カグラ服を着こなす?
「……酔いが一気に醒めたな」
「……ああ、食べてみると意外に癖になるのが腹立たしくも感じられる」
俺達の後ろで複雑な表情を浮かべながら言うアーバインとモルト。
二人の腰元には佃煮屋のオヤジから餞別とばかりに贈られた佃煮が入っていた。久し振りにイナゴで悲鳴を上げる二人を見られて面白かったのだとか。
勿論中身はイナゴだけであるのは言うまでもないだろう。
俺達が買った他の佃煮は、旅館に送るように伝えてあるので荷物にもならない。
「いい気味よ」
「あはは、これでお相子ですね」
アリューシャとイリヤは船の上でタコを食べさせられたものな。優しいイリヤも特に庇うつもりもないらしい。
「慣れれば平気だぞ?」
「いえ、結構です!」
ルンバは特に平気なのか、おやつ代わりに貰ったイナゴの佃煮をイリヤに勧めていた。
俺も先程一匹食べてみたが、やはりまだ慣れない。
確かにあの少し硬い食感は新鮮だが、顔を見ると躊躇してしまう。
醤油色に染まって黒々としており、よく見えないはずなのに食べようとするとくっきり見えてしまうのは何故だろうか……。
「あっ、服屋さんですよ」
そんなことを考えながら歩いていると、イリヤが前方にある建物を指さした。
そこには二階建ての建物があり、『和服屋 ふじ』と書かれた看板が掛けられている。
「いいわね。カグラ服を見に行きましょう」
アリューシャとイリヤが嬉しそうな声を上げながら服屋の前まで走っていく。
そういう姿を見ると、どこの世界でも女の子が服好きなのは変わらないということがわかるな。綺麗な女性が楽しそうにしている姿は実に目の保養になる。
昨日の枕投げの光景が洗い流されるよう……ダメだ。簡単に忘れられない。特にギュンターが仰向けで倒れた際に見えたアレが……。
「どうした? アルフリート様?」
「……何でもないよ」
アーバインに心配されながらも、俺も皆についていくように小走りで服屋に走り寄る。
室内には色鮮やかなカグラ服や布が飾られており室内を美しく彩っていた。外を歩いていてもそれらを見れば思わず足を止めてしまう。決して主張は激しくはないけれど、漏れ出す清楚さや穏やかな美しさがカグラ服から滲み出ている感じだ。
こういう静謐な老舗らしい雰囲気を持つ店は、少し入りにくさを感じるのだがアリューシャとイリヤが既に入っているお陰か男性陣も気兼ねなく入ることができた。
服屋の中に入ると、畳の匂いとお香らしき香りが漂ってくる。
入る際は少し緊張感があったが、ゆっくり呼吸をすると少し落ち着いてきたな。旅館の部屋と香りが似ているし、そこまでビクビクするものでもないな。
「何だか高級っぽいな」
「そうだな。場違いな気がするぞ」
アーバイン、モルトはこういう雰囲気のお店にまったく入ったことがないせいか、少し居心地が悪そうにしていた。昨日は高級旅館で酒だ、枕投げだとか騒いでいた奴等と同じようには見えないな。
「旅館と同じに思えばいいじゃないか」
「「なるほど」」
俺が呆れたように言うと、アーバインとモルトからスッと力が抜けた。とは言っても、ここで宴会をやったり、枕投げをしたらダメだからね?
イリヤとアリューシャは既に従業員の話を聞きながら、楽しそうにカグラ服を見ている。
「いらっしゃいませ。カグラ服をご所望ですか?」
俺達も適当に服を眺めようかなと思ったタイミングで、女性から声をかけられた。
桜のような淡い色合いの服を着た女性である。
服屋の店員というのは、どうして好きに動こうかと思ったタイミングで話しかけてくるのか不思議だ。まあ、今回は迷惑じゃないからいいんだけれど。
「はい、男性用のカグラ服を見たいです」
「かしこまりました。では、奥にどうぞ」
俺がそう答えると、女性が楚々とした動きで一礼して奥へ促す。どうやら店の入り口にあるのはほとんどが女性用のカグラ服らしい。
案内されるがままに奥の部屋に行くと、先程と同じ造りの部屋にたどり着いた。
そこには鮮やかな色合いのカグラ服ではなく、比較的落ち着いた男性用のカグラ服が飾られていた。
部屋に入った俺達は、思い思いに畳の上に上がって飾られたカグラ服を眺める。
よく見ると、男性にしては派手めな色や明るい色、金色の刺繍が入って凝っていたりするものもある。
袖や襟回りにまで刺繍がされたりラインが入っていたりと、細かいところにまで気が配られているのがよくわかった。
「おー! これはさっき見た動きやすそうな服だな」
店にあるカグラ服を眺めていると、ルンバが甚平らしき服を手に取った。
「それは甚平ですね。最近カグラで流行り出した日常着です」
「そうか、甚平っていうのか。これは着るのも楽そうだし涼しそうでいいな」
「普段着で着るようなものですからね」
ルンバの言葉に苦笑しながら答える店員さん。
男性が服を選ぶ基準なんてそんなものですよ。実用的でさえすれば喜んで着るよ。
シルヴィオ兄さんやノルド父さんも、もっとラフな服装にすればいいのにね。
これは決して、カッチリとした服装を着こなす二人への嫉妬や僻みではないからね? 屋敷にいるんだから楽な恰好をすればいいという俺の優しい心遣いだよ。
「よろしければ試着してみますか?」
「おう、頼む!」
「俺も子供用の甚平お願いします」
「かしこまりました」
そんなわけで俺とルンバは二人揃って甚平に着替えることにした。
◆
「……凄いですね、お客様。まだ幼い子供だというのにとても甚平姿がお似合いですね。……何というか、子供とは思えない貫録がありますよ」
俺に甚平を着せてくれた女性が、驚いた様子でそんな事を言う。
鏡に映るのは渋い紺色の甚平を着た俺だ。
「……そりゃどうも」
……何故だろう。褒められているはずなのにまったく嬉しくない。
普通幼い子供が甚平を着れば可愛らしく見えるものなのだが、俺の場合はそうはいかない。茶色い髪に眠たそうな瞳、前世の疲労が滲み出ているせいか大人のような着こなしをしているのである。
七歳にして甚平姿が似合う子供もどうかと思うのだが……。
どこか複雑な気持ちを抱きながら畳スペースへ戻るが、そこには誰もいなかった。
先程までいたアーバインとモルトもカグラ服の試着に入ったのだろう。
そう思い、暇つぶしにカグラ服をしばらく見ていると奥の部屋からルンバの声がした。
「おー! アルも甚平を着たかー?」
「うん、ルンバも――」
振り返って、ルンバにきちんと着れたのか尋ねようとした俺の声が止まる。
奥の部屋から出てきたルンバが、どう見ても裏街を取り仕切るような親分にしか見えなかったからである。
ライオンのように荒々しい髪に彫りの深い強面な顔立ち、右目にかかった眼帯。
百八十センチ以上の高さに隆起した筋肉を持つルンバは、黒と灰色の甚平を普通とは違う方面に着こなしていた。
甚平とかルンバが着たら似合うとは思っていたけど想像以上であった。
「……ルンバ、どう見ても裏の仕事をしている人にしか見えないよ」
俺の言葉に同意するように、ルンバの着替えを手伝ったであろう従業員が頷く。
「そうか? まあ、似合うんだったらいいだろう?」
「まあね」
実際ルンバなら誰に絡まれても何も問題ないだろう。本当に裏の仕事をしている人達はルンバを見て大層焦るかもしれないけど。
外国から来た奴が裏街に参入してきやがったみたいな誤解を与えてしまいそうだな。
俺がルンバを見ながらそんなことを思っていると、今度はルンバが俺の甚平姿をマジマジと眺めて、
「……それにしても、アルこそ似合いすぎじゃねえか? 子供が甚平を着るともっとこう……可愛らしいものになるはずだろ? 街にいたカグラ人の子供と全然違うじゃねえか」
「隠居生活を楽しんでいる男性のような雰囲気がしますね」
従業員までもがそんな台詞を言ってくる。
「まあ、似合うんだったらいいでしょう?」
何とも言えない表情をしながら、俺もルンバと同じ台詞を口にする。
「そうだな! 似合うんだったらいいことだな!」
どうせならシルヴィオ兄さんのようにカッチリとした服装が似合う男性になりたかった。
カッチリとした着物は俺には似合わないんだぜ? さっき軽く合わせてみたけど恐ろしいほど似合わなかったんだもの。
曖昧な表情で笑う従業員の優しい心遣いが逆に俺の心を抉った気がした。
「ははん? これは俺の方が似合っているな? 俺の方が粋な雰囲気がしてるぜ?」
「バカ言え、俺の方が似合っているだろうが。まあ、どちらがチンピラに見えると言われればお前に譲らねえでもないけどな」
「んだと! それならルンバさんとアルフリート様に判断してもらおうじゃねえの!」
「いいぜ」
奥の部屋から聞こえるアーバインとモルトの言い争い。どうやらどちらが似合うかで揉めているようだ。
ルンバを見た後ではどちらも印象が薄くなりそうだけどね。
「「ルンバさん、アルフリート様! どっちが似合いますか!?」」
「おう?」
奥から勢いよく出てきた二人にルンバが振り返る。
「「ひいいいいいいっ!?」」
それだけで迫力があるもので、アーバインとモルトは情けない声を上げた。
「な、何だ。ルンバさんか。どこの裏の人間かと思ったぜ」
「迫力がありすぎだ……」
その気持ちはわかる。出会い頭に遭遇したら俺だって避けるわ。
「ところで、俺とモルトのどっちがカグラ服を着こなしていると思う?」
「勿論、俺っすよね? ルンバさん?」
「いや、俺だよな? アルフリート様?」
モルトとアーバインが少しでもカッコよく見えるようにポーズをとりながら聞いてくる。
黒髪に無精髭を生やしたアーバインは、俺達のように甚平を着ているのではなく、渋い紫色の着物を着ている。
いきなり紫色を選ぶとは中々渋い奴だな。老けた顔と相まって紫色のカグラ服とマッチしているのだが、着こなしているかと言われれば疑問を感じる。
一方、モルトは金髪との色合いを考えてか、割と明るめの青い着物を着ていた。こちらはアーバインとは違って普通にカグラ服を着ていると言えるのだが、どうもモルトから発せられるチャラい雰囲気が台無しにしていた。
「「…………」」
そんな二人の様子をジーッと見つめる俺とルンバ。
似合うとか、着こなしているというよりも、二人は……
「「どう見てもチンピラにしか見えない」」
「「んなっ!?」」
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