小次郎、刀士辞めるってよ
小次郎の小刀を眺めると綺麗なもので丁寧に手入れされていることがわかる。仕事が嫌だとか辞めたいとか言いながら、こういうところは意外ときちんとしているんだな。
俺は一応、小刀を魔法で作った熱湯で殺菌処理。
それが終わると早速とばかりに処理に取り掛かる。
まずはウナギの頭に包丁を入れて骨を断つ。イキのいいウナギはそれでも少し暴れるので氷水の入ったボウルにウナギを投入。
「氷水に入れるのはウナギを傷つけずに弱らせるためか?」
「うん、そうだよ。ウナギは元気がいいからね。こうやって大人しくなるまで待つんだ」
「よーし、五匹目だ!」
小次郎に説明をしていると、川に潜っていたルンバが魚を捕まえて籠に入れていた。
よくそんなにポンポンと手掴みで捕らえられるものだ。
ルンバは五匹では満足していないのか、魚を籠に入れるとすぐさま泳ぎを再開。
俺と小次郎はウナギを弱らせている待機時間を利用して、ルンバの捕まえた魚のための準備だ。
俺が火魔法で火種を作り出し、乾いている枝や木屑を利用して火加減を調節。
小次郎は慣れた手つきで枝を尖らせて、串うちを行っていた。
俺がその様子を眺めていると、小次郎が自慢げな表情で語り出す。
「こうやって口を開いてやると頭の水分が抜けやすくなる。それとこの魚はエラ近くにある胆嚢という部分を潰せば無駄な苦みを抑えられるぞ?」
「へー、そうなんだ」
口を開けば頭の水分が抜けやすいのは知っていたが、胆嚢については知らなかったな。
そういう部分を潰してやることで苦みが抑えられることもあるのか。
そうやってルンバが捕まえてくる魚を処理していると程よく時間が潰せた。
ボウルを確認しに行くと、ウナギがすっかりと大人しくなっていたので早速処理にとりかかる。
腹に包丁を入れて内臓を丁寧に取り出す。それが終わると沸騰直前くらいのお湯にウナギを入れて十秒くらい待機。
「……何か白いものが浮いてきたぞ?」
「ウナギのヌメリ成分だね。臭みの原因とも言われてるよ」
お湯に白いヌメリが浮いてきたら、ウナギを一旦冷やしてやる。
それからまな板の上で小刀を滑らせて残っているヌメリと取ってやる。大きなウナギだとヌメリも多いので少ししんどいが、このウナギは小さめなので大した労力でもない。
ヌメリ取りが大体終わったら、頭を土魔法の杭で固定して、一気にウナギを捌く。
「おお、柔らかいウナギを平たく伸ばすとは器用なことをするな……」
「こんな風に開いたことはなかったの?」
「試してみる時も輪切りだったな。というかヌメヌメしている物をそんな風に薄く切ろうとは思わないぞ」
確かに細長くてヌメヌメしている魚を、こんな風に薄く捌こうとするなんて普通は考えないかもね。
そんな事を考えながら、俺は丁寧に小骨を取り除いていく。
フカフカの身を食べた時に、口の中で骨があると邪魔だからね。
骨をある程度取り除くと、裏返して皮に切れ込みを入れる。
「細かい骨を取り除くのはわかるが、この切れ込みの意味は? 煮物のように出汁やタレを染み込ませるためか?」
「こうすると焼いた時に皮の縮みが抑えられるんだよ。それに焼いている時に穴から脂が出てきてパリパリになるんだ。外はパリパリ、中はフワフワって美味しそうでしょ?」
「なるほど。それは堪らないな……」
焼き上がった時の事を想像したのか、小次郎が空を仰ぐようにして呟く。
そうやって処理が終わると、ちょうどいい大きさに切った身を串で刺していく。
「……これ適当に刺しちゃうと焼いた時に身が縮むから、串がバラバラの方向を向いたりするんだよねー。そうなると身が歪になったり、串が外れたりするんだ」
「ただ適当に串を刺せばいいというわけでもないのだな」
「串打ち三年、割き五年、焼き一生と言われてるくらいだしね」
「ウナギも奥が深い……」
なんせウナギ専門の料理人がいるくらいだからね。もうそれは立派な職人だよ。
串が打ち終わると、俺はウナギがちょうど乗りやすい形の箱を作る。そこに枝やらを入れて、同じように火を点けると、串に刺したウナギを乗せてやる。
「本当は炭や網を使うといいんだけど、さすがにないからね」
「まあ、即席だしな」
そこは小次郎も納得してくれているのか鷹揚に頷く。
空間魔法を使えば亜空間から取り出せるのだけど、さすがにそれを見せるわけにはいかないからな。
けれど、タレはだけはどうしようもないので、特製のタレを空間魔法で取り出す。
こうやって密かにポケットから取り出せるようにタレは小分けにしているからな。
醤油さえ手に入ればタレ自体は簡単に作れる。ベースは同じなので他にもすき焼き風、肉じゃが風なども用意しているのだ。
「後は醤油をベースにした、この特製タレを付けながら焼けば完成だよ」
「んんっ!? さり気なくポケットから出したが、お前はいつもタレを持ち歩いているのか!?」
ナチュラルに言えば、気にしないかと思ったがダメだった。
俺がポケットから特製タレの壺を出すと、小次郎が驚きの声を上げる。
「カグラの醤油がすっかりとハマってね。色々試したかったから」
「なるほど。まあ、友人にも味付けが濃い物を好み、いつも特製醤油を持ち歩いている者もいるしな」
そうそう、外国人がハマって持ち歩いているとか、そういう類の人種と思ってもらっても結構ですよ。
適当に嘘をかまして小次郎を納得させると、俺はウナギにタレをつけては焼いてを繰り返す。
タレを焼き、滴る脂やタレが火に落ちる度にジュワッとした音が上がる。それと共にタレの香ばしい匂いが振り撒かれる。
「お母さん! なんかいい匂いする!」
「本当ね。凄く美味しそうな匂いだわ。あそこで魚を焼いている人かしら?」
川辺を偶然通りかかったカグラ人が俺達の方を気にしながら歩いている。
さすがはウナギのタレ。匂いが暴力的だな。魚の塩焼きを食べてお腹が膨れていたというのに、匂いに触発されてお腹が空いてきた。
「……なあ、アル。まだか? もう匂いが堪らんのだが……」
「気持ちはわかるけど、もうちょっと。もうちょっとだから……」
俺も我慢しているんだから、もうちょっと待ってくれ。
「…………」
気が付けば魚を獲り終えたルンバもじーっと後ろで見つめていた。
今か今かと待っている野性的な瞳が少し怖い。
俺と小次郎は喉を鳴らし、汗をかきながらひたすらにウナギを焼き続ける。タレを塗っては焼いて、ひっくり返してタレを塗って、焼いて……。
そして、ついにウナギが完成した。
「よし、完成だ!」
「「食うぞ!?」」
俺がそう叫ぶと、小次郎とルンバが必死の形相で尋ねてきた。
「いいよ!」
その様子に若干引きながら頷くと、小次郎とルンバは掻っ攫うようにウナギも串を手に取った。
それからルンバと小次郎は、熱々にもかかわらずに齧り付く。
「うめぇ!」
「美味い! こんなにも骨がなくて食べやすいウナギは初めてだ。醤油ベースのこのタレとの相性も抜群だ
な!」
ルンバが雄叫びを上げるように言い、小次郎は目を見張りながら感想を述べる。
「これが美味しいウナギ料理だよ」
そう言いながら、俺も手に持ったウナギ串を息で冷ましてからパクリ。
皮はパリッとしていた中はフワフワ。ウナギの身本来の味とタレが融合して、何とも言えない美味しさだ。
「ああ、今すぐ白飯と一緒に食べたいな……」
「おお! 確かにこれは丼ぶりにしたらかなり美味そうだな!」
「ちょっと白飯貰ってくるっ!」
俺とルンバがそのように言い合っていると、生粋のカグラ人である小次郎は堪えられなくなったのか近くにある民家へと走り出した。
「ええ!? いきなり知らない男性がやってきたら驚かない!?」
「俺にはこのお偉い家紋がある! きちんとお金を払えば問題ない!」
めっちゃ偉い人の権力を使うじゃないか。それって後でバレたら怒られるパターンなのでは?
俺とルンバは小次郎の行動に驚きながらも、戻って来るのを今か今かと待つ。
「あいつ、俺達の分も持ってきてくれるよな?」
「多分持ってきてくれるよ。仮に持ってこなかったら小次郎の分をサイキックで奪うだけだよ」
「ガハハハッ! そうだな!」
何だろう。ルンバの笑い声を聞いていると何故か山賊にでもなった気分だ。
「貰って来たぞ!」
俺がそんな事を思っていると、小次郎がきちんと三人分の茶碗と箸を持ってきた。
「おー! ちゃんと三人分だな」
「当たり前だ。そんな酷いことはせんよ」
ルンバが感心した風に言うと、小次郎が舐めるなとばかりにカッコつけて言う。
これがコリアット村の奴等だったら、一人分しか持ってこずに醜い奪い合いは確定だからな。
「ルンバは箸は使えないからフォークでいい?」
「そうだな。丼ぶりはそっちの方が食いやすいしな」
ルンバは箸を得意としていないし、フォークで豪快に食べる方が好きだからな。
俺は土魔法でフォークを作り出して渡す。
「そうだった。お前達は異国人だったから箸には馴染みがなかったか。これはうっかりしていた」
「俺は箸を使えるし、こうして魔法で作れるから問題ないよ」
「氷や水や火に土も操れるとはアルは本当に凄いな……」
「ああ! 一家に一人欲しい便利さだぞ!」
ルンバ、その言い方だと俺がかなり便利にこき使われているように思えるから止めて。
何はともあれ、俺達は早速とばかりにウナギを白飯の上に乗せて食べる。
「卵かけご飯もいいけど、これも中々だな!」
「やはり美味い! いける! これならカグラ人である人々も気に入るぞ!」
ルンバが凄い勢いで掻きこみながら言い、小次郎が興奮したように叫ぶ。
気に入ってもらえて何よりだ。
「これならいける! いけるぞ! この味を知ったら多くのカグラ人がウナギ料理を食べ始めるに違いない!」
タレもご飯もカグラではどれも身近なものだからな。ウナギが美味しくない食べ物だという印象さえ吹っ飛ばせばたちまち広まるのではないだろうか。
そんな事を思っていると、小次郎が突然立ち上がり真剣な表情をする。
それは一人の男が何かを決断したかのような表情だ。
「よし、決めたぞアル!」
「何を?」
不思議に思いながら見上げると、小次郎は実に晴れやかな笑顔で、
「俺は刀士を辞めてウナギ屋になるぞ!」




