閑話 シルヴィオバッシュ
コミカライズの公開が少し遅れてすいません。
このマンガがすごい! Webにて明日公開予定です! 明日こそ見れるはず!
ミーナ視点です
私が勤めるスロウレット家の中庭にて、エリノラ様とシルヴィオ様が自主稽古をしている。
それを私は中庭の端に座ってボーっと眺めていた。
本来ならばお昼の中頃を過ぎたこの時間は、休憩室でまったりとお茶でも飲んでいるべき時間なのだが、エリノラ様とシルヴィオ様が自主的に稽古を始めたので私がお世話をすることになった。
正確には、エリノラ様がシルヴィオ様を無理矢理連れ出したという構図だ。
ああ、本当ならばこの時間帯には大事な用事があったというのに。
この時間帯になるとバルトロさんが厨房で夕食の用意をし始めるのだ。だから、私はその時間を狙って、夕食のメニューをハンバーグに変更してもらうようにごね……バルトロさんに交渉をしに行く予定なのに!
しかし、いざ休憩室に戻ると横暴な上司と、冷酷な後輩が私に働いてこいと言う。
バルトロさんの仕事の邪魔をするくらいなら、エリノラ様とシルヴィオ様の身の回りの世話をしなさいと。酷いです。
私はバルトロさんの仕事を邪魔するつもりなどないのに。サーラも私の後輩なのだから、ここは私が代わりますよという先輩への敬いを発揮してもいいと思う。
「はあっ!」
視線の先では、エリノラ様が鋭く右足を踏み込んでシルヴィオ様に接近し、木剣を下から斬り上げた。
「くっ!」
シルヴィオ様はエリノラ様の素早い動きに翻弄されながらも、何とか左手に装備した盾でそれを受け止める。
木剣と木製の盾がぶつかり合う乾いた音が響く。
木剣を盾に防がれたエリノラ様は、即座にシルヴィオ様の側面に回り込み木剣を叩きつける。シルヴィオ様は危なげなく盾でガード。
エリノラ様は盾に防がれても気にせずに、突き、振り下ろし、薙ぎ払い、打ち下ろしと目にも止まらぬ力強い連撃をくわえていく。
しかし、シルヴィオ様も負けていない。エリノラ様の嵐のような連撃を正確に見極めて盾と木剣を駆使してそれを防いでいる。
盾の角度をつけて木剣を逸らしたり、木剣でエリノラ様の薙ぎ払いを逸らしたり。
腰を落として冷静に対処するシルヴィオ様の姿は、とても頼もしく感じられる。
いつもは華奢で女の私からしても壊れてしまいそうな体なのに不思議だ。
エリノラ様の振り下ろしを盾で受け止めたシルヴィオ様は、右腕にある木剣をすかさず振り下ろす。
エリノラ様はそれを予想していたのか、踏み込んだ間合いからあっさりと引き下がった。
「本当に防御だけは上手いわね!」
「そんな事はないよ!」
エリノラ様がどこか苛立ったような声で言うと、シルヴィオ様が何故か必死にそれを否定した。
どうしてだろう。シルヴィオ様の防御技術が高いことは明らかだ。
それは誇っていいはずなのに、どうして強く否定するのだろうか。
「……何ムキになってんのよ。褒めてあげてるのに」
あれで褒めているのですね。エリノラ様、とてもわかりづらいです。
「今度はこっちから行くよ!」
シルヴィオ様が形の整った眉を吊り上げて、エリノラ様へ接近していく。
今度はシルヴィオ様から攻撃を仕掛けるようだ。
シルヴィオ様が右腕に持った木剣を振り降ろす。それをエリノラ様は半身を逸らす事で冷静に躱す。シルヴィオ様はそれでも必死に食らいつくように木剣を振るって連撃を重ねる。
しかし、それは先程エリノラ様の流れるような連撃を見たせいか、剣の素養がない私でもキレがないと思える攻撃だった。
何故でしょう? 何か違和感を覚えるというか……。それだけエリノラ様の剣捌きが素晴らしいということですかね?
バルトロさんやアルフリート様が作るハンバーグと、私が作ったハンバーグくらいの歴然とした差があるように感じる。
「もっと力強くグイッと踏み込みなさいよ。身体全体の力を思いっきり使ってガッと剣を振るのよ!」
シルヴィオ様の攻撃を受けながら、エリノラ様はアドバイスをする余裕があるようだ。
「グイッとって……こう?」
「違うわよ。それはズムッでしょ?」
「……意味が分からないよ」
「何でよ?」
仕方がありません。エリノラ様はきっと天才肌というやつなのですよ。私達とはきっと違う世界を見ているのだと思う。
「だから違うってばー」
エリノラ様に攻撃をあしらわれたシルヴィオ様は、先程の安定感はどこへいったのか、エリノラ様に何度も転がされます。
その度に体中が砂だらけになりますが、シルヴィオ様は力強い意思を見せて立ち上がる。
エリノラ様の稽古に付き合わされるのを嫌がるシルヴィオ様ではあるが、何だかんだと真剣にやるのが偉いと思う。
普通ならやる気を失くしたり、諦めたりするのに真面目に最後までやり通すのが凄い。
小さな頃から何年も稽古をいているとやはり精神力が違うのだろうか。シルヴィオ様の性格が真面目だということを考えても称賛できることだ。
さすがはドラゴンスレイヤー様の息子さんだ。
……ああ、今日もこれからお洗濯をする必要があるようだ。
「くっ! これならどうだ!」
物憂げにそんなことを考えていると、シルヴィオ様が盾を構えてエリノラ様に突撃した。
「シルヴィオバッシュ!?」
「シールドバッシュだよ!」
シルヴィオ様の盾を持った突撃に驚いたエリノラ様だが、冷静に盾の持っている右側へとステップで躱す。
それから流れるようにシルヴィオ様の背中に木剣を打ち下ろす。それを予想していたのか、シルヴィオ様は右腕に持っていた木剣で背中を守るように回す。
先程のキレのない攻撃をしていた人物とは思えないほどの、完璧な防御だ。
やはり、シルヴィオ様は防御に才があると思う。
「い、痛い!?」
シルヴィオ様の背面ガードにより、エリノラ様の攻撃は防げたと思ったが、そうではなかった。
エリノラ様ぼ木剣は背中ではなく、シルヴィオ様の足を打ち付けていたのである。どうやらエリノラ様の最後の一振りはフェイントだったらしい。
遠くで見ていた私も騙されてしまった。
しかし、あの振り方はどこかで見たことがありますね。
「……ふーん、振り分けねぇ。まだまだ違和感はあるし、鋭さもないけど使えそうね。アルの振り方は相手の意識を突くようだったけど、あたしの剣には合わないし、修正しないといけないわね……」
ああ、納得です。……何というか、人の意識の外を突いてくるような卑怯な一撃……巧みな一撃はアルフリート様の剣を真似したものだったのですね。
どうやら、エリノラ様は己の剣を高めるために、他の人の剣のいいところを自分なりに吸収しているようだ。
その貪欲なまでの強さへの渇望が凄いです。
「ほら、シルヴィオ立って! 手加減したんだからそんなに痛くないでしょ? もう一度打ち合うわよ!」
「ええー!? もう少し待ってよ。僕はアルみたいに丈夫じゃないんだから!」
ああ、エリノラ様はどこまで強くなるのだろう。
エリノラ様は、もうすぐ王都での騎士団の稽古に混ざるとも聞いている。
アルフリート様が観光から帰ってくる頃には、どれだけ強くなっているのか想像がつかない。
ただ、アルフリート様が地獄を見ることだけは確かにわかる。
「ああ、アルが早く帰ってこないかな……」
シルヴィオ様の悲痛な呟きが、私の耳にするりと流れ込んできた。
まったくです。アルフリート様には新しいお菓子を日々作っていただかなければなりませんから。
◆ ◆ ◆
「今日はこれくらいにするわ」
太陽が落ちてきて薄暗くなってきた時間。エリノラ様が清々しい声で言い放つ。
「う、うん」
それに対してシルヴィオ様は、疲れ果てたような声を出して返事した。
それはメイドとしてのお仕事も一旦終わりというわけで、私もホッとした。そろそろお腹が空腹を訴えていて悲しいんです……。
メルさんやサーラだけが美味しくお菓子を食べて、バルトロさんに好きなメニューを催促しているかと思うと腹が立ちます。
「ミーナ! 冷たいタオルちょうだい!」
エリノラ様に呼ばれて、私は冷やしタオルや水筒を持って駆け寄る。今日の稽古だけで何度水筒とタオルを取り換えたことやら。
「はい、タオルと水筒です」
「ありがとう、ミーナ」
とか言いつつも、エリノラ様の清々しいまでの笑顔でお礼を言われてはそんなことはどうでもいいかと思う。
やはり、自分のしたことを労ってもらえるというのはいいものだ。
「あー、気持ちいいわねえ」
エリノラ様は冷やしタオルで顔を覆い、火照った顔の熱を冷ましているようだ。私も自分のタオルを冷やしてあれを何度もやった。
汗をかいた時に、冷やしタオルで一気に体を冷ますのはとてつもない爽快感があって止められない。ますます熱くなっていくこの季節。冷やしタオルは重宝できそうだ。
カグラに行く前に作り方を考えてくれたアルフリート様は最高です。ついでに、新しいハンバーグ料理も開発してくれれば文句はないのだが……。
そんなことを思いながら、私は座り込むシルヴィオ様に冷やしタオルと水筒を渡す。
「大丈夫ですかシルヴィオ様?」
「う、うん。大丈夫だよミーナ。ありがとう」
疲労困憊になりながらもお礼の言葉を述べるシルヴィオ様。
ふ、不憫ですね。私やアルフリート様が王都に行っていた時の屋敷の様子は軽く聞いていたが、ここまでとは思わなかった。予想以上にエリノラ様の稽古が厳しい。
普段アルフリート様がどれだけエリノラ様を相手に上手く立ち回っているかがわかりますね。
エリノラ様とシルヴィオ様が汗を拭いて泥を落とした後は、入浴や夕食の時間。
私達メイドにとって忙しい時間になる。
「シルヴィオー! お風呂先に入っていいわよー!」
ダイニングルームから響くエリノラ様の声。
「エリノラ姉さんは先に入らなくていいの?」
「……今日は後でいいわよ。汗なら冷やしタオルで拭いちゃったし」
「……なら、先に入らせてもらうね」
シルヴィオ様は早くお風呂に入りたいのか、少し嬉しそうにダイニングルームを出ていく。
しかし、昼間の稽古の疲れが出ているのかどことなく歩くのが気怠そうだ。
「あっ、シルヴィオ様。お着替えなら私が後で持っていきますよ」
「助かるよ。もう手足がパンパンであんまり動きたくなかったんだ」
思わず提案すると、シルヴィオ様が穏やかな笑みを浮かべる。
あれほど、エリノラ様にしごかれれば当然でしょうね。
「それじゃあ、後でお着替えをお持ちしますね」
シルヴィオ様にお着替えをお持ちするだけで、忙しい食事前の雑事をサボれる。完璧ではないでしょうか。
「あっ、待って!」
シルヴィオ様の着替えを取りに行こうとする私だが、突然呼び止められる。
どうしたのでしょう? シルヴィオ様が遠慮をしたら私が遅れて配膳を手伝わされるので困ります。どこで油を売っていたとメルさんに怒られる気しかしませんし、シルヴィオ様の部屋にあるクッキーが頂けないじゃないですか。
「今日のお風呂って誰が湧かしたの?」
「えーっと、エルナ様とエリノラ様だったかと思います」
そう、お湯の出る魔導具でお湯を張ろうとしたら、嬉々としてエリノラ様がエルナ様を連れてきて魔法でお湯を沸かしてくれたのだ。
何でもエリノラ様の魔法の練習にちょうどいいとのことで。
「……やっぱり」
私の言葉を聞いて、シルヴィオ様が神妙な顔つきで頷く。
その言葉の意味が私にはよくわからず、思わず首を傾げる。
「ありがとうミーナ。とりあえず、服は持ってきてね」
シルヴィオ様そう言うので私は、シルヴィオ様の部屋がある二階へと向かう。
それからシルヴィオ様の部屋から、下着や長袖長ズボンの服を選ぶ。できるだけラフなものを選んであげようと思ったが、シルヴィオ様の服はカッチリとしたものが多かった。
屋敷の中なのでアルフリート様くらい緩い服装をしてもいいと思うのだが……。
そんなことを思いながら、比較的動きやすい服を選んで脱衣所へ向かう。勿論、メイドへのチップとして机の上に置いてある木箱からクッキーを貰うのは忘れない。
甘い甘いクッキーの味に表情を蕩けさせながら、脱衣所へ到着。
「……?」
もうすでにシルヴィオ様は衣服を脱いで体を洗っているのかと思ったが、脱衣所にはシルヴィオ様の服がなかった。
不思議に思いながら奥を覗き込むと。、浴場の扉が全開に開かれていた。シルヴィオ様の姿はどこにもない。
「……あれ? おかしいですね。シルヴィオ様がどこにもいません」
それにしても妙に浴場から漂う熱気が熱い。お風呂で漂う湯気ってこんなに熱いものでしたっけ?
「あっ、ミーナ。浴場には入っちゃダメだよ」
そんなことを思いながら首を傾げていると、脱衣所にシルヴィオ様とバルトロさんが入ってきた。
「ええ? 私は入っちゃダメって……もしかしてシルヴィオ様、バルトロさんと二人で入浴を!?」
爵位の高い貴族の屋敷ではメイドといった使用人に身体を洗わせることはあったりする。しかし、この屋敷ではそういうことはないので、楽だなーっと思っていたのに、そういう仕事があったとは初めて知った。
シルヴィオ様も女性であるメイドではなく、ゴリゴリのバルトロさんに洗わせるだなんて……。
村にいる女性達が大喜びしそうなシチュエーションだ。
「「違うわ(から)!」」
恐る恐る指をさして尋ねると、二人から強い否定が返ってきた。
「そ、そうなのですか?」
「温度を計りにきただけだ」
私がそう言うと、バルトロさんが強く頷く。
シルヴィオ様に視線を向けると、苦笑いをしながら「違うよ」と言った。
どうやら、本当にそういう関係ではないらしい。……きっと。
「ちょっと退いてね」
シルヴィオ様にそう言われて、私は浴場の扉の前から端に移動する。
すると、シルヴィオ様とバルトロさんが服も脱がずに浴場に入っていった。
「……風呂の湯気にしては熱いな」
それからどうするのかと不思議に思っていると、二人は屈んで湯船を覗き込んだ。
「…バルトロ、湯船の底から小さな泡が湧いたり、湯船の壁が泡がぷくぷくしてるんだけど、これって何度くらい?」
「そうですね。料理と同じだとすると大体八十度くらいかと。普通のお湯の二倍くらいの熱さですね」
……これって人間が入るお風呂ですよね? どうして八十度にまで上がっているんですか?
エリノラ様は魔法の加減が苦手だと知っていましたが、予想以上でしたね。
バルトロさんを招いたのは、温度にある程度の知識があったからだろう。納得だ。
ちなみに、バルトロさんが敬語だとちょっと気持ち悪いです。
「まあ、水を足しながら様子を見るしかないでしょう」
「きちんと確認しておいて良かったよ」
「シルヴィオー? 湯加減はどう?」
神妙な顔つきで二人が頷き合っていると、エリノラ様が間延びした声を出しながら脱衣所にやってきた。
「エリノラ姉さん、最悪だよ」
「何よ? 温いってこと? 何だまだ入ってないじゃないの」
ため息を吐きながら答えるシルヴィオ様を見て、エリノラ様が眉をしかめる。
「逆だよ逆! このまま入ったら火傷するよ!」
「そうなの? 今回は大丈夫と思ったんだけど」
「それなら、自分で入って確かめてよ!」
まったくもってその通りだと思うが、自分でも何となく怖いのだろう。
言い争いをする二人をしり目に、バルトロさんと私はしみじみと呟く。
「……坊主がいれば、パパッと風呂も用意できるんだけどな」
「……本当ですね。当分は、魔導具でお湯を入れた方がよさそうですね」
アルフリート様は一家に一人は欲しい万能さですから。
二巻の短編と同じようにメイド視点でした。
アルフリートがいない屋敷での日常ですね。
エルナやノルドも書きたいですが、次回から本編に戻ろうかと思います。
私はもう漫画原稿を見ましたよ。アルは前世の顔でも目が死んでいるようです。