似た者親子
スライムクッションを作って次の日。俺は奇妙な感触に違和感を覚えて目を覚ました。
何だろう? 頭の下で何かが蠢いている?
気になって上体を起こすと、そこにはスライム枕があるだけだ。
訳もわからずスライム枕を見つめていると枕が勝手に動いた。
「俺の枕が動いた! じゃないや、中にいるスライムが餌を求めて動き出しただけか……」
ビックリした。俺の枕の下に虫でも出て来たんじゃないかと焦ったじゃないか。
俺は安堵の息を吐きながらスライム枕を縛っている紐を解く。
そして中を覗き込むと、もぞもぞと蠢くスライムがいた。
俺はスライムの餌用として用意してあった木片や雑草を、そこに放り込む。
するとスライムはそれをぱっくりと呑み込むと、消化するために大人しくなり動かなくなった。
……ふむ、これは与える餌によって消化する時間が変わったりするのかな?
それさえわかれば、スライム枕は目覚まし時計的な役割もこなしてくれそうだ。
例えば三時間の睡眠を取りたければ、スライムの消化がちょうど三時間で終わるような食べ物を与えてやればいい。
日々の生活サイクルさえ身体に覚え込ませれば、人間は目覚まし時計なんかなくても問題ないのだが、ちょっとした昼寝や仮眠の時間管理までは難しいんだよな。
目覚まし時計や携帯のアラームがあればいいのだが、この世界にそんなものはない。
だから、ちょっと三十分、一時間という時間になると途端に超過してしまったりするのだ。
スライム枕はそんな短い仮眠のための、目覚まし時計になってくれそうだな。
今度暇な時に、餌の消化時間とか記録してみよう。
……何だか、成長記録をつけているようでワクワクするな。
新たな楽しみに胸を躍らせる俺はスライム枕を紐で縛ると、そのままベッドから降りて窓を開けた。
それに伴い、俺の氷魔法によって冷やされたヒンヤリとした空気も窓の外に。そして入れ替わるようにして蒸し暑い空気が入ってきた。
真夏の朝の気温が昼間よりもマシだが、それでも暑い。
ジッとしているだけでもじんわりと汗をかいてしまいそうだ。
朝から猛烈な日差しを浴びせてくる日差しをそこそこに浴び、俺は手早く普段着に着替える。
それから朝食を食べに向かうために、スライムクッションを手に持って自分の部屋を出る。
すると同じタイミングで奥の部屋からシルヴィオ兄さんが出てきた。
その手には今日も使うつもりなのだろう、スライムクッションが抱えられていた。
「アル、おはよう。今日は早いね」
こちらに気付いたシルヴィオ兄さんは爽やかな笑顔を浮かべながら挨拶をしてくる。
真夏の朝であってもシルヴィオ兄さんの笑顔は爽やかだな。俺なんて涼し目の朝の気温でもグロッキーになってしまいそうだ。
「今日はスライムに起こされちゃってね」
「ああ、僕の方でも着替えている最中に動き出したよ」
俺はスライムに起こされたようだが、シルヴィオ兄さんは自分でこの時間に起きたようだ。まだ朝食まで時間があるというのに偉いものだ。
俺だったら朝食の時間ギリギリまで惰眠を貪っているというのに。
「枕が動く姿はどこか微笑ましかったよね。僕、スライムに初めて餌をあげたよ」
自分のスライムクッションを胸に抱きながら言うシルヴィオ兄さん。
「昨日の朝までは、スライムを枕として使用するなんてあり得ないって、言っていたのにね」
「あはは、これがあると真夏でもぐっすり眠れるしね。スライムは安全なようだし、何事もなければこれからも使いたいと思っているよ」
ここで素直な気持ちを言えるのがシルヴィオ兄さんのいいところだろう。
エリノラ姉さんとかなら、すぐに言葉は撤回しないからな。
エリノラ姉さんで思い出したけど、エリノラ姉さんが帰ってくるまであと二日くらいか。
こういう和やかな時間をおくれるのも今のうちなのだろう。
「……どうしたのアル? 目がすごく遠いよ?」
俺が感慨深く思っていると、シルヴィオ兄さんが心配して目の前で手を振ってくる。
「……何でもないよ。シルヴィオ兄さん。今日も平和に過ごそうね」
「う、うん?」
俺がそう言うと、シルヴィオ兄さんは怪訝な表情をしながらも頷く。
残された時間は少ない。少ないからこそ、思いっきり楽しまないと損だな。
俺はそう自分に言い聞かせて、ダイニングルームへと向かった。
◆
「おや? アルがこんな時間に起きるなんて珍しいね」
シルヴィオ兄さんとダイニングルームへと入ると、席に座って紅茶を飲んでいたノルド父さんが意外そうに言ってきた。
「たまには俺だって早起きする時もあるよ」
「いや、それがほとんどないから驚いているんだけど……」
失礼な。カグラから帰ってきてすぐに、早起きしてバルトロとカグラ料理を作った――と言おうとしたが、あれはエルナ母さんに頼まれたからだ。自主的に早起きしたという訳ではない。
他に早起きしたことはないかと記憶をさかのぼるが、まったくそんな記憶は浮かんでこなかったので、俺は黙ってスライムクッションを椅子に敷いて座った。
そんな俺の様子を見て、シルヴィオ兄さんが苦笑いしながらも同じようにクッションを敷いて座る。
兄弟二人で同じことをしているのが気になったのか、ノルド父さんが興味深そうな視線を向けてくる。
「二人共クッションを敷いているのかい?」
「そうだよ。でも、ただのクッションじゃないんだ」
ノルド父さんの言葉に、シルヴィオ兄さんが微笑みながら答える。
この一風変わったクッションの中身を当てて見ろという事だろう。
その意図をくみ取ったノルド父さんは、改めてクッションを見つめる。
「……見たところ魔物の革を使っているようだけど、中身が特別なのかな?」
さすがは元冒険者。少し見ただけで魔物の革とわかるようだ。
「そうだよ」
「うーん、魔鳥の類の羽毛かな?」
魔鳥というのは、ハーピーやスラッシュホークといった羽のある魔物を示す言葉だ。
ノルド父さんは魔物で革であるクッションを見たので、中身も同じ魔物の物であると考えたのだろう。
「うーん、近いけどハズレだね」
「じゃあ、何だい?」
俺がそう答えるとノルド父さんが首を傾げて観念する。
「クッションを突いてみたらわかると思うよ」
俺がそう言うと、ノルド父さんは立ち上がってこちらに寄り、スライムクッションを指で突く。
「……これって、もしかしてスライム?」
「当たりー。スライムを革の中に閉じ込めてクッションとして使ってるんだ」
俺が詳しく説明してあげると、ノルド父さんが呆れたような表情を浮かべる。
何かまた俺が変な事をしたとでもいうような表情だ。まあ、作ったのは俺なんだけど。
「アル、それは大丈夫なのかい?」
「大丈夫大丈夫。餌を与えているから動かないし、紐できちんと革を縛ってあるからね。出てきたりしないよ」
俺がスライムクッションの安全性を説いてみるもノルド父さんは微妙な表情を浮かべている。
「父さんも使ってみるといいよ。執務の時とか腰やお尻が痛くなくなると思う」
「そうかい?」
シルヴィオ兄さんが言うと、どこか安心したような表情になるノルド父さん。
俺の方が理論的に安全性を説明しているというのに、この差は何だというのか。
まあ、いいや。ノルド父さんも一度使えば、スライムクッションの素晴らしさを痛感するだろう。
俺はニヤリと笑いながらノルド父さんが、シルヴィオ兄さんのスライムクッションの上に座るのを眺める。
「……あっ、これは思っていたよりも座り心地がいいね」
「でしょう?」
驚きの声を上げるノルド父さんにシルヴィオ兄さんがどこか誇らしげに答える。
まさに昨日のシルヴィオ兄さんと俺のような光景だ。
ノルド父さんはスライムクッションの感触を楽しむように座り直したり、持ち上げて指で押したりしている。
どうやら気に入ってくれたようだ。素晴らしい物は他の人にも勧めたくなるものだしな。俺もノルド父さんが気に入ってくれたようで嬉しいな。
「おはよう」
微笑みの表情でノルド父さんを眺めていると、ダイニングルームにエルナ母さんが入ってきた。
「「「おはよう」」」
「あら? もしかして寝坊したかしら? アルよりも遅いだなんて」
俺達が挨拶を返すなり、エルナ母さんが驚きの声を上げる。
いつも遅い俺が席に着いているので、寝坊したのかと勘違いしているようだ。
「たまには早く起きる日もあるよ」
「そうなの? 紛らわしいわね」
エルナ母さんはそう呟くと、優雅に歩いて自分の席に座る。
「サーラ、紅茶をお願い」
「俺もー」
「僕も」
「かしこまりました」
ダイニングルームに入ってきたサーラを素早く捕まえたエルナ母さんに便乗して、俺とシルヴィオ兄さんも紅茶を頼む。
「あれ? もう揃ってます!?」
それから続いてミーナが入ってくるなり、驚きの声を上げた。
「そうですので、いつもより急いでください」
「わかりました!」
紅茶の用意しているサーラにそう言われて、ミーナは急いで部屋を出ていく。
今日は珍しく家族全員が早起きだからな。朝食の準備を急がないといけない。ミーナは厨房にその事を伝えにいったのだろう。
「俺が早起きすると迷惑がかかっている気がする。やっぱり早起きはするものじゃないね」
「だからといって、遅いのもよくないけどね。時間通りに毎日起きるのが一番だよ」
そうなのだけど、人にはどうしても寝足りない時というものがあるのだ。
至福の朝の微睡、二度寝タイムはやはり手放せない。毎日時間通りに起きるというのは無理だな。
「ところで気になっていたのだけれど、ノルドとアルがお尻に敷いているクッションは何?」
俺がそんな事を思っていると、目ざとく気付いたエルナ母さんが尋ねてくる。
「アルが作ったスライムクッションだって。中にはスライムが入っていて、使ってみると結構心地いいよ」
そう言ってノルド父さんが差し出したクッションを、エルナ母さんは怯えることもなく受け取ってお尻に敷く。
「あら、これ気に入ったわ。アル、これをもっと作りなさい。部屋中にたくさん置いていつでも使える状態にしたいわ」
さすがはエルナ母さん、シルヴィオ兄さんやノルド父さんのように忌避感を抱くことなく順応し、なおかつ、新たな提案をしてしまった。
快適な環境を追い求めるエルナ母さんの姿勢を見ると、やはり俺の母親だと改めて納得できるな。