何て素敵な職業なんだ
原稿やらで少し更新が遅れました。すいません。
「暑いっ!」
うだるような熱気を孕んだ空気によって、俺は勢いよく身を起こした。
それに伴い俺の額から一筋の汗が流れだした。
気が付けば俺の身体は、じんわりと汗をかいておりシャツが肌に張り付いていた。
身体の下に敷いてある毛布やお腹に掛けてある毛布は、今では暑苦しさを助長するだけだ。
俺は掛けてある毛布を鬱陶しいとばかりに端に寄せる。
一体なぜここまで空気が熱くなっているのか。
海の日差しはキツイとは聞いていたがここまでなのか?
思わず視線を太陽の方に向けてみるが、頭上には自分が日光の直射を避けるための黒布が張られていた。
日光を少しでも吸収してもらうための黒である。
しかし、今回はそれが仇となった。
物見台という狭いスペースに張られた黒布は、熱を孕み容赦なく俺の寝そべる空間内の気温を上昇させたのだ。
ただでさえ狭い空間であるというのに、そこに熱を孕んだ布で蓋をしてしまえばどうなるか。瞬く間にちょっとしたサウナの出来上がりある。
こういう事態を防ぐためにバケツに氷を入れて涼をとっていたというのに、一体どうしたというのか。
もしや、俺の氷が一瞬にして溶けてしまうほど海の日差しはキツかったのか?
恐る恐る土魔法で作ったバケツの方へと視線を向ける。
「…………あれ? 氷というかバケツすらないぞ?」
しかし、そこには氷はおろか、バケツすらなかった。
これは一体どういう事なのか。慌てて視線を巡らせ、端に寄せた毛布までもひっくり返す。
しかし、物見台にはどこにもバケツはなかった。
訳もわからずに首を傾げていると、下の方からアーバイン達の声がした。
「ふおおおおおおお! 冷めてえ!」
「氷なんて久し振りに食うぜ!」
「おっ! お前達、氷とはいいもん持ってるな」
それを聞いて氷を盗まれた事に気付いた俺は、僅かに開けておいた黒布の隙間から顔を出した。
そこにはアーバインとモルト、ルンバが甲板に集まって腰を下ろし、俺の作った氷で涼をとっていた。
「氷泥棒だっ!」
俺が思わず指をさしてそう叫ぶと、三人が一斉に振り返る。
おのれ、俺から氷を奪って自分達だけ呑気に日光を浴びながら涼をとるだなんてズルいぞ。
俺だってやってみたいのに。
「おお、ようやく起きたか! さっさと降りて来いよ!」
俺が怒り半分、羨ましい気持ち半分でいる中、アーバイン達は呑気に手を招いてくる。
勝手に人の物をとって罪悪感はないのだろうか?
そんな事を思いながら俺は一先ず、じっとりとした汗を払うために氷魔法を発動。
自分の周囲を包み込むかのように白い冷気が漂いだす。
俺の周りの空気が一気にヒンヤリとした冷たいものとなり、火照った俺の身体の熱を一気に奪い去る。
とても心地が良いがやりすぎると風邪をひいてしまうので、適当に風魔法で冷気を散らす。
辺りを漂っていて冷気を拭き飛ばすと共に、俺の肌を優しく撫でる。
これで俺のじっとりとかいていた汗は綺麗さっぱりなくなった。
ああ、素晴らしきかな魔法。
お風呂に入った後のような爽快感のお陰か、先ほどの怒りも少し沈下したようだ。
だが、汗をかかされた上に昼寝の邪魔をされたので後で仕返しをしようと誓う。
どのような仕返しをしてやろうかと、ほくそ笑みながら俺はシュラウドをゆっくりと降りていく。
それからメインマストから降りて、甲板に着くなりルンバが氷を持ってやってきた。
「アル―! これを砕いてシャリシャリする奴にしてくれよ」
「ルンバさん、シャリシャリする奴って何ですか?」
ルンバの言葉にモルトとアーバインが首を傾げる。
「シャリシャリする奴ってかき氷の事だよね? キッカの街で食べた」
「そうだ!」
俺が念のために聞くとルンバが笑顔で頷く。
一方で、別行動をしていたアーバインとモルトは知らないようで頭に疑問符を浮かべていた。二人の無知さをしった俺は、ここに付け入るスキがあると見た。
少し悪い笑みが浮かびそうになるが、それを何とか押し殺して爽やかな笑みを作る。
「じゃあ作るからルンバは食糧庫からブドウジュースの樽を持ってきて。アーバインとモルトはお碗とスプーンね」
「おお! あれをかけるんだな! 行くぞ。お前ら」
かき氷をより美味しくするための頼みだと理解したルンバは、アーバインとモルトを連れて船室へと歩いていく。
お碗とスプーンくらいならば土魔法で簡単に作れるが、アーバインとモルトには一時退場してもらうために離れてもらう。
どちらにせよ、ここで空間魔法を見せるわけにはいかないので、アルドニア産のブドウジュースを持ってくることは必要だ。多分、不自然ではないと思う。
船室の扉へと消えていく三人を見送った俺は、甲板から海を覗き込み水魔法を発動。
流れる海の水を瞬く間に操って、海水での水球を象らせる。
浮遊させた水球に氷魔法を発動させて一気にそれを凍結。
水球は一気に硬質な氷玉と化して、冷気を発生させる。
俺はその氷玉を風魔法による斬撃で適当なお手頃サイズに切断。
ゴトリと音を立てて砕ける二つの氷塊を、かき氷に適したサイズに凍らせて微調整。
大きな氷玉は必要ないので、周りの人が誰も見ていない事を確認してから空間魔法で収納する。
ふう、これで海水かき氷が出来上がるな。
海水を氷魔法によって一気に凝結させたのだ。海水に含まれている塩分は、さぞ濃縮されているに違いない。
真夏に凍らせたアクエリ〇スを思い出すよ。
塩味のかき氷を食べて苦しむアーバインとモルトの姿が目に浮かぶ。
来たるべくそのシーンを想像して俺はくっくと笑みを漏らす。
海水による氷玉は空間魔法で収納しているし、いつでもこの方法は使えそうだな。
村に帰ったらトールにでも試してやろう。
そのような考え事をしながら、ルンバと俺の分である氷を生成。
海水でできた氷の方が不純物が多いせいか、濁っているけれど二人ともバカだから気付かないだろう。
しばらく、甲板にて座っていると、船室の扉から食器や樽を抱えた三人が戻って来た。
ルンバがドスリと樽を置いて、豪快に笑う。
「さあ、早速作ってくれ!」
「ほいよ、最初は誰から?」
ここで適用な順番で作ると、失敗して自分に海水かき氷が回ってきそうなので念のためにだ。
「ルンバさんがお先で」
「いや、俺はもう何回か食べたからな。お前らが先に食うといい」
先輩後輩の様式美のお陰か、わかりやすく海水かき氷を渡すことができるな。
人間関係やしがらみって面倒な事も多いが、こういう時だけは役に立つな。
「それじゃあ、アーバインとモルトからね!」
俺は屈託のない笑顔で殺害予告をする。
これで二人同時に殺れる。
「お、おう。今日のアルフリート様はやけに生き生きした笑顔をしてるな?」
アーバインの奴が勘付きかけたので、俺は意識的に笑顔を消す。
少し邪念が漏れていたようだ。鋭い奴め。
「氷がフワフワってどんな感じなんだろうな?」
モルトの方はそんな俺の様子に勘付いた様子もなく、ルンバから話を聞いたせいかフワフワのかき氷に想いをはせていた。
海水かき氷は白くてフワフワしていて、ちょっぴりアクセントの利いた食べ物です。
俺はできるだけ平静を装いながら、海水でできた氷塊を手に取る。
それから氷塊を氷魔法による応用で、できるだけ細かく砕き、お碗にサラサラと氷の粒を積み上げていく。氷塊から落ちていく氷の粒が、日光に照らされて輝く。
「おおー、やっぱり氷魔法が使えるんだな」
「すげえな! 氷をこんなに細かくできるなんて……。アルフリート様ってば実は魔法の天才じゃね?」
アーバインが感心したように言い、モルトが大袈裟に褒める。
魔法とは元になるものを利用すれば扱いやすくなるので、これくらいは造作もないことだ。
目の前にある以上、これをどうしたいのか鮮明にイメージして作ってやればいいのだ。
無から有を作り出す方が基本的に難しいのだ。
まあ、俺の場合は地球にいて色々な物に触れてきたから、比較的スムーズに出来るだけだろうな。
「氷魔法が使えるなら将来仕事には困らないだろうな。氷魔法使いは貴重だし、王族にでも召し抱えられる事間違いないぜ?」
アーバインのその言葉に俺は露骨に顔をしかめる。
「ええー。それは嫌だよ。俺はコリアット村で暮らしたいんだから」
二度目の人生はスローライフ生活を満喫すると決めているんだ。王族に召し抱えられて束縛されるなどとんでもない。
「まあ、アルフリート様は貴族だしな。野心もないから、お金も地位も欲しがらないもんな」
「そのせいで両親は困っているけどな!」
違げえねえ、と言って笑い出す三人。
魔法が使える息子が親孝行したいと申しているのに、エルナ母さんとノルド父さんは苦い顔をするんだよな。
故郷を愛し、故郷に尽くす。
まさに貴族の子供の鏡ではないか。
俺が心の中で首を傾げる中、モルトが何食わぬ顔で呟いた。
「コリアット村にいたくて氷魔法を使えるなら、氷室の管理者とかどうだ?」
「氷室の管理者って何?」
何かはわからないけど、俺の琴線に触れる職業な気がする!
そんな直感めいたものを悟った俺は、かき氷の生成を止めてモルトへと詰め寄った。
「どわあっ! 急に目が輝いたな!」
驚くモルトをよそに、俺は早く続きの言葉を言えと瞳で語る。
「氷室の管理者ってのは、地下に食糧庫を作って、そこを氷魔法で凍らせるんだ。そこを利用する人々は、定期的に管理者にお金を支払う事で食材を冷やして保存してもらう事ができる。用は、食材の冷凍保存兼管理人みたいなものだな」
「…………」
「どした?」
モルトから氷室の管理人の仕事を聞いた俺は絶句していた。
氷室の管理人という仕事の素晴らしさに。
その仕事につけば、俺はコリアット村にいながら仕事につける。適当に氷が解けそうな頃合いに戻って氷魔法をぶっ放すだけじゃないか。
冷凍保存ができる氷室ができれば、魔導具を使った王族のように食材を保存できる。
余った肉や野菜だって冷凍すれば何日も持たせる事ができるし、鮮度だって保てる。お腹を壊す人だって減るだろう。
これはコリアット村の生活に大きく貢献できる仕事ではなかろうか。
食材の管理なんてお金で雇って村人に誰かに任せればいいし、村の皆が使う氷室なのだ、誰も食材を盗もうなどとは思わないだろう。盗んだら他の村人に叩きのめされるだけだし。
そう、俺は氷室に縛られることなく、定期的に氷魔法をぶっ放すだけでいいのだ。
あとは屋敷でゆっくり過ごしているだけで、安定した収入が入ってくる。
……完璧じゃないか。
「氷室の管理人って最高だね……。将来なりたい職業の一つにするよ」
「そ、そうか」
「まあ、一般的に老いた氷魔法使いが田舎で余生を送るために就く職業だけどな」
俺が感動に打ち震えていると、モルトが苦笑いし、アーバインが半目で付け足すように言ってくる。
老いた魔法使いであろうと、若い魔法使いが就こうと関係ないじゃないか。やりたい奴がやればいいのさ。
帰ったら将来なりたい職業の一つとして、ノルド父さんとエルナ母さんに報告しよう。
きっと喜ぶはずだ。そう思いながら俺はかき氷を再び生成。
「アルはぶれねえな。ノルドとエルナが苦労するぜ」
ルンバさん、それはないよ。
可愛い子供が将来の夢を語るんだ。
きっと、あの二人も応援してくれるはずさ。
「それより、そろそろかき氷を食ってもいいか?」
「そうそう。溶けちまうぜ」
モルトとアーバインがかき氷を指さして物欲しそうに言うので、俺は笑顔で海水かき氷の乗った茶碗とスプーンを渡す。
「はい、どうぞ。まずは氷だけで食べてみて。一気にかきこむのが一番美味しい食べ方だよ」
「おう! 悪いな!」
「いただくぜ!」
そう言って二人は、一気に海水かき氷を大量にかき込み……。
「「塩っ辛いっ!」」
盛大に吹き出した。
氷室については感謝しているけれど、昼寝を邪魔された事とはまた別だ。
あと、1話か2話でカグラに到着だと思います。