加速する船
本作品である『転生して田舎でスローライフをおくりたい』がコミカライズ決定です! ありがとうございます! このマンガがすごい! Webにて連載予定です。
エスポートを出発して二日目の朝。
朝食を終えた俺は、気持ちの良い太陽の光を浴びながら船の後方部でティータイムだ。
イリヤとアリューシャも俺の淹れる紅茶が気に入ったようで、穏やかな表情で紅茶に口をつけていた。
今日は昨日と違って風がほとんどないせいか、船のスピードも緩やかな気がする。
こういうゆっくりとした旅も悪くはないが、こういう日が続けば予定していた日数よりも大分時間がかかってしまうのだろうな。
「魔法使いさーん。ちょっと風魔法を頼んでいいかい?」
「ええ、いいわよ」
甲板から間延びした船員の声が響き、アリューシャが椅子から立ち上がった。
「風魔法の風力で船を加速させるの?」
風力で進む帆船なのだし、風魔法を頼むと言われたらそれしかないだろう。
俺だってその事には乗る前に考えていたが、じゃあ早速風魔法で加速させようかとか言われては嫌なので黙っていたのだ。最初くらいはゆっくりとしたありのままの船旅を味わいたかったから。
「ええ、そうよ。風魔法で加速させればスピードが段違いなのよね。ずっと、使っていたいくらいだわ」
「ずっと使っちゃダメなの?」
俺の素朴な疑問にはイリヤが答えてくれた。
「その時の天気や風の流れ、海流によって使えないタイミングがあるんですよ。風の強い日に風魔法でさらに加速させては船の操縦が難しくなりますし、私達は護衛の魔法使いなので魔力も温存しなければいけませんので」
なるほど。確かに風が色々な方向から吹いている時に、風魔法でさらに後押しをしてやれば操縦するのは難しくなるだろう。というかむしろ邪魔である。
護衛であるイリヤとアリューシャの最たる役割は、護衛であるので余裕がある時以外は無暗に魔力を使わせるものではないのだ。
「いや、でも昨日は思いっきり魔法練習して魔力を使っていたような……」
「昨日は十分に風があったし使う必要がなかったからよ」
アリューシャはそう答えつつ、テーブルに掛けてあった杖を手にする。
イリヤは風魔法で風を起こさないのだろうか?
俺がそのような疑問を感じたのか、イリヤが少し苦笑して答えた。
「私は風属性の適性がないので」
そういえばそうだった。人には属性の適性があり、適性のない属性魔法は使えないのであった。俺ってば当たり前のように全属性の適性があるから、すっかり忘れていた。
俺がそんな事を思っているうちにアリューシャがメインマストの方へと向かっていく。
それから船員と声をかけ合うと、アリューシャは呪文を唱え始めた。
「『我は求める 大気による風の息吹を』っ!」
アリューシャの詠唱が終わると共に杖が掲げられ、無風であった大気に風が流れ始めた。
……何だろう。その魔法の詠唱を聞くとラーちゃんが引き起こした、シェルカのパンチラ事件を思い出す。不意に脳裏にピンク色の布がちらついたのは仕方がないことであろう。
後方部から真っ直ぐマインマストの帆に風が吹き付けるので、俺達の上空では風がビュンビュンと吹いている。
俺の髪やイリヤの長髪が勢いよく煽られるので、俺達は後方から一時的に退散。甲板の端へと移動する。
風を受けた船がドンドンと加速していき、先程までまったく流れなかった風景が勢いよく流れていく。
先程までしおれていた帆も、今では気持ちがいいくらいに膨らんでいる。
「おー! 風が気持ちいい!」
船が波を掻きわけ、風を突っ切る感覚は爽快だ。
前世であったようなエンジン式の船や車の方が勿論速いのだが、エンジン音も無しにすいすいと進む様はとても新鮮である。腹に響くような振動もないし。
「いやー、ゆっくり進む船もいいっすけど、風を突っ切るような速さの船もいいっすねー」
タイタニックの様に手を広げて、風を全身で感じているとどこか聞いたことある口調の声が響いた。
ふと隣を見ると、そこにはイリヤではなくいつの間にかトリーがいた。
「うわっ! ビックリした。トリーか」
「いや、そこまで驚かなくてもいいじゃないっすか」
昨日はほとんど見かけなかったせいで、トリーと会話をするのは随分と久し振りに感じられる。
いや、アーバインやルンバ、モルト、ダグラスといった濃いメンバーと遊んでいるせいか、そう感じるのかもしれないが。
「船内であんまり見かけなかったんだけど何してるの?」
「ちょっと船室でスライム枕について研究していたんっすよ。後はもし、売るならどういうルートでいけるか考えていたっすね」
さすがは商人。金目になりそうなものに対しては努力を惜しまないらしい。
俺ってば船旅を満喫するのにすっかりと忘れていたよ。
「スライム枕はどう?」
「問題は安全性の十分な保障と、スライムの餌をどうするかっすね。安全性については魔物研究所でじっくりと調べる必要があるっす。餌についてはどの餌が一番楽なのか選定中っすね。後は入れ物に口をつくって簡単に放り込めるようにするとか色々な案があるっすよ」
難しい顔をしながらもどこか楽しそうに語るトリー。
いつの間にこんな研究者っぽくなってしまったのやら。
俺のリバーシやらを流して利益を得ただけのラッキーマンではないらしい。俺の稚拙なアイディアを何とか整えて形にして売り出そうとしているようだ。
昔からやり手だったのか、王都で商売をして成長したのかはわからないが、この様子だと安心して任せられそうだ。
「うっはは! やっぱり速い船はいいな! このままのペースで行けばあっという間にカグラにつくのにな!」
「おい、アリューシャ! もっと踏ん張って風力を上げろよ! 船のスピードが遅いぜ?」
俺とトリーがスライム枕について談笑していると、後方からはアーバインとモルトの声が聞こえる。
「うっさいわね! これ以上風力を上げると魔力がドンドン減るのよ!」
風の力を強めるにはさらに魔力を込めなければならない。そうすれば当然魔力の消費率が上がってしまうのだ。
最高スピードも気になるが、マラソンのように一定スピードで加速し続ける方が魔力的に燃費がいいと思うし。
アリューシャの本業は護衛だから魔力が四割くらい減ったら終わりだろうな。
カグラに速く着きたい気持ちもあるし、もう少し高速の船旅を楽しみたいなー。
「風魔法が使えるのならアルフリート様もやってみたらどうっすか?」
俺の表情から察したのか、トリーがそんな声をかける。
おっ、こいつってば魔法使いをただ働きさせる気だな? だが、まあもう少し加速した船旅を楽しみたいので、ここはトリーの思惑に乗ってやろうと思う。
「暇だしやってみるよ」
トリーにそう声をかけて、俺はアリューシャの下へと向かう。
それからアリューシャがどの程度の風力を起こしているのか、どのような軌道でメインマストの帆に当てているのか観察する。
うん、これなら簡単そうだ。
屋敷の部屋で物を倒さないように風魔法で換気をする方が難しいくらいだ。
アリューシャの隣に立った俺も同じように風魔法を発動。
後ろのミズンマスト、前のフォアマストに同時に風を送る。
アリューシャの風の軌道と方向を合わせる。
三つの帆が同時に風力を得たお陰か、船のスピードがさらに上がった。
それにより風景がさらに速く視界を流れる。
大体時速四十キロくらいはるのではないだろうか? 船の場合、速度はノットだったか。ノットになると計算がわからないが。
「うおおおお! すげえな! 船ってこんなに速く進めるものなのか!?」
「すげえな。このままずっと進めば二日くらいで到着しそうだな」
それだけ短縮できるのなら、これからも風魔法で加速させちゃおっかなあ。早くカグラに着けそうだし。
そんな事を考えていると、隣にいるアリューシャがポツリと呟いた。
「……私はメインマストの帆だけで精一杯なのに」
「これも魔法制御力のお陰だよ」
俺はそう答えて、魔法を持続させながらその場を離れる。
「なっ!?」
アリューシャが俺と持続する魔法を見ながら唖然とする。
ずっとメインマストの下にいるのも暇なのだ。俺も気持ちよく風を全身で浴びたいのだ。
甲板の端に身を乗り出しながら、流れる景色を眺める。
青々とした海を力強く船が突き進むのは爽快だ。潮の香りが漂う風が肌を撫でつけ、前髪が大きく揺れる。
「いやー、今日は風がほとんどないっすから、このまま風魔法で進んでいきたいっすね。そうすればカグラに速く着きそうっすよ」
「そうだねー」
俺とトリーは流れる風の気持ちよさに目を細める。
ボーっとしながら海を眺めていると銀色の魚が海を跳ねた。
トビウオのようなスリムでいてヒレが大きな魚だ。チャポンチャポンと跳ねながら俺達の船に並走するように泳いでいる。
トビウオのような魚とこの船の速さは同じくらいのようだ。
魚と並走して進んでいると、一緒に海のドライブを楽しんでいるような気持になれるね。
俺は並走して飛び跳ねる銀色の魚を和やかに見つめる。
銀色の体が太陽の光に反射してとても綺麗だ。
その光の反射でトリーも跳ねる魚に気付いたようで。
「あっ、やばいっすよ。それソードフィッシュっすよ」
「えっ」
コミカライズ版のキャラデザがあがっているので、よければこのマンガがすごい! Webをご確認下さい。ここまでこられたのも読者様に支えられてのことです。ありがとうございます!
スローライフ二巻は2月10日発売予定です。
Amazonでも予約が始まっているので、よろしければどうぞ。二巻は三万文字ほどの加筆、読みやすいように修正、Webにもない伏線などがあるのでWeb読者様も楽しめるかと思います。




