佃煮
お昼時に投稿しているのにアレですが。タイトルからわかる通りアレが出てきますので注意です。
醤油を予約した俺達は、同じように店を回り味噌やお米に次々と予約をかけていく。いきなり買い占めるとこちらも店側も困ってしまうので、こうやって日にちを指定して早めに言っておくのがいいだろうからな。日常的な商売や取引相手も困るだろうし。
荷物の方は船が大きいので問題なく積めると思うし、空間魔法でこっそりといくつか収納するので問題はないな。
――ただ、ここはお金が飛びやすい。
「へい、らっしゃい! お兄さんこれなんてどうだい? ご飯の上にこれを乗せて食べればご飯が進むのなんの!」
見事な営業スマイルを見せながら、炊き立てのご飯と佃煮らしきものを勧めてくるオヤジ。
こ、この悪魔的な組み合わせはダメなやつだ! これを食べたら俺達は佃煮を買わずにはいられない。
「何だこれは? 食っていいのか?」
「勿論ですとも。実際に食べてみないと味の良さなんてわかりませんからね。ほら、目の死んだ僕もどうぞ」
目の死んだ僕は余計だい。
とか思いつつも、つい渡されたご飯と佃煮を受け取ってしまう。
カグラ人ではないことを見越して、きちんとスプーンを渡しているあたりが憎らしい。
「お? 食わしてくれるのなら俺にもくれよ」
「よくわからんがご飯に合うのか?」
俺とアーバインがオヤジから何か食べ物を貰っている事に気付いたのか、モルトとルンバが図々しくやってきた。
「勿論です。そこの美しいお姉さん方もいかがですか?」
「あら、私達のことかしら?」
なんてアリューシャが振り返ってお淑やかに言うが、そもそも謙遜しているのならばイリヤのように振り向かないはずである。とんだ茶番だ。
ちなみに今のオヤジのお世辞言葉で通りを歩くカグラ人女性の五人が振り返った。
美しい着物を身に纏い、楚々とした歩き姿をしているせいか奥ゆかしそうに見えるが、そうでもない人も多いらしいな。
そんな事を思いながら、ご飯の上に乗った佃煮を眺める。
恐らくあさりと何かの貝を、醤油と砂糖で甘辛く味付けしたものだろう。そんなの絶対に美味しいに決まっているだろうな。考えただけでも涎が止まらないな。
白い湯気が漂うご飯と、貝の佃をスプーンで口へと運ぶ。
甘辛い味付けの貝が口の中に一気に広がり、それを熱々のご飯が吸収するように濃い味付けを受け止める。それにより程よい佃煮の甘さと、ご飯の旨味が感じられた。
お互いの長所と短所を補い合い、それぞれの長所を最大限に生かした組み合わせだ。
これはもうダメだ。食べだしたら止まらない。
「うおおっ! これご飯に合いすぎだろ!?」
それは隣にいるアーバインも同じようで、勢いよくご飯をかきこんでいた。他の面子もアーバインの言葉に同意するように頭を縦に振っている。
今は甘辛い佃煮の味に合わせるように、ご飯を口に放り込んでいるので忙しいのだろうな。ご飯と佃煮の味を丁度よい具合に合わせたら一番美味しいからな。
熱々のご飯と佃煮をかき込むように口に入れていくと、あっという間に俺達の茶碗が空になってしまった。
何という魔力か……。
「これさえあれば、ご飯が何杯でも食えるな!」
「私でもご飯二杯は食べられるわ!」
ルンバの言葉にアリューシャが便乗して言う。
いや、朝から卵かけご飯を三杯食べていた癖に何を言っているのか。アーバインとモルトも知っているのか「何言ってんだコイツ?」みたいな顔をしていた。
「ご飯にとても合いますでしょう? ご飯に乗せなくてもカグラ酒のおつまみとしても合うんですよねえ」
徳利を傾ける動作をしながらいやらしく笑うオヤジ。大袈裟な動作と口調ではあるが、実に美味しそうな言い方だ。
アーバインとモルトがごくりと喉を鳴らしている。俺もお酒が呑める体だったら同じように喉を鳴らしていただろうな。
「おい、オヤジ! カグラ酒はないのか!?」
「申し訳ありません。うちは佃煮屋なので。カグラ酒が欲しければ隣の酒屋でお買い上げ下さい」
アーバインの言葉にオヤジが白々しくも肩をすくめながらそんなことを言う。
ふと隣の酒屋を見れば、酒屋の店主らしき男が徳利を持って笑っていた。
佃煮に少量の酒を使う事は知っているので、ここに置いていないわけはないだろうと思ったが、お隣と相乗効果のある商売をしているので指摘はしないことにした。
「くっ! アーバイン! 買いに行くぞ!」
「おう!」
アーバインとモルトはカグラ酒と一緒に食べてみたいらしく、酒屋へと一直線に走り出す。
「おにぎりの中に詰めて食べれば移動先でも食べられるね」
「本当だな!? そうすればいつでもこれが味わえるな!」
俺の言葉にルンバが目を大きくして声を上げる。
そうすれば朝の忙しい時間帯でもすぐに作って食べられるだろうし、お弁当としても機能する。ローガンに持っていけばかなり喜ぶだろうな。
「オヤジ、これをくれ!」
「へい、毎度! 他にも種類はありますが、先程の貝だけでいいですか?」
「おお? 他にも種類があるのか?」
ここは佃煮屋さんなのだ。佃煮の種類が一種類しかないなんてことはない。ザルに入っている佃煮は貝類だけでなく、白魚、じゃこといった小魚らしきもの、海藻類のもの、シイタケなどが入った植物類などたくさんの種類がある。さすがはお米が主食のカグラ。ご飯に合う食材がたくさんある
な。
そして、佃煮の中でハードルの高いアレも存在した……。
「……ねえ、オジサン。これは何かしら?」
そして、それに気付いてしまったアリューシャ。
想像はつくのだけれどそんな訳はない、というか信じたくはないといった表情だ。顔を真っ青にしながらそれを指さしている。
アリューシャの異常な怯えようにイリヤも気付いたのか、指さしたそれに顔を近づけて固まる。
そんなアリューシャとイリヤに対してオヤジはきっぱりと言い放つ。
「それですか? イナゴですよ?」
「う、嘘よ! どう見ても田んぼや草むらにいるバッタじゃない!」
ああ、王国ではイナゴはいないからな。バッタならコリアット村でもよく見かける。
屋敷から村に伸びる一本道で出会ったら、ピョンピョンと可愛く跳ねるバッタと一緒に村まで向かうのだ。
「バッタ? ああ、そちらにはイナゴはいないのですね? まあ、バッタと同じ仲間ですよ。食べればパリッとした食感が――」
「「聞きたくない!(ありません)」」
オヤジの説明をかき消すように大声を上げて、うずくまる二人。
タンパク質豊富で美味しいとは聞くが、進んで食べたいと思える見た目ではないからな。俺も昆虫類の食べ物は基本的に苦手なので、その気持ちはよくわかる。
エビやカニもそう違わない見た目をしているのに、嬉々として食べられるのは何故だろうな。エビなんて脚とかたくさん生えてるし、顔とか虫に近い見た目なのにね。
「よし、ちょっと食べてみよう」
ルンバのその言葉にアリューシャとイリヤが信じられないという風に目を見開く。
おお、これほどの表情をタコを食べていたと暴露した時以来だろうか。
「どうぞどうぞ。いけますよ?」
オヤジが空の茶碗にイナゴを盛り付けると、シャラシャララと音が鳴る。
「「ひいいいいぃぃぃっ!?」」
イナゴの硬さを表すような音を聞いてアリューシャとイリヤが悲鳴を上げる。こんなに嬉しくない音は久し振りに聞いた。
茶碗に入ったイナゴを眺めると、ルンバはスプーンにそれを何匹かすくって口に運ぶ。
その間、俺とイリヤとアリューシャの恐れるような悲鳴は止まることがない。
もしゃもしゃと口を動かすルンバ、口の端からイナゴの脚が出ていないのがせめてもの救いか。そんなものが出ていれば俺達はトラウマになっていたかもしれない。
俺達が何とも言えない表情で見守る中、ルンバはそれをごっくんと飲み下し、
「見た目は悪いがパリッと食べ応えがあるぞ? アルも食べないか?」
「一応買うけど、俺は食べないので遠慮します」
「何だ、一応買うのか?」
「おにぎりに詰めてエリノラ姉さんに食べさせる」
バカなエリノラ姉さんの事だ。適当に貝や小魚と混ぜておけば気付く心配もないだろう。こうすれば、俺は仕返しができるしバレて制裁をくわえられることもない。
みみっちい男だと思うか? 冷静に考えてみろ。からめ手による魔法でエリノラ姉さんを撃退するのは容易いことだが、それをすれば後が怖いのだよ。
魔法でやっつければそれの対策をしてくるし、稽古の時は仕返しとばかりに痛めつけてくる。だから、エリノラ姉さんに攻撃をするならば絶対にバレないが必須の条件なのだ。
暇つぶしにトールにでも盛るのも一興だな。
「なるほど、それも面白いな。俺もローランドとウェスタに食べさせてやろう。美味しいから文句は言わないはずだしな!」
白い歯を見せながらシシシと笑うルンバ。
「その時は俺も見たいから誘ってね」
バッタの仲間だと知った時の二人の表情が非常に気になる。
「おじさん、ちゃんと佃煮買うからちょっとこれ使っていい?」
「勿論ですよ」
俺とルンバがあくどい笑みを浮かべて笑い合っていると、アリューシャがアーバインとモルトの茶碗に佃煮を盛り始めた。
アリューシャはとても悪い顔を浮かべながら貝、小魚、エビ、そして、それらに混ぜ込むように巧妙にイナゴを入れていく。
酒を手に戻ってきたアーバインとモルトに盛るつもりだな。先程の胸のことをまだ根に持っていたらしい。
「ははは、カグラではよくやることですよ」
イリヤは苦笑いをしており、オヤジは無邪気に笑いながらそんなことを言う。自分が考えたことでもあるが、カグラは大丈夫なのだろうか。穏やかな気性をしている分、怒らせたら怖い気がする。
「オヤジ! 佃煮買うから少し食わせてくれよ!」
そんなことを思っていると、ちょうどアーバインとモルトが徳利を持って帰ってきた。
その表情は少し赤くなっており、カグラの酒を選ぶと称して色々なカグラ酒を試し飲みしたのであろうな。やけに戻って来るのが遅いと思ったんだ。
「ここに用意してありますよ」
「おお! ありがてぇっ! よし、早速カグラ酒と一緒に味わってみるか!」
「おう!」
カグラ酒を飲んでほろ酔いなのか、貝の佃煮が目立つように盛られているせいか、アーバインとモルトは何も疑うことなくスプーンでそれらを口に含む。
俺達がニマニマとした表情で眺める中、二人は佃煮を噛みしめるように味わう。
ああ、アーバインの口の端からイナゴの脚が出ている。
「あー……。見えてしまいました」
俺の心を代弁するようにイリヤが呟く。
「何がだ?」
「何でもないですよ……」
「アリューシャは何でそんなに満面の笑顔なんだよ?」
「佃煮が美味しいからよ」
他人を嵌めている最中だと気にならないのか、アリューシャはにっこりと笑っている。
そんなアリューシャを怪訝に思うアーバインとモルトだが、今は味わいを楽しむのが優先らしく気にせずにカグラ酒を一気に煽った。
羨ましい光景ではあるが、今回はそうは思えないな。
「ぷはぁーー! さっきのオヤジの言う通り、この酒と佃煮は合うなぁ!」
「まったくだ! これなら何杯でもいけるぞ! この甘辛い貝の味とパリッとした独特な食感が――」
恍惚の表情で感想を言う二人だが、ふと、気が付いたのか顔を見合わせる。
「「……パリッ?」」
ああ、やっぱりパリッとするんだ。
きっとアーバインとモルトは、貝にしては食感がおかしいと思っているはずだ。
「お、おまっ! お前! その脚は何だよ!?」
そして、モルトが気付いた。アーバインの口の端から出ている虫らしき脚に。
「な、何だよ?」
「口っ! 口の端についてるやつだ!」
口をパクパクとさせながらアーバインの口元を指さすモルト。
アーバインは不思議そうにしながら口元を手で拭う。
「……お、おい。……何だこれ?」
自分の手についたモノが信じられないのか。震える声で呟く。
モルトは自分の茶碗に盛られている佃煮をスプーンで漁って、固まった。どうやら見てしまったらしい。
目を大きくしながらこちらを見てくるアーバインに、アリューシャがきっぱりと答える。
「……それはイナゴよ。バッタの仲間」
カグラの街に鶏の首を絞めたような悲鳴が二つ響き渡った。
本当はさっくりと進んで服屋に行く予定だったんです。
もう少し進むとカグラ人のお姉さんとか出てきますよ。
あっ、活動報告で知っている方もいると思いますが、5月27日のなろうラジオ公開収録に私も出演する予定です。共演者の作家は、理不尽な孫の手先生、ぷにちゃん先生ですね。




