帰還の目途
春と修一と別れ、ルンバと共に旅館に戻ると、コルクの跳ねる音と楽しそうな声が響いていた。
商会メンバーや銀の風のメンバーは既に戻り、夕食の時間まで卓球をしているのだろう。
「今日もやってるね」
「おお、俺達もやるか!」
「俺はちょっと疲れたから部屋で一休みしとくよ」
さすがに朝から神社まで歩いて、夕方まで遊ぶと小さな身体には堪えるもの。皆と卓球をして遊びたくはあるが、それよりも休憩をしたい気持ちの方が強い。
「わかった。んじゃ、また後でな!」
ルンバは体力にまだ余裕があるらしく、そう言うと一足先に走り出して、旅館の中へと入っていく。
俺はその体力を少し羨ましく思いながら、旅館へとゆっくりと歩いた。
「アルフリート様! ちょっといいっすか?」
女将に迎えられ、自分の部屋で一休みしようかと思っていると、トリーが声をかけてきた。
「どうしたのトリー? 帰ってきたばかりで寝転がりたいんだけど……」
「ちょっとだけ相談したことがあるんすよ。アルフリート様の部屋にちょっとだけお邪魔してもいいっすか? ああ、勿論、相談できれば寝転がっている状態でも構わないっすよ!」
案に疲れているから後にして欲しいと言うも、トリーは引き下がらずに言ってくる。
夕食やお風呂と時間はまだあるのに、そこまでして急ぐというのは何か大事な事を俺と早く相談したいということなのだろう。
トリーの用件は何か知らないが、俺が部屋で寝転がっている状態でもいいと言っているのだ。別にちょっとした相談くらいいいか。
「わかった。じゃあ、俺の部屋に行こうか」
「助かるっす」
俺が了承すると、トリーが嬉しそうに付いてくる。
一階から二階に上がり、奥に俺へと割り振られた部屋へと上がり込む。
そしてスリッパを脱ぐなり、俺は部屋の隅に置いてある予備の布団を畳みの上に敷いて、その上に倒れ込むように寝転がった。
クッション性のある布団がボスリという音を立てて、畳のような匂いをまき散らす。
「……ふうー、足が疲れた」
一日酷使した足を休ませるこの感覚。ジンジンと止まっていたような血流がすんなりと流れ出すような。そんな開放感と心地よさがある。
「それでトリー、相談って何? あっ、良かったら予備の布団を使ってトリーも寝転がる?」
「い、いや、結構っすよ。まさか、本当に寝転びながら話すとは思わなかったっすよ」
「いや、寝転びながらでもいいって言ったのはトリーじゃないか?」
「普通ああ言うのは、それくらいの気楽さで話しましょうっていう社交辞令っすよ! まさか本当に寝転び出すとは、相変わらずアルフリート様は斜め上をいくっすね」
寝転びながらでも構わないというから、休憩の一時の時間を減らしてでも時間を作ったというのに。
「俺とトリーの関係は気楽なものだし、そんな商人や貴族との価値観に当てはめないでよ」
「えっと、アルフリート様も貴族っすよね?」
「気楽な関係だからいいの!」
俺はそう言って、部屋の隅にある座布団をサイキックで引き寄せ、トリーが座りやすいように置いてやる。するとトリーは「ありがとうございますっす。相変わらず器用っすね」と言いながら、座布団の上に胡坐で座った。
「それで何かあったの?」
俺が尋ねると、トリーがゴホンと咳払いをしてから言う。
「簡単に纏めると二つの相談事があるっすね。一つ目は卓球の事っす!」
「卓球? まさか女将が卓球台を撤去しろと言ってきたとか?」
やはり風情ある庭に卓球を作ってしまったのはマズかったのだろうか? 増設して今は六台ほどになっているし、さすがに邪魔かもしれない。
「いや、今のところはそんな要求はないっすよ。というか女将や三之助さん、従業員が俺達に混じっても楽しくやってるほどっすから。ちょうど今もやっていると思うっすよ?」
そう言いながら、トリーが庭の方にある窓を指さす。
さすがに女将が堂々とやっているとなると気になるな。
普段なら一度布団に転がると、その心地よさに囚われて中々立ち上がれないのだが、今回は好奇心が勝ったためにすんなりと立ち上がれた。
そして、トリーの言う通りに窓を開いて庭を覗いてみる。
「えいっ!」
「うおおおおおっ! 女将のスマッシュ速えっ!」
すると、ちょうどアーバインが女将にスマッシュを叩きこまれてやられているところであった。
中途半端に浮いたアーバインの球を、ラケット被せるようにして叩き込む素晴らしいスマッシュだな。
「次は私よ! アーバインは負けたんだから、どきなさい!」
「いや、まだだ! 二連敗もしたままで下がれるか!」
いつまでも退かないアーバインをアリューシャが蹴り出そうとしている。
「どなたでも受けて立ちますよ」
そんな二人の様子を女将は余裕の表情で微笑みながら見守っていた。
俺に卓球を見られてから吹っ切れてしまったのか、どうやら女将や従業員は堂々と卓球をするようになったようだ。
真面目な女将の事だから、これはお客様のおもてなしとか言い訳しながら、楽しんでやっていそうだな。
「じゃあ、次は私ね!」
「はい、どうぞ」
アーバインが蹴り出され、アリューシャが位置についたところで俺は目を離す。
「……女将、元気にやってるね」
「そうっすね。見ていなくても声だけで様子がよくわかったっす」
苦笑いするトリーを見ながら、俺は再び布団の上に寝転がった。
「それで卓球の撤去じゃなかったら、相談って何なの?」
「実はこの国の大名様と商談をする際に……あっ、大名っていうのは――」
「簡単に言うと、王国でいう貴族みたいなものでしょ?」
それなら既に楓さんから簡単に教えてもらった。
「ああ、既に知っているようっすね。そのお偉い人に卓球を売り込んでみたら、どうやら気に入ってくれたみたいなんすよ! そんな訳で、この国で卓球を作って広めてみてもいいっすか?」
「いいよ」
「相変わらずの軽さっすね」
「だって、俺からすればアイディアを売るだけで定期的に収入が入るわけだしね」
「でも、アルフリート様、自らが広めたら相当な利益が出ると思うっすよ?」
「そうすると、トリーのように忙しくなるじゃないか」
俺はできるだけ働かずに生きて、緩く、ぬるい人生を送りたいんだ。別に大富豪になりたいとか権力者になりたいとかいう野心はないので、余裕を持った生活さえできればそれでいい。
豊かなスローライフをおくるために、トリーのように忙しく働いていては本末転倒だ。
「相変わらずアルフリート様はぶれないっすね」
「まあ、でも結局の決定権はノルド父さんにあるんだけどね」
今の俺は七歳児であり、あくまで領主の次男。このような大事な商談を俺だけで進めていいわけがない……というのは建前で、面倒くさいところはノルド父さんに丸投げだ。
「そうっすね。でも、まずは考えたアルフリート様の許可をとろうと思ったんすよ」
何だかんだとトリーのそういう誠実さは好感が持てるな。
商会が大きくなっても尊大な振る舞いになっていないようで一安心である。
「それでもう一つは?」
「もう一つの事は、帰還の日にちっす。カグラに滞在して今日で四日目。明日で大体の商談が終わるっすので、七日目の午後くらいには帰ろうかと思うっすけど大丈夫っすか?」
「そっか、いつまでもここにいるわけにもいかないもんね。帰りにかかる日にちも計算しないといけないし」
トリーに帰ると言われるまですっかりと忘れていた。それくらいカグラでの生活はのんびりとしたもので楽しかったから。
やはり旅先から帰るというのは寂しいものだな。
トリーは今や王国でも有数の商会。商会長であるトリーがいつまでも異国にいたら滞るものも多いだろう
な。
トリーが帰りたいと言っている以上、無理を言って付いてきている立場の俺が駄々を捏ねる訳にもいかない。
「わかった。じゃあ、トリーの言う通り、明々後日である七日目の昼に帰るってことで」
「ご理解いただけて嬉しいっす。それじゃあ、夕食の席で皆にそのことを伝えるっすね」
俺がそう返事すると、トリーが軽く頭を下げる。
それから帰還に向けての予定調整を始めるためか、トリーは俺の部屋から立ち去っていった。
「もうすぐコリアット村に帰るのか……」
ごろりと寝返りをして仰向けになって呟く。
俺だけは転移でいつでも行ける場所となったが、今回のように大人数で向かう事は難しいだろうな。それは皆の予定が合致するかというものもあるが、転移で一瞬で行けるような場所に片道二週間もかけて俺が行きたがるかが深刻な問題になるだろう。
表向きはいつでも来られないという事になっているので、目的であるお米や醤油、みそといった食料の買い物、諸々のお土産といったものを考えると一日は費やさなければならない。
七日目の午前中には準備をして帰るから、残っているのは五日目と六日目。その六日目を買い物にあてるので、ここでのんびりできるのは明日で最後だな。
春と修一には明日でお別れだと言わないとな。
でも、俺一人だけなら転移でこっそりと来られるので、一旦のお別れだけどな。
できれば、ウナギ屋になるために仕事を辞めると言っていた小次郎にも会っておきたいんだけど、奴はどこにいるんだろうな。
そんな事をボーっと考えながら、俺は夕食ができるまでゴロゴロと転がっていた。
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