ご飯と味噌汁
このマンガがすごい! Webにて漫画版の第1話が公開されました。ぜひ、ご覧になってください!
漫画版のキャラクターも可愛い!
昨夜夕食を食べた椿の間にて、俺達は朝食を食べていた。
当然ここは和の国カグラなので、出される料理は和食。ご飯に豆腐の入った味噌汁、鮭、お漬物、野菜の煮物、じゃこおろしといったさっぱりしたものだ。
朝は断然和食派の俺からすれば嬉しい事このうえないメニューなのだが、昨晩の疲れがあるせいか少し眠いな。
昨日の夜は枕投げをしていたせいか寝るのが遅かったからな。
九時や十時で眠くなってしまう子供の俺からすれば、昨夜の深夜までの枕投げ、三之助からの小言は体力的にキツいものがあった。お陰で今日は少し寝不足だ。
同じテーブルについているアーバインとモルトは大人なせいか、後片付けまでさせられたようだし眠そうだ。
「……うう、アルフリート様のせいで散々な目にあったっすよ。従業員に枕を投げられるし、三之助さんにはくどくどと怒られるし寝不足っすよ」
近くに座るトリーが俺を恨めしげな視線で見てくる。
そんなことを言われても仕方がない。トリーは商会長という責任ある立場の者。一番怒られるのは仕方がないというものだ。
今回はメイドにチクられた分のお返しをできたので、俺の心も晴々としている。
……はぁ、香り豊かな緑茶が美味しい。
俺が言葉も返さずに緑茶を飲んでいると、トリーも諦めたのか静かに箸に手をつけた。
周りにいる商人達も寝不足のせいかテンションが低めで、モソモソとご飯を口に入れている。テンションが低いのは眠いだけでなく、この旅館で夜の枕投げを禁止されてしまったからだ。トリーに復讐できる数少ない機会であったために、商会の人達の意気消沈しているのだろう。後、昨夜散々トリーをボコったので、今日の仕事が怖いのだろうな。
あいつら、今日は絶対トリーにこき使われるだろうし。
まあ、でも昨夜のような騒がしい食事もいいが、こういう静かなご飯も悪くはないな。
落ち着きがあって大変よろしい。
「アル! ご飯に味噌汁をかけると凄く合うぞ!」
ただ、隣にいるルンバは体力バカなので相変わらずな模様。まともなカグラ料理は初めてであるはずなのに、猫まんまを発見するに至っている。
ちょっとズルいそれ。俺もやりたいんだけど!
「ご飯に合って美味しいとは思うけど、こういう場ではあまり褒められた食べ方ではないと思うよ?」
というか、旅館で食べるにはかなりマナー違反だと思う。
前世とカグラのマナーが一緒とは限らないが、あまりいい顔はされないのではないだろうか? そう思って背後にいる三之助に尋ねるように視線を向ける。
「……そうですね。忙しい使用人がかき込んで食べるようなものなので、こういう場でやるのはオススメしませんね」
三之助の言葉に俺はがっかりする。猫まんま凄く美味しいのに。熱々の白米の上に、味噌汁をかけてかき込みたいのに!
「アリューシャさん、ご飯に味噌汁をかけるのはダメだそうですよ!」
「えっ? 何でよ? 絶対美味しいわよ?」
「三之助さんがマナー違反だと言ってました!」
俺が心の中で悔しがっていると、遠くにいる女性陣の席からそのような声が聞こえてきた。
どうやら向こうも猫まんまの可能性に気付き、試そうとしていたらしい。
アリューシャとイリヤもカグラ文化に染まりつつあるようだ。
ちなみに朝食の席は、男が右側、女が左側と分かれている。
それぞれ部屋の階層が違い、大人数だったせいか自然にそうなった。だって、男が降りるとあっという間に四十の席が埋まるものな。
それがなくてもアリューシャは、昨夜に見てはいけないものを見たせいか寄ってこないとは思うが。昨日は甲斐甲斐しくお世話をしていた女将も同様である。
こちら側の朝食の世話は、三之助を始めとする男共に任せているようだ。こちらには華やかさが足りないと思う。
「美味いのにダメなのかー」
ルンバが残念そうにしながら猫まんまを一気にかき込む。
それから空にしたお茶碗を置いて、思い出したように、
「……あっ! なら、卵かけご飯はどうなんだ?」
「高級な料亭ではマナー違反ですが、基本は問題ありません」
「何でそっちは問題ねえんだよ……」
そう言えばそうだ。味噌汁をご飯に入れる猫まんまはタブーとされているのに、卵かけご飯は問題ないとみなされている風潮がある。これは一体どういうことなのだろうか。
「……そこまでは私にも……」
さすがにそこまで詳しいことはわからないのか、三之助も顔をしかめつつ答える。
まあ、こんな細かいことに疑問を覚える人も少ないしな。料理とは人にとって身近なようで意外と皆、文化や発祥について知らないものだからな。
「まあ、いいか。三之助、生卵を一つくれ」
空になった茶碗にご飯をよそいつつ、ルンバが頼む。
「あっ、俺も」
卵かけご飯はここでは大丈夫らしいので、俺もルンバに便乗して頼む。
「「俺も」」
「女将さん、生卵ちょうだい!」
「私もです!」
すると、目の前にいるアーバインやモルト、商会の人からも続々と手が上がっていった。
反対側ではアリューシャとイリヤ、女性陣も女将に生卵をねだっている。
静かな朝の室内で、俺とルンバの会話が予想以上に聞こえるようだ。大の大人が生卵を欲しがっている様が微笑ましい。
三之助と女将は、生卵を催促してくる俺達に苦笑いをしながら従業員に指示を飛ばしている。
「アルが、醤油があったら卵かけご飯はもっと美味くなるって言っていたからな。味が楽しみだ」
「あんまり醤油はかけすぎないようにね。二、三滴垂らして味わうくらいがちょうどいいんだから」
少し醤油をかけるくらいでいいのだ。過度な醤油は卵本来の味を壊すってものだ。
味噌汁をすすり、俺はホッと息を吐く。
ああ、味噌の味が体内に染みるようだ。
……やっぱり、猫まんまも食べたいな。行儀が悪い事だとはわかっているし、後でいくらでも食べられることはわかっているが、ついそんな欲が沸々と湧いてくる。
人間やっていはいけないと言われると、なおさらやりたくなるのはどうしてだろうか。
しかし、俺はこれでも貴族。テーブルマナーはそれなりに気を付けなければいけないわけで……。昨晩派手に枕投げをしたとか、王都のパーティーでエリックとトングでの斬り合いをしたとかは置いておいてだな。
……ここは、ご飯を口に含み、味噌汁をすするという妥協案で我慢をするか。
何とも中途半端で面倒な手段に顔をしかめつつ、あの味に引かれてご飯を箸ですくう。
湯気の立つ、白い白米を口へと運ぶのだが、
「あっ、落ちた」
偶然にも箸で味噌汁へ落ちた。
…………ふむ、落ちてしまっては仕方がないな。これはこれで美味しく頂くとしよう。
改めて俺は、味噌と出汁が絡まった白米を口へ運ぶ。
ああ、やはりご飯に凄く合う。味噌と出汁の旨味を白米が見事に吸収している。懐かしい味だ。
前世の忙しい時には、お茶漬けやら猫まんまで昼飯を美味しく手早く済ませたものだ。
「……ああ、ご飯が味噌汁に落ちちまった」
「落ちちまったもんは仕方ねえよ。料理に対して失礼がないよう全部食えよ」
「勿論だ。お前こそ、味噌汁に落ちちまったご飯もちゃんと食えよ?」
猫まんまモドキを食べる俺の目の前では、アーバインとモルトが白々しい声を上げながらそのような事を行っていた。
落ちちまったって、しゃもじ一杯分は軽く落ちているじゃねえか。
一口分落としてしまった俺とは違い、何て図々しい奴等なんだ。羨ま……けしからん。
そんなにわざとらしくやって大丈夫だろうか?
後ろにいる三之助の反応が気になって振り向くと、彼は複雑そうな顔をしてそっぽ向いていた。
どうやら見なかったことにしてくれるらしい。仏頂面をしているせいか頭が硬い奴に見えるが、意外と融通の利くところがあるらしい。
まあ、色々な国の人が宿泊する旅館の従業員だ。ある程度寛容さも必要なのかもな。
そんな事を思いながら、俺は新鮮な生卵を割って、ご飯の上に落とす。
「や、やめましょうよアリューシャ! あれはあの人達だからできることですって! 私達は違う場所で試しましょう? 今は卵かけご飯で我慢しましょうねっ?」
……女性は大変そうだな。
朝食を書くのが意外と楽しくて……。
相変わらずのんびりです。次回は観光ですよ!