コマも回り、言葉も回る
ルンバのコマが壁に当たる原因は、肩に力が入り過ぎていることと、きちんと斜め下に投げることができていないことだ。
ゲイツがコマを滑らせてしまう理由は、構える時にきちんとコマを水平に持っていない事と紐を引く力が弱いこと。
それらを指摘して、何度か回して矯正していくとルンバとゲイツは綺麗にコマを回すことができた。
「いけー! 俺のコマ! ゲイツのコマなんて弾き飛ばしちまえ!」
「ふっ、残念ながらそこは床の溝だぜ。そこに嵌って虚しく回っていな」
ルンバのコマがゲイツのコマに当たりにいったが、トールの家の床に窪みがあったせいか、ルンバのコマはそこに嵌って身動きができなくなっていた。
そして、悪い場所で回っているせいか、回転が歪になって減速してしまう。
「なんだよそれ!? トールも家の床くらいもっと平らにしとけよな!」
人様の壁の家を壊していた奴が何を言うのか。
「じゃあ、ぶつかり合いがしやすいように、ちゃんとステージを作ろうか。そうすれば、もっと面白くなるよ」
「おお! そんなものがあるなら早く作ってくれよな!」
「まったくだ」
「……いや、二人がまともに投げることすらできなかったから作らなかったんだよ」
ステージの上に乗せるだけのコントロールがついたからの提案だ。
先程の二人なら、恐らくステージに乗せることなど到底できないだろうに。
俺がジトッとした視線をルンバとゲイツに送っていると、突然壁にある窓が開き出す。
「ねえ、何か凄く物音が響いてきてるんだけど何してるの?」
人様の家の扉を開いたのは、隣に住んでいるアスモだ。
隣の民家から棒で突いて開けたのか、手には長い棒を持っている。
さすがはお隣さんと言いたいところだが、相変わらずプライバシーもへったくれもないな。
でも、こうして気軽に声をかけられるのは楽しそうだな。
「アスモ帰ってきたんだ。今、コマっていう遊び道具で遊んでるんだけどアスモもやる?」
「面白そうだから行く」
俺がコマを見せながら言うと、アスモは暇だったのか即座に頷いた。
そして、自分の家の窓を閉めるとすぐにこちら側へとやってきた。
「あれ? トールは?」
家にやって来るなり辺りを見回すアスモに、俺はトールが引き起こした惨劇を語る。
するとアスモは「バカだなぁ」と呟くと気にしないことにしたようだ。
このような事件をトールが引き起こすのは、日常茶飯事だよな。だから俺もあんまり気にしていない。
俺はアスモにコマの一つを渡すと、トールの床の上で土魔法を発動。
俺の魔力を媒介にして、トールの家に土が現れる。
脳裏に鮮明なステージのイメージを描いて、それに近付けるように土を固めていくと、あっという間にコマをぶつけ合う円形のステージが完成した。
勿論、きちんとコマが中心にいくような凹みにしてある。
「へー、ここに投げてぶつけ合うのか!」
「……相変わらず見事な土魔法だな」
感心の声を上げるルンバとゲイツがステージを確かめるように観察する。
「それじゃあ、早速投げていいか!?」
「うん、いいよ。アスモも見てて」
「わかった」
どうやって遊ぶか見せた方が早い。
コマを観察していたアスモは、素直にルンバとゲイツの方を眺め出した。
ステージを挟んで対面で睨み合うルンバとゲイツ。
「へへへ、それじゃあ行くぜ?」
「投げるのをしくじって俺に当てるとかはなしだぞ? コマは硬いから当てられると洒落にならないくらい痛そうだ」
チラリと陥没した壁を見ながら言うゲイツ。
まあ、コントロールができるようになったとはいえ、さっきまで壁にボコボコ当てていたからな。心配になる気持ちはわかる。
「心配するなって。もう慣れたからな!」
「本当に頼むぞ?」
ゲイツが疑心暗鬼になる中、ルンバとゲイツは互いにコマを構えてステージへと投げる。
お互いの紐から離れたコマが、綺麗に空中で回転してステージの上に乗っかる。
「ひっ!?」
ルンバの方はまだ微妙に精度が怪しいのか、ステージのかなり端っこに当たっていた。
思わず足に当たるかと思ったのか、ゲイツが情けない悲鳴を一瞬上げる。
それからルンバのコマがステージから出てこないとわかると安心したように息を吐いた。
ゲイツの投げたコマは中心部で綺麗に回り、ルンバの荒々しい投擲によって放たれたコマは外縁部を勢いよく回る。
これは外縁部を回りながら加速しているルンバの方が少し有利かもしれないな。
中心に向かって緩やかに斜面ができているので、ルンバのコマが徐々に中心部へと向かっていく。
そして、中心部で綺麗に回っているゲイツのコマに激突。
勢いの乗ったルンバのコマにぶつかられたことで、ゲイツのコマはたまらずに大きくぐらついた。
「おお! いい一撃が入ったな! ゲイツのコマがぐらついているぞ!」
「ぐぬぬ! 堪えるんだ!」
ルンバが嬉しそうな声を上げて、ゲイツが必死の表情でコマを見守る。
しかし、ルンバのコマはそんなゲイツに構わず、ガツガツと連続でぶつかっていき――そして、最初の一撃が大きく効いたのか、ゲイツのコマの回転が弱まった瞬間に外へと弾き出された。
「あああっ!」
「ガハハハハッ! 俺の勝ちだな!」
「もう一回だ! 次は俺も外から勢いをつける!」
勝ち誇るルンバに負けじとゲイツが言う。
とりあえずまあ、ルンバとゲイツが楽しそうで何よりだ。
今ではすっかりはまって二人共せっせと紐を巻いている。
「まあ、こんな感じで投げてぶつけ合ったりするんだよ」
「面白そうだね。俺もやってみる」
にっこりと笑いながら頷くアスモに、俺はトール達と同じように紐の巻き方や投げ方を教える。
すると、アスモはその全てを一回で覚えてくれた。
トール達の出来が悪かった分、俺はちょっと感動したよ。
「アスモって体型の割に指先が器用だよな」
「……体型の割には余計だよ」
「おう、アスモも回せるんなら皆でぶつけようぜ!」
アスモが一通りの練習を終えると、ルンバが振り返って呼んでくる。
「四つのコマをぶつけ合うと、中々白熱して面白いことになるよ」
「おお、いいな! 早速やってみようぜ!」
ルンバに手招きをされて、俺とアスモはステージの傍へと寄っていく。
一対一のコマもいいけど、四つのコマが入り乱れてぶつかり合う乱戦も面白いよな。
投げたらいきなりコマがぶつかり合って場外に弾き飛ばされるとかザラにあるし、何があるかわからないからな。
ワクワクしながら皆でコマに紐を巻きつけていると、突然玄関の扉が開いた。
「ちくしょう! あいつらこっちの足下見て米の数粒ですら渋りやがって!」
肩をいからせながらリビングに入って来るトール。
手には米粒らしきものを持っているので、一応はお米をわけてもらうことができたらしい。
エマお姉様お気に入りのコップを割ったのだ。
それを修復するためにお米が必要とわかれば、そこにいる村人達はトールの足下を見てお米を分けるのに無理難題を言ったに違いない。
さすがはコリアット村の村人。皆いい性格をしている。
「ほら、トール。さっさと来いよ。今から全員でコマをぶつけ合うんだぜ」
「何だよそれ! 面白そうじゃねえか! すぐに米でコップを修復するから俺も混ぜろ!」
俺がそう言いながら呼ぶと、トールが怒りの表情から一転させて笑顔になる。
それからトールは指先にある米粒を、コップの割れた取っ手にチマチマと付けだして……。
……長いな。それって後何分くらいで終わるのだろうか?
俺が思っていることを他の三人も思っているのか、うずうずとした表情でトールを見ている。
「そういえば、トールはまだまともにコマを投げることができなかったな」
「ということは、トールはまだコマのぶつけ合いに参加できないな」
俺の小さな呟きに続いて言葉を重ねるアスモ。
ルンバもゲイツも納得といった表情で頷いている。
皆の意思をアイコンタクトで確認した俺は大きく息を吸い、
「よーし! いっせいの――でっ!」
「待てよ! まだ俺が混ざってねえっての!」
◆
「ただいまー」
「母さん、他にお客さんがいるみたい」
「あら? この靴はアルフリート様とアスモと……誰かしら?」
コマを使って遊びまくることしばらく。明るかった空が薄暗くなってくる頃。
トールの家の玄関が開いて、誰かが帰って来た。
「……遂に帰ってきやがったか……っ」
そして、その声を敏感に耳にしたトールが身体を硬くする。
……そういえば、俺達の姉への愚痴が回り回って姉に知られている可能性があるんだったな。
思い出すと気が重くなってきた。
トストスと足音が聞こえて、リビングに入ってくるミュラさんとエマお姉様。
二人並んで歩いていると、本当に似ているな。
俺の傍にいるヤンキーみたいな小僧が、本当に同じ家族なのか小一時間くらい問い詰めたいくらいだ。
「お邪魔してます。ミュラさん、エマさん」
「あら、アルフリート様こんにちは。うちに来ていたのね。今回は珍しい取り合わせね」
「こんにちは、アルフリート様」
ミュラさんとエマお姉様が柔らかい笑顔で答えてくれる。
ああ、やっぱりいいなぁ。
俺の姉がエマお姉様くらい包容力に溢れていて優しければ愚痴なんて溢すような事はなかったのになぁ。
「俺はルンバだ。ちょっとお邪魔してる!」
「俺はゲイツです。日中からお邪魔してました」
「ルンバにゲイツね! いつも村の外にいる魔物を狩ってくれてありがとうね」
家にルンバとゲイツがいることに驚いていたミュラさんだが、日頃二人がどのような事をしているかは知っているらしく自然な様子で会話をしはじめた。
そんな中、エマお姉様がトールに声をかける。
「トール、ちょっとこっちに来て?」
「……な、何だよ? 気持ち悪い声出して。俺今いいとこなんだけど?」
身に覚えのあることは、全て悪いことしかないのだろう。
トールが身と声を硬くしながら答える。
それに対してエマお姉様は笑顔なのだが怖い。
「……すぐに済むから」
「わ、わーったよ!」
エマお姉様の謎の圧に顔を青くしながらトールは頭の後ろで腕を組んでリビングを出ていた。
エマお姉様がトールの肩に優しく手を回したのだが、俺は一瞬それを死神の鎌のように見えてしまった。
ああ、やっぱりあいつは今日ダメなのかもしれないな……。
なんて思いながら見送っていると、エマお姉様が戻ってきて顔を出す。
「あっ、アルフリート様。エリノラ様が呼んでましたので、早めにお帰りになられた方がいいですよ?」
「……あ、あはは、それはどうも。じゃあ、今日はここら辺で帰ろうと思います……」
ああ、やっぱり俺もダメみたいだ。
自分の口から出た言葉が尻すぼみになって出ていく。
……俺、今日は帰りたくないな。
「そろそろ晩飯の時間だな! 俺達も帰るか!」
「だな。俺の嫁が飯を作って待ってる」
そんな感じで俺とルンバとゲイツは、トールの家から帰宅することにした。
ルンバやゲイツと別れた後の帰り道。
日も暮れてきたのでこんな日はいつも転移で屋敷の近くまで帰ったりするのだが、今日は屋敷に帰ることが憂鬱なのでトボトボと歩いていた。
しかし、そんな抵抗も無駄だ。コリアット村から道沿いに進めば俺の屋敷まであっさりと着いてしまうのである。
屋敷の門を見上げた俺は、ボーっと茜色の空を見上げる。
今からでも遅くはない。転移で自分の部屋に逃げ込んでしまおうか。
いや、それでも並外れた感知能力を持つエリノラ姉さんにすぐ捕捉されてしまうな。どうやっても逃げることができない。
俺が諦めながらも門を開けようとすると、目の前の門が勝手に開き出す。
中庭で仕事をしていたバルトロやサーラが門を開けてくれたのだろうか?
そう思って顔を上げると、目の前の門から出てきたのは赤茶色の髪を後頭部で結んでいる我が姉事、エリノラ姉さんであった。
エリノラ姉さんは俺を見るとにっこりと笑みを浮かべて、
「アル、お帰り」
「……ただいま」
おや、もしかして俺のエリノラ姉さんへの愚痴は回らなかったのか?
女子会があったのだし、当然回っているものだと思っていたが。
とにかくエリノラ姉さんは笑顔を浮かべている。この様子から察すると、特に何もなかったようだ。
きっと中庭で剣を振っていると、俺が帰ってきたので開けてくれたって感じだろう。エリノラ姉さんにしては気遣いができているな。
「――あたしにしては気遣いができてるとか思った?」
エリノラ姉さんの笑顔と共に吐き出された皮肉を聞いた瞬間、俺は即座に走り出した。
が、あえなくエリノラ姉さんの細腕に首を掴まれてしまう。
ダメだ! 死神の鎌に捕まった!
『女達に喋る内容は気をつけろよ? あいつら凄い速度で広めていくからな?』
『女は喋るのがストレス発散みたいなものだからな。トールやアスモやアルの噂はよく聞くぞ?』
俺の脳裏でルンバとゲイツの言葉が浮かんでは消えていく。
「ひ、ひいいい! お助け!」
「どうしたのよ怯えちゃって? 愚痴が言いたいなら付き合ってあげるわよ? まあ、あたしはアルが言っていたように優しくもないし、だらしないし、気も遣えないけどね?」
……ああ、皆でコマをぶつけ合って遊んだ時間が懐かしいや。
書籍の書き下ろしの話は一旦終わりです。次からいつも通りのオリジナルに戻ります。
ちなみに後4話くらいで第三王女、レイラの閑話が入ります。




