出発準備完了
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それから三日後。俺達家族はシルフォード領へと向かうことになった。
シルフォード領での滞在は三日から五日を予定しているとのこと。
まあ、シルフォード領まで四日程度だし、全体の予定で二週間もかからないな。片道で二週間という厳しいカグラの旅路に比べれば、何ということはない旅だ。
片道四日の旅を何て事はないと思う辺り、俺もこの世界に慣れてきたと思うな。
朝の早い時間帯から中庭では俺達の荷物を積み込む作業が行われている。
旅の途中や目的地に着いてから足りない物が出たら困るのか、皆が念入りに荷物をチェックしている模様。
ちなみに今回の旅に同伴する使用人はミーナと御者のロウさんだ。
馬のお世話や道案内をしてくれるロウさんは当然として、メイドはミーナの「海を見に行きたい!」という希望を尊重しての選択だ。
俺達がいない間はメイド達は休暇。サーラは村にある家でゆっくり過ごし、メルもそこでお世話になったり、屋敷の管理をしたりするらしい。料理人のバルトロは料理の腕を買われて村の野郎どもの家を梯子するそうだ。
何か旅に出る俺達よりも、使用人達の方がよっぽど楽しそうに思えるのは俺だけだろうか?
そんな事を考えながら俺は忙しなく動き回るミーナ達を玄関から眺めていた。
「……はぁ、遅いわね」
隣に座っているエリノラ姉さんがため息を吐く。
いつだって子供の準備は早く終わるもの。
シルヴィオ兄さんは暇な時間があっても本さえあれば何とかなる。強いて言えばどの本を持っていくかという選定に悩んでいたくらい。
エリノラ姉さんに至っては自前の稽古道具くらい。あまりにも持っていく衣服が少なすぎてエルナ母さんに足されていたほどだ。
そして、俺はと言えば空間魔法があるので何も恐れることはない。
勿論、皆の前で使うことはしないが、ちょっとした物の不足は道中であっても簡単に補える。
皿やフォークが一枚足りなくても、靴下やシャツが足りなくても、こっそりと空間魔法で取り出して実はあった作戦が使えるのだ。まあ、皿やフォークくらいであれば土魔法で簡単に作り出せるので使うまでもないけどね。
「旅に出るのは久し振りだね」
俺が余裕の面持ちでいると、隣に座っているシルヴィオ兄さんが実に楽しそうな笑顔で言う。
「シルヴィオ兄さんは、ここ最近村から出ていなかったもんね」
シルヴィオ兄さんからすれば、久し振りに村から出ることができて嬉しいのかもしれない。でも、俺からすればシルヴィオ兄さんの状態の方が羨ましく思える。
最近は王都に強制的に招集されたり、カグラに観光に行ったりしていた。
しかし、それが終わった矢先に、今度はシルフォード家と友好を深めるアピールを周囲にするために旅ときた。
カグラについては自分が希望したことなのでしょうがないが、村でゆっくりすることを至上とする俺からすれば出かけ過ぎかなと思う最近だ。
転移による旅であれば、特に文句はないんだけどな。あれなら一瞬で苦労もないし。
「というかシルヴィオが前に村を出たのっていつよ?」
「えっと半年くらい前かな? 父さんと一緒に貴族の交流会に顔を出したことがあったよ」
「「へー、そんなのがあったんだ」」
シルヴィオ兄さんの言葉に、俺とエリノラ姉さんが同じように呆けた声を出す。
俺もエリノラ姉さんも微塵も興味がないことは、その声音からありありとわかる。
「二人共もうちょっと興味を示してよ。何も王都みたいに遠いわけじゃないんだから交流会にも顔を出して――」
「「わかった。考えとく」」
シルヴィオ兄さんが小言のようなことを言い始めたので、とりあえず俺とエリノラ姉さんは返事しておく。
勿論考えるだけで実際に行動に移すなどということはしない。
そんな俺達の考えが透けて見えるのか、シルヴィオ兄さんは諦めたようにため息を吐いた。
そういうのは次期領主である長男の仕事だ。
他の貴族家では誰を領主にするかで諍いが起きたりするそうであるが、うちでは無縁の話しだ。何せ長女と次男にまったくもってその気がないからな。
そうやって、ポツリポツリと会話をし続けることしばらく。ようやく準備が整ったらしい。
荷物を積んでいたバルトロが「よっしゃ! これで終わりだ!」という晴れやかな声を出していた。
出発の予感を嗅ぎ取ったエリノラ姉さんが、待っていたとばかりに立ち上がった。
「アル、エリノラ、シルヴィオ。出発の準備が整ったから行くよ!」
それと同時にノルド父さんから声がかかる。
次いでシルヴィオ兄さんが立ち上がり、最後に俺が重い腰を上げるようにだらりと立ち上がった。
エリノラ姉さんが急くように馬車へと歩き、それに続いて俺がトボトボと歩く。
すると、後ろにいたシルヴィオ兄さんが俺を労わるように背中を押してくれた。その無言の優しさが何となく嬉しい。
はぁ、本当はもう少しコリアット村でゆっくりしたかったんだけどなぁ。
「エリノラ様、アルフリート様、シルヴィオ様は忘れ物はありませんか? 屋敷に取りに戻るなら今が最後ですよ?」
馬車に近付くと、メイドであるミーナが尋ねてくる。
先頭を歩いていたエリノラ姉さんは「ないわ!」と勇ましく言うと馬車へと一番に乗り込んだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと確認した」
「僕も大丈夫だよ」
俺とシルヴィオ兄さんはきちんと返事をして、馬車へとゆっくりと入っていく。
うーん、やっぱり旅に出る以上は景色を楽しまないとな。
馬車へと乗り込んだ俺は、日差しの差し込む窓側の席へと座り込んだ。対面にエリノラ姉さんがいるのが少し怖いが、気にしないことにしよう。
俺が窓の傍に座ると、シルヴィオ兄さんが俺の隣に座った。エリノラ姉さんの隣と俺の隣。どちらが平穏に過ごせるかは比べるまでもないのだろう。
とはいっても、馬車の中は貴族が移動するためとあってか中々に広い造りだ。移動中に席を移るなんてザラなので微々たる抵抗だな。
日差しの差し込む窓からぼんやりと景色を眺めていると、ノルド父さんとエルナ母さんが揃って玄関から歩いてくるのが見えた。
「エルナ、忘れ物はないかい?」
「ええ、大丈夫よ。忘れ物はないわ。ノルドこそ忘れ物はない」
「僕も大丈夫だよ」
夏であるからか、エルナ母さんは涼しそうなワンピースにカーディガンを羽織っている。さらには日光対策として麦わら帽子までも被っていた。
年齢としては三十を越えているのだが、それを感じさせない清潔感と若さがあるな。相変わらず若々しい母親である。
ノルド父さんは、白いカッターシャツに青い長ズボン。単純な服装であるが、清潔感がとてもあり、見ているだけで爽やかな気分になれるな。
並んでい歩いているだけで絵になる二人だなぁ。
王都の時みたいに面倒なパーティーがないからだろうか。エルナ母さんも実に晴れやかな表情だ。
前回のようにわざとドレスを忘れるといった抵抗を見せることもない。
久し振りに夫であるノルド父さん、家族である俺達と旅に出られるのが嬉しいのだろう。
二人が馬車の傍にくると、ノルド父さんが先に馬車へと入り、振り返って手を伸ばす。
エルナ母さんはノルド父さんの手に自分の手を重ね、エスコートされる形で優雅に馬車へと入ってきた。
ぴょんとひとっ飛びで馬車へと入った姉とは大違いである。
普段は割とものぐさな性格をしているエルナ母さんだが、やはり貴族としての気品や所作きちんと備わっているのだな。そう、再認識させられるほどお淑やかな動きだった。
そしてさり気ないノルド父さんの動きも、実に紳士的であった。
俺とシルヴィオ兄さんが「おー」と感嘆の声を上げると、ノルド父さんは照れた表情で、エルナ母さんはどこか誇らしげな表情を見せた。
女子力の低いエリノラ姉さんは余り興味を示していないのが非常に残念だが仕方ない。
それにエルナ母さんは少しがっかりしたようだが、気をとり直してエリノラ姉さんの隣にノルド父さんと共に座った。
「お待たせしました! 準備が整いました!」
「ロウさん、出発してくれるかい?」
そして最後にミーナが入ってくると、ノルド父さんが声を張り上げる。
すると、御者席の方からピシンと鞭を振るう音がし、馬車がゆっくりと進み出した。
それをメイドであるサーラやメル、使用人であるバルトロが手を振りながら見送ってくれる。
「ミーナ、旅だからって浮かれるんじゃないよ。スロウレット家のメイドに相応しい振る舞いをしなよ?」
「くれぐれもノルド様達にご迷惑をかけないようにお願いしますね」
「任せてください! 私がスロレット家のメイドに恥じない働きをしてきます!」
「不安だねぇ」
「ですね」
「何でですか!」
メイド達の微笑ましいやり取りを聞いて思わず俺達は笑ってしまう。
ミーナはサーラよりも先輩なはずなのに、後輩みたいになっているな。
まあ、ミーナはどこか頼りないが、それでも十分に気配りのできるメイドだ。きっとシルフォード家に着いても変な事はしないだろう……多分。
「気をつけて行って来いよ坊主! 海鮮料理を楽しんでこい!」
「バルトロこそ、休暇を楽しんでね!」
「おう! お土産を期待して待ってるからな!」
そんな風に各々声をかけ合っていると、馬車は屋敷の門の前へと進んでいく。
並走していたバルトロ達が見送れるのはここまでだ。
俺達はバルトロ達が見えなくなるまで手を振り続けた。
俺達の屋敷がどんどんと小さくなって離れていく、それに連れて見送ってくれたバルトロ達も見えなくなった。
家族全員で旅をするのは初めてだなぁ。一体どのような旅になるのか。
でも、エリノラ姉さんがいるし稽古とかするよね? できれば稽古漬けの旅だけは遠慮したいなぁ。
俺は現実逃避するように、窓から見える外の景色を眺め続けた。




