風呂上がりの一杯
『転生して田舎でスローライフをおくりたい~村の収穫祭』本日発売! よろしくお願いします!
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「はー、ほっこりしたー」
露天風呂などを堪能した俺達はカグラ服へと着替え、旅館のロビーにあるソファーにて寛いでいた。
解放感あってのびのびとできるお風呂は最高であり、旅の疲れを一気にほぐしてくれたようだ。何となく気怠かった体が今では軽く感じられる。
火照った体から熱が逃げていく感覚が心地よい。通気性が良い浴衣だから感じられることだろうな。
ちなみに今着ているカグラ服は、よく旅館などで着るようなリラックスウェアの浴衣である。
柄の入った灰色の浴衣に、渋い紺色の羽織という一般的なものだ。
トリーと旅館の従業員の方に教わりながら着たものだ。
まあ、男性用の浴衣なので着るのはそれほど難しいものではないな。前世でも経験はあったし、もう一人でも着られる。
まさか異世界でも浴衣を着るとは思わなかったな。けれど、浴衣は楽なのでいいと思う。コリアット村へ帰る時のお土産にぴったりだ。これならエルナ母さんも楽で喜ぶだろうし、黒髪美人であるサーラとか絶対に似合うとのでいいと思うな。
お風呂のお湯の効果かはわからないが、心なしかいつもよりも肌がモチッとしているような気がする。美肌効果のあるお湯なのかもしれない。
「はー、いいお湯だったなー」
「そうだなー」
同じくソファーに腰を預けるアーバインやモルトも気持ちよさそうな声を上げている。
少しのぼせているせいか二人の頬がほんのりと赤いが、それはのぼせているのではなく酒が入っているせいだと思われる。
あいつらってば、調子に乗ってカグラ酒をお代わりしていたからな。
すきっ腹のところにカグラ酒を飲めば、アルコールが回るのも当然だろう。
べ、別に、羨ましくなんかないからな。
お酒だけが全てじゃないし、何だかんだ七歳児が飲むには体に悪いからな。悔しいけど。
「やっぱり、風呂上りには冷たい飲み物が欲しいな」
やたらと浴衣姿が堂に入っているルンバが呟く。
野性味のある顔つきと、がっしりとした体格のせいか似合い過ぎだと思う。何というか時代劇にいるような飄々とした流浪侍とか、裏町を仕切る若頭という感じがピッタリだ。
思わず兄貴とか呼んでしまいそうだ。
それはともかく、風呂上りに冷たい飲み物を飲むのは賛成だ。風呂上がりの渇いた喉を潤す一杯は最高だからな。
「ああ、あるっすよ。女将か従業員の方に言えば持ってきてくれるっすから、呼んでくるっす」
そう言うと、トリーがパタパタと従業員の下へと行く。
すると、従業員が奥へと引っ込み、数分後には大きな籠を持った女将がやってきた。
どうやら俺達の担当は女将らしい。まあ、トリーは幅の利く商人だし、俺は貴族だからな。
それなりに気を遣うことが多いだろうし。
「冷たいお飲み物をお持ちしました。お飲み物の種類は、水、ミルク、果実ジュース、緑茶、カグラ酒とありますが、何になさいますか?」
僅かに冷気が漂う瓶をテーブルに並べる女将。氷の魔導具で冷やされていたものなのだろう。
俺の中で風呂上がりの一本といえばフルーツジュースやコーヒー牛乳だったのだが、無いのでは仕方がない。いつも通りミルクにしよう。
これも一つの王道だと思う。
「俺はミルクで」
「じゃあ、俺もミルクだな」
「俺は水にするっす」
「わかりました。酔っておられるお客様にも水を用意いたしますね」
「あっ、ありがとうございますっす」
酔っている二人の事をすっかり忘れていた。
一人分サイズのミルク瓶を受け取った俺は、腰に手を当ててそれを一気に煽った。
冷やされた濃厚なミルクの味が口の中で広がり、俺の体へと染み込んでいく。
それは火照った体の内部から一気に熱が奪うようであったが、とても心地の良いものであった。
「ぷはあー!」
やっぱり風呂上がりのこの一杯が堪らないな!
「どはあー!」
気が付けば隣にいるルンバも同じような声を出していた。
ルンバも風呂上がりの一杯が大好きだからな。マイホームでもよくやっているし。
「おい、アル。白いヒゲが生えているぞ」
「そっちこそ」
俺達のミルク瓶は一気に空になり、お互いの口元には白いミルクがついていた。
それを俺達は指摘し合って笑う。
「あー、水が染みるな」
「酔ったせいなのか火照ったせいかわからんがな」
ぐったりとしながら水を煽るアーバインとモルト。その傍ではトリーも美味しそうに水を飲んでいる。
あれだけカグラ酒が美味しいというのだから、カグラも水が美味しいのかもしれないな。
そんな俺達に気付いたのか、女将が水の入った瓶を差し出してくる。
「ルンバ様とアルフリート様もいかがですか? カグラの山奥で採れた新鮮な水ですので美味しいですよ?」
「「勿論貰う!」」
差し出された瓶を俺達は即座に受け取った。
素直な反応をする俺達がおかしかったのか、女将がお淑やかに笑う。
和風美人っていいなあ。お淑やかで女性らしくて抱擁感があるというか。うちの家族の女性陣やコリアット村の村娘も見習ってほしいものである。
本人達の前では言えないけどね。
「あら、美味しそうなもの飲んでるじゃないの。私達も貰えるかしら?」
「私も欲しいです!」
俺とルンバが女将から水を受け取っていると、奥の廊下からカグラ服を着たアリューシャとイリヤがやってきた。男性用とは少し違う柄に赤い羽織。アリューシャは紺色の長髪をポニーテールに纏め、イリヤはピンク色の長髪を下ろしている状態だ。
あちらはまさに風呂上りな状態のせいか、白い頬がほんのりとピンク色に染まっていた。
湯上りの艶やかな肌と髪が浴衣と相まって美しい。
「「…………」」
アリューシャとイリヤの浴衣姿に見惚れたのか、アーバインとモルトが呆けたように眺めて――いや、違うな。あれは何かを見定めようと吟味している表情だ。
「あら、どうしたのかしら? 私達の浴衣姿に見惚れちゃった?」
無言で見つめてくるアーバインとモルトをからかうようにアリューシャが言う。
「「…………」」
しかし、アーバインとモルトは何も反応しない。
ただ無機質な視線をアリューシャとイリヤの胸元に向けているだけだ。
それだけで俺は二人が何を見定めていたのか理解してしまった。
「な、何よ? 何かおかしいかしら? 従業員の人に着付けてもらったのだけれど?」
「は、はい。間違っていないはず」
二人に無遠慮な視線を向けられて居心地が悪そうにするアリューシャとイリヤ。
「ふむ、カグラ服とは男を騙くらかす魔性の衣装と見た」
「ああ、そうだな。罪深い衣服だ」
「そうっすかね? むしろ露出が皆無なので清楚そうな感じがするっすけど?」
アーバインとモルトの言葉の意味を正確に把握していないトリーが見当外れな言葉を言う。
「違うなトリエラさん」
「どういうことっすか?」
意味の分かっていないトリーやルンバ、女性陣が首を傾げる。
アーバインとモルトはそれを見てやれやれと肩をすくめる。
「……カグラ服は女性の胸のサイズを誤魔化すことができるんだ。だからぺったんこのアリューシャでも堂々と歩け――ぐふっ!?」
「死ね!」
アーバインの言葉は最後まで語られることなく、アリューシャの拳が腹部にめり込んだ。
鳩尾に入ったせいか、アーバインが前屈みになってピクピクと震えている。
ああ、あれはしばらく動けないだ。魔法使いにしておくのが勿体ないくらいの一撃だったな。
「ああ、そういうことっすか――いや、何でもないっす!」
アーバインの言葉を理解したトリーがそのような言葉を漏らしたが、アリューシャから射殺すような視線を向けられた。
「……えっと、お飲み物は何になさいますか?」
殺気だった空気を切り替えるように、女将がおずおずと問いかける。
「……私は水」
「私はミルクで!」
イリヤがそう言った瞬間、どこか男性陣の中で納得という雰囲気が流れた。
「……私もミルクよ!」
アリューシャのやけくそな叫び声がロビーに響いた。
皆さんの一杯は何ですか? コーヒー牛乳ですか?




