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服より団子

 

 久し振りにバルトロの作ってくれた朝食を食べた俺は、ダイニングルームで食後のゆったりとした時間を過ごす。


 いつもならソファーなどのあるリビングに移動するのだが、今日は筋肉痛のために移動はしない。そして、移動しない俺を気遣ってか、今日は俺以外の家族皆がダイニングルームで過ごしていた。


 ただ朝食のような席順では喋りにくいので、ノルド父さんが俺の前に座っている。


 エルナ母さんとノルド父さんが隣り合って座るとやっぱり絵になるよな。


 そんな事を思いながらボーっとしていると、サーラがティーカップをそっと差し出してくれる。


 久し振りのロイヤルフィードである。


 俺はサーラにお礼の言葉を述べてから、ティーカップを手に取る。


 カップに入っている紅茶の匂いを味わってから、ほんの少しを口に含む。


 香り豊かな紅茶の味が口の中に広がり、スッと喉を奥へと通っていった。


「はぁー、やっぱり紅茶も落ち着くね」


 ため息を吐くような声で俺は呟く。


 前世では麦茶や緑茶をよく飲んでいたが、この世界に転生してからは紅茶ばかりを呑んでいた。前世では断然緑茶、麦茶派だったが、今ではどちらも甲乙つけ難いな。


「カグラでは何か特別な飲み物があったのかしら?」


 俺が紅茶を飲みながら心で唸っていると、気になったのかエルナ母さんが尋ねてくる。


「カグラでは緑茶っていう飲み物があったよ。苦みと渋みが強いけど、香りがよくて紅茶とは違った魅力があるよ」


「それはお土産として買っているのかしら?」


「勿論」


「じゃあ、後で飲ませてちょうだいね」


 エルナ母さんはお茶系が大好きだからね。気に入るかはわからないけど多めに購入してある。茶葉なら保存期間も長いし、いざとなれば俺が一人で飲むから問題ない。


「アル、カグラの本は買ってきてくれたかい?」


「カグラの成り立ちや独自の物語系の書物を中心に買ってきておいたよ」


「ありがとう!」


 俺の言葉にシルヴィオ兄さんが爽やかな笑顔で礼を告げる。


 ……何だろう。シルヴィオ兄さんの笑顔を見ていると心が洗われた気がする。


 旅の時は、周りには下卑た笑いをする奴等が多かったからだろうか。


 でも、ちょっとカグラの本を読みたいのかソワソワとしている。


 昨日は色々と忙しかったから、お土産の運び込みはしていないんだよね。


 俺は早速とばかりに稽古の刑に処されてしまったせいか、トリーは早々と退散してしまったのだ。


 一応理由としては家族との再会を祝うために出直すとか殊勝な事を言っていたらしいが、中庭で俺がしごかれる姿を見て、アーバイン達と笑っているのがチラッと見えたのだ。


 あれは絶対に人を面白がる姿だった。


「で、結局アルは旅の目的である食料を買えたのかい?」


「うん、買えたよ! お米とか!」


「その『とか』って言葉が気になるんだけど他にどんなものを買ったんだい?」


 俺が言うと、ノルド父さんが不安そうな表情をしながら聞いてくる。


「他は調味料である醤油と味噌、お酒とか港町で獲れた海藻とか保存の利く物が中心だよ」


「うーん、醤油とか味噌っていうのはさっぱりわからないな。その辺は後でバルトロに確認させようか」


 まあ、異国の調味料の事を言われても、行ったことのないノルド父さんにはさっぱりわからないよね。


 でも、とりあえずスラスラと答えた俺を見て、ノルド父さんは一先ず安心したようだ。


「後はカグラ服、髪飾り、布地やネックレスだね。メイドであるサーラ達にもカグラ服を一着ずつ買ってあるよ」


「本当ですか!? アルフリート様!?」


 付け加えるようにお土産の内容を言うと、ダイニングルームで控えていたミーナが嬉しそうな声を上げる。


「うん、本当だよ」


「やりましたよサーラ! カグラのお土産が貰えます!」


「ええ、嬉しい事です」


 隣にいるサーラも楚々とした様子を装っているが、どことなく表情が嬉しそうだ。


 女性のこういう嬉しそうな表情を見ていると、お土産を買ってあげて良かったと思えるな。


「しかも、カグラ服ですよ! カグラ服はドレス並に高いらしいですよ!」


「えっ? そんなに高いものを?」


 サーラとミーナのそんな声を聞いてか、エルナ母さんとノルド父さんの表情が不安そうになる。


「……アル」


「わかっているよエルナ母さん。カグラ服や装飾品については大まかな選定を女性であるイリヤとアリューシャに手伝ってもらったから」


「イシュタルテのお嬢様に手伝ってもらったのなら安心ね。良かったわ。アルが変な服を買ってがっかりさせないかが心配だったわ」


 俺の言葉を聞いて心底安心そうにするエルナ母さん。


 イリヤは伯爵家の令嬢だからね。服に対しての審美眼は勿論、王国で着る時のための配慮をしている。彼女が選ぶのを手伝ったとなると安心するのは当然だろう。


「まあ、最後に選んだのは家族である俺だけどね」


「……最後の言葉で一気に不安になってきたわ」


 こちらが時間をかけて、悩みに悩んだというのに何という事を言うのだろうか。


「ミーナが高いって言っていたけど、一着でいくらくらいしたの?」


 俺がジットリとした視線を向けてくると、エルナ母さんは怯みもせずに聞いてくる。


 それはエルナ母さんだけでなく、ミーナやサーラ、ノルド父さんも気になっているのか視線が俺に集まる。


「最低で金貨十枚かな」


「金貨十枚!?」


 俺が濁しながら言うと、ミーナが驚きの声を上げる。


「エルナ母さんのものだと金貨五十枚はしてるかな」


「金貨五十枚!? それは私が設定した白金貨一枚すらも超えているんじゃないかしら?」


 さすがの金額にエルナ母さんも酷く驚いているようだ。


 ノルド父さんに至っては声も出ていない様子。


 数秒してから我に返ったノルド父さんは何かを言おうとしたが、俺はそれを阻むように先に口を開いた。


「いやぁ! ノルド父さんからエルナ母さん達のカグラ服は高い物にするように言われていたしね」


「えっ?」


 兼ねてから温めていた言い訳を使うと、ノルド父さんが間の抜けたような声を漏らす。


 そりゃ、そうだ。ノルド父さんはそんな事など一言も言っていないのだから。


「凄いです! 私達にも金貨十枚相当の服を買ってくれる上に、奥様であるエルナ様にも惜しみなくお金を使ってあげるだなんて!」


「普段から節制を心掛けているノルド様であるからこそ、奥様への愛が伝わりますね」


 俺の言葉を真に受けて、ノルド父さんを称賛するミーナとサーラ。


 その天然な言葉が、ノルド父さんの退路を見事に塞いでいく。


「もう、あれだけお金にはうるさく言っていたのに、私を驚かせたかったの?」


「えっ? あ、うん! 勿論、そうだよ! あはは」


 俺の言葉を聞いたエルナ母さんは、途端に表情を緩ませてあからさまに嬉しそう。


 俺が独断でお金を使った事に何の疑いも起こしていない。相変わらずノルド父さんの事が絡めばちょろくなってしまう母親だ。


 それに対して抱き着かれたノルド父さんは引きつった笑みを浮かべている。


 恐らく、今回の買い物で白金貨一枚を大幅に超過していると気付いてしまったのだろう。


 だが、もう後には引けない。


 今更俺が独断で買ってきたと暴露しては、少なからず女性達をがっかりさせてしまう。


 妻想いで優しいノルド父さんにそんな事ができるはずがない。


 しかし、このまま放置すると後でノルド父さんに何をされるかわからないので、早めに保険をかけておく。


「そろそろコマの方も販売できるだろうし、また新しい遊びもトリーの商会で形になりそうだから、しばらくは安泰だね」


 俺がノルド父さんに聞こえるように何げなく呟くと、ノルド父さんは心底ホッとしたような顔をした。


 これで保険はバッチリとばかりに俺も安心していると、ノルド父さんに抱き着いていたエルナ母さんがハッと顔を上げる。


「あっ、アル! 食料や服もいいけどお菓子の類はどうなの?」


 エルナ母さんの質問によって、賑やかだった空間が途端に静かになった。


 ミーナもサーラも急に会話を止めて、こちらを凝視してきた。


 何だろう、このプレッシャーは……。衣服やアクセサリーの時よりも、遥かに真剣味があるぞ。


「……いや、さすがにお菓子の類は保存の都合もあるしあまり買ってない――」


 俺が苦笑しながら言うと、エルナ母さん達の表情が能面のようになる。


「買ってないけど、屋敷でも作れるように勉強してきたから問題ないよ!」


「そう! なら良かったわ!」


「他の街にあるお菓子やカグラのお菓子が楽しみです!」


「どんな味なんでしょうか?」


 俺が慌てて言い直すと、エルナ母さんを始めてする女性陣が満足そうに笑う。


 ああ、お菓子の類はあんまり勉強していないんだけど、どうしようか?


 まさかカグラ服やアクセサリーよりもこちらの方が重要だとは思っていなかったな。


 うちの女性陣は服より団子かな。




このマンガがスゴい! Webで漫画10話が公開されました。

LINE漫画も更新されました。

漫画もよろしくです。

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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

― 新着の感想 ―
保険(笑)
[一言] カグラでの得た知験からどんな甘味、料理が提供されることになるか興味津々といったところか。 カグラで仕入れた緑茶。輸送途中で発酵なんてしていたら、どうなるんだろうか。。。(笑)事の顛末が愉しみ…
[一言] 相変わらず、甘味の事になると人を殺せるくらいの気迫を出す、女性陣。 母はギリギリともかく、メイドの子息への態度はコメディとはいえ度がすぎている。
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