スライムクッションでリラックス
朝食後のまったりとした時間。
今日はエリノラ姉さんを除く、家族全員がリビングで思い思いに時間を過ごしていた。
「カグラの本の中で何が一番面白かったんだい?」
「うーん、物語も独特で面白かったけど、やっぱり水神様と歴史かな?」
シルヴィオ兄さんとノルド父さんは、カグラの書物について話し合っている模様だ。
俺が持ち帰ってきた本の、どんなところが面白かった。どう違うか、などと知的に論議を交わしている。
そして、俺とエルナ母さんは、
「こういう時もお尻に敷くのがいいのかしら?」
「いや、エルナ母さん。こういう時は、ソファーと腰の間の空間を埋めるのがいいと思うよ」
「あら、本当ね。こういう使い方もあるのね」
それぞれスライムクッションを手にして、どうすれば快適な姿勢で過ごせるか知的に論じていた。
「ああ、この姿勢いいわね。少しだらしないけど、足を伸ばせるともっといいと思うわ」
「そうだね。このソファーも中々の物だけど少し小さい気がするし」
「だけど、今からもっと大きな物を作らせるのもねー。出来上がるまでに時間がかかるし」
困ったというように頬に手を当てて言うエルナ母さん。
こういう仕草が自然に似合ってしまうのがエルナ母さんの凄いところだ。
ちなみにうちはエルナ母さんや俺が、ソファーでゴロゴロするのが大好きなために人一倍ソファーには拘っている。
オーダーメイドは当然だし、値段だって気にやしない。自分の好きな時間をより快適に過ごすためなのだ。妥協したりはしない。
だが、今から選定して、特注品を作らせると軽く半年の期間はかかってしまう。そんな長い期間を待てるわけがないし、それでこのソファーを取り換えるというのも勿体ない。
「別に既存のソファーに拘らなくてもいいんじゃない? 背もたれ無しで座る部分だけ作れば、くつろぎたい時に使う事ができるし」
俺が何気なく提案してみると、エルナ母さんがポカンと口をあけてこちらを見る。
「……盲点だったわ。確かにそうすればくつろぎたい時にだけに使えるし、色々な姿勢のバリエーションが増えるわ。それに邪魔な時は端に寄せておけばいいし、アルってば天才ね!」
にこやかに笑いながら俺の頭を撫でるエルナ母さん。
褒めてくれるのは純粋に嬉しいのだが、もうちょっと違う場面で褒めてほしいと俺は思う。
「さらにいつもエルナ母さんがやっているように、肘置き部分にクッションを置いて、足を乗せると楽だよね」
「本当ね――って、私はそんなはしたない事やってないわよ」
良かれと思い、エルナ母さんがいつもとる体勢の時のクッションの敷き方を教えたのだが、叱られてしまった。
この母親、いつまでやっていないと言い張るつもりなのか。
エルナ母さんの気の抜いた姿をノルド父さんは知っているのかな? ちょっと気になって尋ねたい気もするが、エルナ母さんから無言の圧力がかかってきたのでやめておこう。
好奇心を断ち切った俺は、スライムクッションを頭の下に敷いてソファーで横向きに転がる。
あー、いつもはクッションがなかったせいか頭が安定しなかったが、今はスライムクッションがあるお陰でとても安定する。
あまりの居心地の良さに俺が目を瞑ろうかとしたところで、シルヴィオ兄さんと話していたノルド父さんが立ち上がる。
「さあ、アル。稽古の時間だよ」
「えー、今日って稽古の日だっけ?」
「そうだよ」
俺の問いかけにノルド父さんがしっかりと頷く。
できれば嘘や間違いであって欲しかった。
エリノラ姉さんが帰ってくるまで後二日。貴重な時間が二日しかないのに、稽古などという面倒なものにかまけている暇はないのだが。
それに何より今は夏だ。歩いているだけで汗をかいてしまう暑さだというのに、剣を振って走り回ればどうなるか。汗だくになるし絶対しんどいに決まっている。下手をすれば暑さで倒れるぞ。
「こんなに暑いのにするのー?」
「暑くなるからこそ、朝の早い時間にするんだよ。ほら、文句を言ってないで早く準備しなさい」
駄々をこねてみたが、取り付く島もなかった。
ノルド父さんはそう言い残すと颯爽とリビングを出ていく。
はぁ、こんなにも暑いのに外で剣を振らなければいけないのか。
「ほら、起きなさい。早くしないとドンドン日が昇って暑くなるわよ」
「……そうだね」
隣にいるエルナ母さんに軽くお尻を叩かれながら諭されて、ようやく俺は起き上がる。
どうせ稽古が中止になることはないのだ。ここはエルナ母さんの言う通り、さっさと準備を進めて涼しい朝のうちに稽古を終わらせるのが賢い選択だな。
「着替えに行こうかアル」
「そうだね、シルヴィオ兄さん」
シルヴィオ兄さんに背中を押されて、俺はリビングから出ていく。
「……あっ、スライムクッションを忘れてた」
「僕も」
俺とシルヴィオ兄さんはそのまま回れ右をして、廊下からリビングへと戻る。
すると、リビングではエルナ母さんがソファーの肘置きと頭の下にスライムクッショを敷いて、優雅に寝転んでいた。
それはもう堂々たるもので大きなソファーと俺達のスライムクッションは完璧に占有されている。
「……エルナ母さん、それ、俺達の――」
スライムクッションと言おうとしたところで、シルヴィオ兄さんの手が俺の口を覆う。
「アル、稽古に行こう」
「……そうだね」
エルナ母さんは一刻も早く、スライムクッションを使ってリラックスした体勢になりたかったのだろう。その気持ちがどこかわかる俺は、見て見ぬフリをして二階へと上がった。
◆
自分の部屋で稽古服に着替えた俺とシルヴィオ兄さんは、木剣を手に持って中庭へと集合する。
中庭というのは勿論外であるために屋根といったものはない。そのせいか真夏の太陽が直で俺達の頭に降り注いで、猛威を振るうのだ。
いつもならば中庭で控えるメイドのサーラやミーナも、今日ばかりは屋根の下で待機している。
それが俺には酷く羨ましく思えてしまう。
俺がジーっとした視線を向けると、二人はついっと視線を逸らした。
主に仕えるメイドとして、やはりもっと傍にいるべきではないだろうか。
用もないのにこちらに呼びつけてやりたくなるが、冷やしタオルや水分といったものは彼女達が用意してくれるのだ。嫌がらせをしてもしょうがないな。
「……暑い」
俺は舌を出して呻くように呟く。
中庭に出て五分も経っていないというのに頭が熱を持ち、じんわりと汗が出てきた。
「暑いね」
シルヴィオ兄さんも同意するように言ってくれるが、その表情を見るととてもそうは思えない。髪の毛一つ乱れていないし、汗もかいていない。
本当に暑いと思っているのだろうか?
まあ、シルヴィオ兄さんは元々汗をかきにくい体質だからなー。
俺がそんな事を思っていると、屋敷の中庭にふわりと風が吹いてくる。
ザワザワと木々の葉音が鳴り、火照った身体から熱を奪い去っていくように通り過ぎた。
一瞬の出来事であるが、とても心地よかった。
「よかったね。今日は風があるみたいだよ」
「俺としては今の風がずっと吹いていてほしかったよ」
「さあ、そろそろ始めようか」
シルヴィオ兄さんとそんな会話をしていると、同じく稽古服に着替えたノルド父さんがやってくる。
こちらもシルヴィオ兄さんと同じく汗一つかいていない。
髪を乱して、汗をかいているのは俺だけのようだ。
「まずは身体を軽く動かすために中庭を走ろうか」
「ええっ! 嘘でしょ!? こんなに暑いのに走ったりしたら死んじゃう!」
「大丈夫。そうならないように僕がしっかりとアルの事を見ていてあげるから」
多分、このままノルド父さんの監視下の中で稽古をすれば、例え真夏であっても俺は倒れることなく稽古をやり遂げてしまうだろう。
倒れないギリギリのラインを見定められて。限界をしっかりと見極められる分、ノルド父さんはエリノラ姉さんより質が悪い。
「ほら、最近は太ってきたんだしちょうどいいじゃないか。走って元に戻しなさい」
「ぐっ!」
わかってはいるが直接太ったと言われると胸に刺さるものがある。
確かに最近は体重も増えてしまったしな。ここらで稽古を頑張って脂肪を燃やすとするか。このまま太り続けると、俺もアスモと同じ扱いにされてしまいそうだ。
「ほら、走って」
「はーい」
新たな目標を見つけた俺は元気に中庭を走り出した。




