料理の前の準備
「お腹が空いた」
お昼前に激しく稽古をしたせいだろうか。エリノラ姉さんがそう言い放った。
時刻は正午よりも少し前。昼食を食べるには少し早いが、朝早くに朝食を食べて出発したので仕方のないことだろう。
ただボーっとしている俺でもお腹が空いてきたというのに、稽古なんてしていたらお腹が空くに決まっている。
「そうね。お昼には少し早いけどここで昼食を済ましちゃいましょうか? アルとシルヴィオもそれでいい?」
「うん、いいよー」
「僕もお腹が空いたよ」
エルナ母さんとエリノラ姉さんから頷けという無言の圧力を感じながら、俺とシルヴィオ兄さんは頷いた。気持ちはわかるけど怖い。
「じゃあ、ここで昼食を食べちゃおうか。時間には余裕があるはずだけど、念のためにロウさんに確認してくるよ」
エリノラ姉さんとエルナ母さんがお腹が空いたと仰られているのだ。御者のロウさんが首を横に振る確率は極めて低いだろうな。でも、結果がわかっているとはいえ相談というのは大事だな。
ノルド父さんは律義にロウさんのところに向かい相談をする。
結果としてはロウさんは問題なく頷いた。女性陣のプレッシャーを感じて表情を引きつらせていたが、今日の予定時間はゆとりを持っているので大丈夫だそう。
初日は皆体力が有り余っているし元気だからな。こんな事態になることも予想していたのだろう。さすがはロウさんだ。
最も、後半になると疲れと飽きがやってきて、少しでも早くたどり着くためにペースを上げるのだけどね。カグラの時のように今回もそうなる気がする。
「それじゃあ、昼食の準備をしようか」
ノルド父さんの一声で、皆がそれぞれ準備に動き出す。
旅先の料理は準備の段階で基本的に決まっている。今日の昼食は野菜を切って煮込んで、味を調えるだけのポトフだ。
勿論、大食らいの女性三人がおり、それだけでは足りないのでスパゲッティを投入する予定だ。
料理をするならまずは火だ。
「ミーナ、薪を持ってきてー。火をつけるから」
「わかりました!」
ミーナに頼んだ俺は、馬車の近くにある平らな道を台所と仮定。草原の方だと草の丈が高いからな。
風魔法で草だけを刈り、土魔法による雑草抜きの要領で開拓をしてもいいのだが、昼食のためだけにするのはどこか気が引ける。これほど綺麗な草原なのだし。
道幅は他の馬車が通れるくらいの余裕があるから、もし誰かがやってきたとしても安心だ。
場所の選定を済ませると、ミーナが薪束を持ってやってきた。
俺が魔法で火をつけようとしたところで、エルナ母さんから声がかかる。
「待ってアル。これはエリノラにやらせるわ」
「えー? あたしがやるのー?」
魔法が苦手だと自覚しているせいか、エリノラ姉さんが少し嫌そうな声を上げる。
「これも稽古だと思ってやりなさい。魔力の感覚を磨いて私のように知覚できるようになると、身体強化を使う相手との戦闘が楽になるわよ?」
「やってみるわ!」
エルナ母さんの言葉を聞いたエリノラ姉さんが意気込みをみせる。
さすがはエルナ母さん、言葉で人を乗せるのが上手いものだ。魔法に剣の要素を組み込んでその気にさせるとは。
まあ、このペースだと気の遠くなるような期間がかかると思うが、魔法や魔力に今まで以上の興味を持たせるのはいいことだな。
そう思って俺は何も言わないことにした。
「アル、材料を持ってきたよ」
エリノラ姉さんが薪に火をつける間に、シルヴィオ兄さんとノルド父さんが材料を。そしてロウさんが食器類を持ってきてくれた。
「わかった。すぐに置く場所を作るね」
俺は地面に向けて土魔法を発動。マイホームにあるような台所をイメージして、地面を隆起。そして魔力を圧縮して固めて形を整える。
魔法を発動して十秒も経たないうちに台所が完成した。
本当はもっと細部まで拘って作りたいが、旅先だしどうせ使い終わったら崩すしな。今は人を待たせているし、これくらいで十分だろう。
「はい、できたよ」
「「「…………」」」
できたと言っているのに誰も荷物を置いてくれない。
なんというか呆れた表情というか、戸惑いの表情を浮かべている様子。
もしかして手抜きしたのがいけなかったのだろうか?
いや、でも台所はこれ以上豪華にしても意味がないし、材料を置く場所も確保している……。
「そうか! 椅子とテーブルか!」
これがなければ美味しく料理を食べるビジョンが見えないというもの。
俺はすぐに土魔法を発動。屋敷のダイニングテーブルとほぼ同じ形のテーブルと椅子を土魔法で再現。
馬車から白い布を持ってきて、テーブルの上にサッとかけた。
うん、これで清潔感と華やかさは増したのではないだろうか。
椅子の色は土色でつまらないが、細部の造形にまで凝っているので勘弁してほしい。退屈さを軽減するために装飾に力を入れたのだから。
「「「…………」」」
これでどうだろうか? という視線を向けるとドン引きしたような三人の表情が。
一体どうしてだろう。探るように視線を向けてみると、三人の視線が椅子に向かっているのがわかった。
……やはり椅子か。椅子といえば大事なものは座り心地だ。優雅な食事を楽しむためにも長時間リラックスした体勢で座れることはかなり重要。
素晴らしい時間を過ごすためにも素晴らしい椅子は必須だ。土魔法で作った硬い椅子に三人が呆れる気持ちもわかる。俺だって体にフィットし、柔らかなクッションがある椅子で座りたい!
しかし、そればかりは土魔法ではどうしようもないのだ。
「皆の言いたいことはわかるよ? 俺だってもっと自分の体にフィットして柔らかな椅子に座りたい! でも、今俺達は旅をしているんだ! 屋敷じゃなくて外にいるんだ! 俺にもできることとできないことがある。だから座り心地に関してはスライムクッションがあるからそれで我慢してね」
「「誰もそんなこと思ってないよ」」
自分の不甲斐なさと悔しさを語るも、ノルド父さんとシルヴィオ兄さんの返答は冷たいものだった。
「ええ!? じゃあ何に文句があるの!? やっぱり台所!?」
「どこにも不満なんてないよ。むしろ出来すぎているくらいだよ」
「なんだか旅をしているのに屋敷にいるような気分だね」
なぜか頭が痛そうにしているノルド父さんと苦笑いを浮かべるシルヴィオ兄さん。
うん? つまりは屋敷ぐらい快適ってこと? なら文句はないじゃん。
「ちょっとエリノラ! 火が強いわよ! もうちょっと込める魔力を減らしなさい!」
「ええ? そんなちょっととか言われてもわからないわよ!」
俺が首をかしげている間、後ろではエルナ母さんとエリノラ姉さんの怒声。そして派手に薪が爆ぜる音が聞こえた。




