旅の合間にジェンガ
キッカの街を出発して二日目。
俺達はキッカとエスポートの間にある森林地帯の湖にて、馬を休憩させるために停車させていた。
遠くには淡い緑色をした大きな山が俺達を囲い込むかのように並んでいる。
こうして眺めていると、距離感や種類によって同じ緑色にも違いがあるんだなーと感じられる。違う種類による微妙に違う緑色。僅かに若い葉の黄緑色。少し枯れそうになっている茶色。あるいはそれらの中間に位置する緑色。
そんな微妙な色に彩られた枝葉を見ていると何となく楽しい。
そんな緑のグラデーションをさらに強調させるように、鮮やかな色をした花々や木の実が生っているのがまた綺麗だ。
同じ山々の景色にも、地域によって棲息する植物に違いがあるので微妙な差異があるのが面白いところだ。
耳を澄ませば、時折聞こえてくる小鳥のさえずり。チャポンと魚が飛び跳ねる涼しげな音。
視覚だけでなく聴覚でも自然を楽しめる。
ああ、素晴らしきかな自然。
さて、ここでこのまま草の上で横になって昼寝をしても良いのだが、それではいかんせん夜に眠れなくなる。
今朝だって心地よい太陽の光の誘惑によって二度寝をしてしまったのだ。これ以上昼寝をすると確実に夜に眠れなくなる。
それでは夜に起きて、朝方前に寝るという悪い生活リズムができてしまうのだ。
適度な昼寝ならいいが過度な昼寝は禁物だ。ほどほどにしなければいけない。
湖に入って遊ぶにはまだほんの少し寒い。
なので、俺は日当たりの良い荷台に座りある物を作っていた。
「アルフリート様。何をしてんだ?」
そんな俺の様子が気になったのか、籠を手に持ったアーバインがふらりとやって来た。
籠の中にたくさんの山菜やキノコが入っている。他の冒険者や商隊の人も皆このように自然の恵みを貰いに行っているわけだ。
「ジェンガを作っているんだよ」
「じぇんが?」
俺は今、土魔法で直方体を作りタワー状に積み上げているのだ。
そう、前世でも大変有名なテーブルゲームの再現である。
直方体のパーツを縦横に三本ずつ組み上げた十八段のタワー。
土魔法で直方体さえ生成することができれば簡単に作れるのでやってみたのだ。
「この四角いパーツを積んでいく遊びなのか?」
荷台に乗り込んできたアーバインが、一つの直方体パーツを手に取る。
「いや、それは積み木ね。まあ、そうやって遊ぶこともできるんだけれどね」
「じゃあ、どうやって遊ぶんだ?」
「今それを説明するために準備をしているからちょっと待ってて」
「おう!」
アーバインの爛々とした視線を受けながら、直方体を積み上げていくことしばらく。
ついに十八段のタワーが完成した。
「おお! 綺麗に積み上げたな! で、これからどうするんだ?」
「この積み上げたパーツを一つずつ抜き取って積み上げていくんだ。それを繰り返してタワーを崩さないように積み上げるんだ」
百聞は一見にしかず。大して難しいルールでもないので、俺が実際に一本のパーツを抜き取って積み上げてみせる。
「おー! なるほどな。簡単でわかりやすいじゃねえか。次は俺だな」
そう言ってアーバインが楽しそうに笑いながら手を伸ばすが、俺はその手をペシッと叩いた
「何すんだよ。次は俺の番だろうが」
「一番上の段は三本揃うまで取っちゃダメなんだよ」
それじゃあ、ただただ積み上げるだけで崩れる危険性も何もない。ゲームにならないじゃないか。
「なるほど、ちゃんと考えてあんだな」
リバーシといいジェンガといい、比較的に簡単な作りとルールをしているのにどうして面白いのだろうか。最初に考案した人は天才だと思う。
やはり誰でも簡単にできるというのが人気の秘訣なのだろう。
「じゃあ、今度こそやってやるぜ!」
アーバインが身を乗り出して手を伸ばす。
アーバインが最初に選んだのは一番下の段の端だ。
こいつ、素人の癖にアンパイなところを。
「おおっ、抜けたぜ。これを積み上げるんだな」
へへっと得意げに笑いながら無造作に積み上げようとするアーバイン。
一手目なのだ。崩れなくて当然である。
「ちなみに積み上げる時にも崩したらアウトだから」
「それを早く言えよ!」
ビクッと腕を引っ込めるアーバイン。
ちなみにジェンガは重心を計算する必要のあるゲームなので、積み上げる場所も非常に重要だ。明らかに右側に重心が傾いているのに、右側にパーツを積めば崩れるのは当たり前ということだ。
まあ、一手目だからあんまり関係ないけどね。
丁寧にパーツを置いていくアーバイン。
「ふう……、まあ、これくらいなら簡単だな」
◆
そんな風に続けていくことしばらく。
「あっ!? ああっ! ああああああああああああああああああああああっ!」
アーバインが本日二度目の大崩壊をやらかした。
アーバインの悲壮な叫び声がのどかな湖に響き渡る。
「はい、アーバインの負けー」
「ちくしょう! またかよ! 何で崩れるんだよ!? もっと踏ん張れよ!」
頭を掻きむしり、エビ反りでヒステリックに叫ぶ様が気持ち悪い。
「タワーに文句つけるなよ」
「ちくしょう! もう一回だ!」
エビ反りの体勢から一気に身を起こして迫るアーバイン。
顔が近い。
「はいはい、わかったから早く積んで」
「おっしゃあ!」
アーバインが散らばったパーツをかき集め、俺も遠くに飛んでいったパーツを集める。
そこで俺はふと思った。どうして俺が集めなければならないんだ。負けたのは俺じゃないぞ。
「ん? どうした?」
手を止めた俺を不思議に思ったのか、アーバインがこちらに顔を向ける。
それに俺は満面のどや顔で答える。
「どうしたとはどういう事だ? まさか勝者であるこの俺にそれを拾えと? はっ! タワーを崩したのは敗者であるお前だろう? ほら、散らばったパーツをさっさと拾い集めろ!」
「てんめえっ! 言いやがるじゃねえか! 次は俺がその台詞を言ってやるからな! 貴族様を醜い物乞いのように這いつくばらせてやる!」
青筋を立てながらアーバインが吐き捨てた。
こいつを勝者にさせれば酷い目にあることは確実なので絶対に負けたくないな。
まあ、俺が負けたとしてもサイキックの魔法でかき集めて、一気に魔法で組み上げるから問題ないけどね。それでもアーバインに負けるのは癪だから負けてやらないけど。
散らばった直方体のパーツをアーバインがせっせとかき集め、段を作っていく。
「おっ、ここにパーツが落ちているじゃないか。ほら、アーバインやるよ」
「のあああっ!? てんめえっ、わざと俺の作った段にぶつけやがったな! 人が必死に積み上げたものを崩すのは楽しいか!?」
「楽し――ゴホンッ! そんなことするわけがないだろう?」
「おい、今楽しいって言いかけたな」
「言ってない」
いかん、つい嗜虐的な心が出て来てしまった。
「俺が勝ったらタワーが完成したところで、パーツを放り投げてやる……っ!」
なんてアーバインの物騒な言葉を聞きながら、待機していることしばらく。
「二人共さっきから騒がしいですけど何をしているんですか?」
先程のアーバインのように籠を抱えたアリューシャとイリヤがやってきた。
ただ二人の胸部のサイズに大きな違いがあるせいか、イリヤがとんでもないことになっている。
籠の縁に乗っているのは大きなメロンだろうか? この森ではメロンが収穫できるのか。
「ジェンガだよジェンガ」
タワーを作っているアーバインが常識のであるかのように呟く。
さっきまで何も知らなかった癖に。
「じぇんが? 何ですかそれは?」
興味深げな女性陣に説明してみると。
「面白そうね! やりましょう! さっきから同じ景色ばかりで退屈していたところなのよ」
結構食い付きが良かった。
「はい! あの、私達二人も参加してもできるのでしょうか?」
「もちろん。これは四人でもできる遊びだからね」
おずおずと尋ねるイリヤの言葉に了承すると、二人は笑顔で荷台へと乗り込みだした。
「ちょっ! ゆっくり乗れよな! 重さによる振動でタワーが崩れるだろう」
「女性に向かって失礼ねっ! 私達は重くないわよ!」
◆
アリューシャがアーバインの頭を叩いたせいでタワーが崩れる、というハプニングが起きたが、再びタワーは築かれた。
「これって土でできていますよね? アルフリート様が魔法でお作りになられたんですか?」
「うん、そうだよ。土魔法で直方体を作るだけだから簡単だよ」
前世であるものと同様に、地味に重さを変えているパーツも混ざってある。土の質量を変えてやればそれくらい造作もない。
もっともどれくらい混ぜればいいかとかは、全くわからないので適当である。こうやって遊びながら実験をしていこうと思う。
「……綺麗な直方体ですね。それに他のパーツにもほとんどバラつきがないです。魔法が使えるとは聞いていましたけど、かなりの腕前を持っていそうですね」
「はい、私もここまで精密にはできませんよ」
パーツの一つをしげしげと観察しながら言うアリューシャとイリヤ。
そうなのか? まあ、俺の周りにはほとんど魔法使いがいないから腕前とかはよく分からないな。
「んじゃ、やるか!」
アーバインの開始の声に、アリューシャがパーツを最上段に戻す。
「じゃあ、順番は俺、アリューシャ、イリヤ、アルフリート様の順番な」
「わかったわ!」
「はい!」
ようするに時計周りに進行するってことだな。わかりやすいけど、俺を最後にして崩れやすくさせる意図とかないよな?
アーバインの顔をジッと見つめると、奴はニヤリと口元を歪めた。
この野郎。確信犯だな。自らが主導権を握るために開始の声をあげたのか。まあいい。経験者である俺がこれくらいで文句を言ってどうするのだ。これくらいは許してやるとしよう。
「それじゃいくぜ!」
そしてアーバインから始める。既に三回目のアーバインは慣れた動作で抜き取っていく。
最初はあんなにビビっていたのに。
「次は私ね」
アリューシャがわくわくとした様子で身を乗り出す。
「ここならいけるかしら?」
アリューシャの白くて細い指に押されて、パーツがニューっと飛び出す。
「これをここに乗せるのね……はい、次はイリヤ」
「は、はいっ!」
アリューシャが難なく成功させてイリヤへと促す。
イリヤもアリューシャ同様に身を乗り出す。
ーーその瞬間、アリューシャにとっての悲劇が起きた。
大きな胸を持つイリヤが身を乗り出すことによって、たわわな果実が揺れてタワーに衝突したのだ。
「ひゃっ!」
圧倒的な質量と張りを兼ね備えた胸により、タワーは瞬く間に崩壊。
俺達の視界でタワーが崩壊する様、果実が変形する様がスローモーションで再生される。
「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」
「何ですってえええええええええええええええええっ!?」
俺とアーバインが歓喜の声を上げて、アリューシャがこの世の終わりのような悲鳴を上げる。
そんな中、柔らかな鉄球は悠然とタワーを粉砕。タワーが倒れ、多くのパーツが飛び散った。
「ああっ! ごめんなさい! いきなり倒しちゃいました」
申し訳なさそうに頭を下げるイリヤ。
しかし、その低い態度とは裏腹に、盛り上がった胸の上には存在感を主張するようにパーツが一つ乗っかってある。
まるで私がパーツを抜き取って、ここに積み上げたんだと言わんばかりだ。
「何なのよこの胸は!? 倒したら負けなのに、倒せなかった私が負けた気分よ! 身を乗り出したのに……身を乗り出したのに私は…………私は……っ!」
アリューシャが立ち上がって激昂したと思ったら、わっと泣き出した。
アリューシャのその慎ましやかな胸では、タワーを崩す事は不可能であろう。
もはや、肋骨で直接体当たりをするしかないであろう。
「えええええっ!? 倒してしまった私の負けですよ? 私が間合いの調整を誤ったからでーー」
持つべき者の言葉は、時として持たざるべき者に残酷な言葉を投げかけてしまう。
「私に間合いなんて必要ないわよ!」
ごっそりと胸を抉られたーーあ、元からなかったか。アリューシャはそう叫びイリヤへと乗しかかった。
魔法使いは間合いが重要だというのに。
まあ、アリューシャさんが同じことをやるとなると大量の詰め物を入れるか、ゼロ距離でぶつかるしかないしな。
「ひゃあっ! ちょっとアリューシャ! やめて下さい! 胸をビンタしないで下さい!痛いです!」
「これね! これが悪さをする胸なのね!」
馬乗りになって大きな胸をビンタするアリューシャ。
ここに小さな子供がいるという事を忘れないでほしい。
「……とりあえず、俺らで組み上げるか」
「うん」
俺達が組み上げてしばらく遊んでいると、馬車が発車しだして再びタワーが崩れた。
ジェンガは寝る前か時間がある時にしよう。
あまりジェンガをしていませんでしたね。
また後ほどする予定ですので、その時の様子や駆け引きなどは、またのお楽しみに。
次話では短くなるかもですが、レイラの話を投稿します。




