅く切れ込みを入れるんだ」
俺が皮つきのジャガイモに一周切れ込みを入れていくと、それを見ていたノルド父さんとミーナがふんふんと頷く。
そんな二人の様子を見ながら、俺は流れるように手順を踏んでいく。
切れ込みをいれたら、鍋に用意したお湯にそのままジャガイモを投入。
時間にして十五分程度。途中でジャガイモをひっくり返しながら茹でていく。
熟練の料理人であれば、この茹でている時間にいくつか剥けてしまいそうだが、俺達はあくまで素人。十五分で鍋に入る数のジャガイモの皮むき、茹でまで済ませられるのだから十分だろう。
串がスッと刺さる程度まで茹でたら、鍋から上げてやる。
「後は氷水の入ったボウルで冷やすだけ」
「最後にしれっと高等な魔法技術が入ってきたね……」
「氷魔法なんてまず使えませんし、氷の魔導具がないと難しそうですね」
俺の作業を見て、難しい表情をするノルド父さんとミーナ。
「そ、そうか。普通の人は簡単に氷を出すことができないのか……」
誰でもできる簡単皮むき技のはずが、一部の人やお金持ちしか使えない技になってしまった。改めて前世の文明レベルの高さを認識させられたな。
「そうだとも言えるし、普通の人は氷魔法を料理に使うっていう考えを持っている人が少ないと思うよ」
「前から思っていたんですけど、アルフリート様の魔法の使い方ってちょっと変わっていますよね?」
そしてなぜか俺が変態のような扱い。おかしい。
魔法は生活を豊かにするために存在しているのに、それを有効活用しない手はないだろう? これが当たり前の使い方だと俺は思うんだ。
まあ、今それを説いたところで仕方がないから流しておくけど。
「まあ、ある程度冷たい水でも何とかなると思うよ。要は熱したジャガイモを冷やせばいいだけだから」
「それで冷やしたジャガイモをどうするんだい?」
「後は指で剥いてあげるだけだよ」
俺は冷やしたジャガイモを一つ手に取って答える。
それから首を傾げる二人にわかりやすいように指で皮をめくる。
すると、ジャガイモの皮がぺりぺりっと簡単に剥けた。
あっという間に皮が剥けて綺麗になったジャガイモが一つ出来上がる。
「ええっ!? ジャガイモの皮がこんなに簡単に剥けましたよ!?」
「取り残しもまったくないね」
皮の剥けたジャガイモを見て驚く二人。
特にミーナは反応が大きいので、披露するこちらも少し嬉しいな。
少し楽しくなった俺は二人の目の前で、もう一つのジャガイモの皮を指で剥がす。
「ほーら、こっちも簡単に手で剥けた」
「ちょっと楽しそうです! 私にもやらせてください!」
綺麗に剥けたジャガイモを見せると、ミーナがうずうずとした様子で頼んでくるので好きにやらせる。ノルド父さんも感触が気になっていたのか、ミーナに紛れる形で地味にジャガイモを手で剥き始めた。
「わっ! 凄いです! 本当にジャガイモの皮がスルッと取れますね!」
「本当に楽だね。こんな方法があるなんて……」
ミーナは感激の声を上げ、ノルド父さんが感嘆の声を上げる。
うんうん、何事も楽をしたいという気持ちが大切なのだよ。
もっと簡単にできないか、効率よくできないかという思考は楽をしたいがためだ。それが原動力となって人は進化できる。
楽になるまでは少ししんどいかもしれないけど、そこにさえたどり着けば後でもっと楽になるからな。
そんなことを思っていると、後ろからエルナ母さんとエリノラ姉さんの声が。
「……確かにあれは半分料理人みたいなものね。比べる相手がおかしかったわ」
「でしょ?」
いや、俺は料理人じゃないからね?
◆
ちょっとした小技を披露しつつも、俺達の料理は順調に進み完成手前まで進んだ。
たくさんの野菜やジャガイモ、ベーコン、スパイスによって味付けされたポトフは、ぐつぐつと音を立てて香ばしい匂いをまき散らす。
目の前で火の調節をしている俺とミーナは、それがダイレクトに受けており、それに答えるように胃袋が鳴き声を上げる。すでにお腹はペコペコだ。
既にやることがなくなった皆は、それぞれが席についてジッと待っている。
ポトフが完成するのを待っているのだろう。
「「…………」」
エリノラ姉さん、エルナ母さんから圧力のある視線が突き刺さる。
早く食べたいのは俺も同じだからプレッシャーをかけないで頂きたい。
「アルフリート様、もういいですよね? これで完成ですよね!?」
「まだ最後のパスタが残っているよ」
詰め寄るようにして言ってくるミーナを諫めて、俺は容器からパスタを取り出す。
ポトフならパンでも食べられるが、それじゃ面白くないからな。
後、ポトフの中にパスタを入れるのが個人的に好きという理由が大きい。
とはいえ、乾燥パスタなどという便利なものはさすがにないので、事前に茹でておいたものになる。本当はオリーブオイルなどと絡めたり、ソースと絡めて氷魔法で冷凍。加熱すればいつでも食べられるようにしたかったのだが、冷凍食品というものに慣れていない家族が微妙な反応をしたので無しになった。
まあ、慣れてない人からすれば冷凍されたパスタを怪訝に思うだろうしな。
そうなると今朝茹でたとはいえ、既にパスタは数時間は経過しているので麺が伸びてしまい食感が落ち
る。
本来ならば、そのようなパスタを投入することになるが、そこは俺の空間魔法でクリアだ。
馬車に積んだパスタを俺がこっそりと空間魔法で収納しておいたのである。空間魔法の中では時間という概念がない。だから、容器に入っているパスタは出来立てホヤホヤのものだ。
いつも通りのパスタをポトフの鍋に入れる。事前にある程度茹でているので、大して煮込む必要はない。
「はい、これで完成」
「完成しました!」
ミーナの元気な声を聞いて、空腹のあまりだらけていたエリノラ姉さんがシャキッと身を起こした。エルナ母さんも心なしか居住まいが整っている気がする。
「配膳は私とミーナがやりますね」
「わかった。頼むね」
さあ、これから配膳というところでロウさんが役割交代を申し出る。
料理ができるのが俺とはいえ、雇い主である俺に配膳までさせるのは心苦しいと思ったのだろう。それを察した俺は、素直に交代してもらって席に着く。
席の順番はいつもと同じ。俺の左隣にシルヴィオ兄さん、正面にエリノラ姉さんだ。
ただ今日はミーナとロウさんもいるので、右隣にも席が置かれている。
最初は一緒に食事を摂ることに恐縮して辞退していた二人だが、ノルド父さんとエルナ母さんが「気にせず食べなさい」と言ったので一緒に食べることになった。
今は外出中だし、うちは作法やルールにうるさいわけでもないからね。
そんなことを考えながら座っていると、ポトフの入ったお皿が次々と配られていく。
ノルド父さんが最初に配られ、次にエルナ母さんだ。
そしてエリノラ姉さんに配られると、次の皿を取りにロウさんとミーナが台所に戻る。
「はい、アル」
シルヴィオ兄さんと俺の分はまだかなー、と楽しみに待っているとエリノラ姉さんが皿を渡してきた。
エリノラ姉さんが俺を気遣う? そんなことがあり得るのか? いや、屋敷にいたときは奥にいる俺を気遣って料理を回すなどほとんどしてくれないぞ?
とはいえ、ずっとお皿を持たせておくのも、優しさを突っぱねるのも申し訳ない。
「……うん? あ、ありがとう」
俺は怪訝に思いながらもポトフの皿を受け取った。
俺の受け取ったポトフには、具材がゴロゴロと入っておりとても美味しそ――
「――って、俺のポトフの具材、形が歪なものばかりなんだけど……」
「あっ! ミーナ、それこっちよ!」
俺がじっとりとした視線を向けるも、エリノラ姉さんはそれとなく視線を逸らす。
それからちょうどよく配膳にきたミーナを捕まえて、具材の大きさが安定したポトフを手に入れていた。
少し納得がいかないが食べる前に揉めても面倒だ。それよりも早くご飯を食べたい。
まだかまだかと思いながら待っていると、最後にミーナとロウさんが座る。
「それじゃあ、食べようか」
ノルド父さんがそう言うと、全員がナイフとフォークを握りしめて食事へととりかかる。
俺も同じように、ポトフに手をつける。
まずは厚切りのベーコンかな。
スープの上にドンと盛り付けられているベーコン。とても分厚くて他の食材よりも存在感と香りが一味違う。
バルトロが味付けしたもので、今回はウインナーの代わりにそれを投入したのだ。
まずは肉とばかりにベーコンを切り分けて、口へと運ぶ。
最初に感じるのは圧倒的な噛み応えと濃厚な肉本来の味とスパイスだ。歯を突き立てる度に濃厚なそれらが口の中いっぱいに広がる。
ベーコンの味を十分に堪能したら、次は玉ねぎだ。
くたくたになるまで煮込まれたそれをフォークで突き刺して食べる。
柔らかさがありつつも、シャキッとした玉ねぎの食感。そして玉ねぎに染み込んだスープが甘味と共に吐き出された。
うーん、濃い味付けをされているベーコンがいい仕事をしている。
このベーコンのお陰でコンソメなどがなくても問題ないくらい濃厚なスープになっているな。これさえあれば余計なスパイスはいらない。野菜本来の甘味もあるし。
「美味しいですー。特に大きなベーコンが堪りませんねぇー」
「本当ね。バルトロってば、いい仕事してるわね」
「ベーコンのお陰で全体的に味が濃厚になっているね」
「野菜がすごく美味しいよ」
皆もベーコンの素晴らしさに気付いたのか大絶賛だ。
バルトロったら、ここにいなくても活躍しちゃうなんて凄いな。
「次はパスタね! でも、いつもと違って、もう茹でているからちょっと伸びているんだっけ?」
「伸びた麺は少し味が落ちるけど旅だから仕方ないわよ」
大丈夫ですよ。今回は特別に空間魔法で収納していたので出来立てホヤホヤです。
でも、そうと知っているのは俺だけだ。
ここで「やっぱり食感がいつもよりも悪いわね」とか、感想をもらしたら笑っちゃうかも。
まるで他人の味覚を試しているような感覚だ。
俺は心の中でわくわくしながら、パスタを口に運ぶエリノラ姉さんとエルナ母さんを見守る。
「若干伸びているわね」
「……そうかしら? 私にはいつも食べているのとそれほど違いがあるように思えないんだけど?」
エルナ母さんは鋭い感想を漏らしたが、エリノラ姉さんが見事に引っかかった。
神妙な表情でそんな的外れな台詞を言われると笑ってしまう。これなら高級だと言っておけば今後いくらでもご機嫌をとれそうだな。
「ちょっとアル。何笑ってるのよ?」
「……何でも」
おっと笑みが漏れてしまったようだ。
睨まれてしまったので俺は表情を無にして誤魔化す。
エリノラ姉さんが疑いの眼差しを向けてくる中、俺はフォークでパスタを巻き付けて口に入れる。
うん、ポトフのスープが染み込んでいて美味しいな。空間魔法のお陰かパスタもほとんど伸びていない
な。
パスタの味と食感に満足しながら、フォークを進めていく。
すると、口の中でゴリッとした硬い感触がした。
ふと、フォークの先を見てみると、そこには浅くしか突き刺さらなかった歪な形のニンジンがあった。
「……ニンジンが硬い」
俺が呻くように呟くと、突き刺さるような視線は霧散していた。




