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甘味屋でお腹いっぱいに

『転生して田舎でスローライフをおくりたい』三巻が6月24日に発売です!

サブタイトルは『王都で貴族交流会』

Amazonでも予約が始まっておりますので、よろしくお願いします!

 

 焼き鳥、豚汁、貝の串焼き、混ぜご飯などの様々な屋台料理を食べ歩いた俺達は、身体を休ませるべく川の近くにある甘味屋の椅子に腰を下ろした。


 背もたれはないものの赤い布が敷かれており、如何にも和風な甘味屋の椅子といったものだ。


 目の前では大きな川があり、その傍を転々としだれ柳が生えており何とも風情がある光景だ。


 今日は天気もいいし、このような外の席でまったりとするのも悪くない。


「はあー、疲れた。慣れない履物で歩き回ると足がちょっと疲れるなー」


「だから、底が低いやつにしとけっていったんだ」


 何て気怠そうに言いながら、アーバインとモルトも椅子に座っていく。


「確かここよね? 屋台のおじさんがオススメしていたのは!」


「甘くてモチモチしているという団子が楽しみですね!」


 甘味がよっぽど好きなのか、慣れない着物と履物を履いている女性陣は疲れた様子を微塵も見せていない。むしろこれからが本番だと言わんばかりだ。


 屋台の料理をたくさん食べていたはずなのに、どうして甘味がまだ入るのか。


 やはり、帯回りを緩くしたお陰だろうか。心無しかアリューシャとイリヤのお腹回りの帯が、最初よりも膨れ上がっている気がする。緩めておいて正解だったね。


「……アルフリート様、今私達のお腹の帯を凝視していなかった?」


「……何を思ったのか聞いてもいいですか?」


 俺がそんな事を思っていると、アリューシャとイリヤが冷たい笑みを浮かべながら聞いてきた。


 どうしてそこまでピンポイントで当てることができるのだろうか。


 俺は内心で焦りながらも平然とした表情を取り繕う。


「……特になにも」


「怪しい」


「怪しいですね」


 アリューシャとイリヤがずいっと身を乗り出すと、甘味屋の建物から女性の声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませー。ご注文は何になさいますか?」


 にっこりと穏やかな笑顔を称えながらやってくる店員さん。


 ピンク色のカグラ服を身に纏い、袖の辺りを紐で縛っている看板娘といった感じだ。


 店員さんのタイミングの良さに俺は感謝する。


「団子! 団子と緑茶を人数分ちょうだい!」


「串団子とみたらし団子がありますが、どちらに致しますか?」


「両方二本ずつでお願いします!」


 俺達が口を挟む間もなく、アリューシャとイリヤが注文をする。


 店員さんの問いかけに狼狽える事がなかった辺り、聞き込みによる予習を十分にしていたようだ。


 多分串団子がタレをつけてない団子で、みたらしは甘いタレがかかっている例の団子だろうな。


 店員さんが、男性陣もそれでいいのかといった風に視線を向けてくるので、男性陣はとりあえず頷いておいた。


 というよりか、アリューシャとイリヤの興奮具合に押されて頷くしかなかったといえる。


 焼き鳥と貝の串焼きでカグラ酒を飲んでいた時は、あんなにもテンションが高かったのにね。どうやら甘味よりも酒、おつまみといった食べ物のほうが好きみたいだな。


 注文をメモした店員さんが、楚々とした動きで店に戻っていく。


 ヨモギ色の暖簾をくぐっていくと『串団子とみたらし団子十二本ずつねー』といった声が聞こえてくる。


 先程とは違った軽い声からして、団子を焼いているのはお父さんかな? 何にせよ何とも平和な雰囲気だ。


 椅子に座り直した俺は、上体を後ろに逸らし手を後ろで突きながら景色を眺める。


 向こう岸には様々な民家が建っており、その間からは通りを歩く人々の姿が見えた。


 忙しそうに動き回るカグラ人や、時折聞こえてくる威勢のいい声がどこか遠い物に思えた。それほど俺達のいる場所は静かで、目の前を流れる川は穏やかだ。


 水面に乗った葉っぱがゆっくりと流れ、小さな和船を漕ぐ音が聞こえてくる。


 俺は和船を漕いでいる姿が珍しくて、ジーッとそれを眺め続けた。


 ルンバもそれは同じらしく、ボーっとした瞳でそれを追っていた。


「……女だな」


「ああ、あの体型は間違いないな」


 アーバインとモルトが確信の込もったかのような声で呟いた。


 どうやらあの和船を漕いでいる人は女性らしい。


 体格は少し細めだと思っていたが、よくわかったなぁ。


 そんな感じで和船を眺めたり、しだれ柳を眺めたりしていると注文の品が届いた。


 最初に温かい緑茶が配られ、それから串団子とみたらし団子のお皿が配られる。


「わあっ! これね! 凄くいい匂いだわ!」


「タレが凄く香ばしい匂いですね!」


 最初に温かい緑茶に手を伸ばす俺は爺臭いのだろうか?


 女性であるアリューシャとイリヤはみたらし団子を見てはしゃいでおり、ルンバとアーバインとモルトは早速とばかりに串団子に齧り付いていた。


 いやいや、まずは温かいお茶を飲んで一息つくのが普通だろ?


「ズズッ……はあ、落ち着く」


「うおっ! 何だこれ!? モチモチだな!?」


「こっちのタレがかかっている方を食ってみろよアーバイン! 香ばしくて旨いぞ!?」


「そうか? なんかそれ甘そうだけど……うめえっ! 酒だっていけそうだ!」


 ルンバとモルト、アーバインが楽しそうな声を上げる。


 何だか虚しくなってきたので、俺もみたらし団子に手をつけることにした。


 先程焼いたばかりなのだろう。串を手で持つとほんのりと暖かい熱気が出ていた。


 少しばかり息を吹きかけて、ゆっくりと串から一つの団子を引き抜く。


 すると、モチモチの団子が舌の上を転がった。熱々の中、噛みしめると焼き焦げた表面がパリッと鳴り、香ばしい醤油のタレの味が舌の上に広がる。


 そして噛めば噛むほど弾くような弾力が感じられて、口の中が楽しい。


 この異世界に生まれて、ここまでモッチリとしている料理に出会うのは初めてな気がする。


「凄いわねー。こんなにもモチモチな甘味があるなんて」


「焼きたてのパンとはまったく違う弾力ですね。食べていて面白いです」


 アリューシャとイリヤも団子の味にご満悦のようで、相好を崩して幸せそうに食べている。


 タレが袖にかからないように袖を押さえながら上品に食べる様は、カグラ人っぽくて綺麗だな。俺は熱い緑茶をすすりながらそう思った。




 ◆



「……うー、お腹がいっぱいです」


「……もう、歩きたくない。帯を緩めたいけど、それはそれで負けな気がするわ」


 イリヤとアリューシャのうめき声を上げる。


 新しい甘味と出会ったイリヤとアリューシャは、調子に乗ってお代わりを続けてルンバとどちらが多く食べられるか競い合ったのである。


 普段ならば絶対に敵わないと理解しているであろうが、甘味に上がってしまったテンションが上がった二人は二対一で挑んだのである。


「何だ、もう終わりか? もっと食えるだろ?」


 それでもルンバには敵わなかった。


 苦しそうにうめき声を上げている二人とは対照的に、ルンバが平然と団子を食べている。


 一口で団子を二つ口に入れて、続く二口目で残りの二つを口に入れるという強者っぷりだ。


 口の中に丸い団子が詰まり、リスのような顔になっている様はとてもシュールだ。


「……もう無理です」


「参り……ました」


 先程よりもパンパンに膨れ上がったお腹の帯を擦りながら、イリヤとアリューシャが呻く。


「ルンバさんに勝てるわけねえだろ」


「……別腹がたくさんある私達なら……勝てると思ったのよ」


 アーバインの声にアリューシャが苦しそうに答える。


 女性の言う、別腹って一つじゃなかったのか。


 女性には多くの秘密があると聞くが、別腹がそれほどまでの数があるとは初めて知った。相変わらず女性の身体は神秘に包まれているな。


「歩いて帰れそう?」


 俺がそう尋ねると、アリューシャとイリヤは無言で顔を横に振るのみ。


 多分、ここが旅館の和室だったら「ああー」とか呻きながら寝転がっていたのだろうな。


 それにしても困った。そろそろ太陽も沈んで夕方になりそうなのだが。


 こんな状態の二人を置いていけるわけもないしな。多分、歩けるまで回復するのに小一時間は必要だろう。


 それからゆっくり帰ると、旅館に戻る頃には夕食の時間を過ぎていそうだな。


「歩いて帰るのが辛いなら、和船をご利用してみてはどうです?」


 ルンバかアーバインかモルトにおんぶでもしてもらおうと考えていると、甘味屋の店員さんがおずおずと提案してくる。


「和船って、あの川にある船ですよね?」


「はい、そうです。あそこにいる船頭さんに声をかけて交渉すれば、目的の場所の近くまで送ってもらえますよ」


 店員さんが川の方を指さすので、そちらを見てみると和船の上にいる船頭さん達が手を振ってくれる。


 どうやら、ここの甘味屋から乗って帰る人が多いらしい。御贔屓にしているのだろう。


「陽だまりの宿っていう場所でも、問題なく送ってもらえますか?」


「あの旅館なら、西の住宅街の川で降りたら歩いてすぐですよ」


 なるほど、思ったよりもカグラには川が通っているらしい。そういえば、歩き回っている最中もよく川を見たな。


 和船に乗っている間に、イリヤとアリューシャは体調を回復する事ができるし、俺達も観光しながら楽に帰ることができる。


 和船に乗って船からカグラの街並みを見て帰るのも悪くないな。


「皆で和船に乗って帰らない?」


「そうだな。下駄履いてあいつらをおんぶして帰るのは骨が折れるし、何より恥ずかしいからな」


 冷静に考えれば、街中で大人の男女がおんぶして歩くのはかなり痛いな。


「船に乗っているだけで帰れるならいいんじゃないか?」


「船で川を進みながら帰るのも悪くないしな」


 続いてモルトとルンバも了承する。


「イリヤとアリューシャもそれでいい? 船に乗っているだけなら大丈夫でしょ?」


「「お、お願いします」」


 改めてイリヤとアリューシャに尋ねると、何とか振り絞ったかのような力ない返事がきた。


 和船による揺れで吐いたりしないだろうか。それだけが心配だ。





『俺はデュラハン。首を探している』一巻が6月23日に発売です。スローライフとほぼ同時です。よければ、そちらもよろしくです!

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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用でした~』

― 新着の感想 ―
[気になる点] ん?和船??。。。それ倭国内で建造使用されている船舶の総称では? 水深の浅い河川湖沼域で使用されることの多い船底が平たいものを川船といい、高瀬、べか、ひらた、鵜飼、房丁(ぼうちょう)、…
[一言] そういや着物はカグラ服なのに和船はカグラ船にしなかったんですね
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