旅館の湯
さあ、皆さんお待ちかね! キャッキャウフフのお風呂会ですよ!
「どうして本当の年齢を教えるかな!? 五歳って言っておけば、俺は女風呂に入れたかもしれないのに!」
「うるせえ! アルフリート様だけ良い思いをさせてたまるか!」
「俺達を途中で見捨てやがってからに!」
醜い嫉妬に駆られた二人の男のせいで俺は結局男風呂に入ることになったのだ。七歳という年齢では、無垢な子供として女風呂に入ることは無理ということ。何て厳しい世界なんだ……。
俺の目の前ではむさ苦しい野郎達が次々と服を脱いで、籐の籠の中へと放り込んでいく。
いつまでもそのような光景を見ていても楽しくないので、俺も黙々と衣服を脱いで籠の中に放り込んだ。
ルンバやアーバイン、モルトは武装をしているから結構な時間がかかるのかと思いきや、脱ぐのは楽なのかあっという間に生まれたままの姿になった。
ルンバはマイホームや普段の恰好からしてかなりの筋肉があることは知っていたが、アーバインとモルトも見た目のわりに引き締まった筋肉をしていたのには驚いた。
やはり、体が基本となる冒険者はしっかり体を鍛えないといけないのだろうか。
それに比べて生粋の商人であるトリーの体はまったく筋肉がないな。
「お前女じゃあるまいし、もう少し筋肉をつけろよ?」
「いや、これでも自主的に鍛えてはいるんっすよ? けれど中々筋肉がつかないんすよね」
ルンバがトリーの背中をバシンと叩くが、トリーの細身の体には衝撃が強かったようで背中には赤く手形がついていた。
まあ、鍛えてもあまり筋肉がつかない体質の人っているよね。シルヴィオ兄さんとか結構激しく稽古をしているはずなのに全然筋肉とかつかないんだもん。トリーも似たような体質なのだろうな。
それから俺達は、従業員が用意してくれたタオルを片手に持つ。
誰も股間を隠すなどというみみっちい行動はしない。
……何だろう。衣服という名の仮初の鎧を脱いだからだろうか? 妙に体が解放感に溢れて、気分が清々しい。今なら何だってできる気がする。
他の皆も同じような高揚感を得ているのか、その表情はどことなく自信に満ち溢れたものであった。
大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐く。
「よし、出陣だ!」
「「「「おう!(っす)」」」」
裸になった俺達はなぜか勇ましい声を上げて、カラカラと引き戸を開いた。
その先に待っていたものは、視界いっぱいに溢れる湯気であった。
引き戸を開いた俺達の下に湯気が殺到し、湿気と少しの熱気が孕んだ空気がやってくる。
それから俺達の周りと肌についた熱気を奪うかのように、ふわっと涼しい空気が流れた。
それにより、湯気によって覆い隠された楽園が姿を現した。
まず大きく目に入るのは、浴場の中央にあるどでかい湯船だ。そこでは今でも白い湯気を吐き出し続けている。
天井の造りはとても高く、俺達に解放感を与えてくれる。
床には何かの石をそのまま加工して敷いているのだろうか。少しザラリとしながらも肌触りの良さもそこにはあった。
「……おお、広いなー」
隣に立っているルンバが思わず言葉を溢す。
アーバインとモルトも同様に口を半開きにしていた。ここまで広いとは思っていなかったのだろうな。
シンプルな言葉しか出てこないが、俺も最初中に入った時は想像していたよりも広いと思った。
一方、ここに来たことがあるらしいトリーは得意そうに笑いながら俺達を見ていた。
「よっしゃあ! 早速入るか!」
一目散に駆け出そうとしたアーバインだが、傍にいたトリーに腕を掴まれた。
「ダメっすよ。脱衣所の看板を見てなかったんすか? 湯船に入る前に先に体を洗うのが先っすよ。そうしないとお湯が汚れるっすから」
「……へーい」
トリーの言葉に納得したのか、アーバインはげんなりとしながら返事をする。
まあ、その気持ちは凄くわかる。目の前に良い湯船があったら飛び込みたくなるしね。
大事なお湯が汚れるとあっては従うしかないのだ。
そんなわけで俺達は、浴場の端っこにある魔導具の備えられた洗い場へとゾロゾロと歩く。
トリー、ルンバ、俺という並びで、後ろ側にモルト、アーバインという並びだ。
早速とばかりに自分の丁度いい場所に風呂椅子を置く。
すると浴場の中に、カコン――という良い音が響いた。
「何かその音いいな」
普通に座っていたルンバだが、この音が気に入ったのか音を鳴らすように椅子を置く。
再びカコン――という音が反響して響いた。
するとルンバは満足したのか、嬉しそうに笑って座り込む。
それを真似してアーバインやモルト、トリーも混じって音を鳴らした。
何か平和でいいな。
耳に心地よい音を聞きながら天を仰いでそう思う。
こういうゆったりとした平和な時間が大好きです。
しかし、余り裸でボーっとしていては体が冷えて風邪を引いてしまうかもしれないな。早速かけ湯をしようと思う。
目の前には丸い桶と蛇口、鏡、そして流す時に使うシャワーのような魔導具がついていた。生憎と小さく穴が空いているわけではない、ホースのようなタイプだが十分な量のお湯を出せるのなら問題ないな。
多分、こっちの丸いやつを赤い方に捻れば出るんだな。
「うん? 何だこれ?」
訝しげな表情をしたルンバがホースを持ちながら目の前にある取っ手を捻る。
そのホースは俺の方に向いてあり、ルンバが取っ手を捻った方向は水色の方であった。
身の危険を察知して、俺は咄嗟に無魔法のサイキックでホースの向きを後ろに変える。
そしてルンバのホースから勢いよく水が射出された。
「うわああああああああああああああああっ!? 背中が冷たいっ!?」
勢いよく捻られたせいか、モルトの背中に強く冷水が射出される。
「うわあっ!? ちょっ、冷たい! ルンバさん冷たいって!?」
冷水はモルトの背中に直撃するだけじゃ飽き足らず、アーバインにも少量の水がかかっていた。
「ん? おおっ、悪い。こっちは水だったか。わはは!」
ようやく状況を把握したルンバが笑いながら取っ手を回す。
「ちょっと痛い!? 水の勢いが強くなってますって!?」
しかし、それは回す方が逆だったようで、モルトの背中にさらなる水流が襲いかかっていた。
「……ルンバ、回す方が逆だよ逆」
「おう、そうか! 悪い!」
俺が注意するとルンバがようやく水を止める。
あぶねえ、魔法を使わなければ俺が冷水を浴びることになっていたわ。
犠牲になったモルトには感謝しなければ。
そんな事を思いながら俺は蛇口を捻り、熱い湯を桶に注ぎ入れて、ざばりと体に湯をかける。
「はー……」
体についていた埃や汗といったものが一瞬で流されていく。その爽快感に俺は思わずため息を漏らした。
ああ、お湯というのはどうしてこんなに心地よいのだろうか。
「はー……生き返る……」
「……温かいって幸せだな」
冷水を浴びてしまったモルトとアーバインはなおさら気持ちが良かったようで、口々のそのような言葉を漏らしていた。
全身にざばりざばりとお湯をかけた俺は、良い香りのする石鹸をタオルで泡立てて、ゴシゴシと洗っていく。
皆も同様に体を洗っているようで、しばし無言で身体を洗う。
「おーい、モルト。背中洗ってくれ」
「いいけど、俺の背中も洗えよ」
何てぶっきら棒に言いながら、アーバインの背中をゴシゴシと洗うモルト。
野郎が背中の洗いっこをしていても非常に美しくないな。
「おー! じゃあ俺達も背中を流し合いっこするか」
「じゃあ、俺がルンバの背中を洗うよ!」
ルンバがそのような事を言い出したので、俺は即座にルンバの背中を洗う役に立候補する。
ルンバの馬鹿力でゴシゴシと擦られたら背中がなくなってしまう可能性もあるしな。
「おお、そうか? じゃあ俺はトリエラの背中を洗おう!」
「えっ?」
そんなわけで俺達は座りなおして、それぞれの背中を洗う。
洗うのだが、ルンバの背中は大きいし筋肉が発達して凹凸があるせいか洗うのが大変だ。力が入りにくい。
「おい、アル。もっと力を込めてくれ」
「い、痛いっす! ルンバさん逆に力を弱めてほしいっす!」
悲鳴を上げるトリーを笑いながら俺は魔力で身体を強化して力を込めて洗う。
「おっ、ちょうどいいな」
身体強化してやっとちょうどいいのか。俺が非力すぎるせいなのか、ルンバが頑丈なのか……。
「こっちは丁度良くないっす! もっと弱くていいっす!」
約一名は古い皮ではなく新しい皮までもがピンチになっているが気にしない。
ようやくルンバの背中を洗い終えた俺は、桶にお湯を入れて流してやる。
ホースのようなやつもいいが、やっぱり洗い流すには桶で一気にやった方が気持ちいいと思う。大きな背中に何度もお湯をかけて石鹸や垢を洗い流してやると、つるりとした肌が現れた。
「……ふう、これで問題ないね」
「おう、ありがとなアル」
「こっちはお湯をかけられる度にヒリヒリするっす」
ルンバの奥からしくしくとした声が聞こえる。ルンバにも悪気はないから許してやってくれ。
それから顔や髪を洗い終えてさっぱりとした俺達は、椅子から立ち上がって湯船へと向かう。
「湯船にはタオルを入れちゃダメっすからね?」
トリーが指さす方向を見ると、湯船の端にそのような旨を伝える看板がある。わかりやすくイラストまでついてあるので簡単に理解できるな。
「タオルをお湯に入れんなってことだな」
看板をしげしげと眺めながら俺達はタオルを頭に乗せる。
視界には他の泡を噴いている湯船や、薬湯なのか緑色のお湯、外には露店風呂のようなものも見えた。
「外にも風呂があるぞ?」
「まあ、まずはこの大きな風呂を楽しもうぜ」
色々な風呂があって目移りしそうになったが、まずは中央にある大きな湯船へと全員で入ることにした。
お湯の温度を軽く手で確かめてから、足をゆっくりと入れる。
やはり洗い場と違って少し温度が高いな。それでこそ旅館のお風呂だ。
熱さに驚きながらも俺は一気に体をお湯に沈める。
「ああ……」
あまりの気持ちよさに渋い声が出てしまう。
熱さで体がジンジンとしていたが、それもすぐにほぐれていく。
ああ、旅の疲れがお湯に溶けていくかのようだ。
「「「「ああ……」」」」
それから次々と恍惚としたような渋い声がそれぞれから洩れる。
「皆おっさんだね」
「いや、アルフリート様には言われたくねえよ。子供の癖に一番おっさんくさい声出していたぞ」
それは否定できない。さっきの声は自分でも驚くほど渋いものであったから。
俺は誤魔化すように天を見上げる。
これほどまで広々とした湯船、解放感ある場所でお風呂になんて中々入られないだろうな。
いや、転移魔法を使えば毎日ここでお風呂に入れるな……。
無銭入浴になるのはどこか後ろめたいので、やるなら旅館の近くに転移してきちんとお金を払って入ろう。
「あー……気持ちいい」
手足を伸ばしてリラックスしながら俺は呟く。
「ああ、そうだな」
「そうっすね」
すると、皆もお湯に身をゆだねながら同意の返事を口々に返す。。
湯船の端では、獅子を模した像の口からジョバジョバとお湯が流れており、心地良い水の音が響いていた。
ごめんなさいね? 野郎共のお風呂会で。皆ならわかっていましたよね?
露天風呂とか薬湯とかも書きたいですが、どうしましょう。露天風呂を描写し、旅館の様子も描写すればいけるかもしれない!




