どちらが卑怯か
「で、スライムはどこら辺にいるの?」
コリアット村の畑道を歩く中、俺はトールに尋ねる。
「よく見かける場所は川と森の近くだな! まずはいつも遊ぶ川に向かってみようぜ!」
「あれ? ここからだと森の方が近いけど、先に森を見に行かなくてもいいの?」
ここからだと森の方が圧倒的に近い。
いつも遊ぶ川は屋敷側の方角にあるので、コリアット村から歩くと少し時間がかかる。
効率的に回るなら、森を先に見てから川を見に行くべきではないだろうか。
俺が素朴な疑問を問いかけると、歩いていたトールとアスモがピタリと止まる。
「……森でスライムが見つかったら、アルはどうすんだ?」
「スライム枕を作るために、さっさと帰る」
シルヴィオ兄さんにスライム枕の素晴らしさを教えると朝に言って、既にもう昼過ぎだ。
できれば早く素晴らしさを教えてあげたいところ。
「だろ!? そんな事になったら、俺とアスモはまた仕事に戻らねえといけねえだろうが!」
「それに近くの森には川がないから涼めない!」
唾を飛ばすような剣幕でトールが叫び、アスモが同意するように言う。
こいつら、仕事から解放されて徹底的にエンジョイするつもりだな。
「わかったわかった。川にも行くし、すぐに帰らないから怒らないでよ」
「さっすがアルはわかってんな!」
俺が肩をすくめながら言うと、トールが表情を一変させて満面の笑みで背中を叩いてくる。
トールとアスモを仕事中に連れ出し、案内をしてもらってスライムが捕まえられたらすぐにバイバイというのも薄情だしな。
トールとアスモからすれば、辛い仕事から抜け出せただけで万々歳だろうが、友達としてもう少し付き合ってやるべきだろう。
スライムを入れるカバーはトリーから貰っているし、作業は詰めるだけだ。
夕方までに帰れば十分。
それにアスモの言う、川で涼むというのも悪くないしな。
最近は氷魔法ばかりで涼んでいるから、少しくらい自然の恩恵で涼みたいと思っていたのだ。
じわじわと焼き付けるような日差しから解放されて、冷たい水に足を入れるのは最高だろうな。
そんな風に川で涼む姿を想像して歩いていると、隣にいるトールが死にそうな顔で、
「……なあ、アル。氷魔法使ってくれよ。シンプルに暑い」
「今すぐに涼しさが欲しい」
アスモも同じような表情をしながら、掠れた声を出す。
既に二人の身体からは汗がダラダラと流れており、半袖の服の色が濃くなっていた。
「……いや、気持ちはわかるけど、せっかく川に涼みに行くんだからここは我慢しようよ」
「なんだよ! 暑いんだから使ったらいいじゃねえか! 最近はずっと使いながら外を歩いている癖に!」
「いーや、ダメだね。ここで氷魔法による冷気の恩恵を受ければ、川で涼んだ時の喜びは残念なものになってしまうからね」
トールが必死に言ってくるが、俺は首を横に振って否定する。
俺はもう川でのんびりと涼む気分なのだ。ここで氷魔法を使う気にはならない。
というか使ってしまったら、もう川なんてどうでもよくなると思うんだ。
「アルは変なところで拘りがあるよね」
拘りなのだろうか? 割と気分屋なところは自覚しているのだけれど。
「頼むぜー。ちょっとだけでいいから氷魔法使ってくれってー。これじゃあ、川に着く前に干からびちまうぜ」
「このままだと死んじゃう」
そんな事を考えながら歩いていると、トールとアスモが俺の身体に乗りかかってくる。
むさ苦しい野郎二人の体温と焼き付けるような太陽の日差しによって、精神的なダメージが酷く大きい。
二人は重いし、三人が密集することで熱量も上がる。
俺だって暑さに強いわけではないし、本音を言えば二人のように今すぐに氷魔法を使いたいくらいだ、そんな俺がこの二人の自爆覚悟の攻撃に抵抗できるわけもない。
「あー! もう! 氷! 氷だけなら出してやるから離れろ!」
俺はそう叫ぶと、トールとアスモの背中に氷魔法で作った氷を突っ込んでやった。
「「うわあああっ!?」」
◆
「「「川だ!」」」
いつもの川に汗だくでたどり着くなり、俺達は叫ぶ。
俺が妥協点として出してあげた氷を口に含み、他の氷を手の中に抱えるという実に原始的な涼の取り方を以てして俺達は険しい道のりを乗り切った。
途中で氷の奪い合いや、氷を落としてしまうという悲劇が起きたが、誰一人欠けることもなく俺達は旅を無事に終えた。
ジリジリと焼き付けるような太陽の光を浴びた俺達は、暑く火照った身体を冷ますために川へと猛ダッシュをする。
それから靴を脱いだら、服を脱ぐのも惜しいとばかりに着衣のままに川の中に飛び込んだ。
水の中に入ると、さっきまで不快な汗と熱気に苛まれていたのが嘘のようになくなった。代わりにやってくるのは大きな爽快感。火照った身体の熱と肌に浮かんだ玉のような汗がたちどころに洗い流された。
水の中で目を開けると、次いでドボンッ、ドボンッと音が鳴って水中に入って来るトールとアスモが見えた。
二人共すごく気持ちが良さそうな表情だ。
そんな二人を確認した俺は息が苦しくなってきたので、一度呼吸をするために水面へと顔を出した。
「ぷはぁっ! 気持ちいい!」
大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「うはあっ! 生き返るぜ!」
「楽園だ」
すると続いてトールとアスモも浮上して叫んだ。
トールとアスモは水で何度も顔を洗って、水の冷たさを堪能しているようだ。
俺は水に濡れてしまった髪をかき上げると、そのまま身を任せるように水に浮かぶ。
身体全体を包み込む水が心地よい。
流れる川の水は冷たく、熱くなった俺達の身体を十分に冷やしてくれる。
氷魔法による冷気を我慢しておいてよかった。きっと冷気を浴びていたらここまでの爽快感を得ることはできなかっただろうからな。
「あははは! アルって前髪を上げると余計にボーっとして見えるな!」
「死んだ魚がこういう風に浮いてるのを見た事ある」
俺が水面に浮かんでいると、トールとアスモがこちらを指さして失礼な事を言ってくる。
くっ、幼い俺はおでこが広いから、そう見えるのはわかっていた。
だけど、言われるとそれはそれでムカつくな。
というかアスモ、俺を死んだ魚扱いするのは止めてほしい。
「トールとアスモこそ、前髪を下げると幼く見えるね。そっちの方が可愛いから普段から前髪は下げた方がいいんじゃない?」
俺がニヤリと笑いながら指摘してやると、二人は慌てて前髪を手で掻き乱した。
そうやってぐしゃぐしゃにして、髪の毛を浮かせてやれば何とかなると思っているのだろうか。あんまり変わってないんだけどね。
「「くっ!」」
水面に映る自分が見えてそれを理解したのか、二人は苦い顔をすると抵抗を止めた。どうやら諦めたらしい。
「くっくっく――くぺ!?」
二人のそんな様子を見て、笑っていると突然水が顔に飛んできた。
「ははははは! ざまあっ!」
「くぺ!? だって!」
水に濡れた視界を払って前を見ると、トールとアスモが腹を抱えて笑っていた。
「……ほお? 俺を相手に水かけ勝負を挑むとは言い度胸じゃないか」
「へっ、アルがそんな大層な奴かよ! こっちは二人だし、身長だって大きいんだ。不利なのはそっちだぜ!?」
「手が大きいから、多くの水を飛ばす自信があるよ」
ワキワキと両手を動かしながら、不敵な笑みを浮かべてくるトールとアスモ。
確かに常識的な点から考えれば二対一という状況。さらには身体が大きく、手の平の大きいアスモが相手にいることはかなり不利だ。
しかし、ここは魔法のある世界だ。そのくらいの事はどうとでもできる。
「ふん、そんな事では揺るぎのない差があるのを忘れたのかな? 俺は水魔法が使える。つまり! 俺はここにある大量の水を意のままに操れるという事! ちっぽけな手の平なんかで飛ばすような水とは量が違う
のだよ!」
俺のその言葉の意味を理解させるように、水魔法を発動させる。
すると、静かに流れていた水面が突如としてうねり出した。
そしてそれは水流となり、俺に付き従うようにとぐろまく。
「お、おい! 魔法を使うなんて卑怯だぞ!?」
「大人げない!」
「二対一で勝負を仕掛けてきたことは卑怯じゃないのかな?」
「「…………」」
さすがの俺の言葉に返す言葉もないのか、無言で立ち尽くすトールとアスモ。
「それじゃあ、行くよ?」
「「ま、待て待て待てー! くぺ!?」」
そう言って、俺が水流を飛ばすとトールとアスモはあっけなく飲み込まれた。




