奇妙な自己紹介
小次郎と河原で別れた俺とルンバは、本来の目的通りに橋を渡って気ままに歩き始めた。
そうやってしばらく歩くと住宅街も徐々に閑散とし、人々よりも田んぼや山といったものが多くなってきた。
どうやら街の中心部から離れたせいか、こういった農耕地帯になったようだ。
麦畑ではなく、こういった田んぼが広がる風景を見るのは随分と懐かしい気がする。
ルンバはこういった田んぼを見た事がないのか、興味深そうにしていた。
「お? あそこに何か赤い建物があるな」
二人してのんびりと農耕地帯を歩くことしばらく、ルンバが前方を指さしながら言った。
ルンバの言う通りに前方の先を見ると山があり、そこには神社のような赤い建物が見えていた。
随分と高い場所にあり、そこへ至るには何百という段差がある。
……恐らく、あそこに行くにはあの急な斜面に作られた何百という段差を上らなければいけないのだろう。
「そうだね、赤くて綺麗だね。もう、こっちには何もないみたいだし街の方に戻ろうか?」
「いやいや、待てよアル。あそこにある赤い建物が気にならないのか?」
「気にならないから戻ろう」
「でも、俺は気になる。だからアル、行こう」
俺がきっぱりと否定するもルンバは俺の手を引いて歩き出す。
ルンバってば俺の意思を完璧に無視してるよね?
「えー!? あんなに急な斜面にある階段上るのが面倒くさいよ。絶対に疲れるって! ルンバ、今からでも遅くないから考え直そう!?」
「やけに嫌がると思ったらそういう事だったのか。じゃあ階段は俺が背負って歩いてやればどうだ?」
「ああ、それならいいよ」
「何だかアルはわかりやすいな」
ルンバはそう言うと俺の手をあっさりと離して言う。
いやいや、誰だってあんなに果てしない階段を見れば同じような判断をするよ。あれはちょっとした好奇心で行けるような生易しいものじゃないよ。
実際に向かってみれば「あっ、これ思っていたよりもしんどい」ってなって後悔するパターンだから。
そんな事を思いながら歩いていると田園地帯を越えて、木々が生い茂る森のようになってきた。
ただ、頂上の方には神社みたいな建物があり、人が出入りするお陰か道は比較的に整備されていて歩きやすいものだった。
地面にはいくつもの木漏れ日の光が差し込み、道の奥へと続いている。それは俺とルンバを奥へ奥へと誘っているようであり、木漏れ日が示す道に沿って進んでいるとあっという間に森を抜けた。
斜面のような道から一転して平坦な開けた場所。その奥には先程遠くから目視した神社へと至る階段がずらりと並んでいた。
それはもう上った時の労力を考えるだけで、頭が痛くなるような量だ。遠くから見た時以上に、目の前にある階段は段数が多いように思える。
「よし、じゃあ上るから背負うぞ!」
「任せるよ」
約束を覚えていたらしく、ルンバはそう言うと俺の身体を軽々しく持ち上げて右肩に乗せた。
それから遥か先にある頂上を見据えると、果てしなく続く段差を上っていく。
ルンバは足が大きいからか一気に二段を飛ばして登る。
それはもう七歳児の俺に比べればすいすいと進んでいくので面白い。ルンバが一歩、二歩と進むだけでドンドンと地面から離れていき、視線がドンドンと高くなる。
さらに階段を上る時にどうしても揺れがやってくるので、肩に背中向きに担がれている俺はちょっとした怖さを味わっていた。
でも、まあ段差が上がるに連れて遠くの景色まで見えるので悪くはない。俺達が歩いていた森や田園地帯、小次郎と出会った河原や橋がよく見える。
ちょっと斜面が急すぎて下が怖いのだが見なければいいし、ガッチリとしたルンバの腕に掴まれていると安心だな。
「ふぅ、これだけの段差を一気に登るとさすがに足が疲れるな」
そうやって遠くの景色を眺めていると、ルンバが階段を上り終えたのか息を吐きながら呟いた。
そう言う割には全く疲れた様子も見えないのだが。ずっと二段飛ばしでペースを変えずにいたはずなのにおかしいな。
無尽蔵に思えるルンバの体力に驚いていると、ルンバが俺を地面に下ろした。
「おおー、綺麗なものだな」
ルンバが視線を前にやるなり感嘆の声を上げる。
視線の先には、柱を美しく赤く彩られた神社がある。屋根も大きく美しく見るだけで建物そのものが荘厳な雰囲気を醸し出していた。
王城やお城にあるような煌びやかさは一切なく、自然と調和しながらも神々しさを発するようだ。
「カグラの偉い人が住む屋敷か? それにしては使用人や警備もいなくてあっさりと入れちまったけどなぁ」
ここをどこか偉い人が住む屋敷と勘違いしているらしいルンバ。
何も知らない人がこれを見れば、そう誤解してしまうのも仕方がないだろうな。
「特に封鎖してるわけでもないし、警備員もいないし、偉い人が住む屋敷じゃないよ……きっと」
「そうだよな。じゃあ、一体この建物は何なんだろうな?」
ルンバが首を捻りながら辺りを見回す。俺も同じように視線を向けていると、神社の建物の中から一人の少女が顔を出しているのが見えた。
クリッとした黒い瞳に幼げではあるが整った丸っこい顔立ち。髪は肩で切りそろえており太陽の光に反射して艶が見えている。
赤を基調としたカグラ服を着ており、年齢は俺と同じくらいの少女だ。
俺と視線のあった少女は物怖じする様子もなく、俺の姿が珍しいのかじーっと見つめてくる。
「……ルンバ、あそこに子供がいるよ」
「おお? 本当だ」
ルンバが見つめると、ルンバの強面具合に少し驚いたのか少女が狼狽する。それでも決して逃げることなく、ルンバの姿を食い入るように見つめていた。
恐怖よりも好奇心のようなものが勝ったのであろうか。
俺達の髪色や顔立ちはカグラ人とは違うからね。
「ルンバを見たのに逃げ出さない少女がいるとは珍しいね」
「アル、それはどういう意味だ?」
「鏡を見れば意味がよくわかるよ」
これだけ大きくて強面で眼帯をしている海賊のような男がいて、ビビらない方が珍しいんだよ。
俺とルンバはそう言いながら、じーっと顔を出した少女を見つめる。
「おい、春。そんな所で何を見てるんだ?」
しばらく無言で俺達が見つめ合っていると、少女が覗く扉の向こうから少年のような声が聞こえた。
それから少女と似たような顔立ちの少年がひょっこりと顔を出した。
「ん? 見慣れない髪色と顔立ちだな。異国の者か?」
短髪の黒髪に黒い瞳の少年。こちらは青いカグラ服を着ており、少女よりも年上なのか少し顔つきが精悍だ。
似たような顔つきからして二人は兄妹なのだろうか。
俺がそんな事を思っていると、じーっとこちらを見つめていた少女が近寄ってきた。
「おい、春?」
兄らしき少年が呼び止めるも、少女は気にもせずにこちらにやってくる。
それから俺の前に立つなり、口を開いた。
「春、八歳だ。お前は?」
下の名前だけを言い、端的にそう問うてくる春と名乗る少女。
その黒い瞳はぶれず、俺の瞳を真っ直ぐと見据えてくる。
何だろう? 普通の少女とは思えない貫禄や意思の強さがあるような気がするな。
「……アルフリート、七歳だよ」
同じように端的に名前と年齢を伝えると、春はニンマリと嬉しそうに笑う。
「あたしの方が年上だな!」
「ああ、うん。そうだね」
たった一歳、あるいは数か月の差しかないと思うのだが、自分よりも年下の子供を見て偉ぶりたい年頃なのだろう。
こういう性格は身内に年上ばかりいる子供が多い傾向にある。昔の俺にもそんな時期があったな。
「ちゃんとわかっているのか? あたしの方が年上なのだぞ?」
「うん、ちゃんとわかってるよー」
俺が微笑ましく思いながら返事をしていると、春は何かが気になるのか訝しむような視線を向けてくる。
それにしても異国の、それも初対面の人を相手に物怖じをしないとは豪胆な少女だな。何かちょっと偉そうで貴族みたいだけど面白そうな子だ。
「俺はルンバ! 三十六歳だ!」
「う、うん」
ルンバも同じように名乗るとは思っていなかったのか、曖昧に返事をする春。
ルンバの顔を見て逃げるほどではないが、近付かれるとちょっと怖いようだ。
というか地味にルンバの年齢を始めて聞いた気がする。
まあ、でもノルド父さんやエルナ母さんと同年代くらいだと聞いていたし、それくらいなのか。全然そんな風には見えないな。
「それでお前は?」
ルンバが春の後ろにやってきた少年に視線を向ける。
「俺か? ……えっと修一、十一歳だ」
「ガハハ! 俺より年下だな」
「えっ? おお、そうだな」
ルンバにバシバシと背中を叩かれながら返事をする修一。
よくはわからないが、春のお陰で妙な自己紹介になった。
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