刀士の苦労
「まったくお前達は食べるなというのに食べおって……」
ブツブツと不満を呟きながら、手ごろな石の上に腰を下ろす男性。
女性受けしそうな切れ長の瞳に整った顔立ち。身長も高くて身体には無駄な脂肪がほとんどない。長い黒髪をポニーテールのように後頭部で纏めているイケメンだ。
シルヴィオ兄さんとは違った大人びた色気のある男性だが、格好がフンドシ一枚だけなので台無しだ。
「ねえ、お兄さん服着ないの?」
「川に潜っていて身体が濡れているからな。身体が乾いてからだ」
まあ、それもそうか。できれば、フンドシ一枚だけの男の前で食べたくはないのだが、この男のお陰で魚の塩焼きが食べられるんだ。我慢しよう。
俺がそんな事を思っていると、目の前の男性は魚の塩焼きを一本取って豪快に齧り付く。それからゆっくりと咀嚼すると「……美味い」と艶のある声を上げ出した。
川の中を潜って、汗をかいた後に塩と脂のある魚の塩焼きは最高だろうな。
というか、この魚の塩焼きやたらと美味いな。処理の仕方に工夫とかあるのか、この魚自身が美味しいのか。
俺達はしばらく無心になって魚の塩焼きを食べ続ける。
もはや、目の前の男性も文句は言わない。今は食べるのに集中しているようだ。
それから俺達三人が魚を一匹食べ終わると、目の前にいる男性が尋ねてきた。
「ところでお前達は髪色からして異国の者か?」
「うん、そうだよ。ミスフィリト王国ってところからきたアルフリート=スロウレットだよ」
「ルンバだ!」
「うむ、それがどこの国かは知らないが、相変わらず異国の者の名前は変わった名前ばかりだな」
まあ、カグラの人からすればそうかもしれないけど、ルンバ達も同じように思っているはずだよ。
「お兄さんの名前は?」
「俺の名は稲葉小次郎だ。一応この国で刀士をやっている」
俺が尋ねると小次郎は傍に置いてある刀を指さす。
ぐちゃぐちゃに脱ぎ散らかされたカグラ服の下に置かれてあって何かぞんざいだな。
まあ、それは置いておいて刀士だ。カグラに来て刀士の姿は何度も見たことあるが、こうしてゆっくりと喋るのは初めてだ。
「刀士って普段どんな仕事をしてるの?」
ちょっとした好奇心のつもりで尋ねると、途端に小次郎の目の色が濁る。
「毎朝早くに起きて掃除。それが終わると朝稽古。朝ご飯を食べたら、要人の警護をしたり、街の見回りをする。そして、昼食を食べ終わるとまた稽古をやらされて、終わると雑用を頼まれ、理不尽なことで上司に怒られて、下げたくもない頭を下げる。クタクタになって家に帰ると何もやる気が出ないままに一日を終えて――」
「もういい小次郎! それ以上は何も言わなくていいから! 辛かっただろう? 仕事を辞めたいだろう? その気持ちはよくわかるぞ!」
小次郎の仕事の闇を垣間見た俺は、思わず共感してしまい抱き着いてしまう。
やはり面倒な人間関係がある限り、仕事に闇はつきものなのだろう。
特に理不尽な事で上司に怒られるエピソードは酷く共感できる! あいつら、矛盾って言葉を知らないし、言葉に何の責任も持たないんだ!
「……お、おお! 何故だろう? 異国人の子供でありアルフリートの言葉が誰よりも俺の胸に染みていく。それに俺が最も欲してくれた言葉をくれる……っ!」
目からほろりと涙を流しながら、俺の身体を抱きとめる小次郎。
小次郎がフンドシ一枚であろうと関係ない。仕事で辛い者を味わった者同士は、そのような些末な壁を軽々と乗り越えるのだ。
「……アル、仕事を辞めたいぞ」
「よしよし、小次郎はよく頑張ってる。よく頑張ってるぞー」
心からの言葉を吐き出す小次郎を俺は必死に慰めてやる。
「……何だお前達? 急に仲良く抱き合って。そんなことより魚の塩焼きもう一本食っていいか?」
仕事の辛さをそんなこと呼ばわりは酷いぞルンバ。
◆
「三人で食べると少々物足りないな。もう一潜りして魚を獲るか」
「だな! 次は俺も協力するぜ」
三人で魚の塩焼きを食べてしまうとあっという間になくなってしまうわけで、大人である小次郎とルンバはまだ魚を捕まえようとしていた。
「アルは食うか?」
ルンバが甚平をスルリと脱ぎながら振り返る。
「いやー、俺はお腹いっぱいだからもういいよー」
俺がそう答えると、ルンバはパンツ一枚で川に潜り込んだ。
水中でルンバの巨体がすいすいと泳いでいく様子がよくわかる。
「よし、俺もルンバに続くか。その前に仕掛けの方を見に行こう」
小次郎は罠でも仕掛けていたのか、少し下流の方へと歩いていく。
水中を移動するルンバの姿を見ていても仕方がないので、俺も小次郎に付いていくことにする。
ルンバが泳いでいる場所から少し歩くと、岩が密集している浅瀬の方で籠が設置されていた。
籠に入り込むと掘った土の方の水溜まりに繋がっており、一度通ったが最期というような仕掛けだ。
「あー、またこいつが入り込んでいるのか」
水溜まりを見た小次郎が顔をしかめながら言う。
俺も一緒に覗き込むと、そこにはいくつかの小魚とひょろ長い魚が入っていた。
「ねえ、小次郎。これってもしかしてウナギ?」
「ああ、そうだ。ヌメヌメしていて泥臭く、処理をしても大して美味くもならないから誰も食わん」
えー、ちゃんと処理をして蒲焼きにでもすれば美味しいのに。タレをつけてご飯の上に乗せるのもアリだ。それを誰も食べないなんて勿体ないぞ。
「きちんと処理すれば美味しいよ?」
「ん? アルはこいつの美味い食べ方がわかるのか?」
「知ってるよ。ちょっとやってみてあげるから見ていてよ」
「おお! 本当か? 異国ならではの料理法と言うやつか? 無駄に数だけはいるからこいつが食べられるようになると嬉しいな」
異国の知識というよりかは、異世界の知識なのだが……まあ、別に小次郎からすればどちらでも同じことなので気にしないでいいよね。
ルンバが泳いでいる場所辺りに戻ると、俺は早速簡易的な台所を土魔法で作り上げる。
「……お、おお。アルフリートは魔法使いであったか。無詠唱で自在に土魔法を操るとは見た目によらず芸達者だな……」
褒めてくれるのは嬉しいけど見た目によらずという部分は不要だ。それにしても芸達者なんて言葉、生まれて初めて言われた気がするぞ。
「小次郎、小刀ある?」
魚を獲って塩焼きにするくらいだから、捌ける小刀もあるのではないか。そう思って俺は尋ねる。
「勿論あるぞ。ちょっと服を着るから待ってくれ」
小次郎は見学のためかちょうど服を着ていた。
最初はただのカグラ服かと思っていたが、背中に何やら花の模様が描かれているな。
「……背中の模様って何か意味があるの?」
「これか? まあ、俺が仕えているお偉いさんの家紋だな。これさえ、着ていれば身分は保証されるが悪さはできないな」
なるほど。どこの家に仕えているかとかわかりやすく示していると言う訳か。王国でいう貴族に仕えていると示しているようなものだから、もしかして小次郎って結構凄い刀士なのだろうか?
「ほら、小刀だ」
「……ありがとう」
最初とは打って変わって、きちんとカグラ服を着た状態で懐から小刀を渡してくる小次郎。
こうして眺めると背も高いし、凛々しいイケメンだしカッコよく見えるな。先程までフンドシ一枚でいたのが嘘みたいである。
「……ん? どうした?」
「いや、何でもないよ」
まあ、小次郎がどんな奴でも変わりはないし、細かい事は気にしないでいいか。
気をとり直して小刀を受け取ると、小次郎の帯がスルリと解けて再びフンドシが露わになる。
「おっと、帯の締め方が緩かったようだ。すまん」
何故だろう。こいつはどうしてか残念な奴だな。
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