枕投げ
『『『会長くたばれっ!』』』
トリーの開始の声と共に寝室内を震わせる怒号が響き渡る。
そして、軽く三十は超えるであろう真っ白な枕がトリーの下へ襲いかかる。
一斉に飛んできた枕を前にトリーは、素早く布団に籠ることでやり過ごしたようだ。
枕の殆どがお互いにぶつかるか、布団に当たって床に落ちる。
『ちっ! 隠れるのが速い奴だ』
最初の一撃で沈められなかったせいか、そこかしこから舌打ちが聞こえてくる。
職場の上司にこき使われて鬱憤が溜まっているのだろうな。前世で俺もこき使われていたのでその気持ちはわかる。
「「アルフリート様くたばれ!」」
一瞬の間にそんなことを考えていると、左右にいるアーバインとモルトから同時に枕を投げつけられた。
それを既に読んでいた俺は、前転してそれを躱す。
床一面に布団が敷かれているお陰か、飛び込むのも躊躇せずにできるな。
まあ、エリノラ姉さんとの打ち合い稽古では必須のスキルだから、布団がなくても受け身くらい余裕だけどね。できないとやられるし。
「くそっ! すばしっこい奴め!」
「さては護衛である俺達を信用していないな?」
今の攻撃をしておいて、よくそんな白々しい言葉を吐けるものだ。
「こういう状況で二人が信用できるわけないよ。どうせさっき足が痺れた時の仕返しでしょ?」
「わかっているなら、覚悟はできているだろうな?」
「さっきの恨みを返させてもらうぜ? そらっ!」
アーバインとモルトが投げた枕を回収し、枕を投げつけてくる。
俺はそれをステップで躱そうとしたのだが、横から流れ枕が飛んできたので中断――サイキックを発動して微妙に逸らして、二人から投げつけられた枕とぶつけて相殺してやる。
「ちっ! 流れ枕に救われたな! 運のいい奴だ」
「枕はまだあるし次は当ててやるぜ」
本当に微量な魔力でしたせいか、二人は魔法によるものだと気付いていないようだ。これくらいなら、誤魔化しながら逃げきれるか?
『会長はどこに隠れた!?』
『わからねえ。最初に布団に潜った時から一度も顔を出してないぞ』
『膨らんでいる布団を徹底的に探してタコ殴りだ!』
そんな物騒な声が聞こえ、俺のすぐ真横をひっきりなし枕が飛び交う。
こんな八十以上の枕が飛び交う戦場で魔法を使わずに子供が生き残れるわけがないので、どんどん魔法を使おうと思う。
「へへへ、いいのか? 中央に向かうと流れ枕が飛んできて当たるぜ?」
「ああ、危ないからこっちにおいで。俺達の傍に寄れば安全だぞ?」
悪人面の笑みを浮かべながら近付いてくる二人。
今度は枕を外さないように、至近距離から当てるつもりなのだろう。
かといって後退すれば、激しく飛び交う枕や走り回る大人に蹴飛ばされてしまう。相当危険だ。
ここはサイキックで枕をかき集めて迎撃するか。そう考えた瞬間、二人の足が踏みしめる布団に気が付いた。
……何も枕を投げるだけが枕投げではないな。
「食らえ!」
そう思った俺は、拾った枕と手に持った枕をアーバインとモルトにそれぞれ投げつける。
「はは、子供が投げる枕なんて怖くねえ!」
「これで枕はなくなったぞ!」
高笑いしながら俺の枕を叩き落とすアーバインとモルト。
ズンズンと相手が近寄ってくる中、俺はサイキックで二人が踏みしめる布団を一気に引っこ抜いた。
「どわはっ!?」
「うわぁっ!?」
足場である布団がするりと抜けることによって、二人がひっくり返って床に体を打ち付ける。
アーバインはまた足を天井に向けて、ひっくり返った虫のようになっていた。キモい。
「ははは! 二人ともざまあ!」
ひっくり返った二人を指さして俺は哄笑を上げる。
足元を疎かにするからそんな目に遭うんだ。
「ちくしょう! 魔法を使いやがったな!」
「卑怯な!」
腰を強かに打ち付けた二人がピーチクパーチク喚いているが気にしない。
「トリーは魔法を使っちゃダメとか言わなかったしね。戦場では柔軟な発想ができる者が生き残るんだよ!」
「この野郎っ! ぐぼはっ!?」
表情を怒りに染めたアーバインが立ち上がろうとしたが、横から飛来した枕によって撃沈する。
「アーバイン!?」
『おい、ここに座っている奴がいるぞ! ぶん殴れ!』
『おうよ!』
アーバインを心配するモルトが、商会の従業員によって取り囲まれた。そして、あっという間に枕で袋叩きにされる。
枕も布団も構えずに座っていれば狙われるよな。
ボスボスと枕が体に打ち付けられる音が響く。
「ちょっ、おい! いてえっ!? 今枕なしで殴ったろ!?」
『布団と枕被せたらセーフだ!』
ああは、なりたくないな。
心底そう思いながら、取り囲まれるモルトからこっそりと離れる。
布団を被って小さな体をすっぽりと覆い隠し、踏まれたり蹴られないように注意しながら端っこの方へと移動する。
その間に枕が五回飛んできたが、サイキックで微妙に逸らすことで回避した。
これが実際の戦争なら流れ弾で五回は死んでいるということなのか。恐ろしい。
「だあーはっはっは! それそれ!」
中央付近ではルンバが楽しそうな声を上げて、枕をドンドンと投げつけている。
『どわっ!?』
『うぼっ!?』
ルンバの剛腕から投げられる枕が、次々と商会メンバーに直撃して布団の上を転がる。
どう見ても枕が当たっただけには見えない威力だ。間近で食らえば一発でノックダウンだな。
『くそっ! ルンバを止めろ!』
『こっちは数で攻めるんだ!』
商会のメンバーが徒党を組んでルンバへと枕を投げつける。
「ガハハハハハ! 効かん効かーん!」
だが、ルンバはビクともしていないようで顔面や体に枕を受けながら、枕を相手に投げ返していた。ルンバが腕を振る度に一人二人と人が倒れていく。
あれに勝てるイメージが湧かないな。
『重兵部隊! 密集形態! 前に出て盾を構えろ!』
『『はっ!』』
背筋がピシっとするような声が響き、男達が布団を構えて密集する。
「……枕投げで陣形なんて普通とるか?」
しかも、商人の癖にやたらと練度が高く、無駄なく動いていたし。
「……ギュンターさんは、元王国騎士の部隊長っすからね」
俺がそんなことを呟くと、特徴的な声をした奴が足元の布団から顔を出した。
「ここに会――」
「皆にチクるのはなしっすよ!?」
俺が指を指して大声を上げようとしたところで、トリーに口元を押さえられた。
今まで屋敷のメイドに散々チクりを入れた癖に、自分の立場になると命乞いとは神経が図太いな。
とりあえず、ここは何も言わずにいておいて後でチクるか。
俺が無言で顔を縦に振ると、トリーがホッとした表情になって手を離す。
「おっ? 何か盾を持った奴が前に出てきたな。……ぶち壊すか」
不敵な笑みを浮かべるルンバを見て、盾を掲げる者がびくりと反応する。
『怯むな! 重兵部隊を信じて我々は構えろ!』
『『はっ!』』
元王国騎士部隊長のギュンターとやらが号令を上げ、後衛にいる者達が一斉に枕を構える。
『枕投擲!』
部隊長の声と共に後衛から枕が投げつけられる。それらは枕の威力を増すためか、ひとつひとつの枕には回転が加わっていた。無様な回転をする枕など一つもない。
「うおっ!?」
無数の枕が一斉にルンバに襲いかかり、ルンバの姿が枕に埋もれて見えなくなる。
それでも商人達は投擲を止めなかった。
ルンバに向けて枕を投げ続ける。
あんな怪物が相手なんだ。やり過ぎかな? と思うくらいで十分だと思う。
やがて確保していた枕が尽きたのか、商人達の投擲が終わる。
『……ハア、ハア、やったか?』
息を切らせながらそんな死亡フラグを呟く部隊長。視線の先にはこんもりと積み上がった白い枕だけが見える。
ダメだって、そんな台詞を言ったら!
『ぐぼはぁっ!?』
俺が心の中で嘆いた瞬間、盾を構えていた一人の男が吹き飛んだ。
『タイタス!?』
皆がぎょっとして振り向く中、盾を構えた者達が一人二人と飛んでいく。
その枕が飛んでくる方向を見れば、枕の山から姿を現すルンバの姿があった。
「はっはー、さっきのちょっと効いたぜ。枕に回転をかけて威力を上げているのか。……よっと!」
そう言ってルンバは、枕を無造作に掴んで枕を投げつける。
『ひっ!?』
それは先程とは比べ物にならない回転とスピードを兼ね備えており、慌てて盾を掲げた者を盾ごと吹き飛ばした。
『ば、バカな! 盾が通じないだと?』
『ひいいっ!』
『狼狽えるな! 盾を二枚重ねにするんだ! 敷布団を使え!』
なるごど、布団を二枚重ねれば相当な厚みが出るな。それならかろうじてルンバの攻撃に耐えられるかもしれない。その分機動力が落ちて、接近されてぶん殴られたら終わりだけれど。
『ギュンター隊長! 枕がもうありません!?』
『……何だと!?』
さっきルンバに向けて一斉に投擲したからな。今や大量の枕はルンバの足元にあるわけだ。
これが枕投げの恐ろしいところだ。自分の枕を不用意に投げると相手に奪われて手痛い反撃を食らってしまう。
本来なら、先程の一斉攻撃で仕留められなければいけなかったのだ。
「へへへ、今度はこっちが投げ返す番だな」
このままではさっきのような剛速球が、後四十発は飛んでくるだろうな。ずっとルンバのターンだ。
商人達もそれがわかっているのか怯えた表情になる。
そんな中、ルンバの足下にある枕に目を付けたのか男性が後ろからこっそりと手を伸ばす。
『ぐぎゅっ!』
が、ルンバの手首のスナップを聞かせた投擲により、カエルのように押し潰された。
どこからかゴクリと生唾を飲む音が聞こえてくる。
あれでは枕を拾いに行けとは言えないだろうな……。
大人数で枕叩きを挑もうにも、それは愚の骨頂だ。大柄なギュンターでもルンバの怪力には適うまい。
皆が怯えて盾を構える中、廊下から慌ただしい足音がした。
「女将が来たぞ! 寝たふりをしろ!」
扉を開けて駆け込んでくる一人の男。どうやら彼が見張り番らしい。
「助かった!」
「寝たフリをしろ。枕は散らせ」
「チッ、ここからがいいところなのによぉ」
皆が喜びの声を上げながら即座に布団へと入る。
なんて鮮やかな動きなのだろうか。もたつく者が誰もいない。
そして、ルンバが舌打ちをしながら枕を辺りに放り投げる。その枕を商会のメンバーがそれぞれキャッチ、もしくは近くの者にパスをして頭の下に敷く。
大量の枕が一か所に集まっていたら怪しいからな。仕方がないことだ。
俺とトリーは元から端っこに伏せていたので、慌てることなく眠っている風を装う。寝たフリは得意なつもりなのだが、エリノラ姉さんにいつも看破されるせいかちょっと自信がないな。大丈夫だろうか?
そんなことを考えながら寝ていると、やがて大寝室からは衣擦れの音一つしなくなった。
誰かが照明の魔導具を切ったのか室内が真っ暗になる。先程の喧騒が嘘のようである。
それから薄目となってしばらく待つと、廊下の方から微かに足音が聞こえてきた。
この楚々とした足音は女将に違いない。
見つかってはいけないという緊張感が俺の鼓動を早くする。何だかちょっと楽しい。
そして、大寝室の入り口がゆっくりと開き、胡乱げな表情をした女将の顔がひょっこりと出てきた。
「……あれ? 静かに寝ていますね? さっきは凄い音が聞こえてきましたのに」
まあ、あれだけ男が走り回ったり、転げまわったりしたら下の階にも響きますよね。
女将は小首を傾げながら寝室の中を見渡す。
寝室にいる男達はイビキをかいたり、寝返りをうったりと実にそれらしいフリをしている。多少の布団の乱れや不自然な数の布団が目につくが、広々と部屋を使うために余分に引き出したのだと考えられないでもない。
「……ひっ! アーバインさん!?」
入り口にいる女将から短い悲鳴が聞こえる。
どうやら入り口近くで倒れているアーバインを始めとする戦死者に気付いたようだ。
「……寝ているのかしら?」
彼らは枕投げによって気絶状態になっている者だ。寝たフリというか気絶だから女将でも見抜けまい。
「…………気のせいかしら?」
女将はそう言い残して静かに寝室から出ていく。
それから足音が遠ざかり、聞こえなくなると意識のある者達がむくりと上体を起こした。
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