カグラ観光
このマンガがすごい! Webにてマンガ第1話公開中!
旅館で朝食を食べ終えた俺達は、早速とばかりに街に観光へと繰り出す。
メンバーは俺、ルンバ、アーバイン、モルト、アリューシャ、イリヤだ。
トリーは船に積んだ荷物を売り捌いたり、商談があるらしくて同行はできない。
誰か護衛に連れて行かなくても良いのかと思ったが、今日の商談は港でやるらしく、そこにはダグラスさんを含む屈強な船員、刀士といった面々が控えているので不要らしい。
カグラ人は穏やかな人が多く、治安が良いらしいので目立った場所では全く危険がないのだと。
まあ、昨夜激しい枕投げを繰り広げた元騎士のギュンターや商会のメンバーがいれば、大抵の相手なら問題なく追い払えるだろうな。彼等には商人に収まらない執念というか力があると思うし。
そんなわけで、今日は銀の風のメンバーもゆっくりと観光ができるというわけだ。
「よっしゃー、今日はカグラを楽しむか!」
ゾロゾロと旅館を出ると、アーバインが日の光を浴びながら伸びをする。
「明日からは護衛の仕事があるしな。自由に観光できる内に楽しむべきだな」
明日からはトリーの商会もカグラの街を動き回るので、銀の風のメンバーは護衛に回らなければならないのだ。一日自由に動き回れるのは今日だけかもしれないな。
「全員で回れる時間を作ってくれたトリエラさんに感謝ですね」
「そうね。面白いものがあったらお土産にしてあげましょう」
イリヤの言う通り、これはトリーの優しさなのかもしれないな。いくら屈強な船員、商会メンバーがいるとはいえ、雇っている冒険者を遊ばせておくことは勿体ないはずだ。
銀の風のメンバーを思ってか、俺に気を使っているのかは知らないが嬉しい事だ。
銀の風のメンバーがいなくなったら女性二人がいなくなってしまうからな。
つまり、ずっとルンバと二人で観光だ。それも悪くはないが、初日くらいは華やかにいきたいと思う。
落ち着いた旅館のエリアから中央の港町に歩いていくと、あっという間に賑やかさが増した。和風文化を表すような着物――カグラ服を着た人々が大通りを行き交う。
ゆったりとした甚平のようなものや、帯でキッチリと締めている服、淡い色合いや渋い色合いをした物と様々な種類のものがある。
カグラ服を着た人が大勢いるこの光景は、時代劇やドラマのワンシーンでも見ているかのようだ。
昨日とは違い、道のど真ん中にいるわけでもないので俺達は足を止めてゆっくりとカグラの光景を眺める。
「おー! 昨日も思ったけど、皆カグラ服を着てるねえ」
「あれとか動きやすそうだな!」
俺が思わず感嘆の声を上げると、ルンバが目の前を通る男性を指さした。
その男性は紺色で縦のラインが入った甚平服を着ていた。短い袖に短パンといった格好が実に動きやすそうだ。
ああいうのをルンバが着たらすごく似合いそうだな。
「あとで服屋に寄ってカグラ服でも着てみる?」
「いいですね! 私もカグラ服着てみたいです」
「旅館の和服とは違った綺麗さがあるわよね。気に入ったのがあれば買おうかしら」
俺の何気ない言葉に強く反応するイリヤとアリューシャ。
女性である二人はカグラ服に強く興味を持っているらしい。
特にアリューシャのカグラ服に対する興味は強い。その微笑みを見るにアリューシャの中でカグラ服を買うのは決まっているようにも思える。
案外、胸が誤魔化せるから気に入っていたりして。
「……そうだな。カグラ服は胸を誤魔化せるからな。アリューシャは絶対買うぞ」
「だろうな。自分の胸を誤魔化すために買うに決まってる」
「また殴られたいの?」
ボソボソと呟くアーバインとモルトの声が聞こえたのか、アリューシャが額に青筋をたてて拳を握り込む。
「「何でもありません!」」
昨夜のボディブローが怖かったのだろうな。謝るのならば言わなければよいのに。俺のように心の中で思うだけにしておけば――
「アルフリート様もあまり失礼な事は口に出さないようにお願いしますね?」
黒い笑顔をたたえながらずいっと寄って来るアリューシャ。
「声が漏れてたっ!?」
「……アルフリート様が言うから俺達も言っちまったんだよ」
驚きの声を上げるとアーバインがそんなことを言う。
そういえば、俺が心の中で思った事を言った後に、アーバインは「そうだな」と相槌を打っていた気がする。
最近、エリノラ姉さんやエルナ母さんといった会話に気を付けなければいけない相手がいなかったからな。帰って会話した時が怖いな。
大通りを存分に眺めた俺達は、まずは手持ちのお金を両替しに向かう。
この国では王国硬貨は使えないからな。
丸いものに穴が空いた五円玉みたいなものが王国でいう賤貨。
江戸時代の一部銀みたいな長方形のものが銅貨で百円。同じ形で銀色の物が銀貨で千円。そして、小判のような楕円形をしたものが一万円の金貨に相当するようだ。
ちなみに大金貨に相当するものは小判をより大きくしたサイズであり、白金貨や、黒金貨に当たるものは厚みが増して白い光沢を放ったり、黒い光沢を放ったりしている。
外国でも使いやすいようにか、鉱山でよくとれるのかは知らないが、どこの国でも基本的に同じ鉱石を使って合わせているのかもしれないな。
今回エルナ母さんから白金貨一枚分なら自由に使っていいとは言質を貰っているが、さすがにそこまで使う用事はないと思うので金貨以下のお金を使う事にする。
十万円もあれば十分ではないだろうか。
そう思って、使いやすいように細かく賤貨、銅貨、銀貨、金貨と分けて両替していく。
十万円では魔導具が出てくると心もとない額だが、初日から手を出すのは少し怖いしな。きっとこれで足りるだろう。
落としたりしないために多めに両替して空間魔法で収納することも忘れない。
「くっ、その歳でそれほどのお金を使えるとはさすがは貴族……」
横で両替するアーバインが悔しそうな表情をしてこちらを見る。
ふふふ、いいだろ? これが貴族の財力というものなのだ。
七歳から十万円も持ち歩けるだなんて凄くないか? 前世ではこんな額大人になっても滅多に持ち歩けるものじゃないからな。レシートなら大量に持ち歩いていたけれど。
カグラの硬貨に両替した俺達は、早速とばかりに大通りを歩く。
大通りは道幅がとても広く、馬車が四台横に並んだとしても問題ないくらいだ。
道の両端に立ち並ぶ店は、港に近いからか魚屋さんが比較的に多い。
カグラ周辺の海で獲れたものなのだろう、朝から威勢よく買い物に来ている客を呼び込んでいた。
エスポートとは違う魚の種類に驚きながら、次々と店を練り歩いていると、醤油独特の香ばしい香りがしてきた。
「……この香り」
「醤油か!」
ルンバと顔を見合わせて、鼻をスンスンと鳴らしながらその場所に向かう。
すると、昨日と同じ調味料がある店にたどり着いた。
「あっ、昨日の。い、いらっしゃい」
俺とルンバを見るなり昨日と同じ店主のおっさんがぎこちない笑みを浮かべて言う。
イリヤとかアリューシャとか派手な髪色をした人達がいるから観光客だと覚えていたのかもしれないな。
「……これだな!」
ルンバがズンズンと歩いていき、壺の蓋を開ける。
すると、壺の中から濃厚な醤油の香りがしてきた。ツンと鼻につくほどの強さである
「うわっ! 匂いが強いな」
遅れてやってきたアーバインがぎょっとしながらそんなことを叫ぶ。
濃厚な醤油を大きな壺一杯ほどに入れているのだから当然だろう。
アリューシャとイリヤも昨夜醤油を堪能したことで気になったのであろう。モルトと一緒に覗き込んで強い匂いに顔をしかめていた。
そんな風に醤油壺にわらわらと集まっていたからだろうか。ここの店主のおっさんが笑顔をたたえてやってくる。
「醤油をお探しですか? 当店には濃口、淡口、たまりと三種類の醤油がありますがどれにいたします?」
おお、それだけあれば使い分けることができて便利だな。
「醤油に種類があるんですか?」
「はい、実際に味わってみるのが一番かと」
イリヤの疑問に頷いた店主が、小さな皿を用意してそこに三種類の醤油を垂らしていく。
「こちらの一般的な色をしたのが皆さんもご存知であろう濃口醤油です。よければひと舐めどうぞ」
店主に勧められて全員が濃口醤油に指をつけて口に含む。
「昨日と今日食べた味の醤油だわ」
「そうですね。私達の知っている醤油の味ですね」
アリューシャとイリヤの言葉に同意するように、アーバインやモルト、ルンバも頷く。
「次に、隣にある色が淡いのが淡口醤油です。濃口醤油よりも大人しい色合いと香りが特徴的で、野菜の煮物、お吸い物と料理の素材を生かした味付けに向いています」
店主の言葉を聞いた俺達は、同じように淡口醤油をひと舐め。全員で醤油の味見をしている姿は何だか微笑ましくなるね。
「おっ? 思ったよりも味が薄くないぞ?」
「そうですよね。それほど香りやこくは強くないですが、思っていたよりも味は濃いですね」
味覚は案外鋭いのか、ルンバとイリヤが首を傾げながらそんな事を言う。
「そ、そうだな」
「た、確かに思っていたよりも味が薄くないな」
「あんた達が首傾げているのは見ていたからね? 変な見栄は張らなくていいわよ」
「そ、そんなんじゃねえし!」
先程、カグラ服で胸のことをバカにされたからか、アリューシャが二人に追撃をする。男は見栄を張ってしまう生き物なのであまり追撃をしてあげないでほしい。
「淡口といっても味が薄いのではなく、色が淡いという意味の淡口ですので。実際は濃口よりも少し塩分が高いのですよ」
「へー、今朝の煮物とかはこの醤油を使っていたのかしら?」
「そうだと思いますよ」
うんうん、これさえあれば屋敷でも煮物とかが食べられるね。やりようによっては天つゆやそばのつゆだって作れるようになるかもしれない。
醤油は煮物、焼き物、たれと何でも使えるからバルトロと一緒に試行錯誤するのが楽しみだ。
「そして、最後のものがたまり醤油です」
店主の言葉を聞いて、皆がすっと指を出す。
指についたドロリとした醤油の匂いを嗅ぐと、重たい香りがした。
それから口に含んで味わうと、口の中に濃厚な醤油の味が広がった。この少しねっとりとした甘みを持つのは間違いない、前世で刺身醤油に使われていたものだな。
「他の醤油よりも味が濃厚ですね」
「これお刺身に漬けたら絶対に合うわよ!」
「海鮮丼にかけたら美味そうだな!」
アリューシャとルンバは真っ先に刺身に合うと気付いたようだ。ひと舐めでそこに至る二人が恐ろしい。
「今日刺身が出てきたら、たまり醤油で頂きましょう!」
イリヤのその声にアリューシャとルンバがにこやかに頷く。
昨日、旅館でたまり醤油が出てこなかったのは、刺し身を濃口醤油で味わってほしかったからだろうか? それとも癖が強いと思ったからだろうか。どちらにせよあの旅館にも置いてあることだろう。今日は刺し身が出てきたらたまり醤油でも頂きたいものだ。
「そうですね。お刺し身に漬けると臭みを抑える効果があるので、刺し身の青臭さが苦手な方はたまり醤油をお使いになられますね。他にも煮物料理だと照りつやが綺麗に仕上がったり、加熱すると赤みが増すのが特徴です。煮物や煎餅、みたらし団子にも使われたりします」
「みたらし団子って言えば、昨日トリエラさんがオススメしていた甘味ですよね! モチモチして甘いタレがかかっているという」
「そうね。今日は絶対にそれを食べるわよ!」
おお、昨日チラッとしか見えなかったがやはり煎餅やみたらし団子もあるのか。
熱い緑茶をすすりながら、煎餅を齧るのが結構好きなので煎餅は大量に買って帰ろうと思う。煎餅を齧っていると、いかにも休日を満喫してダラダラしていますよ感が出て実にいい。
リビングでだらだらしているエルナ母さんや、メイドの休憩室に配置すると喜びそうだな。そうすると、うちの女性陣は一気に老け込みそうなので程々にするが……。
煎餅は保存が効きそうだけど、みたらし団子とかお土産にしようにもどうにもならない気がする。
ここは俺の空間魔法の中だけに納めて、皆には秘密にしておくことにするか。
「で、アル。醤油はどれくらい買うんだ?」
アリューシャとイリヤが店主からお勧めの甘味所を聞き、アーバインとモルトが奥にある漬け物を見る中、隣にいるルンバが尋ねてくる。
俺はルンバからの言葉に考える間もなく、
「じゃあ、この店にある醤油壺を全部で」
「だな!」
「「「ええっ!?」」」
一度は言ってみたかったこの台詞。この店のメニューの端から端までと同じくらい言いたいランキングに入っていたものだ。醤油壺っていうのがどこかカッコはつかないが。
「ぜ、全部ですか? 金貨三十枚ほどになりますが……」
子供の俺が言ったせいか、店主が恐る恐る尋ねてくる。
む、やはり壺単位なせいか中々に値段がするな。魔導具を買うまでもなく、白金貨一枚、百万円を使いきってしまいそうだ。
「そんなに買うの!?」
「冗談だって。今買ったら荷物が増えるし、置くのが大変でしょ? 帰り際に買うから今は予約にしておくよ」
「私も実家に送りたいので、壺三つは欲しいですね」
慌てるアリューシャの声を聞きながら、俺とイリヤが微笑ましく言う。
「……くっ、これが貴族の財力なのね……」
アリューシャのどこか悔しげな声が響いた。