理想郷
スローライフ二巻は二月十日に発売です!
コミカライズもお楽しみに。
数多のカグラ料理に誘惑されながらも俺達は、トリーの案内によって旅館へとたどり着いた。
旅館の前には立派な門があり、中には大勢の着物を着た従業員が道脇に控えていた。
「ようこそおいで下さいました、トリエラ商会ご一行様。陽だまりの宿へようこそ」
淡いピンク色の着物を着た、女将と思しき女性が頭を下げると従業員も乱れぬ動きで頭を下げた。
たったそれだけの動きであっても洗練されたものなのだとわかった。
王国の宿にはないお出迎えに、銀の風をはじめとするメンバーは凄く驚いている。
「アルフリート様も遠方よりよくおいで下さいました。本日は疲れをとってごゆりとお寛ぎ下さい」
「ありがとうございます」
女将らしき女性がわざわざ俺の前に出てきて丁寧に挨拶をしてきたので、俺も軽く答える。
トリーが予約を入れる際に俺が貴族だと伝えていたのだろう。
「では、早速中にご案内いたします」
大勢の従業員が軽く頭を下げる中、俺達は女将の後ろについて旅館へと入る。
それから靴を内靴へと履き替えて、女将に促されるまま奥へと歩いていく。
木造の廊下へと出ると、窓からは緑豊かな中庭の様子が見える。
地面は砂利で敷き詰められ、中央には大きな池があり風情を感じられる。ここの旅館の中を歩き回るだけでも十分に楽しそうだな。
長い廊下を歩き二階へと上がると女将が止まった。
「ここの二階がトリエラ商会の男性の方のお部屋になっております。この階は現在トリエラ商会の貸し切りとなっていますので、他のお客様と鉢合わせることはありませんのでご安心下さい」
「ここ全部貸し切りか!」
「トリエラさん気前がいいな!」
どうやらトリーはこの旅館の二階丸ごとを予約したらしい。まあ、トリエラ商会の従業員全員が泊まることを考えれば当然なのだが、中々太っ腹だと思える。
そりゃ、従業員も豪華にお出迎えをするよ。宿泊にかかる料金は聞きたくないが、お金を無駄にしないようにも存分に旅館を堪能しようと思う。
「夕食には少し時間がありますので、もし、よろしければ旅の疲れを癒すために大浴場に入るのをオススメします」
「「お風呂ね(ですね)!」」
女将の台詞に女性陣であるアリューシャとイリヤが食いついた。
「すぐに入るから早く案内してちょうだい! 狭い船内のお風呂にはうんざりしてたのよ」
「今日も潮風に当たったせいか、肌もべたつきますしね」
船内にも魔導具による浴場があるが狭いしな。ゆっくりと浸かって休めるものではないから女性にはさぞ不評であっただろうな。
俺でも旅館にある広々としたお風呂にゆっくりと浸かりたいと思う。
「風呂か。いいな!」
「そうですね。ゆっくりと部屋で寝転ぶ前にさっぱりとしたいですし!」
「んじゃあ、早速風呂に向かうか!」
ルンバやアーバイン、モルトも興味が風呂に移ったようだ。
そんなわけで、軽く自分達にあてがわれた部屋を確認した俺達は早速とばかりに浴場へと向かう。
ちなみに俺に用意された部屋だが、貴族であることを考慮されてか中々の広さであった。うちの屋敷にあるダイニングルームくらいの広さがあるのではないだろうか。
当然の如し床には畳が敷かれているのが嬉しかった。
是非ともカグラで畳を購入して、コリアット村にあるマイホームに敷いてしまおうと思う。
着替えやタオルといった物は、旅館の従業員が用意してくれるとのことなので俺達は何も心配することはない。
ここの旅館から考えて、用意されているのはやはり浴衣だろうか。
女性陣は下着などが気になるところだが、お風呂に入っている間に商会の従業員が荷物を届けてくれるだろう。
カグラ式の風情ある和風なお風呂を楽しみにして俺達は浴場へと歩く。
そんな中で俺は気になる看板を見つけた。気になって俺は思わず足を止める。
『当旅館には混浴はありません』
「へー、カグラには混浴があるんだ」
「「「混浴って何だ?」」」
何となく呟いた俺の言葉に反応する男達。
「……何だろう。よく分からない言葉なはずなのにとても大事な事な気がするんだ」
「ああ、見過ごしてはいけない言葉な気がする」
「それは美味いのか?」
ルンバだけズレている気がするが、妙にピンポイントな場所で反応するアーバインとモルトが恐ろしい。
こいつら本当は意味を分かっていて聞いているんじゃないだろうな? 新手のセクハラか嫌がらせか何かか?
「混浴って何よ?」
「さあ? 浴って文字が入っていますし、お風呂に入ることに関係するのでしょうか?」
顔を見合わせるアリューシャやイリヤの反応を見るに本当に知らないらしい。
前方にいる女将は思わず苦笑いをしていた。
ここで女将に答えさせるのは、何だか嫌がらせのように思われそうなので自分で答えることにする。
「混浴って言うのは男女が同じ風呂に入ることだよ」
「「なっ!? そんな素晴らしいお風呂がここにはあるのかっ!?」」
アーバインとモルトが勢いよく俺の肩を掴む。
その興奮する気持ちは分からないでもないが落ち着きたまえ。
「ええっ!? 夫婦でもない男女が同じお風呂に入るっていうの!?」
「ふ、ふふ、不潔です!」
アリューシャとイリヤも頬を赤くして騒いでいる。
「いや、ここにはないからね?」
俺がそう答えると、アーバインとモルトがこの世の終わりのような表情をして、バッと女将へと振り返る。
「……看板に書いてある通り、うちに混浴はありません」
「「ちくしょおおおおおおおおおおおおっ!」」
苦笑いをしながら告げる女将の言葉にアーバインとモルトが崩れ落ちた。
「一瞬どんな宿かと思ったわよ」
「混浴は文化ですから、そういうサービスの類のものではありませんので」
「カ、カグラには変わった文化があるんですね」
きっぱりと答える女将の言葉に、アリューシャとイリヤはホッとした表情をする。
「こういう事を避けるために一番港に近い高級旅館にしたんっすけどねえ」
悪かったですね。目ざとく混浴というキーワードを見つけてしまい、説明してしまって。
「……何だ。混浴って美味い飯じゃなかったのか」
「美味しいカグラ酒なら入浴中でも楽しむことはできますがいかがですが?」
「おお! 本当か!? じゃあ、後で持ってきてくれ!」
崩れ落ちた二人をしり目に女将はルンバにお酒を勧める。
何だよそれ。広々とした旅館で美味しいカグラ酒を呑むとか羨ましいぞ。俺もそんなおつなことをしたい。
「……待てよ? ここにはないってことは他の場所にはあるってことだな?」
「アーバインの言う通りだ。混浴がある旅館に行けばいいんだ」
崩れ落ちたアーバインとモルトがその目にぎらついた野心を滾らせて起き上がる。
「けど、もうここを予約したからダメっすよ? それに二人はアルフリート様の護衛っすから宿を別にするわけにもいかないっすよ」
「「ちくしょおおおおおおおおおっ!」」
が。無慈悲なトリーの言葉に再び崩れ落ちた。
アーバインとモルトが必死すぎる。
アリューシャとイリヤの二人を見る目が氷点下にまで下がっている。
しかし、欲望に真っ直ぐな二人は折れることがない。
「アルフリート様。混浴のある旅館に行きたいと言ってください!」
「そうです! エラムに無慈悲にタコの料理をさせたように我儘を言うのです!」
這いずりながらも懇願するアーバインとモルト。
そんな理由で俺が我儘を言ったら、とんだ変態貴族だという誹りを受けてしまうではないか。そんな不名誉な称号冗談ではない。
というか旅館のキャンセル料金いくらかかると思ってんだ?
「無理だから諦めなよ」
俺がきっぱりと断ると、アーバインとモルトがぐったりと地に伏した。
視界の端でトリーがホッと胸を撫で下ろす姿が目に入る。
心外だ。俺ってばそんな我儘言ったりするような貴族じゃないのに。そんなお金や迷惑がかかる方法を俺が使うわけがないだろ?
「まあ、俺は小さな子供だから普通に女性風呂に入れるんだけれどね」
俺がボソッと呟くとアーバインとモルトがキリッとした顔立ちになって立ち上がる。
「なるほど。であればアルフリート様の護衛である俺達が女風呂へと入るのは可能だな……」
「ふざけないで」
「ダメに決まっていますからね?」
即座に否定されるアーバイン。
「そうだぞお前ら。何のために女性の護衛がいると思っているんだ? 俺はアリューシャとイリヤに守ってもらうからお前達は大人しく男風呂に入っていろ!」
「くっ……! 何て羨ましい!」
「これが貴族の特権か……!」
俺が厳かな口調で告げると、アーバインとモルトが血涙を流さんばかりに悔しがる。
「……私達はそんな理由で雇われたんじゃありませんから」
後方ではアリューシャが肩を震わせて否定する。
まあ、ここはグッと堪えて頂きたい。
俺がどのようにしてアリューシャとイリヤを説得しようかと考えていると、肩をトントンと女将に叩かれた。
「アルフリート様のご年齢はいくつでしょうか?」
なるほど、年齢確認か。この年になって受けるとは思わなかったな。
確か、この世界において成人と認められる年齢は十五歳。俺の年齢は成人年齢の約半分である七歳だ。
日本で例えるとするならば十歳の子供が女風呂に入ろうとしていることになるだろう。
ここは実年齢を二つほど下げておけばギリギリいけるのではないか……。
「俺は五――」
「「こいつは七歳だ!」」
レッドライジングブックスから『俺はデュラハン。首を探している』が書籍化致します。
よければどうぞ。
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