閑話 冷やしタオル
スローライフ二巻が好調で発売してすぐに重版が決まりました。そして一巻も重版です。
読者の皆様、ありがとうございます!
今回はアルがカグラへ旅立った初日のお話です。メイドのサーラ視点となります。
「……あの子、大丈夫かしら? 旅先で変なこととかしないかしら?」
「……トリエラ商会の人もいるし大丈夫だと思いたいよ」
アルフリート様がトリエラ商会の方達と共に旅に出るのを見送ると、エルナ様とノルド様が心配そうな顔つきで屋敷へと戻っていく。
「メルさん! カグラってどんなお菓子があると思いますか?」
「私に言われても知らないわよ。バルトロさんなら知っているんじゃないの?」
「俺もあまり詳しくは知らねえが、団子とかいうモチモチとした甘いやつがあるみたいだぜ」
「団子! お土産が楽しみです」
ミーナ、メルさん、バルトロさんがカグラのお土産について楽しそうに話している。今、見送ったばかりだというのに、もうお土産の話とは早すぎると思う。少なくとも、帰ってくるのは一か月半以上先なのに。
しかし、何故だろう? 甘くてモチモチするという団子は私の琴線に響く。味を想像するだけで唾が出てきそうだ。
「エリノラ姉さん、どうしたの?」
口の端から僅かに漏れる涎をこっそりと拭っていると、シルヴィオ様が恐る恐る声をかける。
シルヴィオ様の視線の先に目を向けると、そこには腕を組みながら遠くにある馬車を睨みつけているエリノラ様がいる。
その切れ長の赤い瞳は不機嫌そうに細まっており、アルフリート様がカグラに行くのが気に入らないというような雰囲気を出していた。
カグラは片道だけで二週間はかかる遠い異国の地。出発しては最低でも一か月半は会えないだろう。帰ってくる頃には六月半ばだろうか。
ちょうどその頃には、エリノラ様も王都にある騎士団との合同訓練をしに行く用事があるのでアルフリート様とはすれ違いだ。
エリノラ様が帰ってくる予定は八月。つまり、三ヵ月以上はアルフリート様と会えないことになる。
いつも可愛がっている弟と会えないのは、エリノラ様といえ寂しいのだろう。
可愛がられているアルフリート様は、カグラに行くのに夢中でそんなことに気付いていないようだ。きっと気付いていたら喜びの声を上げて、エリノラ様に叩かれているはずだから。
「……何でもないわ」
馬車が視界から見えなくなると、エリノラ様が寂しそうに呟く。
その表情は先程よりも随分と柔らかいものに見え、寂しさと怒りの気持ちを落ち着けたように思える。
「そっか、じゃあ屋敷に戻ろう」
「戻らないわ。このまま稽古に行くわよ」
シルヴィオ様がホッとした表情をして屋敷に戻ろうとするが、エリノラ様に笑顔で腕を掴まれた。
「ええ!? 稽古までまだ時間があるよ?」
「まだって、もう一時間しかないじゃないの。そんなの誤差よ。誤差」
どうやらエリノラ様は、行き所のない感情を稽古で発散するらしい。シルヴィオ様は相手の攻撃を盾で防ぐのがとても上手いので、いい発散相手になるのだろうな。
これは、アルフリート様が王都に行った際にも起こっていたことだ。
「誤差だなんて、アルみたいな言い訳をして――いたたたい!? わかった! 行くから! 手の力を抜いて!」
シルヴィオ様もこうなるのがわかっていたというのに、律儀に付き合ってあげるとは人がいい。いや、早めに発散させないと後が酷いとわかっているのだろうな。
ぐいぐいと楽しそうにシルヴィオ様を中庭へ引っ張っていくエリノラ様と、げんなりとしながらも付いていくシルヴィオ様。
「サーラ! 私達は準備運動するから、いつもの稽古道具持ってきてー!」
「わかりました」
私はエリノラ様の元気な声に返事をして、稽古道具を取りに屋敷へ戻った。
◆ ◆ ◆
「はい、今日の稽古は終わり」
ノルド様のその一言を聞いて、シルヴィオ様がホッとしたように息を吐いて座り込む。
気温が上がり暖かくなってきたせいか、シルヴィオ様の額には多くの汗をかいていた。だが、その半分は鬼気迫るエリノラ様の攻撃を防ぐ際に出た冷や汗だと思う。
庭の端で待機していた私は、シルヴィオ様に駆け寄ってタオルを渡す。
「あ、ありがとう。サーラ」
息を荒くしながらも、健気に礼を言うシルヴィオ様。
スロウレット家の皆さんは、貴族であるというのに平民であるメイドにまで丁寧にお礼を言ってくれる。
人の役に立つ仕事をするのが大好きな私達からすれば、それはもう嬉しいことだ。
「いえ、レモン水もあるのでゆっくり飲んでください」
微笑を浮かべながら水筒を差し出すと、シルヴィオ様がゆっくりとレモン水をあおる。
「ええ? まだ時間があるわよ?」
終わりの一言を聞いたエリノラ様が、額を流れる汗を拭いながら不満そうに言う。
その一言を聞いて、シルヴィオ様の方が震えた。
「今日は早めに始めたからね。それにエリノラは午後からも自警団の稽古があるだろう?」
「あたしはまだいけるわよ?」
どうやら普段のメニューとシルヴィオ様の相手だけでは物足りなかったらしい。
いつもならばアルフリート様が、エリノラ様の攻撃を避けに避けまくって体力を消費させるが今日はいないから。
エリノラ様も年齢が上がって十三歳。体力が有り余る時期なのだろう。
体が成長したお陰か最近は体への負担が小さくなっているようだ。
「わかった。なら、残りの時間は僕と打ち合い稽古をしよう。シルヴィオは休憩していなさい」
そう言ってノルド様が、地面に突き刺していた木剣を持ち上げる。
エリノラ様はノルド様が相手してくれるということになり、嬉しそうに剣を構える。
これから激しい打ち合いが始まることはわかっているので、私とシルヴィオ様は急いで端へと移動する。
中庭には悠々とした様子で木剣を構えるノルド様と、真剣な顔つきのエリノラ様が向かい合う。穏やかな春の気候には似合わない、ピリピリとした空気が漂う。
「あら、二人共またやるのね?」
これから起きる激しい打ち合いを予想していると、いつの間にかエルナ様が隣にいた。アルフリート様やエルナ様はたまにこうして現れるので心臓に悪い時がある。
「……いつでも来なさい」
「はあああっ!」
ノルド様がそう言うと、エリノラ様が気合の入った声を上げて接近した。短い間合いを二歩、三歩で詰めて上から腕を振り下ろす。
それに対してノルド様は、最初から軌道がわかっているかのように木剣を合わせた。
エリノラ様はそこから鍔迫り合いに持ち込むことなく、素早く木剣を引いて、続けて斜めの振り下ろし、ステップを入れての横薙ぎと続けて嵐のような連撃を重ねていく。
私に見えたのは最初の三つまでで、それ以降は目にも止まらぬ速さで木剣がぶつかり合う様しか見えなかった。
ガンッ、ガガガッという音が鳴り響き、エリノラ様とノルド様の位置がくるりくるりと入れ替わる。
まるでダンスや剣舞でもしているかのように流れるような動きであり、美しい。
「あー、エリノラったらまだまだダメね」
私が剣舞に見惚れていると、エルナ様が苦笑いをしながら呟いた。
私やシルヴィオ様は、エリノラ様の何が悪いのかが分からず首を傾げてしまう。
「スピードや鋭さがあるのはいいけど、それだけじゃノルドを崩せないわ」
そんな私達の様子を察したのか、エルナ様がにっこりと笑いながら言う。
エルナ様は魔法使いではあるが、昔は冒険者だったこともあったせいか戦闘技術は相当なものらしい。剣士と戦ったこともあるので、剣士でなくてもダメなところが分かるのだろう。あのドラゴンスレイヤーであるノルド様とパーティーを組んでいたようだし。
私や他のメイドからすれば、エルナ様が冒険者だというのに疑問を強く感じるが……。
「ぐっ!」
そんなことを思っていると、中庭で打ち合っているエリノラ様が何度も転がされるようになってきた。転がされたエリノラ様はすぐさま立ち上がり、再びノルド様目がけて突撃していく。
それに対してノルド様は、剣を合わせて防御すると見せかけてから体をずらし、足をすっと伸ばした。
「うえっ!?」
エリノラ様はそれを予想していなかったのか、伸ばされた足に引っ掛かり前のめりに倒れる。そこへ、すかさずノルド様は木剣でエリノラ様の後頭部をコツリと叩く。
「いったーい!?」
「はい、終了」
エリノラ様が頭を押さえて蹲る中、ノルド様が穏やかな声で告げる。
いつも通りの光景にエルナ様はコロコロと笑い、シルヴィオ様は苦笑いを浮かべる。
ただ軽く小突いているようにしか見えないが、あれは結構痛いらしい。アルフリート様がこの間真剣な表情で言っていた。
半信半疑ではあるが、エリノラ様でさえも、ああやって声を上げるのだから痛いのだろう。それなのにタンコブはできないのが、いつも不思議だ。
「エリノラはまだまだ相手との駆け引きが足りない。もっと目線にも気を配って、同じフォームから攻撃を振りわけないと。熱くなると単純な速さで攻め切ろうとするのも悪い癖だよ」
「……はい」
頭を押さえながら返事をするエリノラ様。
その間に私は冷やしタオルを用意すべく、一度食糧庫へ戻る。
エリノラ様は稽古が終わった後に、冷やしタオルで体を拭くのを気に入っているので、氷の魔導具で事前に冷やしておいたのだ。
氷の魔導具から冷えたタオルを取り出して、中庭へ戻るとノルド様とエリノラ様の反省会はまだ続いていた。
「こういう駆け引きはアルが一番得意だから、アルが打ち合う様子を思い出しながら盗んでみるといいよ。アルは、同じフォームから剣を振り分けたり、目線とは違う方向に剣を振るのが上手いから。この間なんて、容赦なく脛や股を狙ってきて焦ったよ」
「……確かに、アルは汚い事をさせるとピカイチだものね」
そして、ようやく区切りがついたのかエリノラ様が晴々した様子でこちらに戻って来る。
「サーラ! タオルちょうだい!」
「はい、どうぞ」
駆け寄ってきたエリノラ様にタオルを渡すと、エリノラ様が驚いたように目を丸くする。
「……あれ? これ冷たい」
「冷たくない方が良かったですか?」
普通のタオルで汗を拭いたかったのだろうか。私が普通のタオルを取り出して取り替えようとすると、エリノラ様がふるふると顔を横に振る。
「いや、そうじゃないの。冷たいタオルはアルの魔法じゃないと凍ったりするんじゃなかったの?」
ああ、そういう意味で。
アルフリート様が魔法で作る冷やしタオルは絶妙な冷やし具合で、凄く丁度いいのだ。
それを屋敷にある氷の魔導具で再現しようにも、冷気が強くて凍ってしまい板のようになったりと中々に調節が難しいのだ。だから、冷やしタオルはアルフリート様がいないと作れなかったのだ。
「確かに、そうでしたが、今回はアルフリート様と私達が魔導具でもできるように試行錯誤したのでできるようになりました。アルフリート様曰く、暑くなってくるこの時期に、冷やしタオルが作れないとエリノラ姉さんが怒るとのことです」
アルフリート様の考えにより、どの辺りに置いて、どれくらい送る魔力を減らせばいいかと、他にある食材に気を使いながらずっと実験していたのである。
「ああ、そう言えば昨日とかずっと食糧庫にいたわよね。そんなにカグラに持っていく食料に悩んでいるのかと思っていたけれど、そんなものを作っていたのね」
私の言葉を聞いたエルナ様が納得というように言葉を漏らす。
「そ、そうなんだ」
私とエルナ様の言葉を聞いたエリノラ様が、そう呟いて冷やしタオルに顔をうずめる。
「……はあー、気持ちいい」
そう言いながら表情を緩めるにしては随分と嬉しそうに笑っている。
その笑顔が冷やしタオルによる心地よさ以外にもあることは言うまでもないだろう。
コミカライズが3月23日、宝島社の『このマンガがすごい!Web』にて公開されます。明後日です。
興味のある方は、ぜひ読んでみてくださいね。
3月25日にはMFブックスから『俺、動物や魔物と話せるんです』の二巻も発売するのでよろしくです。




