紳士でお上品な遊戯
『転生して田舎でスローライフをおくりたい~王都で貴族交流会』本日発売です!
お近くの書店にて並んでいるかと思いますので、よろしくお願いいたします!
今回はレイラのポストカードや、エルナの視点の話などみどころたくさんのボリュームで分厚いです。
カグラの街が茜色に染まるくらいに俺達は旅館へと帰ることができた。
途中、アリューシャとイリヤが和船の揺れによって、胃袋が揺さぶられて危ないシーンがあったが何とか堪えてくれた。
今では真っ先に寝室に向かい、浴衣の帯を解いているところだろうな。
アリューシャとイリヤが急いで浴衣を脱いで、畳に寝転がっている姿が目に浮かぶ。
俺も同じ風に寝室で歩き回った疲れを癒すために、畳の上で転がった。
それから夕食までボーっと寝転がった後はお風呂に入り、夕食を済ませた。
夕食では溜まり醤油を使った海鮮丼を食べたり、アーバインが他の商会メンバーにイナゴの佃煮を入れて、反撃に山盛りにされて泣き叫んだ事があったくらいだ。
そんな感じで後は寝るだけという状況を迎えたのだが、何かしっくりこない。
毎日の日課である何かをやらずに一日を終えようとしているような……そんなもどかしさがある。
皆もその気持ちは同じなのか、旅館のロビーには三十人以上の男性がたむろしていた。
ここに泊まる男性のほぼ全員である。むさ苦しいことこの上ない。
「……皆さん、そんな風にロビーでたむろをしても枕投げは許しませんからね?」
「「ええええー?」」
女将の心無い言葉に、男性三十人以上の野太い声が重なる。
まるで、男子校にいるかのような気分だ。
「えー? じゃありません! あんな風に騒がれると困ります。女性の方達も騒音のせいで中々寝付けなかったのですよ?」
「じゃあ、今日は静かにやりますから」
「静かにやればいいというものではありません! 枕投げは枕も布団も痛みますので禁止です!」
ギュンターの子供のような言葉に、女将がぴしゃりと言い放つ。
昨日はいくつかの枕と布団が破けていたからな。弁償をしたとは女将はご立腹らしい。
今日はいつになく強気だ。
「あっ! そうだ! アルが道端で使っていたスライム枕を使えばいいんじゃないか? あれなら程よい弾力があるし、壁や布団に当たっても痛まないだろ?」
「「それだ!」」
ルンバの名案に男性達から希望の声が上がる。
なるほど、確かにスライムを弾として扱えば枕が痛むことは勿論、壁や布団が痛むことはない。
そんな単純な思考に陥った俺達は、ドタドタとスライムを捕まえようと外に出ていこうとする。
「ダメに決まっています。魔物を街に持ち込むのは犯罪ですよ。そちらの王国でもそれは同じはずですよね?」
「「ぐっ!」」
そう言われればそうだった。
この世界には魔物という人を襲う存在がいるせいか、魔物の扱いについては酷く厳しい。スライムのような無害な魔物でも街に持ち込むのは正当な理由とお偉いさんの許可証が必要なのである。
コリアット村のような田舎の村であれば、そこら辺は緩いけどね。
道端にいるスライムを突いて遊ぶなどという光景など見飽きたくらいだ。
「とにかく枕投げは禁止です。破ったらトリエラ商会といえど、お引き取り願いますからね」
女将はきっぱりとそう告げると、奥の廊下へと消えていった。
ロビーに残ったのは夜の宴を禁止され、打ちひしがれた男性三十名以上と、こちらに睨みを利かせる三之助だけだ。
枕投げをしたら出て行ってもらうと言われてはどうしようもない。
そんな中、アーバインがカグラ酒の徳利を持って三之助に近付く。
「なあ、三之助。俺達とカグラ酒でも呑まないか?」
「俺を酔わせて枕投げの許可を得る気満々だろう? その手には乗らん。寝ろ」
まったく取り付く島がなかった。今回に限っては敬語すらない。
三之助の睨みを利かした視線と声に、商会メンバーは「あーあ」興がそがれたような声を出して二階へと上がっていく。
ロビーに残ったのは俺とルンバとアーバインとモルトだ。
たった四人だけだというのに、三之助のこちらを見る視線が険しさを増した。
何だよ。よりにもよって一番問題児が残っているというような目は。ルンバとアーバインとモルトはともかく、俺はただの七歳児だぞ?
「どうして寝室に戻らないので?」
「別にいいだろ? ここで酒を呑んだって。昨日も女将に勧められて呑んでいたんだ」
質の悪い酔っぱらいのようだが、ロビーで夜の時間を過ごす事は節度さえ守れば問題ないはずだ。今この旅館は貸し切りなのだし。
アーバインとモルトは不貞腐れてソファーに座り込んでカグラ酒を呑み、ルンバはどうしようかと迷ったあげくに、アーバイン達のご相伴にあずかることに決めたようだ。
旅館のロビーで小さな宴会が行われる。
ルンバのお猪口になみなみとカグラ酒が注がれる中、俺は何か夜を楽しく過ごせる遊びはないかと考える。
旅館で激しく動かずにできる遊びといえば……卓球だろうか?
卓球といえば、前世ではイギリスの貴族が食後のテーブルで、シャンパンのコルクを打ち合ったというのが始まりだと言われている。
……ふむ、この世界で貴族な俺にぴったりな遊びじゃないか。だって俺ってば貴族だし。
卓球台やラケットは土魔法で形成するとして、ピンポン玉はワインのコルクを削って代用してみるか。
ラケットの表面に張るゴムもないし、ピンポン玉が重いけどなんちゃって卓球くらいはできるだろう。
そう思った俺は、早速玄関で草履に履き替えて庭に出る。
「おい、アルどっか行くのかー?」
「いんや、庭に行くだけだよー」
心配するルンバ達に軽く返事をしてロビーからも見える庭に出る。
ふむ、ここは頻繁に人が通るお陰か広いな。砂利が詰められているわけでもないし動き回りやすいな。
卓球台を置いても問題ないと判断した俺は、土魔法を発動して卓球台を作る。
確か高さは七十六センチで横幅は百五十二センチくらい、長さは二百七十四センチだったはずだ。卓球好きの同僚がそんなウンチクを垂れていたので覚えている。
貴族が食後にシャンパンのコルクで遊んだとか、どうでもいいと思っていたが思わぬところで役に立つものだ。
同僚に密かに感謝しながら、俺は卓球台をイメージして完成させる。
残念ながら折り畳むことはできないが、どうせ土魔法で作ったものだ。邪魔になったら崩してしまえばいい。
きちんと脚が立っているか確認した俺は、卓球台の真ん中で区切るようにネット代わりに壁を隆起させる。
簡易的なものだし、用は玉の侵入と高さの目安になってくれればいいのだ。これくらいでいいだろう。
「何作ってんだ? 見た感じ、ただの長椅子や机には見えねえぞ?」
見事な卓球台ができて満足げに頷いていると、ロビーにいた男達がやってきた。草履や下駄という楽な履物があるだけあってフットワークが軽い。
「ちょっと新しい遊びを試そうと思ってね」
「……おお? また何か面白い事でも考え付いたのか?」
俺とルンバはニヤリと笑い合う。
コリアット村で同じく生活しているルンバは理解が早くて助かる。
「……枕投げのような騒がしいのはダメですよ?」
「大丈夫ですよ。これは貴族の遊び。所謂紳士でお上品な遊戯です。枕投げのような騒がしさはありません」
気難しい顔をして釘をさしてくる三之助に、俺はきっぱりと答える。
そう、卓球は紳士な遊びなのだ。枕投げのように卑猥な物がポロリするような遊びではないのである。
貴族の遊びとやらが具体的にイメージできない三之助は、とりあえず様子見をすることにしたのか口を閉じた。
「ねえ、アーバイン、モルト。ワインのコルクとか持ってない? できれば大きめの物がいいんだけど」
「俺達の部屋には小さいのしかないが、商会の荷物の中になら大きい酒瓶がいっぱいあったぞ」
「ワインは旅でも長持ちするからな」
物珍しそうに卓球台を観察していた二人が、きっぱりと答える。
やはり自分達が好きなものの事はしっかりと把握しているようだ。
「じゃあ、大きいコルクが刺さってるワインをトリーから貰ってきて。遊びに使うから」
「「中身は?」」
「使わないから呑んじゃえば?」
ピンポン玉の代わりになる大きさのコルクさえあれば、中身はどうでもいい。
本当は呑みたいくらいだけれど、この未発達な身体ではどうしようもない。
「よっしゃ! できるだけいいワイン貰ってくるからな!」
「コルクが大きければ何でもいいよ」
嬉しそうにアーバインとモルトが去っていく中、俺は念を押すように言っておく。
あの二人の事だから、俺を理由にして高いワインをぶんどってきそうだな。
そんな事を思いながら、俺は土魔法でラケットを作っていった。
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