シーラ懐柔作戦4
火魔法で薪に火を点けた俺は、フライパンを置いて少量の油を入れて、おにぎりを並べ焼いていく。
表面に焦げ目がついてきたら、醤油タレをハケで塗っていく。
すると、醤油の香ばしい匂いが漂ってきた。
甘辛い匂いが俺達の胃袋を刺激してくる。
「うおおおっ!? めっちゃいい匂いがするな!」
「ああっ、これ絶対に美味しいやつだよ~」
「……いい匂い」
そんな匂いを嗅いだ三人が感激の声を上げながら、おにぎりを見つめる。
無言で見つめられる中、俺はおにぎりをひっくり返してはハケで醤油を塗る。すると、またもや香ばしい匂いが。
「姉ちゃん、また涎が出てるよ」
「アスモこそ、涎出てるよ」
姉弟で指摘し合って、口元を拭う。だけど、その視線は焼きおにぎりから逸れることはない。
「後は表面が焦げ付くまで適度にタレを塗って焼いていくだけだから、五平餅にとりかかるよ。焼きおにぎりはトールに任せるね」
「ああ、俺が焼いとくぜ」
これだけ食い入る様子で見つめるアスモやシーラさんを見ていると、逆に心配になるからな。ここは幾分か冷静そうなトールに任せることにする。
俺は水魔法と火魔法でお湯を作ると、それをボウルへと注いでいく。
それから残っているご飯をザルに入れて、お湯の入ったボウルの上に置く。
「こうやって、少しご飯に水分を入れて柔らかく――って、二人共聞いてるの?」
「えっ!? ああ、うん! 聞いてましたよ!」
「……勿論」
シーラさんが慌てながら返事をし、アスモがふてぶてしい表情で答える。
だが、その視線は香ばしい香りのする焼きおにぎりの方へと向いていた。
まあ、こっちも味噌の匂いがすれば、意識を集中せざるを得ないだろう。
醤油の焼ける匂いもいいが、味噌の匂いもまた香ばしいからな。
説明するのも簡単だし、まずは進めていこう。
二分後くらいにお湯に入れていたご飯の水気を切る。
それからお湯を捨てたボウルにご飯を投入。
「ご飯粒が少し残る程度に潰していって」
「わかった」
すり潰すための棒をアスモに預けて、面倒な力仕事を任せる。
アスモの力と体力があれば、すぐに終わるだろう。
「こんな感じ?」
「うん、いい感じ」
ちょうどいい具合に潰れて、粘度が増している。
「じゃあ、次は楕円形にしてフライパンで焼いていこう」
俺がそう言うと、アスモが壁にかけてあったもう一つのフライパンを取って火にかける。
「油は引かなくていいからね」
「わかった」
油を引いてしまうと、ご飯が油を吸ってお米本来の味が損なわれるからな。油はなしだ。
アスモがフライパンを温めている間に、シーラさんがご飯を楕円形に固めていく。
「これくらいでいいですか?」
「うん、それでいいよ。それを焼いて棒で刺すから、大きくしすぎないように人数分作って」
シーラさんに量の調整を任せて、俺は少しの間アスモからフライパンを借りる。
これは味噌ダレ作りのちょっとしたひと手間だ。
トールの家にあったクルミを軽く潰す。それからフライパンで軽く炒める。
味噌のタレに炒めたクルミを混ぜると、さらに香りが良くなるからな。
クルミが焼けると、後は味噌や砂糖、醤油といった調味料と調整しながら混ぜるだけでタレが完成だ。
「ああ、そっちからも凄く美味しそうな香りが……」
「……もうお腹が空いて辛い」
右側からは焼きおにぎりの焼ける匂い、左側からは五平餅の味噌ダレの匂いだ。
空腹時にこの匂いはかなりキツイだろうな。
「後は焼いたご飯を棒に刺すだけだよ。トール、そっちは焼き上がった?」
ご飯を焼いていくアスモを宥めながら、俺はトールの方を確認。
「ちょっと崩れたのもあるけど、全部焼けたぜ!」
「……崩れたのは全部お前のやつだろ」
「ち、違げえし!」
トールが狼狽しながら否定するが、おにぎりの形を見れば誰が作ったか一目瞭然だぞ?
どうせ崩れたのは握りが甘かったトールのやつだろう。
アスモとシーラさんのは小さくしているが、それでも気持ち大き目なのですぐにわかる。
俺の握った奴は小さめだからパックリ割れているのが実にわかりや――。
「……あっ、俺のが割れてる」
「……おい」
思わず自分の失態を呟いてしまって、トールが白い目を向けてくる。
「……きっとトールの焼き方が悪かったんだよ」
「握るのは下手でも焼くのは下手じゃねえよ」
突き刺さる視線を無視して、俺はハケで割れ目にささっと醤油ダレを塗る。
「ほら、こうすれば中までタレが浸透して美味しくなる。これはこれでアリだよ」
俺は自分にそう言い聞かせるように呟いて、焼きおにぎりの盛り付けをトールに任せる。
「アル、ご飯を棒で刺したよ」
「後は食べる時に味噌ダレをかければいいから完成だよ!」
「やっとだぁ~!」
俺の言葉を聞いて、シーラさんがこの日一番の大声を上げた。
◆
「それじゃ、食べようか!」
それぞれの皿に焼きおにぎり、五平餅を取り分けてそう言うと、席に座った三人が素早く手を動かした。
三人が最初に手を出したのは焼きおにぎり。ずっと香ばしい醤油の香りをかがされて我慢ならなかったのだろう。
「んんっ!? んめえっ!」
最初に叫んだのは隣にいるトールだ。
トールは目を剥いて焼きおにぎりを見つめると、そのままガツガツと口に入れていった。
「醤油の甘辛いタレが焼いたご飯に凄く合うね」
アスモは大きな口でがっつきながらも味わうように噛みしめている。
甘辛い醤油とご飯の相性は最高だからな。醤油を塗りつけて焼いてやると香ばしさも旨味も段違いだ。
「はぁ……美味しい」
シーラさんは小さな口でパクリと食べると、頬に手を当てて幸せそうに呟いた。
その様子を見る限り、シーラさんが気に入ってくれているのは間違いないな。
これなら交渉の一手となりえるだろう。
俺は作戦を開始するためにトールに視線を送るが、トールは焼きおにぎりを頬張るのに夢中で気付いていない。
俺に視線をやることなく、次の焼きおにぎりを手に取っている。
ダメだ、こいつ。焼きおにぎりの美味しさで完璧に作戦を忘れているな。
俺はトールに呆れの視線を送りながらも、肩を叩いてやる。
「何だよアル?」
「俺達の作戦」
「……おおっ、忘れてたぜ」
不機嫌そうにこちらを見るトールに囁いてやると、トールは思い出したかのように答えた。
思い出したのなら、もう一度焼きおにぎりを口に含まないでもらいたい。
トールが口の中のものを飲み込んで、名残惜しそうに皿に焼きおにぎりを置くのを確認すると、対面にいるシーラさんの方を見る。
よし、まずはこちらの優位性を与えるためにシーラさんのお皿をこちらへと持ってこよう。
そう思ってシーラさんの皿に手を伸ばすと、突然パンッと乾いた音が鳴って俺の腕が弾かれた。
「あれ? これ、私のですよね?」
……何だろう今のは? 手を伸ばした俺の腕がシーラさんに弾かれたというのか? まったくシーラさんが腕を動かす様子は見られなかったのだが……。
それにいつものおっとりとした口調と柔らかい笑顔ではあるが背筋に寒気を感じてしまう。
このどこか寒い空気は、女性に体重を聞いてしまった時の禁忌を犯した時の空気にとても似ている。
俺は何か間違った事をしてしまったのだろうか?
「う、うん。そうだよ、ちょっと間違えたよ。ごめん」
「いいですよ。そういう時もありますよね~」
得体の知れない雰囲気に怯えて謝ると、シーラさんがにっこりとしながら食事を再開。
不気味な空気は見る影もなく霧散した。
「おい、アスモ。どうなってるんだよ? これじゃ、作戦通りに進められないじゃないか」
「多分、焼きおにぎりが相当気に入ってるんだと思う。ここまで素早くて警戒心の強い姉ちゃんは久し振りだから……」
思わずアスモに尋ねると、そのような返答がくる。
これにはアスモも予想外という事か。
「つまり、今のシーラから料理を奪うのは無理ってことか?」
「多分、次同じことやったら肌が赤くなるくらいの強さで叩かれると思う。昔、稀少な魔物のお肉が手に入った時も同じような状態だったから」
どこか説得力のあるアスモの表情を見るに、アスモは過去にやらかして肌が赤くなるくらいの強さで叩かれたのだろう。
アスモ家は人一倍食べ物が好きで、食い意地が張っているのは知っているがここまでとは思わなかった。
じゃあ、直接腕を伸ばさずに無魔法のサイキックで取ればいいかと思ったが、それはもっとダメだと俺の第六感が囁いている。
とにかく、今シーラさんから食べ物を奪うのは不可能というわけだ。
「……ここはシンプルに交渉を持ちかけた方がいい気がするぜ? いざとなったら氷魔法で冷やすって脅してやればいいだろう。とにかく真正面から奪うのはマズそうだ」
「そうだね。そうしよう」
トールの言葉に頷いた俺は、改めてシーラさんの方を見る。
シーラさんは幸せそうに焼きおにぎりを頬張っている模様。今なら機嫌もいいし、普通に交渉すればいけそうだ。
「シーラさん」
「ん?」
「ちょっと俺とトールの頼みを聞いてくれないかな?」
「……その話は長くなりそうですかぁ? まだ焼きおにぎりも残ってますし、せっかく作った五平餅もあるんですけど……」
改まって言ってみたのだが、いきなり話を否定された。
確かにこれからの交渉は長くなるかもしれない。そうなるとせっかく作った熱々な焼きおにぎりや五平餅は冷めてしまう事になるだろう。
焼きおにぎりや五平餅は冷めても美味しいものだが、温かいに越した事はない。
ご飯を取り上げる行動が想像以上に危険性が高い以上、ここは作戦を変更して食べ物を食べ終わってから交渉に入るか。
美味しい物を食べて、気分が良くなれば交渉が上手く進むだろう。要は食事接待と同じだ。
「……わかった。食べ終わってからで」
「わかりました!」
俺がそう言うと、にっこりと微笑みながら頷くシーラさん。
俺は小さくため息を吐くと、手の中にある焼きおにぎりを齧った。
焼きおにぎりの表面はパリッとしており、口に中に入れると醤油の染み込んだホカホカのご飯ホロリと口の中で崩れた。
噛めば噛むほどご飯の甘い味と、醤油の甘辛い味が口に中に広がる。
何層にも塗られて焼き固められたからこそ出せる、濃縮された旨味の味だ。
そのままガツガツと焼きおにぎりを食べ進めると、次に棒に刺した五平餅へと手を伸ばす。
特製味噌ダレを塗ってやってから豪快に齧り付いた。
すると、モッチリとした感触と甘みの強いご飯の味がする。そしてその後に豪快な味噌の味が一気に口に広がった。甘みのあるご飯と味噌の味が絶妙にマッチしており、食べ応えがとてもある。
「五平餅も美味しい~!」
同じく五平餅を食べたシーラさんがうっとりとした表情で言う。
単純な料理であるが、それ故に素材の味が感じられて美味しい。
やっぱり食べ物は温かいうちに食べるのが一番だな。
しかし、何故だろう。作戦は進んではいるが、俺達の思い描く通りに一つも進んでいないような気がした。




