ドール子爵からの贈り物
今日は珍しく昼間からノルド父さんがダイニングでゆっくりしている。
俺がエリノラ姉さんと地獄の稽古をしている間に溜まっていた仕事が一段落ついたようで、ようやくゆっくりとした時間が取れたようだ。
今ではその自由な時間を愛する妻であるエルナ母さんと楽しんでいる模様。
バルトロが工夫を凝らしたクッキーを摘まみ、紅茶を飲みながら優雅にお喋りをしているようだ。
対面に座っているエルナ母さんも、いつもより五割増しの笑顔で非常にご機嫌な様子。
最近はノルド父さんが忙しくて、中々こういうゆっくりとした時間が取れていなかったからな。一緒にゆっくりとした時間を過ごすことができて嬉しいのだろう。
最近のエルナ母さんは、どことなくご機嫌が優れていなかったようなので子供である俺も一安心である。
二人の楽しそうな様子を眺めてホッとしていると、リビングの扉から控えめなノック音が響く。
この控えめな音とリズムからしてサーラだろう。
「どうぞ」
ノルド父さんの声に反応して扉から入ってきたのは、俺の予想通りサーラであった。
何やら丁寧に包装された木箱を手に持っている。
「失礼します。ノルド様、ドール子爵から贈り物が届いております」
「……またかい?」
「……はい」
ノルド父さんが苦笑いしながら問いかけ、同じ表情でサーラも答える。
「ドール子爵って、あのドール子爵よね?」
「ああ、そうなんだ。王都のパーティーで顔を合わせてから、ずっと贈ってくるんだ」
「ハッキリといらないって言ってあげればいいんじゃない?」
「うーん、でもあれに目を瞑ればいい人なんだよ? 元平民の僕にも、分け隔てなく接してくれるし、突き放すような事はしたくないんだ……」
……何だろう? 基本的に無料で貰えるものは嬉しいはずなのに、この困りよう。
そんなに贈り物とやらが気に入らないのだろうか?
とりあえず、贈り物と聞いてエルナ母さんが眉をひそめなかったので、ドール子爵は男性だということはわかる。
「……ノルド父さん、そのドール子爵って誰?」
「あれ? アルは挨拶をしていなかったっけ?」
「ほら、私達と別れた後に挨拶したからアルは知らないのよ」
どうやら俺とノルド父さん達が別れた後に挨拶をした人らしい。
「ドール子爵は、うちから南西にある土地を治めている貴族で、前回のパーティーで仲良くなった人なんだ」
「領地ではたくさんの綿や毛皮、糸がとれるお陰で質のいい布を輸出しているところよ」
ああ、となるとエリックの領地より少し上らへんといったところか。などと思っていると、エルナ母さんがさらに詳しい情報を与えてくれる。大変勉強になります。
「ふむふむ、それでその貴族の何が問題なの?」
基本的な情報を知ったところで、俺はそのドール子爵本人の情報を尋ねる。
すると、ノルド父さんとエルナ母さんは微妙な表情で顔を見合わせる。
……なに? もしかしてドール子爵って子供に言い聞かせないような性癖でも持っているの?
俺が内心ビクビクしていると、ノルド父さんがこちらを向いてゆっくりと口を開く。
「……簡単に言うと、人形愛好家なんだ」
「なんだ、その程度か」
なんだ身構えて損をしたよ。
「その程度って、それ以上の何を想像していたのよ?」
「い、いや、変わった性格だったりするのかと……」
エルナ母さんからジトッとした視線を向けられて、咄嗟に俺は差しさわりのない答えを返す。
でもロリコンが多いのは知っているし、それ以上って言ってもどれも今更だな。
「で、そのドール子爵から人形でも届いたの?」
俺がテーブルの上にある木箱を指さすと、ノルド父さんがそうだとばかりに頷く。
「ああ。前回は少女の人形で……今回は何だろうね?」
「とにかく開けてみましょう」
そう言ってエルナ母さんが木箱の紐を解いていく。
俺はドール子爵がどのような人形を送ってきたのか気になったので、椅子に座って覗き込む。
そしてエルナ母さんが蓋を開けると、そこには西洋の甲冑を着込んだデフォルメされた人形がいた。
エルナ母さんが無言で蓋を置いて、人形を掲げる。
「……騎士の人形かしら?」
「「そうだね」」
刀身は二・五頭身だろうか? 頭が大きくて身体や足が短めのタイプの可愛らしい人形だ。
顔は甲冑で覆われているせいか表情といったものはなく、胴体や足も同様に灰色の鎧に包まれている。まさに全身鎧の騎士を表した人形だろう。
エルナ母さんは観察するのに飽きたのか、騎士人形をノルド父さんに手渡す。
「うちの国の騎士団を模倣した騎士の人形だろうね。腕章やラインまで細かく再現されているよ」
そして、ノルド父さんから俺にパス。
俺は回ってきた騎士人形をポスポスと叩いたりしてみる。
うん、中にとてもいい綿が入っているのか弾力がいい。それに布もいいお陰か表面がとても滑らかだ。
手で触っていて心地いいな。これ、かなり高級な人形なのではないだろうか?
こうして人形なんかゆっくり触ったのは何年ぶりだろ。
「……これ、結構いいね」
「あら? アルはその人形が気に入ったの?」
「人形は女の子が遊ぶものだから、アルは興味がないと思っていたよ」
俺の呟いた言葉に、エルナ母さんとノルド父さんがちょっと驚いたように反応する。
この世界ではあまり男の子は人形で遊ばないのか?
前世では、むしろ男の大人がかなり人形を愛好していたけど――いや、それはまたこれとは違う人形だな。布製の人形ではないし。
「まあ、アルが気に入ったのならあげるよ。僕が貰っても扱いに困るだけだから」
「うちはエリノラがあんな感じだし、シルヴィオもあまり興味がないから持て余して困っていたのよね」
「そうなんだ。じゃあ、これ貰うね」
やったね。これだけ心地いい人形をなら抱いて寝たら最高だろうな。
今夜はいい夢を見られる気がする。
「それじゃあ、前回貰った少女の人形もあげるよ。サーラ、僕の執務室から取ってきてくれるかい?」
「かしこまりました」
ノルド父さんがそう頼むと、サーラが綺麗な一礼をしてリビングから出ていく。
「……それにしても、人形を気に入るなんて相変わらず変わった子ねー」
紅茶を一口すすったエルナ母さんが、どこか呆れた声音でそんなことを言う。
まあ、前世のような世の中でもないし、男が人形を気に入ることは少し珍しい部類なのだろう。
とはいっても、俺はドール子爵のように精巧な人形を作るような熱もないのだが。
「でも、この人形かなり質がいいでしょ? 寝ながら抱いたら気持ちいいよ?」
「…………」
俺の発した言葉を想像したのか、無言になるエルナ母さん。
俺が無言で騎士人形を差し出すと、エルナ母さんが黙ってそれを受け取る。
それから騎士人形の抱き心地を確かめるように、ギュッと抱きしめる。
それから悪くないとばかりに頷くと、そのまま抱いてリビングのソファーまで移動する。
ノルド父さんがいるせいか、綺麗な動作で横になるエルナ母さん。
いつもだったら、どっかり寝転んだり、芋虫のようなだらしない動作で寝転ぶのにな。
仰向けに寝転んだエルナ母さんは、そのまま騎士人形を胸元で抱き締める。
その場で三十秒ほど制止すると、今度は横になって騎士人形を抱き締める。
それから三十秒ほど俺達がジーッと眺めていると、エルナ母さんが目を開いて、
「……悪くないわね」
「でしょ?」
「……むしろ、いいわね」
「でも、あげないよ? それは俺が貰ったんだから。同じく少女人形もね」
むくりと起き上がるエルナ母さんを牽制するように俺は言う。
この人形はもう俺の物だ。
「アルは私の息子よね?」
「ノルド父さん! エルナ母さんが大人げなく人形を取り上げようとしている!」
エルナ母さんの言葉から不穏な空気を感じとった俺は、ノルド父さんへと泣きつく。
「あはは、エルナ。人形はアルにあげるって言ってあげちゃったから……」
「……わかってるわよ。ちょっと言ってみただけよ」
苦笑いをしながら窘めるノルド父さんと、表面上は素直なエルナ母さん。
でも、俺達にはわかる。あれはかなり欲しがっているのだと。
「ドール子爵に追加で貰えるように連絡してみるよ。彼はリバーシを欲しがっていたようだし、優先的に回せばすぐに送ってくれるさ」
「ええ、わかったわ貴方」
ノルド父さんがにっこりと笑いながらすぐに手に入れることを言うと、ご機嫌な様子に変わるエルナ母さん。
相変わらずノルド父さんにかかればチョロイ母親だ。




