剣の世界はわからない
朝食を食べ終えた俺は、トールとアスモに会いに行こうと部屋で準備をする。
また今回もお土産を期待しているだろうしな。
トールとアスモのお土産については決まっている。カグラの店で買った木刀だ。
まるで修学旅行生が悪ふざけで買うようなものであるが、トールとアスモが持つ姿を想像したらピンときてしまったのだ仕方があるまい。
あのチンピラ二人の事だ。木刀を肩に乗せる姿は相当似合うに違いない。
しかし、木刀と聞いてバカにしてはいけない。
カグラは刀を使う国だけあって木刀もかなり本格的だ。いい材木を丹念に削り上げて、形にしたようなもので前世のお土産売り場にあるような安っぽい雰囲気はまったくしない。実際に結構なお値段もしたし、用途としては子供が稽古をするための物なのだろう。
その完成度の高さ故に、普段木刀などまったく使わない俺さえも、中二心を触発されて自分の分を買ってしまったくらいだからな。
買ったばかりの木刀を手に持ちたくなったので、俺は空間魔法で木刀を取り出す。
それから木刀の感触を確かめるように部屋の中でブンブンと振る。
うん、いい重さと木材の模様が出ている。それに握りやすいしな。
さすがに木刀だけじゃ怒られそうだから。いつものように食材も持っていくか。
やはり無難なのは醤油と味噌かな? これさえあれば家族での料理にも幅が出るし、上手く扱えなかったとしても料理にかけるだけでも味が良くなる。
前回のように個数の限られたドラゴンマフィンを持っていくよりも、余程平和だろう。
そう決めた俺は、空間魔法で醤油壺と味噌壺があるのを確認する。
空間魔法には俺一人だと半年はもつくらいの量が収納されている。ちょっとやそっと減ったくらいでは痛くないな。
それにカグラの景色はきちんと目に焼き付けたからな。少なくなってきたら転移で買いに行けばいいだけだ。
お土産の準備が整った俺は部屋を出て、一階へと降りていく。
すると、ティータイムを終えたのかノルド父さんがリビングから出てきた。
ノルド父さんは階段を降りる俺に気付くと、目を丸くして嬉しそうな表情をする。
「おや? アルが自主稽古をするなんて珍しいね」
「え? しないよ?」
俺が強制でもされない限り、自主稽古をする訳ないじゃないか。
「え? でも右手に木剣を持っているじゃ――あれ? よく見ると違うね?」
「これはカグラで買ったお土産の木刀だよ。トール達のお土産だから持って行こうとしているところ」
「ちょっと見せて」
ノルド父さんが興味深そうに見ているので、俺は素直に渡してあげる。
「いい作りをしているね。木剣も作っているようだったら頼みたいくらいだ」
「向こうに剣はないから、作ってくれないと思うよ」
木を削り出して、これだけ高めてくれる職人だ。木剣の形状や重さなども教えればできるかもしれないが、木刀のような完成度は難しいだろう。
それに時間もかかるし、そこまでするような労力はさすがにない。
俺なら転移して頼めばできるけど、完成したら余計に稽古に力が入りそうなので勘弁してもらいたいところだ。
「ちょっと振ってみてもいいかい?」
「いいよ」
ひとしきり観察すると好奇心でも湧いたのだろう。
心なしかワクワクしている様子のノルド父さんから俺は離れる。
広い玄関の方まで歩いたノルド父さんは、木刀を正面で構える。
その姿勢はぶれることなく相変わらず綺麗だ。綺麗といってもノルド父さんはエリックやブラムのような騎士の剣筋ではない。
実際に魔物や人と戦う事で経験を積み、練り上げられてきた実戦型だ。
だからこそ、見ていてもどこにも隙がない。あれはノルド父さんの中で完成された一つの型なのだ。それも含めて俺は綺麗だと思った。
俺が打ち込もうと、一瞬でカウンターされる未来しか見えないな。
エリノラ姉さんやノルド父さんには、打ち込むべき場所や隙とやらがわかるらしいのだが、俺とシルヴィオ兄さんにはさっぱりだ。
いつも迂闊な所に打ち込むなと注意される。剣の世界はよくわからないな。
そんな事を思いながら見つめていると、ノルド父さんがゆっくりと木刀を振った。
鋭く空気を切り裂く音が玄関で鳴り響く。
俺やシルヴィオ兄さんとは比べ物にならないくらい鋭い剣筋だ。
しかし、ノルド父さんには違和感があるのか首を傾げながら二度、三度と振るう。
玄関から響いてきた音に驚いたのか、リビングと扉からサーラとエルナ母さんが顔を出す。
それでもノルド父さんは気にせずに、あらゆる角度から木刀を幾度か振り続ける。
それをしばらく見守っていると、玄関から空気を切り裂く音が消え去った。
十分堪能して止めたのかと思ったが違った。ノルド父さんはまだ素振りをしていた。
左肩を前に、右肩を後ろに上段で構える。そして右足を前方に出し、右肩を前に出しながら振り下ろした。
動作は自然でありながら、素早い振り下ろしだ。
でも、木刀をそれだけ早く振り下ろしたというのに音が鳴らない意味がわからない。
木剣でも同じような事をやっていたけど、それはどういう技術なのだろうか。
「やっぱり剣とは違うね。剣に慣れた僕には扱えないや」
ノルド父さんは満足そうに笑うと、俺に木刀を返して執務室へと歩いていく。
何か思いっきりそれらしい動きをしていましたけどダメなのだろうか?
俺には剣の技術はさっぱりだな。魔法の方が理解しやすいし、魔法が一番だな。
◆
エルナ母さんに行き先を告げた俺は、屋敷を出てコリアット村へと向かう。
転移が使えるので転移を使って一瞬で向かってもいいのだが、今日は久しぶりのコリアット村だし景色を堪能しながらのんびりと歩いていこうと思う。
屋敷から伸びる一本道をトコトコと俺は歩いていく。
上を見れば澄んだ青色の空が広がっており、真っ白な雲が悠々と流れている。
今の季節は夏のせいか空気が暑い。
空に浮かんだ太陽がジリジリと俺を焼き付ける。
屋敷から歩いて百メートルにもなっていないはずだが、じんわりと背中に汗が滲んできた。
しかし、一本道の左右には広大な草原が広がっており、そこから気持ちのいい風が吹いてくる。
熱くなってきた俺の身体を冷ましてくれる天然の扇風機だ。風が吹く度に周りにある草が揺れて潮騒のような柔らかな音を上げる。
風を肌で感じ、涼しい葉音で涼をとる。これが田舎ならでは夏の醍醐味ではなかろうか。
そう感じつつ、俺は一本道を歩いていく。
……だけど、今日は暑いな。夏真っ盛りな季節の中で、帽子もかぶらずに外に出たのは迂闊だっただろうか。
「…………それに涼をとるにも限界はあるよな。やはり人間は適温の中で過ごすべきだ」
そう自分に言い聞かせた俺は、氷魔法を発動して辺りに冷気を振りまく。
暑苦しい空気の中、低温の白い冷気が漂う。
「……ああ、涼しい」
さっきまでのむわっとしていた空気が嘘のようだ。
まるで、大きな冷凍室の中に入っているような涼しさだ。
俺の身体全体を冷気が包み込み、呼吸をすればヒンヤリとした空気が体内に入って、中からも涼しくなる。
瞬間的な涼しさでいえば、クーラーよりも快適だ。これさえあれば、夏だろうと砂漠であろうと怖くない。
ああ、こういう時のために俺は魔法を練習したんだ。頑張って習得して良かった氷魔法。
やはり魔法は生活を豊かにしてくれるな。
魔法の素晴らしさを痛感していると、俺の辺りを渦巻いていた冷気がなくなっていく。
それに伴い、辺りの気温がドンドンと上がり、またもや熱気が俺を襲う。
そりゃ、そうか。普通に冷気を出しただけではあっという間に流されてしまう。その場に止まっているならまだしも、俺は歩いているのだ。この暑い気温もあってか冷気が消えてしまうのも当然だろう。
氷魔法によって冷気を放出し続け、その冷気をできるだけコントロールしながら歩かなければいけない。
季節の変わり目になると人間は体調を崩しやすい。
それは温度の急激な変化に人間の身体がついていけなくなってしまうためだ。真夏だとクーラー病といったものが最たるものだろう。
そうやって体調を崩してしまうのはよくない。あくまで冷気の温度は控えめに、それでいて過ごしやすい温度を保つのがベストだな。
俺は氷魔法によって冷気を放出し、適度な温度を保ち続けながらコリアット村へと歩くのであった。




