旅館から港へ
天気のいい翌朝。いつもならばのんびりとした朝の時間帯であるにも関わらず、旅館の外ではたくさんの声が飛び交っていた。
「荷物を積んだら南の港に運ぶっすよー! もう既にダグラスさん達が待っているっすからね!」
「「ういーっす!」」
トリーの指示のもと、商会員が荷物を次々と馬車へと積み込んでいく。
馬車が満杯近くになると、御者が馬を走らせて港で待機しているダグラスさんの下へ届ける。そして船員達が荷物を船へと積み込むというわけだ。
つまり、早くここから荷物を港に持っていかないと、船は出港できないわけで。
商会のメンバー達は急いでいるようだ。
そんな忙しない空気が漂う中、朝食を食べてとっくに荷物を纏めた俺は玄関の端っこで次々と運ばれていく荷物を眺めている。
「おい、急げアーバイン! このままのペースじゃ間に合わないらしいぞ!」
「わかってる! わかってるけど、この米すげえ重いんだぞ!?」
俵に入った凄く重そうな米を担いだアーバインが、息を荒げながら吠える。
銀の風のメンバーである二人も、手が足りないせいかこうして手伝わされているようだ。
「叫ぶ暇があったらさっさと運べよ」
「ちくしょう! クソ重たいお米を何個運んでると思ってんだ! おい、モルト! ちょっと俺が御者をやるから交代しろよ!」
「嫌だね! 俺はそんな重たい物を持つ気はないね。恨むなら大量のお米を買い付けたアルフリート様を恨め」
おいおい、ここで俺に振るのか。
米を担いでいたアーバインがチラリと視線を向けてくるが、俺は何も知らないとばかりに視線を逸らす。
ふふふ、いくら俺に文句を言おうとも、所詮は身体の小さな七歳児。
運ぶのを手伝えとも言えない以上、文句を言っても無駄というものだ。
とはいえ、状況を忙しくしてしまった張本人がだんまりと言うのも悪いので、せめてエールを送ってあげよう。
「アーバイン、頑張ってー!」
「ぐぬぬぬぬ、野郎に応援されてもまったく嬉しくねえ! その上元凶であるアルフリート様にそう言われると煽られているようにしか思えねえぞ!」
俺が心を込めて応援したというのに、アーバインはそのような酷い事を言う。
「そんな風に思えるのは性根が曲がっているせいだよ。ほら、ルンバを見習って! ルンバは大きいのを一気に二つ運んでるよー」
俺が指をさす先には、お米の俵を両肩に担いで運ぶルンバの姿が。
肩に担いでいるお米の量もアーバインとはまったく違う。俵一つで、俺の体重の四倍くらいはありそうだ
な。
「普段からクソ重い大剣を背負っているルンバさんと一緒にするな!」
「アーバインさん、手が止まってるっすよー。時間がないので急いでほしいっす」
アーバインが手を動かさずに口だけを動かしていたせいか、トリーから注意の言葉が飛んでくる。
すると、アーバインはムッとしながらもお米を担ぎ直す。
「……そもそも、俺達は護衛が仕事であって、こんな雑用は仕事に入ってねえぞ!」
「いやいや、ちょっとしたお手伝いもしてくれるって最初に言っていたじゃないっすかー」
きっとアーバインは気軽な気持ちで言ったんだろうな。
こういう事があるから仕事で安請け合いというものはしてはいけないんだ。
前世でもこういう事何度もあったよなー。
「とはいえ、このままではマズいっすねー。予想以上に荷物が多くて重いせいか予定より作業が遅れているっす」
俺が前世の社畜生活に思い出していると、トリーがどこか咎めるような視線をこちらに向けてくる。
それにつられ、アーバインやモルト、商会員までからも同じような視線が。
視線の逃げ場所を探していると、不意にトリーが目の前にやってきた。
「……何かな?」
「アルフリート様、ちょっと手伝ってくれないっすか?」
「こんな非力な七歳児に何をさせるの? 荷物運びなんて到底できない――」
「嫌だなー、アルフリート様には魔法があるじゃないっすか。ほら、重い物でも持ち上げられる無魔法のサイキックっすよ! あれを使えば、荷物運びが一瞬で終わると思わないっすか?」
「サイキックというのはね、とても扱いが難しい魔法で――」
「村では何百もの雪玉をサイキックで操っていたと聞いたっすよ? それにルンバさんが一昨日は大きな岩を浮かべていたと言っていたっすけど」
のらりくらりと躱そうとしたが、トリーは入念なリサーチによって俺がどのレベルのサイキックを使えるか把握しているようだった。
くそ、ルンバのお喋りさんめ。
「いやー、本当ならもっと早くに荷物整理が終わっているはずだったんですけどね? 誰かさんが予想を上回る量の物を買ってくるから――」
「あー! もうわかったよ! 手伝うからネチネチと攻撃しないで!」
「助かるっす!」
俺が手伝うことを了承すると、わざとらしい笑みと言い回しをしていたトリーが無邪気な笑みを浮かべる。
これがトリーの商会長としての交渉術なのだろうか?
なんか思っていたよりもずっといやらしい言い回しだったな。
やはり大きな商会を率いるのには、これくらいのねちっこさと黒さは必要なのだろうか。
そんな事を考えながら俺は立ち上がる。
庭や玄関に置かれた荷物を視認すると、それら全てにサイキックをかける。
俺の魔力支配下に置くと、それらを一気に動かして馬車へと積み込んでいく。
するとあっという間に馬車は荷物で満タンになった。
勿論、重い物は下にして脆い食器類などはきちんと優しく上に置いている。荷物への配慮も完璧だ。
「これでいい?」
「……何百もの雪玉をサイキックで操っていたのは嘘だと思っていたんすけど、本当だったんすね」
振り返ってトリーに尋ねると唖然とした表情でそう言う。
何だよ、信じていなかったのかよ。
周りを見ると、モルトがあんぐりとした表情をしており、アーバインは「俺の働きは一体なんだったんだ……」とうわ言のように呟いていた。
あれだけ苦労したのに魔法で一瞬で終わらされたらそうなるよな。
まあ、これで俺の買い過ぎの分の責任は果たした。
これで予定に遅れることもないだろう。
「アルフリート様、将来食べるのに困ったらいつでもうちに来ていいっすからね? 荷運び係りとして雇うっすから」
「それ貴族に言う台詞じゃないよね?」
俺はもっと楽な職業で稼ぎたいのだ。トリーの商会で荷運び係りなんてしたらこき使わされそうでおっかないよ。
◆
荷物を港に送り終えることができた俺達は、お世話になった旅館の女将や従業員達に挨拶をするべく並んでいた。
「お世話になりましたっす!」
「「お世話になりました!」」
代表であるトリーの声に続いて、皆が頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます、こちらこそ、ありがとうございました」
「「ありがとうございました!」」
女将が返礼とばかりに頭を下げると、三之助を含む従業員全員が深く頭を下げた。
一糸乱れず楚々とした仕草は俺達に感嘆の念を抱かせるほどの美しさだった。
静かでどことなく品のある旅館、とても気が利いて仕草が美しく、それでいて一緒に卓球をしてくれるようなノリのいい従業員達。
そんな人達に囲まれて過ごせる日々は最高だったな。一週間ほどの滞在であったが、もっと長く滞在していたような気がする。
それだけ、俺にとってこの旅館での時間が穏やかだったということだろうな。
俺がどこか惜しむように旅館へと視線を向けていると、隣にいるアーバインやモルトも同じように惜しむような視線を……、
「……またカグラに来た時はここの旅館に泊まりたいが、混浴なるものがある旅館にも泊まってみたいな」
「そうだな。いつか他の男性冒険者も誘って行ってみるか」
「そうだな!」
どうやらアーバインとモルトはまだ混浴とやらが心に残っているようだ。
にしても、他の男性冒険者を誘ったら男性比率が上がるだけでむさ苦しいことこの上ないと思うのだが……。
まあ、そこは何も言わないでおこう。
心の中でアーバイン達にエールを送った俺は、個人的にも女将にお礼を言いたくなったので女将の元へと向かう。
「女将さん、今回はありがとね。俺ってば一応貴族だから気遣いが大変だったでしょ?」
「こちらも他国の貴族様とあって身構えてはおりましたが、とても気さくで優しいお方だったのでお世話がしやすかったくらいですよ」
にっこりと笑いながらそう言ってくれる女将。
「ただ、大人数の枕投げに平然と混ざっていたり、急に庭先で魔法を使ったりと何をしでかすかわからないので目は離せませんでしたけど……」
ああ、そう言えば枕投げを終えた次の日から、俺の傍には女将か三之助が絶対に近くにいた気がする。
「えー、でも目が離せないって言ったら、ルンバやアーバインやモルトじゃない?」
「彼らのする行動は一般的とは言いづらいですけど、まだ常識的な範囲ですので……」
そう言われると俺が一番問題児なように聞こえるけど気のせいだろうか?
まあ、いいや。今はそんなことよりも聞いておきたいことがある。
卓球台のことだ。
トリーから撤去する必要はないと聞いてはいたが、女将からは直接聞いていなかった。
一応俺がいなくても撤去はできるだろうが、俺がやった方が大した労力もかからずに撤去することができ
る。
「ああ、魔法で思い出したんだけど、俺が庭に作った卓球台は本当に撤去しなくていいの?」
「て、撤去だなんてダメです!」
俺がそう尋ねると、女将が悲鳴を上げるような声で叫ぶ。
すると、周りにいる人々の視線が一斉に集まる。
大声を上げてしまった恥ずかしさ、視線の集まりに女将は思わず顔を赤くする。
「……お、オホン、卓球台についてはトリエラさんと話し合って、試験的にここで開放することにしておりますのでご心配はありませんよ」
「そうっすよ! まだノルド様の許可もないっすから本格的に動けないっすけど、ここに泊まりにきたお客さんの反応を見るくらいはできるっすからね!」
「そうなんだ」
なるほど、この旅館に泊まりにきたお客に卓球をやらせることによってトリーは感想などの卓球に関するデータが得られる。旅館は物珍しい娯楽をお客に提供でき、集客アップに繋がる可能性がある。
一応はお互いに利に適った状態なわけだ。
女将や従業員が気に入っているという事も大いに関係しているだろうけど。
「今度来た時は一緒に卓球をしようね?」
「はい、その時は是非ともよろしくお願いしますね」
俺と女将はそう言って笑い合う。
俺達が最後に挨拶を交わすと、ついに港に向かう時間となる。
それぞれの荷物を纏めて馬車に乗せて、自分達も馬車へと乗り込む。
「それじゃあ、港に向かうっすよ!」
そして全員が乗り込むと、トリーが威勢のいい声を上げる。
すると、御者が一斉に鞭を鳴らして馬が進み始める。
「「またのお越しをお待ちしております」」
旅館の前に並ぶ状業員はそう言って深く頭を下げた。
俺達は移動する馬車の窓から手を伸ばして、旅館と従業員に手を振り続けた。




