焼きおにぎり
カグラ編は、2章分あるので少し長いです。私が書きたい所を書いてしまうせいもあります。申し訳ありません。
もうすぐ新キャラ達が出てきますので、もう少しだけお待ちを。
今度こそ準備が整った俺達は、カグラの街の大通りを歩き出す。
カグラの大通りは途轍もなく長くて広い。そしてその道に沿うように多くの店が並ぶものだから、大通りは結構な人々で溢れ返っていた。
視界には数えきれない程のカグラ服を纏ったカグラ人がおり、視界を鮮やかに彩っていた。
「皆カグラ服を着ているから、視界が凄く鮮やかだよね」
「そうですよね。皆さん、綺麗なカグラ服を着ているので歩いているだけでも飽きることがありませんね」
「見ていると、あれもいいなー、これもいいなーってなるわよね」
俺の言葉にイリヤとアリューシャが上機嫌に頷く。
「あっ、あの白とピンクのカグラ服とかイリヤに似合いそう!」
「さすがにあれはちょっと可愛らしすぎですよ。アリューシャこそ、あっちの白に青色の花があしらわれているカグラ服とか似合いそうです!」
「ちょっとお上品過ぎない? 私に似合うかしら?」
「きっと紺色の髪と白いカグラ服をうまく魅せてくれると思いますよ!」
さすがは女性だ。あっという間に男である俺は置いてけぼりだ。
「……なあ、モルトよ」
「何だ、アーバインさんよ」
「ちょっとカグラ人って肌の露出が少なすぎねえか?」
「そうだな。なんせ皆着物だからな。たまに尻のシルエットがくっきりと見えてグッとくるくらいだな。何というか奥ゆかしい物腰と服装から、ふと覗くエロスが――」
まあ、男性の会話なんてこんなものだよな。
そういう会話も嫌いではないが、俺はなんせまだ七歳だ。会話の内容は選ばなければならない。
せっかくカグラの観光をしているのだから、妙な会話はせずにカグラの雰囲気をもっと楽しむとしよう。
華やかな会話をするイリヤとアリューシャから少し離れて、ルンバの近くに移動する。
大通りには様々な木造建築の建物が並び、見慣れない食材や雑貨などが並べられている。
大通りを歩く人々に声をかける店員、自慢の商品を声高々に自慢する女性。
それらに声に乗っかる買い物客や、値段交渉の声。荷馬車の道を開けろと叫ぶ男達がいたりと賑々しい人々の声が聞こえ、どこか祭りのような雰囲気だ。
こういう所を歩くだけでも、自分がその雰囲気の一部のように思えて心地よい。
「……おい、アル。醤油の滅茶苦茶いい匂いがするぞ」
カグラの景色を見ながらそのような事を考えていると、ルンバが鼻を「スンスン」と鳴らして言い出した。
俺も意識を鼻に集中させてみると、微かに醤油の焼けるような香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。
これはもしかして……っ!
俺の脳裏の中に、一つの料理が思い浮かぶ。
「ルンバ! 行ってみよう!」
「おう!」
その言葉を待っていたとばかりにルンバが俺を持ち上げて肩車しだした。
俺の視界が急激に高くなり、大通りを歩く人々を見上げる形から見下ろす形になる。
ルンバの身長は一般的な人よりもかなり高いので、前を歩く一人一人のつむじまで綺麗に見えた。
常に人影で遮られていた視界が、一気に晴れ渡る様は爽快だ。
カグラの大通りを見渡せるようになった俺は、匂いの探りながら目的の料理を見つける。
「あったよ! ルンバ! あそこだ!」
「わかった! 行くぞお前ら!」
俺が目的の屋台を指さすと、ルンバがアーバイン達に声をかけて進み出した。
「お? 急にどうしたんだ?」
「わからねえ」
「何かいいものでもあったんでしょうか?」
「あっ、ルンバさんが進む方向から凄く香ばしい匂いがするわ! 行きましょう!」
遅れながらも後方から銀の風のメンバーが早足でやってくる。
アーバインやモルトは下駄なせいか、アリューシャとイリヤは慣れないカグラ服のせいか凄く走りづらそうだった。
まあ、頭一つ抜けている俺の姿を見れば見失うことはないだろう。
そう思って視線を前に向ける。
「おおっ!? ……おっ?」
強面で裏街の親分のようなルンバが道を歩けば、人々がいともたやすく道を開けてくれるが、その後に頭に乗せている俺を見て首を傾げていた。
凄く怖い人だと思ったら、小さな子供を肩車しているので怖い人なのか、優しい人なのかわからなくなったって感じだな。
何はともあれ、勝手に道を開けてくれるのは好都合なのでズンズンと俺達は進み出す。
そして、ようやく目的の屋台へとたどり着いた。
「……い、いらっしゃい」
ルンバを見上げて表情を硬くするおじさん。
おじさんの手元には大きな網があり、その上をいくつものおにぎりが転がっていた。
そう、焼きおにぎりである。
おにぎりに醤油やだし、みりんなどをつけて焼くだけの手軽で美味しいご飯料理である。
醤油の焼ける匂いをこれでもかと吐き出していた元凶はコイツだったのだ。
網の上ではタレがかけられたおにぎりの焼ける音が響き、香ばしい匂いが俺とルンバの鼻孔をくすぐった。
「……いい匂い」
「……ああ、これは美味そうだ」
あまりの芳しい香りに、俺とルンバが目を細めて呟く。
「お? おお、親子か? 焼きおにぎり食ってくかい?」
俺が言葉を発したことにより頭上に俺がいると気付いたのか、おじさんが少し表情を柔らかいものにする。別に親子じゃないけど、説明するのも面倒なのでそれでいいや。
「それじゃあ、四つくれ!」
「俺も二つ食べるよ?」
「じゃあ、とりあえず五つだ!」
「おう! まいどあり!」
ルンバが注文すると、おじさんが威勢のいい声を上げる。
それから刷毛をタレの入った壺に突っ込み、慣れた手つきで焼きおにぎりへと塗りたくった。網から滴り落ちるタレによってジューと音が鳴り、おにぎりがこんがりと焼けていく。
そしてタレに焦げ目がついたころを見計らって、おじさんが焼けたおにぎりをトングで回収し、タケノコの皮で包み出した。
おお、どうやらカグラにはタケノコが生えているらしいな。これはいい情報だ。
確かタケノコの皮は丈夫でしなやかで、天然の抗菌作用があると言われている。タケノコは勿論のこと、自分の簡易弁当箱のために後で買って帰るか。
ポケットに突っ込んでおいたメモとペンで、お土産リストに追加しておく。
コリアット村を出てから買うべき物が多すぎるからな。こうして紙に纏めないと忘れてしまう。
「へい、まいど」
「おう、ありがとな!」
俺がメモをしている間に、ルンバが会計を済ませてくれたようだ。一部銀を二枚払っていたから焼きおにぎり五つで銅貨二枚分。日本円で合計二百円だ。うん、中々の安さだ。
「ほら、アル」
「うん、ありがとう」
会計を済ませてくれた分までお礼を言い、下から包まれた焼きおにぎりを受け取る。
タケノコの皮に包まれた焼きおにぎりは、出来立てなお陰でとても熱々だった。
落とさないように紐を解くと、中にはしっかりと焼けてタレが染み込んだ焼きおにぎりが二つ入っていた。
茶色く染まったおにぎりの匂いを堪能するように嗅ぐと、醤油の香ばしく甘辛い匂いや、微かな出汁の香りがした。
熱々の焼きおにぎりをフーッと息で少し冷ましてから、ゆっくりと齧り付く。
パリッとした食感と共に、ほろりとお米が口の中に入って来る。
「あふっ、あふっ」
まだ少し熱かったので、口をパクパクと開けて舌の上でお米を転がす。
それから口の中で少し冷ましてから、ゆっくりと味わう。
噛めばお米に染み込んだ醤油の甘辛い味や、まろやかな出汁の味が吐き出された。ご飯の内部までしっかりと味がついているようで噛めば噛むほど味が出てくる。
そして、後にはお米本来の甘い味がするのが堪らない。
うーん、美味い!
俺はまだ熱いとわかっているのに思わず、焼きおにぎりに齧り付いていた。
予想通りの熱さに息を漏らしながら口の中でお米を転がす。バカな行動ではあるが、それすらも焼きおにぎりの醍醐味だと思えた。
「たまに食べるおにぎりも美味いが、焼きおにぎりはもっと美味いな! これさえあれば白飯がもっと食えるぞ!」
「いや、どっちもお米じゃん」
焼きおにぎりで白飯を食べるとか聞いたことがない。
俺が思わず突っ込むと、ルンバは上機嫌に笑った。
ルンバはさほど熱く感じていないのか、両手に乗せた焼きおにぎりバクバクと食べていた。ルンバの手に収めると、焼きおにぎりが随分と小さく思えるな。
「やっと、追いついたぜ!」
「下駄って結構走りづらいな。途中で二人ほど足を踏み抜いて怒られちまったぜ」
自分の手と焼きおにぎりのサイズを見比べていると、アーバインとモルトが人の波を掻き分けてやってきた。
「やっと、追いつきました」
「あー! ルンバさんとアルフリート様が何か食べてるー!」
遅れてイリヤとアリューシャもやってきた。
人垣が勝手に割れる中をルンバはズンズンと進んでいったからな。いつの間にかアーバイン達とは結構な距離が開いていたらしい。
「それはおにぎりですか?」
「おにぎりなら旅館でも食っただろう?」
アリューシャが俺の焼きおにぎりを指さしたせいか、イリヤやモルトも気になったらしい。
「お嬢さん達、その髪色からして観光客かい? カグラ名物の焼きおにぎりはどうだい?良かったら食べてみなよ」
イリヤやアリューシャ、モルトがカグラ人にはない派手な髪色をしているお陰か、屋台のおじさんが皮に包んだ焼きおにぎりをイリヤとモルトに一個ずつ渡してくれた。
恐らく半分に分けて試食してみろってことだろう。
半分だけというところが商売上手だな。そんな事をすれば、絶対に物足りなくなって……。
「何だこりゃ!? うめぇっ!?」
「おい、モルト! 俺にも食わせろよ!」
案の定、アーバインとモルトは取り合うように食べていた。
モルトがアーバインには渡さまいと口に入れようとして、アーバインがそれを阻止する様はコリアット村の村人を彷彿とさせる光景だ。
落とすなよ?
「何これ凄く美味しいわ!」
「外はパリッとしていて、甘辛い醤油ベースのタレが染み込んでいますね!」
行儀よく半分に食べているアリューシャとイリヤも、驚きの声を上げながらハフハフと焼きおにぎりを平らげていく。
「これだけじゃ足りないわ! 並んで買いましょう!」
「はい!」
アリューシャとイリヤが列に並ぶ様子を見て、屋台のおじさんが微笑ましそうに笑う。
まあ、半分だけ渡せばこうなること間違いないよな。
「とりあえず、俺はあと十個くらい買っとくか。アルも食うか?」
「いや、俺はこれで十分だよ」
まあ、ルンバが焼きおにぎり三つで満足するとは思っていなかったよ。
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