水神様と創造神ミスフィリト
「で、ここは修一と春が住む家なのか?」
自己紹介が終わるなり、建物のことが気になってルンバが問いかけた。
「いや、違うぞ。ここは神社という建物で神様へと祈りを届ける場所だ」
「おー、カグラにも神様がいるのか。一体どういう奴なんだ?」
「水神様だな。カグラの食生活を支えるのは主にお米だからな。水と繋がりのある田んぼや用水路、海の傍や川で祀られる事が多いんだ。カグラでは見てわかる通り、海や川に近いので大洪水が起こることもある。そういう時は水神様に祈りを捧げるんだ」
ルンバの質問にすらすらと答えていく修一。
腰に差している木刀を見る限り、刀士を志している少年だが、勉学の方も精通しているようだ。どこかにいる姉と違って偉いことだ。
にしてもここは水の女神様を祀っているのか。
水と近しい生活をしているカグラであれば納得だな。
「その水神様はどんな姿をしているんだ?」
「昔の言い伝えによると、大洪水を治めた時は天に登るような水龍のような姿を見たと言われているから、一般的には水龍の姿であるとされているな」
そう言いながら神社を指さす修一。
神社にある装飾や飾りを見てみると、確かに波を表すような装飾や水龍のような装飾が施されていた。
それらを見たルンバは「ふーん」と呟き、それから何かを思いついたように俺の耳元で囁く。
「龍だってよアル。あれが暴れたらお前の父ちゃんの出番だな」
「いや、さすがに信仰対象になっている龍を討伐したらダメだよ。カグラの人に怒られるよ」
俺がそう答えるとルンバが愉快そうに笑う。
そもそも水龍などという存在はいるのだろうか? と思ったけど王国ではノルド父さんが実際に存在する龍を倒したわけだし、いないとも言い切れないよね。
水神様については立ち上る水流を龍のようだとか昔の人が騒いだだけだと思うけどね。
「にしても王国の神様は、そこら辺にいる爺なのにこっちの神はカッコいいよな」
「アルとルンバの国の神様はどんな奴なんだ?」
修一の説明を退屈そうに聞いていた春だが、俺達の国については興味があるのか目を輝かせながら聞いてきた。
「……あー、名前は何だっけアル?」
「創造神ミスフィリト様だよ」
頭を掻いてこちらを見やるルンバの代わりに俺が答える。
国名と同じなんだから名前くらい覚えてあげようよ。
「それはどんな神様なの?」
春に尋ねられて、俺は王都の広場で出会ったお爺さんの言葉を何とか思い出しながら言う。
「……えっと確か世界の全てを創造した神様で、俺達の命があるのも創造神であるミスフィリト様のお陰。だから、人々は日々ミスフィリト様に感謝してるんだよ」
「……世界の全てを創造した神?」
「……なんか高慢な神様だね?」
俺の説明を聞いた修一と春は、神妙な顔をしながら呟いた。
酷い言われようだと思えるが、全ての物を創造したとか言っちゃってるくらいなので弁護もできないな。
一応はそこら辺にいるような呑気なお爺さんで、おっちょこちょいなだけなんだけどな。俺を異世界に転生させてくれた神様なので、心の中でフォローはしておこう。
「ところで、水神様に祈りを捧げる神社で修一と春は何をしていたの?」
「自主稽古だ!」
俺が尋ねると春が元気よく言って、修一も鷹揚に頷いてから口を開く。
「ここの階段は段差が多くて急だからな。足腰を鍛えるのにいいんだ」
何という恐ろしい考えをする少年だろうか。
これが恐れを知らない若さというものか。このような何百段もある急な階段を鍛錬に使うなど正気ではないぞ。修一はドMなのだろうか?
「あー、ここの階段はキツいからな。足腰を鍛えるのに良さそうだな」
「だろ? 足腰は戦う者の基本だからな! さすがに言うだけあってルンバは足腰が鍛えこまれているな」
何だかルンバと修一が妙な語り合いをしだしたので、俺は春の方へと向く。
「修一は木刀を持っているから刀士の稽古だとわかるけど春は?」
春の方は動きやすさを考慮したカグラ服にも見えないし、木刀を持っている様子もない。もしかしてこんな少女でさえも、階段上りの鍛錬をしていたとか言うのだろうか?
気になって尋ねてみると、春がよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張る。
「あたしは魔法使いだからな! 自主稽古の時は一人で魔法の訓練をしているんだ!」
「へー、そうなのか。アルと同じだな」
しかし、ルンバが間髪入れずにそう言うと、余裕の笑みが崩れた。
「なっ! アルもそうなのか!?」
「うん、まあね」
俺がそう答えると少しだけ面白くなさそうな顔をする春。
どうやら俺に魔法でも見せてチヤホヤされたかったのだろう。
……何というか、この子は表情が豊かで考えている事がわかりやすいな。
「おっ? じゃあ、ちょっと打ち合い稽古でもしてみるか? 実はちょっと刀士とやらの動きが気になっていたんだ!」
「やるか! 俺も異国の冒険者とやらの戦い方に興味があるぞ!」
俺がそんな事を思っていると、あちらでは意気投合して打ち合い稽古をするようだ。
「アル、あたし達も魔法の撃ち合い稽古をしよう!」
それに触発されたのか春もワクワクとした様子で俺に提案してくる。
「えー? いやだよ。魔法を撃ち合うなんて危ないだろ?」
「何だアル! 男の癖に弱虫だな!」
「その通り、俺は弱虫だからな。危ない魔法の撃ち合い稽古なんてできない臆病者なんだ」
「なっ、男の癖にそれを認めるのか!?」
「うん、俺は弱虫で臆病者だよ」
「ぐぐぐ、周りにいる男や修一ならこれで乗っかってくるのに……」
俺が乗ってこないのが面白くないのか、悔しそうにする春。
というかそれに乗せられる修一ってば単純過ぎるだろう。
さすがに精神年齢が三十四歳の俺に対して、そんな稚拙な言葉じゃ火を点けられないな。
前世でもそのような言葉を姉から言われて、乗っかった途端にフルボッコされてきた俺だ。さすがに学習というものをするぞ。こういう時は流れる水の如く、動じない心でいるのだ。
「アルのバカ!」
「俺はバカだよ」
「臆病者!」
「そうだよ、俺は臆病だよ」
「アルフリート!」
「そうそう、俺はアルフリート――って、アルフリートっていう名前そのものを悪口みたいにしないでくれる!?」
何だ最後の言葉は。思わず強く反応してしまったではないか。
「あはは、アルは反応が面白いな」
俺が抗議するように言うと、俺の反応が面白かったのか春は無邪気に笑う。
俺はペットや見世物でもないんだが……。
「そういう訳だから魔法を撃ち合うぞ!」
いやどんな訳なのだか。
このまま春のペースに付き合っていると、何だかんだと撃ち合いをする流れになりかねない。
それにさっきから春が魔法を撃ち合うとか言う度に、神社の裏から鋭い視線が飛んでくるような気がするんだよな。
春や修一の護衛とかだろうか? 気配は一人で出てくるようもないようだ。
とにかく護衛されるような身分にある人を傷付けるのはマズいな。
ここは春が納得する妥協点を提案するべきだ。
「ただ魔法をぶつけ合っても面白くないし、危ないだけだから違う遊びにしよう」
「ん? 遊び? どんな遊びをするんだ?」
俺から提案してみると、一応興味は引けたのか春が不思議そうに首を傾げる。
稽古から遊びへとシフトしたが反応は悪くない。魔法を使いたいわけではなく、とにかく楽しければいいんだな。
「じゃあ、ジェンガをしよう」
「じぇ、じぇんが?」