サイキックの新しい使い方
『このマンガがスゴい!』Webにて本日漫画10話が更新されるはずです。よろしければご確認ください。
結局、俺は氷を風魔法で床から切断して、サイキックで外に放り出した。
しかし、扉や床に付着している氷はどうにもならず、火魔法で溶かしてから水魔法で外に出した。
俺とエルナ母さんの朝の攻防は、部屋の扉がびしょびしょになるという不毛な結果にて終わった。
そして俺はエルナ母さんに手を繋がれて、二階から一階にあるダイニングルームへと向かう。
「あっ! ちょっと痛い! エルナ母さん、歩くのが早いって! 俺は全身が筋肉痛なんだよ!?」
「あら、そうなの?」
「いやいや、さっきも言ったしわかっているはずだよね!?」
俺が痛みを訴えるもエルナ母さんは柔らかく微笑むだけで容赦しない。
この母親、俺が筋肉痛で痛むのを楽しんでいるな。
「あら? あそこにある扉が開いているわ。閉めないとダメね」
エルナ母さんはわざとらしくそう言うと、わざわざ反転して反対方向へと歩き出す。
それに伴って、俺の身体もねじれてしまうわけで筋肉痛になっている背中の筋肉がグッと伸びる。
「痛い! いつもならそんな事微塵も気にしない癖に! ああ、もうごめんなさい!」
「最初から素直に謝っておけばいいのよ」
俺が素直に謝ると、エルナ母さんは満足そうに笑って許してくれる。
「ほら、ゆっくりでいいから歩きなさい」
「いや、許してもらえるなら手を離して欲しいんだけど」
俺の手を優しく握るエルナ母さんに、俺はそうきっぱりと告げる。優しさを見せたけど俺が袖にしたせいか、ちょっとムッとしている。
「……どうして?」
「もっと楽に移動できる方法があるからだよ」
俺がそう言うと、エルナ母さんは不思議そうにしながらも手を離す。
それから俺はゆっくりと自分の部屋に引き返して歩き出す。
「ちょっと! また寝る気! いい加減にしなさい!」
「違うから! 必要な物を取るだけだから!」
駆け寄ってきたエルナ母さんにそう説明すると、とりあえず怒気が引っ込む。
さすがにそんな舐めた事をしたら、今度はもっと酷い事をされるとわかる。
俺が必要としているのは布団だ。
俺は筋肉痛の痛みに堪えながら自分の部屋に戻る。それから扉をサイキックで開けて、部屋に入ると布団にサイキックをかけてこちらへと引き寄せる。
それから俺は布団の上に転がり、布団をサイキックで操作して自分の身体を包み込む。
これで俺は巻き寿司のようになったというわけだ。
「……何? ふざけてるの? これが移動の何の役に立つのよ?」
「俺もカグラへの道中の間、何もしなかったわけではないんだよエルナ母さん。今から見せるのは俺の新しい魔法の使い方だよ」
せっかちなエルナ母さんを諫めて、俺は自分を包む布団へとサイキックをかける。
すると俺の真下にある布団が念動力の力によって舞い上がり、俺が宙に浮かび出す。
「サイキックは自分使って浮くことはできない。でも無機物なら問題なく浮かせる事ができる! だからこうやって物の上に乗って、きちんと魔力をコントロールすれば人は宙に浮いて移動できるんだよ! 凄くな
い!?」
「すごいわね! これなら面倒な移動もせずに済むわ!」
俺が宙に浮きながら語りかけると、エルナ母さんも利点に気付いたのか同調してくれる。
さすがは俺と同じ面倒くさがりなエルナ母さん。
この魔法がいかに素晴らしいかすぐに気付いてしまったようだ。
俺が感心した風に見ていると、エルナ母さんが不意に表情を曇らせる。
「――いや、ダメよアル。これはいいけど美しくないわ。もうちょっと華麗に乗る方法はないの?」
どうやら屋敷にいる夫、ノルド父さんの事を気にしているらしい。
「別にいつも通りノルド父さんのいない所で楽しめばいいじゃん」
「……どういう事かわからないわ?」
エルナ母さんはどうあっても、堕落している姿を認めないようだ。
俺はそれに呆れつつも、どうやればエルナ母さんが美しく乗れるか考える。
「うーん、俺は軽いから包まなくてもいけるけど、エルナ母さんほどの重さになると布団が重さに堪えられなくて俺の頭に指が食い込むううううう!?」
「……私が重いって言いたいわけ?」
俺が考えを整理しながら喋っていると、エルナ母さんが無表情でアイアンクローをしてきた。
ああ、この痛さすら懐かしく思えるけど、洒落にならない握力だ。
「すいません、そんなつもりはなかったんです!」
俺が急いで謝ると、エルナ母さんがゆっくりと手を離す。
「エルナ様―? 食事の用意が整いましたよー?」
降りてくるのが遅い俺達を心配してだろう、階下からミーナの声が聞こえてくる。
俺の痛みの悲鳴には何も心配しないのだろうか?
エルナ母さんはミーナに返事をすると、こちらに振り返って。
「……まあ、今は朝食を食べにいきましょう」
「それもそうだね」
◆
「……アル、随分と遅かったじゃないか――ええっ!?」
エルナ母さんが扉を開いて俺がダイニングルームに入るなり、席に座っていたノルド父さんが驚きの声を上げる。
ふふ、どうやら俺の素晴らしい魔法にノルド父さんも驚いて声が出ないみたいだ。
俺は悠々と自分の椅子まで移動すると、ノルド父さんが怪訝な声を出す。
「……アル、何をしてるんだい?」
「カグラに行っている間に新しい魔法の使い方を会得したんだ。こうやってサイキックを使えば自分の足で歩かなくて済むんだよ」
俺が自慢げに答えると、ノルド父さんは何故か微妙そうな表情で、
「それだけのために屋敷の中でそんな事をしているのかい?」
「それだけって、ノルド父さんはこの魔法の素晴らしさがわからないと言うの!?」
「長距離の移動ならともかく、屋敷の中だったら歩いた方がいいんじゃないの?」
ノルド父さんだけでなく、シルヴィオ兄さんまでもがそんな事を言う。
俺はこの魔法の良さをわかってもらえる同士に視線を送ると、エルナ母さんは「この子はカグラに行って何をしていたのかしら?」と素知らぬ顔で言って席に座った。
さっきまで美しい乗り方を考えなさいとか抜かしていた母はどこにいったのやら。
「というか昨日の稽古で筋肉痛だから歩くのが辛いんだよ」
「それは稽古をサボっていたアルが悪いんだよ? にしてもルンバに道中稽古をつけてもらうように頼んでおいたんだけどね」
さらりと何て危ない事を頼む父親なんだ。俺は修一やエリノラ姉さんのように頑丈じゃないんだ。豪快なルンバに稽古なんてつけられたら怪我をする未来しか見えない。
「まあ、今はそんな事はいいか。それよりも朝食だよ。アルは、早くそれを解いて座りなさい」
「はーい」
ノルド父さんにそう言われて、俺はサイキックを解除。布団をダイニングルームの端に畳んでから椅子に座り直す。
すると正面の席には、いつもいたはずのエリノラ姉さんがいない。
「何かいつもいる場所に人がいないと落ち着かないね」
「あら? 昨日はエリノラがいなくて喜んでいたんじゃなかったかしら? もう寂しくなったの?」
「そんな事はないよ。俺の正面だけ空いているから気になっただけだよ」
そう、これは収まるべき場所に物がきちんと収まっていないような……そんな感覚だ。
断じてエリノラ姉さんがいなくて寂しく思ったとかではない。
俺がそんな事を思っていると、隣に座っているシルヴィオ兄さんが小さく笑う。
「……何で笑うのさ?」
「いや、アルが帰ってくるとやっぱり賑やかになるって思ってね」
「アルが旅に出て、その後エリノラも王都に向かって。最近はずっとこの三人だけだったものね」
「元気な二人がいなくなると屋敷も静かに感じられたからね」
いやいや、俺もノルド父さん達と同じ静かな枠だと思うんだけど。
元気なのはエリノラ姉さんだけで、俺ってばとても静かな子供だよ?
俺がそんな事を思っていると、ノルド父さんが柔らかい笑みを浮かべ、
「言葉が遅れたけどお帰り、アル」
「「おかえり」」
続いてエルナ母さん、シルヴィオ兄さんも言ってくれる。
「ただいま!」
そうして俺はエリノラ姉さんを除く家族と久し振りの朝食を食べた。