エリノラ発見
「ありがとうございましたー!」
店員さんとベルの鳴る音を聞きながら、俺は店を出る。
ブドウを使った料理はとても美味しかった。
鶏肉と白ブドウの相性は抜群だった。肉を脂っこく感じることなく、さっぱりと食べる事ができる。あれなら女性でもたくさんのお肉を食べられそうな味だった。
他にも甘みと酸味の利いたブドウのソースは最高だったし、チーズとサラダとの相性も良かった。
女性客がいるかどうか確認しないといけないのが難点だが、料理の美味しさ、店内の雰囲気は問題なしだったな。
ちなみに俺が助けてあげた男性はまだ紅茶を飲んでゆったりとしている。
一人の男性と子供である俺が窓際で普通に食事をしていたので、店の前を通りがかった男性も今が好機とばかりに何人か入ってきたのだ。
これならもう俺がいなくても孤立することもないだろう。
そう思って店から背を向けてテクテクと大通りを歩いていると、俺の中にある第六感が警鐘を鳴らした。
……何故だろう。何故かわからないが、今すぐにこの場を離れなければいけない。
謎の危機感がそう叫んでいるので、俺はそれに従い、大通りから道の脇へとダッシュして建物の影に隠れる。
息を潜めることしばらく。大通りの方から非常に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「エリノラ様! どこに行くんですか!?」
「何かこっちにアルがいるような気がするのよ!」
聞こえてきたのはメルとエリノラ姉さんの声だ。
動揺と張りのあるエリノラ姉さんのせいで気配が漏れそうになるが、必死にそれを抑え込んで息を潜める。
すると、建物と建物の間から赤茶色のポニーテールの少女が大通りを駆け抜けるのが見えた。
あの見覚えのある髪と、凛々しい顔立ちは間違いなくエリノラ姉さんだ。
ま、マジかよ!? エリノラ姉さん!? もう王都から帰っている途中だったのか!
確かに夏に帰ってくると言っていたし、時期的に帰り道でもおかしくない。王都からコリアット村に帰る際に、キッカへと寄り道するルートあるがエリノラ姉さんと街で鉢合わせる事になるとは。
あの姉は寄り道して観光をしたり、お土産を買ったりする性格をしていただろうか?
「はぁ、はぁ、アルフリート様は……いましたかい?」
そんな事を疑問に思っていると、エリノラ姉さんの後を追いかけてきたメルの声がする。
――見つけた。
なんて言われたら大変な事になる。時期的には俺もカグラの帰り道でキッカにいたという事もあり得るが、一緒に同行したトリエラ商会の姿がないのは明白だ。
じゃあ、どうして一人でここにいるんだという問題が浮上するのだ。
これはマズい。非常にマズい。俺が空間魔法で転移を出来る事は絶対の秘密だ。こんな便利な魔法がバレたらこき使われる事は当たり前。
俺がまったりとしたスローライフを送るために、それだけは気をつけなければいけない。
どうか、バレないでくれと祈りながら俺はエリノラ姉さんの反応を待つ。
エリノラ姉さんが口を開くまでの間が、非常に長く思える。実際には数秒のはずいが、俺には一時間のようにすら思えた。
そしてようやく声が聞こえる。
「……おかしいわね。確かにアルの気配を感じたのだけど見当たらないわ」
俺の気配って何だと突っ込みたいが、俺もある程度の気配がわかるし、妙な危険察知能力がある。エリノラ姉さんも同じようなものを兼ね備えているのだろう。
「アルフリート様もカグラからの帰り道でキッカにいてもおかしくないですけど、同行していたトリエラ商会の姿がないんですからアルフリート様がいるはずないですよ」
「……そうだけど、何かいるような気がするのよね」
非常に納得のいっていなさそうなエリノラ姉さんの声。
「いつもの勘って奴ですか?」
「そうよ! 絶対ここら辺にいるわ! あたしの勘がそう言ってるもの!」
ひいい、気のせいだからもう大人しく街で観光でもしておいて。アルフリートなんて奴はこの街にいないから。
「いませんよ。もう、キッカに着くなり急に走り出して。ここで食料を補充したり、今日の宿を決めたり、やることはたくさんあるんです。戻りますよ」
「ええー」
そうだそうだメル。もっとエリノラ姉さんに言ってやれ。
「いない人を探しても時間の無駄です。もたもたしてるとお土産を買う時間もなくなりますよ? そうするとエルナ様にあたしも怒られます」
「あー、母さんってばお土産好きだもんね。あたしはさっさと帰りたかったのに……」
なるほど、さしずめ王都でお土産を買い忘れたから、慌ててキッカに寄ってお土産を買っているのだろう。お土産くらいきちんと王都で買っておけよな。
俺が心の中で毒づいていると、突然エリノラ姉さんの気配が近付いてきた。
なんだなんだ!? どうして今の会話の流れでこっちに来るんだ!?
慌てて逃げようにも奥へと走るしかない。
しかし、そうやっても後ろ姿を見られ、追いかけられて捕まり尋問されるのがオチだ。
ここは転移をするしかない。
俺は咄嗟に反対側にある遠くの建物を視界に入れる。
建物の屋根までは見えないから、建物の頭上にある空間を脳に焼き付ける。
そして、その場所を眺めながら瞬時に転移を発動した。
薄暗い目の前の光景が、建物を見下ろす俯瞰へと変わる。
イメージが曖昧だったせいか、予想よりもずっと上の空中に転移してしまった。
いつもよりも強い浮遊感に動揺しながらも、無魔法のシールドを下に発動。
軽やかに着地をしてホッと息を吐く。
そして視線を見下ろすと、そこにはさっきまで俺が隠れていた場所を覗き込むエリノラ姉さんの姿が見える。
「どうしたんですかエリノラ様? そんな道の脇を覗き込んで」
「……何でもないわ」
メルの言葉にエリノラ姉さんは素っ気なく答えて街の中心部へと歩いていく。
その表情や声音からかなり不機嫌な模様。
気配はあるはずなのにいたり、いなくなったりしている感覚にイラついているのだろうな。自分の勘には中々の自信を持っているようだし。
そんな事を思いながら俺は空中からじーっとエリノラ姉さんの後ろ姿を眺める。
エリノラ姉さんは振り返ることなく遠くへと歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。
視界からエリノラ姉さんが消えて、俺はようやく危機が去った事を感じることができた。
「はぁ……」
ホッとため息を吐いて胸を撫で下ろす俺。
毒づいた瞬間にやってきたエリノラ姉さんの気配。俺の隠密術が未熟で気配が漏れてしまったのか、エリノラ姉さんが王都で修業をしたせいか鋭くなったのか。わからない。
わからないが、これだけ緊張したのは久し振りだ。
ピリピリと肌を刺すような空気感。長い間エリノラ姉さんが傍にいないから忘れていた緊張感だった。
これがエリノラ姉さんの傍にいるという事か。
最近の俺はたるんでいたのかもしれないな。もうちょっと隠密術を磨かないと、この先苦労することになりそうだ。
それに何もない空間への転移は難しかったな。
自分の部屋や道、平原といった場所と違って目印がないから、どうしても鮮明なイメージが浮かばない。
今回はちょっとした誤差で済んだけど、魔法がなかったら危ないところだ。
空中転移は避けたいところであるが、人々の死角である空はこういう緊急回避には非常に便利だ。
ある程度向かう場所では、空中も転移先の一つとして覚えておこう。
そう俺は決心をするのであった。




