海鮮バーベキュー場へ
「おお! ホタテじゃないか!」
「おぉ? 何だ? その貝はすげえのか?」
ホタテを手にして驚いていると、ルンバが寄ってきた。
網の上で焼いたホタテにバターと醤油をかけて食べると美味いんだよ。
ああ、ホタテがあるだけに醤油がないのが悔やまれる。
バターや塩だけでも十分に美味しいのだが、やはり醤油が欲しいところだ。
あのホタテに醤油をかけた時の香ばしい匂いといったらもう……!
「よく知っていますね。王都で食べたことがあったのでしょうか? 貝は苦手な人も多いようですけど私は大好きです!」
そんな風に魚屋さんを中心に回り、ワカメだのサザエだのと知っている食材や未知の食材について質問したりしていると、あっという間に時間が過ぎて昼になった。
「さて、そろそろ昼食の時間ですし行きましょうか」
「「はーい!」」
土地勘なんぞ全くない俺達はイリヤの提案に素直に頷きついて行く。気分は小学校の遠足だ。
今日はほとんど食材しか見ていないが船で出発するためには何かと準備が必要らしく、俺達はここに二日ほど滞在する予定になっている。
今日が潰れてもまだ明日があるのだ。自分用の食材やお土産の目星は明日つける事にしよう。
◆
イリヤに連れられて歩くこと数十分。
船の泊まる港から東に位置する通りには、多くの屋台がずらりと立ち並び賑々しい雰囲気となっていた。
朝の一仕事を終えた男や外套を纏った旅人、冒険者から一般人まで様々な人達が空腹を満たそうと押し寄せている。
そんな腹の空かせた客を少しでも多く呼び込もうと、屋台の売り子が威勢よく声を張り上げる。
あちらこちらで肉や魚の焼ける音や匂いが漂い、俺の胃袋を激しく刺激する。
さすがは新鮮な魚が多く獲れる港町なせいか、屋台のメニューには魚の塩焼きやステーキ、エビの丸焼き、海鮮スープと王都では見られないバリエーションを見せていた。
いい匂いだ。さっきまでお腹は大して空いていなかったのだ、ここに来て一気にお腹が空いてきた。特にさっきからひっきりなしに漂ってくる海鮮の匂いが堪らない。
涎が垂れるのを我慢しながら、物珍しく辺りを見回しているとイリヤが嬉しそうな声を上げた。
「あっ、着きましたよ。ここです!」
イリヤが指さす方を見れば、そこには通りに隣接するような広場があった。
広場といっても、王都のように植木が植えられていたり、ベンチが設置されてあったり、噴水があるような華やかな場所ではなく、雑多なものだ。
広場の中心には風通しの良い造りの小屋が建っており、周り一面にはテーブルや椅子が並んでいる。しかも、そのほとんどは人々で埋まっており大きな賑わいを見せていた。
そしてそれらのテーブルを囲うように店や屋台がずらりと並んでおり、そこにはひっきりなしに人が押し寄せていた。
まるでB級グルメの会場に来たかのような雰囲気である。
「えれえ、人数だな。王都の祭りみたいだな」
「王都は毎日が祭りなんじゃないかってくらい賑わっているけどね」
こういうお祭り気分もたまには悪くないが、やはり一番落ち着けるのはコリアット村だ。毎日王都のような騒がしい所で暮らすのはさすがに遠慮したい。
「ところでトリー達はどこにいるの? これだけ混雑していたら見つけるのが難しそうだけれど」
「他の皆さんならもう見えていますよ! ほら、あそこです!」
イリヤがにっこりと笑いながら中心にある建物をさす。
イリヤの指先を辿ると、そこには見慣れた面子が集まっていた。
「あっ、アルフリート様がきたっすよ!」
「おい、お前ら乾杯の練習は終わりだ! 次からが本番だぞ!」
「「ういー!」」
トリーは手で俺達を招いているが、アーバインとモルト、商会の従業員達はすでに出来上がっているようだ。誰もが顔をほんのりと赤く染めて、木製のジョッキを掲げている。
乾杯の練習って何だ。
まあ、何はともあれ場所取りやら準備をしていたが、待ちきれなくなって先に一杯を始めていたのだろうな。
人やテーブルの波を潜るようにして歩き、トリー達の場所へと向かう。
テーブルの上には網や鉄板が並べられており、その上には既に多くの海鮮食材がジュージューと音を立てて焼かれていた。
「ほら、ルンバさんとアルフリート様は俺達の前な!」
「イリヤは私の隣ね」
アーバインに促されるままに俺とルンバはアーバインとモルトの前に座る。
俺としては華やかさのあるイリヤやアリューシャの前が良かったのだが、斜めにいるので我慢してやる。ちなみに隣はトリー、その横にトリーの秘書さんという並びだ。
キリッとした秘書さんがこういうバーベキューのような場所にいると凄い違和感がある。
「アルフリート様はオレンジジュースな!」
俺の前にいるアーバインがこれ見よがしに子供扱いして、オレンジジュースをジョッキになみなみと注ぐ。
「おい、ここはさっきみたいに悪戯してオレンジジュースに見せかけた果実酒を入れてもいいんだぞ?」
海鮮バーベキューという絶好の肴があるのにお酒が飲めないなんて……。仲間外れもいいところだ。
「バカ言え。そんなすぐにやったらアリューシャに怒られるだろ。今回は普通に子供らしくオレンジジュースだ」
すぐってことはいずれまた仕掛ける気があるんだな。懲りない奴め。
「おおっ! さっきの魚屋で見た食材がいっぱいあるな!」
隣に座るルンバが目を輝かせて網の上に載っている食材を眺める。
網の上には大きなホタテ、ハマグリ、エビ、サザエ、白身魚などが載っており潮の匂いを辺りに撒き散らしている。まさに海鮮バーベキュー。主役は魚介類だと言わんばかりに網の上を魚介類が埋め尽くしていた。
「おい、アーバイン野菜がないぞ」
「海鮮バーベキューなんだからいいだろう?」
女性陣のテーブルには野菜も載っているというのに、こちらにはないのが男性陣らしいというか。それもいいのだが、少しは野菜も食べたいので後で分けてもらおう。
「それよりコイツを見ろよ! すげえだろ!」
アーバインが得意げに指さすのは、さっきから鉄板の上で強烈な存在感を放っているもの。
兜焼きだ。
鉄板の上には肉厚の魚のステーキがのっているのだが、中央には巨大魚の頭が天を向くように載せられている。
この魚はマグロなのだろうか? というかデカすぎてとても俺達じゃ食べ切れない。
「でっけえ魚だな! これは食べがいがありそうだ! 頭も食えるんだよな?」
と思っていたが、隣に座るルンバを見れば余裕そうだと思った。
そんな風に雑談することしばらく。テーブルに全員がついたところでトリーが立ち上がった。
「さて、皆さん! カグラを目指す俺達はついに港町エスポートにまでやってきたっすよ! あとは海で一週間の旅を終えればカグラに到着っす! まだまだやるべき事はあるっすけど今日は旅の疲れを癒し、英気を養うためにも存分に食べて飲むっすよ! 全部俺の奢りっす!」
トリーの最後の奢りという単語を聞いて歓声を上げる男達。
自分の懐が痛まずに喰らえる飯は、何と美味たることか。
その気持ちは分からんでもない。
「それじゃあ! 乾杯っす!」
「「「「乾杯っ!」」」」
トリーの掲げたジョッキに合わせて、皆が唱和しジョッキを掲げる。
ジョッキとジョッキがぶつかり合って、エールやら赤ワインの飛沫が飛ぶが誰も気にしない。皆笑顔で打ち付け合っている。
「アーバイン、モルト! 乾杯!」
「おうっ! ――っておいおい! わざとオレンジジュースを混入させるなよ!?」
「ははは、海水を俺に飲ませようとした報いだ。おっと、モルト? 俺のようなお貴族様とは杯を交わせないってのか?」
モルトにもオレンジジュースを混入させ、ルンバとは普通にジョッキを合わせる。
そのままジョッキに入ったオレンジジュースを一気に煽って喉を潤す。
オレンジ独特の爽やかな甘みと酸っぱさが堪らない。
俺がジョッキをテーブルに置くのと同時に、アーバイン達も勢いよくジョッキをテーブルに叩きつけた。
「っだぁはっ! 妙にオレンジの風味がするが気にしねえ!」
「無料だかんな! 今は何を飲んでもうめえぜ!」
「お代わりだ!」
アーバイン達は一気に飲み干してしまったのか、ジョッキを手にして次なる酒を注ぐ。
喉を潤して落ち着いたところで、俺は早速とばかりに網の上で焼かれている食材に目を向けた。
やっぱり最初はホタテかな? と心の中で狙いをつけていたところで、隣に座るトリーが声をかけてきた。
「アルフリート様に素晴らしいプレゼントがあるっすよ!」
「ん? 素晴らしいプレゼントって何?」
何だろう。今朝言っていた驚く物だよな? 一体何を出すのやら。ちょっとやそっとの事じゃ、俺は驚かないぞ?
俺が高をくくっていると、トリーは俺の前に小さな壺を置いた。
「なんと! 醤油が手に入ったっす!」
「何だと!?」