貴族としての風格が欲しい
ルンバが作ったクレーターを後にした俺は、その後も小一時間くらいは歩いて探し回ったがスライムを見つける事はできなかった。
長い間歩き回ったというのに、スライムを一匹も見つけられなかった事もあって俺の精神と体力はクタクタだ。
休憩するために屋敷へと戻ってもいいのだが、シルヴィオ兄さんにあれほど力説しておきながらスライムを一匹も捕まえていませんでは少しカッコ悪いので戻りづらいな。
俺はしばらくどうするかを考え込む。
「……まあ、今日はせっかく転移で遠くにまできたのだから、このまま近くのキッカで休憩するかな」
近くといっても俺のいる場所はキッカとアバロニア王国の中間地点くらい。馬車で移動すれば軽く一日以上はかかるのだが、転移にかかれば一瞬で移動できる距離だ。
それにしても転移を使って初めて遠くにきたな。
今までの転移だと屋敷からコリアット村とかマイホームの行き帰りにしか使ってなかったからな。一番遠い距離でコリアット村の奥にあるローガンの家くらいだ。
それに比べると、今回はいくつもの村と大きな街を飛び越している。
馬車で三日以上かかる距離を一瞬で移動したという事だ。
改めてそう考えると、空間魔法の凄まじさを感じてしまうな。
かなりの距離を転移したのだが魔力量はまったく問題ない。この程度の距離であれば十回以上は軽くできるような気がする。
今まで魔力増量訓練を欠かさずにやってきたお陰だろう。
具体的な魔力の消費感覚はまだ曖昧であるが、一往復できる範囲でどこまで転移できるのか確かめてみてもいいな。
馬車で三日以上かかるここまでの転移でも平気だったのだ。今度は王都まで転移してみてもいいかもしれないな。
「さて、キッカで休憩でもするか」
転移の考察をするのもいいが、今は身体が休憩を欲している。今はこの身体の本能に従って休憩をするべきだ。
思考を切り替えた俺は、キッカの多種多様な人々が賑わっている大通りを思い浮かべる。
それから魔力を練り上げて、俺は再び転移をした。
◆ ◆ ◆
転移をすると目の前の光景が一瞬で変わる。果てしなく広がっていた草原から、無数の建物が広がり、人々がたくさん行き交う街へとやってきた。
キッカの街は以前と変わらず、今日も賑やかだ。
大通りの左右には様々な屋台が立ち並び、肉の焼ける匂いや甘い果物といった胃袋を刺激する匂いで満ちている。
辺りにはそこら中で人々が生活をする音が聞こえており、屋台の店員が呼び込みをする声がひっきりなしに飛び交っている。
先程まで人気のない草原にずっと一人でいたせいか、余計に賑やかに思えるな。
王都のメインストリートよりも、どこか雑多なイメージのあるキッカの屋台通りであるが、これはこれで悪くない。前世の祭りのような雰囲気をどこか思い出させてくれるな。
そんな事を思いながら、俺は大通りを歩いていく。
屋台で美味しそうなご飯を食べるのも悪くないが、俺の今回の目的はあくまで休憩だからな。
屋台から漂う香ばしい匂いを我慢しながら、俺は大通りを早歩きで突き進む。
そうでもしないと思わず屋台で料理を買ってしまいそうになるからな。できるだけ呼吸は浅くして、香ばしい匂いを嗅がないようにしなければ。
「ちょっとそこの目の死んだ少年! 温かいシチューでもどうだい? 新鮮な野菜がたくさん入ったシチューを食べれば、元気になれるよ!」
誰が目の死んだ少年だ。今日の俺はいつも通り元気だ。放っておいてほしい。
そう思いながら無視して歩くと、今度は向かいの店主が声をかけてくる。
「目の死んだ少年! スラッシュホークの香草焼きはどうだ?」
「ん? スラッシュホークって、頭上から襲ってくる鳥の魔物だよね?」
さっき俺を襲ってきた魔物なせいか、思わず足を止めてしまう。
「ああ、そうだ。スラッシュホークのもも肉は普通の鶏肉よりもプリプリしていて美味いぜ? やっぱり元気になるには肉だな! 一つどうだ?」
ニヤリと笑みを浮かべながら香草と一緒に巻いた串を見せつけてくる店主のオヤジ。
塩胡椒で味付けされた肉の香ばしい匂いと、香草の爽やかな香りが漂ってくる。
それに反応するように俺のお腹が「ぐうう」と鳴いた。
ああ、ダメだ。こうなってはもう止められない。
今日は朝からスライムを探して歩き回っていたからな。いつもよりもエネルギーの消耗が激しかった。今の俺の胃袋はエネルギーに満ち溢れているスラッシュホークの肉を欲している。
ここで一時的に邪念を振り切ったとしても、その後もずっとこの香りが俺を苛むであろう。
「……スラッシュホークの香草焼き一つちょうだい」
「へへへ、毎度! 銅貨三枚な!」
嬉しそうに笑うオヤジに銅貨を三枚渡してから、俺はスラッシュホークの香草焼きを受け取る。
それから道の端に寄ると、串に刺さった肉に齧りついた。
普通の鶏肉よりもどこか弾力のある食感をしているスラッシュホークのもも肉。足を巧みに動かして獲物を狩るお陰か、普通の鳥よりも足が発達しているのだろう。噛む度に押し返すような弾力がある。それでいてきちんと噛みちぎれるほどの柔らかさも兼ね備えているのだから、鶏肉として上等な部類であろう。
歩き回ってじんわりと汗を流したせいか、少し強めの塩胡椒が嬉しい。
さすがに三口四口と食べると、塩胡椒の強さにくどさを感じるところであるが、爽やかな風味を持つ香草が見事にそれを緩和してくれていた。
こんな香草はコリアット村でも見かけた事がないな。是非とも手に入れたいところだ。
「香草との相性が凄くいいね」
「おお! 少年にはそれがわかるか! そうなんだよ、その香草がうちの味の決め手でな肉との相性が抜群なんだよなー。いやー、相性がいいのを見つけるのに苦労したぜ」
俺がそう言うと、オヤジさんが嬉しそうに語り出す。
どうやら相性のいい香草を見つけるのに苦労をしたようだ。
俺はオヤジさんが嬉しそうに語るのを親身にしばらく聞く。そして、会話がようやく途切れた頃を見計らって何げなく尋ねる。
「これ何の香草なの?」
「さすがに味のわかる少年相手でも商売の秘密を教えるわけにはいかねえな」
「……チッ」
「おいおい、舌打ちするとかボーっとした見た目の割に怖えな」
おっと、思わず舌打ちをしてしまった。
話を聞いて気分を良くさせれば話してくれると思ったがそう甘くなかったか。この街で屋台を出しているだけの事はあるな。
「……じゃあ、それ相応の額を出せば教えてくれる?」
「うーん、ライバルが増えると売り上げが落ちるからあんまり情報を渡したくねえんだけどな」
俺がひっそりと尋ねると、オヤジが頭をガリガリと掻きながら悩みの声を上げる。
そりゃ、そうだろう。このオヤジはこの味で勝負してお金を稼いでいるのだ。商売の命とも言える、食材の情報をポンポンと教えたくはないだろう。
まあ、この香草もわかる人にはわかるわけだが、情報を知らない人に無料で広めるべきものではない。
しかし、オヤジが悩んでいるという事は絶対に無理ではないという事だ。
情報が広がって売り上げが落ちるかもしれないという懸念事項があったとしても、目先の利益が欲しい理由があるのだろう。
「……というかお前さんは子供だろう? 情報量となると結構な値段がかかるし、無理だろう」
「自分で言うのもなんだけど俺は貴族だから、一般市民よりはお金を持ってるよ」
「ええっ!? 貴族!? おいおいおい、一般人が貴族と偽るのは犯罪だぞ!?」
俺があっさりとそう告げると、オヤジが酷く驚く。
それからどこか悪い子供をしかりつけるような様子で言ってきた。
俺に貴族としての風格がないのは理解しているが、赤の他人にまでそこまで驚かれるとやはり傷付くな。
俺にもエリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんのような気品があれば、このように疑われる事もないだろう。
結局、俺がオヤジに貴族であると説明するのに十分の時間がかかった。
俺にもノルド父さんのような貴族の印章や春のような印籠があればいいのに……。




