母のいぬまに何とやら
おじさん二人を引き連れた俺は、トールの家の前にやってきた。
「おーい、トール! いるー?」
俺が扉をノックしながら言うと、トールの家からバタバタとした音が聞こえる。
それからゆっくりと玄関の扉が開き、トールが警戒した眼差しを向けてくる。
「……アルだけだろうな?」
「ミュラさんなら、今頃俺の屋敷でご飯を食べているよ」
俺がトールの意図を察して言うと、トールがホッと息を吐いて、
「何だ良かった。アルがいらない事を言って、母ちゃんが怒って帰ってきたのかと思ったぜ」
「逆にお前の方がいらない事を言ってくれたな? トールのせいで俺はさっきエルナ母さんに家庭菜園の準備として雑草抜きを手伝わされたよ」
「はっ? 別に俺はお前の母ちゃんに言ったりしてないぜ?」
「ミュラさんに言ったんだろ? それでエルナ母さんに伝わっていたよ」
「…………はっ! そうかっ! 俺が母ちゃんに話したことは全部おばちゃん会議で広まってしまうのかっ……!」
俺の言葉を聞いてトールがハッとしたように口元を抑える。
……おい、その反応を見ると凄く怖いのだが。
というかおばちゃん会議とか言っているのがバレたら、後で村のおばちゃ――お姉様方にシバかれるぞ。
「女達に喋る内容は気をつけろよ? あいつら凄い速度で広めていくからな?」
「女は喋るのがストレス発散みたいなものだからな。トールやアスモやアルの噂はよく聞くぞ?」
後ろにいるルンバとゲイツが、経験則を込めたような口ぶりで言う。
うんうん、特にロクでもないことをしているトールやアスモなんて、よくお姉様方の噂になって……あれ? 何で俺まで混ざってんの?
「……大丈夫だっけな? 俺アルが漏らしていたエリノラ様への愚痴とか話していない……よな?」
「おい、ちょっとその反応を見ると、俺今日は家に帰りたくなくなるんだけど……」
俺ってば散々トールに言った気がする。
トールが抱いているエリノラ姉さんへの幻想を砕くために、コンコンとエリノラ姉さんのダメなところとか語ったような……。
「……トール、お前俺が言ったエリノラ姉さんのダメなところとかミュラさんやエマお姉様に言ってないよな?」
「いや、言った気がする。アルがエリノラ様がだらしないとか嘘っぱち言うから、反発して姉ちゃんや母ちゃんに聞いた気がするぞ」
「おい、お前何言ってんだよ!?」
「お前こそ、俺が言った姉ちゃんのダメなところとか聞いてないよな!?」
俺が思わずトールの胸倉を掴むと、トールが焦燥感を露わにしながら俺の胸倉を掴み返してくる。
「……いや、トールが嘘っぱちばかり言うもんだから、エルナ母さんのいる所でエリノラ姉さんに聞いた気がする」
目を逸らしながらの俺の言葉に、トールの顔色がみるみる青ざめていく。
その全てが今日の女子会で語られ、そしてそれぞれの姉へと伝わっていると思うと気が重くなった。
俺とトールはどちらともなく胸倉から手を離して、頭が真っ白になる。
「まあまあ、今日は思いっきりコマとやらで遊ぶんだろ?」
「辛いことを考えても仕方がないさ。今は楽しさを満喫しようぜ」
俺の肩をルンバが、トールの肩をゲイツが掴んで言う。
さすがは自由を愛する冒険者達だ。言う事がやっぱり違う。
完全に嫌な事を考えないようにする逃げの考えだけど、嫌いじゃない。
「そうだよね。先にどんな辛いことがあろうとも、今という時間はかけがえのないものだからね」
「……ああ、そうだな。確実とも言えねえ、辛い未来にビクビクと怯えていても仕方がねえよな」
ルンバとゲイツに諭された俺とトールは晴れやかな笑顔で言う。
そうだ。怒られるのは確実とはいえないよな。
普通に俺達の愚痴が話題に上らずに女子会では、普通のお喋りをしているかもしれない。
不確かで暗い未来に怯えるよりも、今は楽しく時間を過ごすべきだ。これは俺とトールの中で名言だ。
「よし、俺の家に上がれよ! 今日は仕事も終わったし家に誰もいねえからな! 存分に遊べるぜ!」
「うん! お邪魔するよ!」
「おう! 入るぜー!」
「お邪魔する」
トールに晴れやかな笑顔で促されて、俺達は続々とトールの家に上がり込む。
こうしてルンバやゲイツとトールの家に上がり込むのは初めてだから新鮮だな。
いつもの広いリビングへと入ると、テーブルの上には食べ終えた食器やら、コップが置かれてあり、皿の上には俺が渡してあげたクッキーが置かれていた。
鬼のいぬ間に何とやら。ミュラさんが出かけて平和なのをいいことに、好き放題していたようだ。
「ところで隣にアスモはいる? どうせならアスモも呼ぼうと思っていたんだけど?」
「あいつなら、まだ仕事だからいねえよ」
隣にあるアスモの家の方角を見ながら言うと、トールが首を横に振って答える。
どうやらアスモは家にいないらしい。
それなら仕事が終わって帰ってくるなりしてから、誘えばいいか。
「それよりさっきルンバが言っていたコマって何だ?」
「新しく作った遊び道具が完成してね。今日はそれで遊ぼうと思っていたんだ」
「おお、新しい遊び道具か! 次はリバーシのように頭を使わないものなら嬉しいぜ!」
「トールのお望み通り、次は頭を使うものじゃないよ」
「そりゃいいぜ!」
「リバーシも面白れえけど、頭を使うからな!」
「相手との駆け引きも悪くはないが、もっと感覚的な遊びもしたいからな!」
頭脳プレイが弱い三人は、新しい遊びでは頭を使わないと聞いて嬉しそうだ。
まあ、確かにコマは感覚的な遊びなので、頭脳戦を好まない人達には特に人気が出そうだ。
「見せてくれよアル!」
「いいよ。そう派手なものじゃないけどね」
トールにせっつかれるように促されて、俺はポケットから紐を巻きつけたコマを取り出す。
「何だこれ? どうやって遊ぶんだよ?」
「それを今から見せるよ。ちょっとこのコマを投げるから離れてくれる?」
「……おい、投げるってどういうことだよ?」
室内で急に投げると言ったからか、トールが訝しみの声を上げる。
「ボールじゃないんだから危なくないよ。ちょっと下がってくれればいいから」
俺がシッシと手を払うとトールはムッとしながら後ろに下がり、家がどうなろうが関係のないルンバとゲイツは素直に下がる。
三人の視線が突き刺さる中、俺はリビングの空いている床目がけて紐が巻かれたコマを胸元で構えて投げつけた。
紐の回転運動によって起こされたエネルギーによって、コマが一気に回転する。
俺の投げたコマは空中で綺麗に回転し、そのままトールの家の床にゴッと音を立てて着地した。
トールの家の床で、俺の投げたコマが小さな円を描くように回り出す。
「「「おおっ! なんか回ったぞ!」」」
回転するコマを見て、驚きの声を上げる三人。
コマを知らない三人の反応がちょっと面白い。
「これ近付いても大丈夫だよな?」
「うん、別に問題ないよ」
コマについて言っているとは思えないルンバの言葉に苦笑しながら俺は頷く。
すると、ルンバとゲイツとトールが興味深そうにコマへと近付いていった。
屈んで観察したり、床にほっぺたをつけたりしながら必死に眺めている。
ただコマが回っているだけだというのに、大の大人二人と子供一人が必死に見つめている光景はシュールだ。
「これ、何で回ってるんだ?」
「わからん。アルの手にあるヒモのお陰だろうか?」
「……すっげー、綺麗だな。馬車の車輪とは比べ物にならねえくらいに早いな」
確かにこの世界で回るものといえば車輪くらいだろうか? まだまだ科学が発達していないこの世界では、これほど高速回転するコマというのも珍しいのかもしれないな。
俺が感慨深くそう思っていると、回っているコマにおっかなびっくり手を伸ばす三人の姿が見えた。
俺はそんな三人を見て、ニヤリと笑い。
「バカ触るな! 触ると指が切れるぞ!」
「「「うああああああああああっ!?」」」
俺の本気の叫び声によって、指でコマを突こうとしていた三人が悲鳴を上げてひっくり返る。
「うあああああああっ! どうしようアル! 俺指で触れちまった! きっと指から血が……っ!」
トールが涙目になりながら、俺の下にすり寄ってくる。
トールの反応を見て、俺が笑ってやるとトールはきょとんとした表情で自分の指を見る。
「……おい、何ともねえじゃねえか!?」
「あはははは! 当たり前だろ? ただの遊び道具だよ? そんな危険な物を俺が作るわけないじゃん!」
ケラケラと笑う俺を見て、トールが顔を真っ赤にする。
「てんめえっ! この野郎! ハメやがったな!」
「ちょっとからかっただけだろ? 怒るなよ?」
胸倉を掴んでくるトールを諫めると、トールは「ぐぬぬ」と唸りながら腕を離した。
「回転してるし、アルの声がマジだから本当にヤバいもんかと思ったぜ……」
「……おぉ、心臓がまだビクビクと跳ねてる……」
視界の端では胸を抑えながら冷や汗を流しているルンバとゲイツが。
……何かごめん。そこまでビビるとは思わなかった。
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