カグラ到着
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風魔法を行使して船旅を続けること五日目。俺達の船旅の終わりを告げるように海でもなく、無人島でもない、人の生活感ある街並みが目視できるようになった。
街には瓦屋根と思しき建物がずらりと立ち並び、海岸や港では着物のようなゆったりとした服を纏っている姿が多く見受けられる。
まるで時代劇でも見ているかのようだ。
「瓦屋根の建物がいっぱいだ」
俺の前世での実家も瓦屋根だったよなぁ。
懐かしい風景を思い出しながら俺は感慨深く呟いた。
まあ、俺の家の実家はもっと田んぼが多いド田舎だったけれどね。
辺りの海には漁に出ているのか帰りなのか、多くの漁船らしきものがちらほらと見える。
港に近い場所では和船が櫓を押したり引いたりして進んでいる姿もあった。
ああいうのに乗って穏やかな川を進みながら、カグラの街並みを観光するのとか良いよな。
けれど、今は川や海よりも陸地だ。
どんな状況でもできるだけ満喫して楽しむのが俺のモットーだが、さすがに船旅は慣れなかったもので陸地が恋しくなってしまった。揺れない足場が酷く恋しい。
早く土に上がって、トリーが案内してくれる旅館で一休みをしたいものだ。
カグラの街並みの観光は明日からでも十分だろう。
「おー! これがカグラか! 聞いていた通り全然街並みが違うんだな!」
「何か王国と違って屋根が地味だけど統一されているから悪くないな」
「アリューシャ見てくださいよ。ほとんどの人の髪が黒いですよ!? あんな所に行ったら私悪目立ちしませんか!?」
「何言ってんのよイリヤ。あんたのピンク色の髪は王国にいても目立つわよ?」
俺の近くでは、銀の風のメンバーがカグラの街並みを見てはしゃぎ声を上げている。
そういえば銀の風のメンバーもカグラにやってくるのは初めてだったな。
和風な風景を見たことのない彼らにとってカグラは完全な別世界であろうな。とても新鮮に違いない。
とはいっても、俺も日本で生きていたのは現代なわけで、こういう時代劇のような場所は完全に別世界なんだけれどね。
人々が多く溢れる下町のような場所から視線をゆっくりと巡らせると、権力と力の象徴である天守閣が見えた。
それは五層にも重ねられた長大な城で、他の建物よりもずば抜けて高く、下町を見下ろしているかのようであった。
サイズ的にはミスフィリト城の方が大きいとは思うが、周囲にある建物が低く、立派な石垣が積み上げられているお陰か長大な印象をこちらに与えていた。
あの中にはトリーの言っていた通り、将軍や姫やらとこの国のお偉いさんがいるんだろうな。
◆
「「「「地面だ!」」」」
カグラの港へと停泊したので、俺とアーバイン、モルト、ルンバは一目散に船から飛び出した。
大空高く跳躍した俺達は、そのまま地面の感触を楽しむように二本の足で着地した。
それから俺は、思いっきり背伸びをして凝り固まっていた筋肉をほぐす。それからゆっくりと息を吐いた。
「あー、久しぶりの地面だけれど、まだ何か揺れている気がする」
「ずっと船の上だったから仕方ねえよ。けど、酷い時なら何ヵ月も船の上で生活しなくちゃいけねえ時もあるから今回は大分マシだぜ?」
隣で同じように伸びをしていたアーバインがそれに答えた。
「何ヵ月も海って……楽しいのか?」
アーバインの言葉を聞いたルンバが心底不思議そうに尋ねる。
「……楽しくないですけど金が良かったんです」
「あれをこなしたお陰で名が売れて助かりましたけど、長期間の船旅は二度とやりたくないですよ」
どこか遠い目をしながら言うアーバインとモルト。
まあ、船旅は陸よりもアクシデントが多いし、自然が相手ではどうにもならないことが多いからね。
「四人ともはしゃぎすぎよ」
「そういうアリューシャも船を下りるスピードが速いですよ?」
続いて船から降りてくるアリューシャやイリヤ。
イリヤの言う通り、アリューシャも地面が恋しくなっているのかその歩みはいつもに比べて速いものであった。
そんな感じでゾロゾロとトリエラ商会、荷物を下ろす係りの船員が次々と降りだす。
その間、俺達にできることは何もないので、カグラについての感想を言い合いながら談笑する。
すると港の方から物々しい装備をした二人の男性を付き従えた、一人の男性がやってきた。
後ろで武装をしている男達は王国のような騎士鎧ではなく、戦国時代で見るような鎧を身に纏っていた。腰には長い鞘が引っ提げられており、走る度に鎧と当たってかガチャガチャと音を立てる。
トリーが言っていた、王国で言う衛兵のような役割を持つ『刀士』と呼ばれる者達だろう。
多分、あの鞘の中は剣ではなく刀だ。
「トリエラ商会の方ですね? 到着予定は早くても明日だと聞いていたんですが」
「いやー、天候に恵まれたお陰で早く着いたんっすよねー。うちには魔法使いもいるっすから」
「それも含めて明日だと聞いていたのですが……」
ちなみにこの世界では基本的に言語は共通なので、どこの国に行っても会話は大抵成立する。昔中央にいた人々が豊かな大陸を求めてそれぞれ移動した結果だそうだ。
ただ、その大陸だけで通用する言語やなまりみたいなものもあるので注意はしなければならないようだ。言語の壁が大してないようで大助かりだ。
トリエラとカグラ人が入港の手続きや話し合いについて進める中、俺達は無言で佇む刀士を興味深そうに眺める。
「騎士とは恰好が全然違うんだな。トリエラに聞いていた通りだぜ」
「なあ、刀ってやつを見せてくれよ? カグラの名物なんだろ?」
「や、やめないか! 勝手に鎧に触れるでない。刀は刀士の命だ。そう簡単に見せびらかすものではない」
アーバインとモルトが物珍しげに刀士の男性に近付いて困らせていた。
まるで質の悪い観光客のようである。
いや、彼等からすればそのようなものか。多分そういう事を防止するために物々しい武装をしているのだけれど、見事にそれが裏目に出たな。
そんなこんながありつつも俺達は検問所で身分を証して、入国を許された。
早速観光と行きたいところではあるが、長い船旅のせいかへとへとなので先に旅館に向かう。
しかし、せっかくのカグラの街並みを馬車から眺めるのも面白くないので、せめてもの抵抗として自分の足で向かう事にした。幸い、トリーが予約してある旅館の方は港に比較的近いので問題ない。
王国とはまったく違ったカグラの風景を珍しげに眺めて俺達は移動する。
辺りにいる人々はほとんどが和服を着ており、髪色はサーラのような黒髪だ。時おり茶色っぽい髪色も見かけるがかなり黒の色素が強い。
昔、カグラの大陸へと移住した人は黒髪ばかりだったのだろうか?
顔つきは王国人に比べて彫りの少ない顔立ちだ。
ルンバのような強面の人も少なく、見ているだけで安心できる顔だと俺は思う。
「あ、あのやっぱり私凄く浮いていますよね?」
だが、俺達がそのように観察するのと同じようにカグラの人々も俺達を観察するように見ていた。
黒髪の集団の中に、金髪やピンク色、藍色、茶髪の髪色をした外国人がいればそうなるだろう。
特にカグラでは鮮やかな色彩の髪は珍しいのか、イリヤには多くの好奇の視線が向けられていた。
「まあ、仕方がないわよ。相手からすれば私達の髪色は珍しいだろうし。ここでは私達は迷子にならなさそうね」
気弱なイリヤと違って、強気なアリューシャは飄々としたものだ。
確かにアリューシャの言う通り、カグラでは迷子にならなさそうだ。仮に相手が見つからなくても人に尋ねれば簡単に見つかりそうだな。
そんな事を考えながら賑わう道を歩いていると、香ばしい醤油の香りが漂ってきた。
「醤油だ!」
そう叫んで振り返ると、そこには様々な調味料を売っている店があった。
店先には大きな黒い壺が置かれており、醤油の濃密な香りが漂っているではないか。
俺は真っ先にそこに向かって壺の匂いを嗅ぐ。
俺の必死の形相に店主のおっさんがドン引きしているが、知ったことではない。
念願の醤油! これさえあれば料理の幅はさらに広がる。前世の料理を再現するだけでなく、この世界にしかない料理もより美味しく仕上げることができるだろうものだ。
「物凄いスピードで飛び出したっすね? ここら辺は下町で色々と人が行き交うから子供が飛び出したら危ないっすよ?」
「おいおい、買い物は明日にしようぜ。今日は旅館でゆっくりしたいし」
トリーやアーバインがそう言いながら俺の下へと駆け寄って来る。
俺もアーバインの意見には先程まで同意だったのだが、醤油を前にして反応してしまったのだ。
「醤油は逃げないっすからね? それに旅館でも醤油を使った料理は出るっすから」
トリーにそう宥められ俺は醤油壺から離れる。
そう、醤油は逃げないのだから旅館でゆっくりと休んでから買いにこればいい。
それにこの王国の硬貨は使えないので、両替しなければならないしな。
そう自分に言い聞かせた俺だが、後に屋台で焼き鳥を見つけてしまい再び張り付くこととなってしまった。
いや、焼き鳥はしょうがないと思う。匂いが暴力的なんだよ。