お帰りなさいという言葉がほしい
カグラを出発した俺は、行きと同じように風魔法を駆使して日程を短縮して五日で港町エスポートへとたどり着いた。
そこで旅の食料などの補充、ここでしか買えない魚やお土産を買ったら英気を養うように休憩をした。
この頃にはすでに春から初夏の季節へと変わっているために、暖かいというよりも暑いと感じるようになった。それなりに動けば汗もかき、寝苦しい夜もあったので氷魔法の冷気で空気を冷やして寝た。
翌日には俺の一人部屋にアーバインとモルトとルンバが寝ており、むさ苦しい事この上なかった。どうせならイリヤとかアリューシャが入りこんでくれたらよかったのに。
そんな事を思いながら翌朝には馬車で旅立つ。
アルドニア王国の港町エスポートからミスフィリト王国の街キッカへと移動する。
その暇な道中はトリーと卓球のダブルスについての説明、スライム枕の研究などをしながらのんびりと過ごす。
暑くなってきたこの季節に冷やしたスライム枕はやはり最高だ。
銀の風のメンバーだけでなく、商会のメンバーも有用性に気付いたのか道中はこぞってスライムを追いかける光景が見られた。
そして魔物の革にスライムと適当な餌を放り込み、氷の魔導具で冷やす。
すると大量のひんやりスライム枕が誕生するという訳だ。
翌朝には餌を入れ忘れた何人かが液体になったスライムを抱える姿も見えたが……。
そんな感じに賑やかに過ごしているとキッカにたどり着いた。
その時は既に夕方だったのでエスポートと同じように補充などを済ませて一晩泊まった。
それからアリューシャとイリヤと魔法の訓練をしたり、皆で楽しく話して過ごす事しばらく。
俺はようやくコリアット村に帰ってきた。
馬車の窓から顔を出すと、澄み渡る青空やどこまでも広がる草原が目に入る。
美しいこれらを見るとコリアット村に帰ってきたんだと実感が持てる。
息を大きく吸うと、俺が旅立つ前と同じ緑や土の匂いが入り混じった新鮮な空気は身体へと入ってくる。
「……やっぱり、ここの空気が一番落ち着くなぁ」
王都に行っても、カグラに行ってもそれは変わらない。
ああ、やっぱり俺はコリアット村が一番好きなんだな。ここが一番落ち着くや。
どこかホッとしながら辺りを眺めると、今日も畑を耕す村人の姿が見える。
季節はすでに夏に入っているせいか、村人達の服装は半袖だ。
この暑い気温だと、脱いでしまうのも仕方がないだろうな。
農作業をしているローランドなんかは暑いせいか上着を脱いでいるようだ。その傍では仏頂面をしたウェスタもいる。
「おい、ローランド。今すぐ服を着ろ。ただでさえ暑苦しいと言うのに、貴様のむさ苦しい身体が視界に入ると余計に暑苦しくなる」
「暑いんだから仕方がねえだろ。見たくなければ見なけりゃいいだろうが」
「見たくなくても視界に入るというのがわからんのかバカ」
「んだと!? お前ちょっとこっちに来い! とっちめてやる!」
「やめろ、お前は汗だくなんだ。こっちに来て汗でもかけられたら敵わん」
ウェスタにそう言われたローランドはまじまじと自分の体を見つめる。
その姿は遠目に見てもわかるほど汗をかいており、健康的に焼けた肌は汗と脂で煌めいていた。
自分の状態を把握したローランドは自分の姿を見てから、ウェスタを見るとニヤリと笑う。
「……お、おい、まさかお前! その姿で抱き着こうなどとは考えていないよな?」
「お前に抱き着くなど反吐が出るぜ。……ただ、ちょっとムカついたから寝技をかけるだけだ」
「……冗談……だよな?」
「長い付き合いのお前ならわかるだろ。こういう時、俺は嘘をつかないと……」
ウェスタが顔を青ざめながら後退するが、ローランドは不敵に笑って距離を詰めていく。
大きな巨体も相まってクマが獲物を追い詰めているような光景だ。
「汗だくな状態でローランドに抱き着かれるなど堪ったものじゃない!」
「フハハハハ! 待てー! ウェスタ!」
逃げ出したウェスタを見て、ローランドが思いっきり追いかける。
こんなバカらしい光景でさえも懐かしく感じるな。
「おー! あれってばトリエラ商会の馬車か?」
「おい、見ろ! あそこにアルフリート様がいんぞ!」
「おお、あの死んだ目は間違いないな。アルフリート様だ!」
逃げ惑うウェスタと追いかけるローランドを見て笑っていると、畑仕事をしていた村人達が俺に気付いたのか口々に叫びながら手を振ってくる。
「ちょっと肥えたか?」
「子供だから成長して大きくなっただけじゃねえの?」
マズい、村人にもわかるほどなのか。それほどまで俺は太ってしまったのだろうか?
帰り道は割と食事を減らしたつもりなんだけどな。
暑くなったからといって、かき氷に特製甘口フルーツジュースをかけたのは失敗だったか? いや、でもこれだけ馬車に乗っていると、会話にも飽きるもので暇つぶしに食べたくなるんだよな。空間魔法から取り出してしょっちゅう何かを食べていた気がする。
だが、これからの季節は夏だ。汗だって一杯かくだろうし、俺は何せ子供だ。少しくらい肥えたとしても簡単に痩せられるだろう。それが若さってものだしな。
俺はそう自分に言い聞かせながら村人達に手を振った。
今回はトールやアスモがいなかったけど、あいつらは元気にしているだろうか? 屋敷に帰って落ち着いたらお土産を渡しに行ってやろうかな。
「着いたっすよー」
二人にはどんなお土産がいいか考えていると、いつの間にか馬車は屋敷の前にたどり着いたようだ。
トリーに間延びした声を聞いた俺は、馬車から地面へと降りる。
すると、そこには懐かしき我が屋敷が見えた。
清潔さが保たれている門は相変わらず立派で、屋敷へと至る道には土汚れや落ち葉はほとんどない。
そして、一本道を進んだ先にはノルド父さん、エルナ母さん、シルヴィオ兄さん、バルトロ、ミーナ、サーラが並んでいる。
エリノラ姉さんとメルがいないのはどうしてだろうか?
まあ、いいや。細かいことは後で聞けばいい。今は帰ってきたことを皆で喜び合うだけだ。
俺が歩み寄るとノルド父さん達が何故か――微妙そうな表情を浮かべる。
「……ちょっと息子が一か月ぶりに帰ってきたっていうのに、どうしてそんな微妙な表情を浮かべているのさ?」
さすがの俺もこんな状況では喜ぶことができない。駆け寄ってからハグくらいの流れにもっていけないぞ。
俺が抗議するように言うと、ノルド父さんが曖昧に笑い、エルナ母さんが無表情で。
「……アル、太ったわね?」
「えっ!」
「馬車から降りた姿を見た時は、一か月も経てば子供は成長すると言い聞かせていたんだけど、近くで見て確信したわ。これは成長じゃなくて太ったのよ」
そう言いながらエルナ母さんが俺の頬や、お腹といった部分をつねっていく。
……何だろう。一か月ぶりに子供が帰ってきたんだから「お帰りなさい」とか言葉をかけてくれてもいいと思うのだが。
「少し見ない間に太ったね、アル」
「……あはは、ちょっとふっくらとしたね」
俺が助けを求めるようにノルド父さんとシルヴィオ兄さんに視線を向けると、二人は苦笑しながらそんな事を言う。
「こ、子供ですし、これくらいはいいのでは? 夏ですし、痩せますよきっと!」
「アルフリート様は部屋から滅多に出ませんし、魔法で楽をしますから普通にしていては痩せませんよ」
「そうだな、俺にはさらに肥える未来しか見えねえな」
珍しく援護をしてくれたミーナであったが、サーラとバルトロの厳しい指摘が飛んでくる。
うぐっ、確かにそうだ。こんな暑い季節になると、俺は絶対に氷魔法を使う、そうなると部屋をほとんど出ないのは確定なわけで、食っちゃ寝の生活になるということ。
むしろ、今より太る未来しか見えない。
「ところで、エリノラ姉さんとメルは?」
俺は目の前の現実から逃避しつつ、気になっていたことを尋ねる。
すると、エルナ母さんが呆れたようにため息を吐いた。
「エリノラは騎士団の演習があるから今は王都よ。お世話としてメルもついて行っているから二人はここにいないわ」
エルナ母さんの言っている言葉は聞き取れたが上手く理解することができない。
「……えっ、ということはエリノラ姉さんは……いない?」
そんな事があり得るのか? いや、あり得ていいのだろうか?
「そういう事よ」
「やった!」
俺が瞬時に喜びを露わにすると、何故かエルナ母さんに頭を叩かれた。
「そんな風に喜んだらエリノラが可哀想でしょ」
おお、そうだった。つい、あまりにも嬉しくて感情が爆発してしまった。
感情を抑えるんだアルフリート。またエルナ母さんに怒られるぞ。
エリノラ姉さんのいない平和な日常。アルフリート=スロウレットとして生を受けたこの七年間。そんな日があっただろうか?
いや、ない! 仮にあったとしても俺が小さくて何もできない頃の話だ。それはノーカンとすると、俺が自由に動ける中では初めてという事になる。
ヤバいな、エリノラ姉さんがいない日常ってどうなのだろうか。今までエリノラ姉さんがいるのが当たり前すぎて想像できないな。
でも、さぞかし平和なんだろうな……。
「……言葉に出ていなくても顔に全て出ているわよ?」
それほどまでに、俺の顔は嬉しそうなのか。
「まあ、これで稽古が少なくなると思うと、どうしてもね?」
「……アル、そんな身体になっているのにエリノラがいないから稽古が減ると思っているのかい?」
ついつい、嬉しくて正直な気持ちを口にすると、ノルド父さんが優しげな笑みを浮かべながら言ってくる。
何故だろう、ノルド父さんの笑みはとても柔らかいのに恐ろしく思える。
「……えっと、減らないの?」
「減らないよ。むしろ増やす方針だから。ちなみにカグラに行っている間に稽古は?」
「……ま、魔法の稽古ならたくさんしたよ」
「そっか、それじゃあ今から稽古だね」
俺がそう答えると、ノルド父さんはにっこりと笑いながら、俺の腕を引っ張って中庭へと歩いていく。
俺が引きずられながら助けを求めるような視線を家族に送ると、
「「行ってらっしゃーい」」
声を揃えて笑顔で手を振られた。
違う! 俺が欲しいのは見送りの言葉ではなく、お出迎えの言葉なのに……っ!
結果として、エリノラ姉さんがいなくてもノルド父さんがいる限り、稽古の辛さは変わらないようだった。
ひとまずカグラ編は終わりです。




