気になる二人の関係
乾杯の一杯で温かい緑茶を飲む。緑茶独特の渋さと香りが口内に一気に広がった。
そして思わずホッと息を吐く。
あー、普段飲んでいる紅茶もいいけど緑茶も悪くないな。せんべいとか和菓子が欲しくなるな。
勿論、これもお土産として買って帰るけど、エルナ母さんやノルド父さんは茶葉にうるさいからしっかりと淹れ方を教わらないと怒られそうだな。後で女将に頼んで美味しい緑茶の淹れ方を教えてもらおう。食後の一杯のレパートリーが増えたな。
さあ、喉も潤したしご飯を食べよう。
そっと緑茶のコップを置いた俺はフォークかスプーンを取ろうとして、ふと気が付く。
目の前に箸が置かれていることに。
おお、箸だ。屋敷にも手作りした箸はあるけどあんまり使っていないんだよね。スプーンやフォークの方が食べやすい料理も多いし、一人だけ急に箸を使い出すのも変だと思ったから。焼き魚とかざるそばでも出ない限り使わないと思う。
「何かしら? この二本の棒は?」
「フォークとスプーンの隣にありますし食器の一種だと思いますけど……どうやって使うんでしょう?」
目の前のアリューシャとイリヤは箸が見慣れなかったのか、箸の片方だけを持ってみたりしている。
「ナイフとフォークみたいに対にして使うものかしら?」
アリューシャが訝しげな表情をしつつ、ナイフとフォークのように箸を一本ずつ持つ。
「ああ、そういうタイプかもしれませんね」
わざとやっているんじゃないと思うし、笑ったら可哀想だとは思うけど面白いです。
俺は目の前で笑いを堪えながら二人を観察する。
「でも、これでどうやって食べるのかしら? 刺すのかしら?」
「ええ? それは少しはしたなくありませんか?」
「じゃあ、どうやって食べるのよ?」
「「…………」」
アリューシャとイリヤが顔を見合わせて難しそうな表情をする。
「何だこれ? 串か?」
奥にいるアーバインとモルトはエールを入れた杯を空にした後、ようやく箸に気付いたようだ。
ルンバとモルトは気にせずにスプーンやフォークを使って食べていた。わからないものは使わないのか、視界に入っていただけなのかはわからないが。
箸の使い方がわからない三人は不安そうにしながら、正面にいる俺達を見回す。
俺はそれに敢えて気付かないようにして、再び緑茶を傾けた。
この状況を一番に楽しんでいるのは、俺の隣にいるトリーである。
いつもは人のいい笑みを浮かべているトリーは、先程から意地の悪い笑みを浮かべて肩を震わせているのだから。
「……もう、いいのではないですか?」
「そうっすね! 十分楽しめたっすから」
ルンバの隣に座る秘書さんの声に、トリーが楽しそうに答えた。
「なっ! トリエラさん、さては私達の反応を見て楽しんでいましたね?」
「意地悪です!」
「いやー、皆がどんな反応をするか気になったっすから。すいませんっす」
アリューシャとイリヤがジトッとした視線を送るが、トリーは気にした様子もなく笑う。
お陰で俺も楽しめたので文句はありません。
「で、これどうやって使うんだ?」
大して恥をかいていないアーバインが純粋な好奇心で尋ねる。一方、散々試行錯誤したアリューシャとイリヤは苦い表情をしていた。正解を聞くことで自分達の恥がわかってしまうからだろう。
「これは箸というやつで、こうやって片手で持って挟んで使うんっすよ」
「「キモっ!」」
「酷くないっすか!?」
アーバインに尋ねられて見本を示したトリーに、アーバインとアリューシャから率直な意見が飛び出た。
日本人であり幾度となく箸を使ってきた俺は違和感なく見られるが、初めて見る人からしたらそうなのかもしれない。日本人は器用だとよく外国人に驚かれているし。
……確かに箸をあのように操る俺達は奇怪だな。
「ほらほら、キモくないっすよ?」
「止めてくれ! 何か虫みたいだ!」
箸を開閉しながら突き出すトリーだが、アーバインは気味の悪いものを見るような後退った。まあ、そんな風に開閉しながら突き出されたらそう思うのも無理はない。
「トリエラさん、キモ……器用ですね?」
「その言い方は余計に傷つくっす!」
アリューシャの物言いにトリーががっくりと崩れた。
「カグラ人は皆これで食べてるんっすからね?」
「……本当ですか? 嘘を教えて私達をからかうつもりじゃ?」
一度からかわれたせいか、イリヤが疑心暗鬼になっている。
「本当ですよ? よろしければ私が箸の使い方をお教えしますよ」
「あっ、お願いします」
変な誤解をされて欲しくなかったのか、カグラ人である女将がアリューシャとイリヤに手ほどきをしはじめた。
「本当にこうやって挟むのね」
「トリエラさんの嘘じゃなかったんですね」
アリューシャとイリヤは女将に手を添えられながら、ぎこちなく箸を動かす。
それを目ざとく目にしたモルトはスプーンでご飯をかき込むのを止めて、箸に目を付けた。
それからアーバインと顔を見合わせて頷く。
「「女将さん、俺達にも箸の手ほどきをお願いします」」
二人は女将に箸の使い方を教えてもらうという大義名分を得て、手を握ってもらうという作戦だろう。これは中々悪くはない作戦だ。
箸の扱いを教わるには、自然と手と手が触れてしまうものだからな。
「はい、いいですよ。では、三之助さん、彼らにお箸の使い方を教えて差し上げて。私はアリューシャさんとイリヤさんにお教えしますから」
「「三之助違う! チェンジだ!」」
しかし、彼らの作戦は虚しく破れ、従業員用の服を着た青年男性三之助がやってくることとなった。美人である女将から仏頂面をした三之助にチェンジしたことで二人の表情が絶望に変わる。
そりゃそうだ。女将は今はアリューシャとイリヤの相手で忙しいしな。
「……では、お教えしますね」
アーバインの隣に寄った三之助が箸を使って見本を見せる。それに対してアーバインとモルトは見本を見ずに、三之助の耳元で囁いた。
「三之助! 俺達は分かり合えるはずだ! 女将と交代しろ。そうすればお前は箸の扱い方を教えるという大義名分を得て女性の手を握れるんだぞ?」
「そうだぞ三之助。交代すれば俺達はお互いに幸せになれるんだぞ?」
三之助と連呼しながら馴れ馴れしく肩を組み始める二人。
それを聞いた三之助は益々声を不機嫌そうなものにし。
「……女将は私の妻ですが何か?」
「「……何でもありません」」
アーバインとモルトはその一言を聞いてすっかり大人しくなり、三之助に懇切丁寧に箸の使い方を教えてもらうことになった。
「……こうまずはペンを持つように握って――」
「あの、三之助さん? 指が手にめり込んでますよ? 痛いです!? すいませんでした!」
夫である三之助の攻撃を受けて苦しむアーバイン。
俺はそれを楽しむように見ながら、温かい味噌汁をすする。
はあー、味噌の味が口に中に広がる。
ああ、醤油に次ぐ懐かしい味わい。少しの出汁と味噌を溶かして野菜を入れるだけでこんなに美味しくなるだなんて不思議だよねえ。
「あー……、美味しい」
ほっと息を吐いた俺はご飯が恋しくなって箸を手に取る。
「おっ、アルフリート様は使えるっすか?」
「うん、女将と三之助さんが教えるところを見ていたからね」
そんな適当に理由をつけて俺は箸でご飯を食べる。
おっ! やっぱり現地で食べるご飯は違うな。屋敷やマイホームで作ったご飯よりも断然美味しいな。ご飯の粒も際立っているし、いつもよりも甘い。お米そのものの味を強く感じられるな。
やはり炊き方の違いか? 俺は前世でよく使っていたお米を参考にして微調整をしただけなので、やはりカグラのお米を最大限に生かしきれていなかったのだろう。これは何としてでも聞いておかなければ。後は釜戸とかに違いがあるのかもな。
俺がそんな事を考えながら、ご飯と味噌汁を味わっているとトリーから悔しそうな声が上がる。
「……そんな、俺よりも扱いが上手いっすよ。驚かそうと思って練習したっすのに……」
道理でやたらと楽しそうにはしゃいでいたわけだ。
悔しがるトリーの背中に秘書さんの手が優しく乗せられる。
顔を上げるトリーに微笑を向けながら。
「あれだけ魔法を器用に操る方ですよ? 会長と比べるのが間違いです」
「……ちゃんと慰めてほしいっす」
ちょっと気になるんだけど、トリーと秘書さんの関係って一体どうなの?
MFブックスから発売の『俺、動物や魔物と話せるんです』二巻は3月25日発売です。よければ、よろしくお願いします! 六万文字以上の書き下ろしです。