スライムクッションの魅力
「……うちでもスライム枕が欲しいな」
いつものように昼食を食べた後、リビングのソファーで横になっている俺はポツリと呟いた。
「えっ? スライム枕? なにそれ?」
すると同じくリビングにいたシルヴィオ兄さんが尋ねてくる。
「スライムを枕カバーに詰めて枕にするんだ」
「ええっ!? スライムって、あの魔物のスライムだよね? それを枕カバーに詰めて枕にするってこと?」
「うん、そういう事だよ」
俺が当然とばかりに頷くと、シルヴィオ兄さんがちょっと引いたような表情を浮かべる。
それからため息を吐いて、呆れたような視線を向けてきた。
何だそのダメな子を見るような目は。
「……アルが変な事をするのはいつもの事だけど、魔物は危ないからやめておきなよ」
変な事って、俺はただ利便性を追求しているだけに過ぎないのだが、そこを突っ込むと話が逸れていきそうなので今はスルーする。
「でも、スライムがほとんど無害ってことはシルヴィオ兄さんでも知ってるでしょ? だって、赤子じゃない限り小さな子供でも倒せるんだから」
「そうだけど魔物は本質的に人を襲う生き物だよ。それを人間の無防備な睡眠の時に頭の下に敷くだなんて正気じゃないよ」
俺の力説をきっぱりと否定するシルヴィオ兄さん。
危険な魔物が存在しているこの世界で、その危険性をみっちりと教えられているのですんなり肯定とはいかないか。シルヴィオ兄さんの価値観や言う事も最もだし。
でも、魔物の危険性をよく理解している冒険者のアリューシャやイリヤも最初は乗り気じゃなかったけど、後々に愛用するようになった。
だから、シルヴィオ兄さんの説得も不可能ではないと思える。
ちなみにトリーは別だ。あいつは商人でそれに利益があると見たら平気で価値観を変えるからな。リバーシやら卓球やらに食いついたのがその証拠だろう。
今思うと、トリーの柔軟性は凄いな。
「スライムは適当な餌さえ与えておけば、餌を吸収するのに夢中で襲ってこないんだよ? それに枕カバーに入れて密閉しておけば出てくる事はできないし」
「そ、そうなの? 僕はスライムに関してはそこまで知らないから何とも言えないけど……」
まあ、普通は無害な魔物よりも、有害となりやすい魔物の危険性や特性を覚えるのに必死になるだろうからな。特に対処する事に難しさを感じないスライムは、シルヴィオ兄さんの中でもそれほど大事な位置付けにいなかったのだろうな。
「要は刃物と一緒だよ。危険な物でも正しく使えば便利な物になるんだよ。料理で使う包丁とかその最たるものだよ」
「う、ううーん。アルの言葉って、妙に正論が含まれているから質が悪いよね」
酷い言い草だ。それじゃあ、俺がシルヴィオ兄さんをそそのかしている悪い詐欺師みたいではないか。
うーん、シルヴィオ兄さんから理解を得るにはまだ足りないか。
いや、別にシルヴィオ兄さんの理解がどうしても必要で、協力を得るのが必須というわけでもないが、スライム枕の魅力を純粋に知ってほしいと思う。
シルヴィオ兄さんがスライム枕を魅力に感じるとなると、シルヴィオ兄さんが便利に感じるような提案をしなければならない。
シルヴィオ兄さんはそれほど昼寝をするわけでもないから枕ではなく、クッションとして攻めるか。
「……また悪い顔をしているよアル」
「そんな事はないよ」
「……巧みな言葉を使っても、僕はスライム枕なんて使わないからね?」
表情が顔に出てしまったせいかシルヴィオ兄さんの警戒心が上がった気がする。
別に俺は悪い事を考えているわけでもないのに酷い誤解だ。
ジットリをした視線を感じつつも、俺は気をとり直すように咳払いをする。
「人間っていうのは、こうやってソファーの上で寝転がっていても必ずどこかに体重がかかるじゃない?」
「う、うん」
俺が口を開くと、シルヴィオ兄さんは怪訝な表情を浮かべつつも同意して律儀に頷いてくれる。
「体重が身体の一部分にかかり過ぎるとそこが痛くなったりするよね? 例えば長時間椅子に座って本を読んでいたらお尻が痛くなったり」
「そうだね。仕方のない事だと思っているけど、お尻の痛さで本を読むのを中断させられるのは中々の不便だよ。特に物語がいいところなのに、お尻の痛みで集中できない時とか特に……」
シルヴィオ兄さんが共感しやすい読書ネタを振ってみれば、見事に食いついてくれた。
シルヴィオ兄さんはエリノラ姉さんと違って理解力が高い故に、こうして理屈をこねて話してみれば一先ずは耳を傾けてくれるので非常にやりやすい。エリノラ姉さんだとそもそも理解できないし、興味のないことには耳を傾けないからな。
「そんな不便を解消するためにスライム枕が役に立つんだ! スライム枕をクッションとして使うんだよ!」
「クッションとして?」
「寝転びながら本を読む時は肘の下に敷けばいい。座りながら読む時はお尻の下に敷いてやればお尻に痛みを感じることなく心地よく本が読める。ちょっとリラックスして読みたい時はソファーと背もたれの間にクッションを挟んだらいい。どうかな? 腰やお尻の痛みを気にせずにずっと本を読む事ができるんだ」
「……本がずっと読める」
本がずっと読める。シルヴィオ兄さんはそう小さく呟くと、その事を想像したのか嬉しそうな表情を浮かべた。
シルヴィオ兄さんが最も嬉しがるポイントはやはりここだろう。
俺が温かい眼差しを向けていると、シルヴィオ兄さんが気が付いたのかハッと我に返る。
「ゴホン……まあ、何事も頭ごなしに否定するのはよくないよね。睡眠時に枕として使うのはどうかと思うけど、クッションとしては凄く有用そうだし僕も使ってみたいかな」
ふふふ、シルヴィオ兄さんも落ちたな。
日頃から本を読んで、お尻や腰の痛みを抱えやすいシルヴィオ兄さんなら理解してくれると思ったよ。後は実際にスライム枕をクッションとして使わせれば、肌身離さずに使用する事は間違いなしだな。
「それじゃあ、ちょっとスライムを取ってくるから待っていてね」
「う、うん」
俺はシルヴィオ兄さんにそう言ってから屋敷を出た。