表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

11月9日……2

 今の説明で、皿久米市で何が起こっているのかは理解できた。

 でも、それと同時に疑問も湧きあがってくるわけで……。


「けど、その応用術っていうのも適当だよね? 『人間は蠱毒から除外』なんて条件を付けている癖に、普通に人間は蟲を殺せるじゃん」

『…………ばっ!』

「はぁ? アンタ、アタシの話を聞いてなかったの?」


 僕の冷静な突っ込みに、何故か椿が焦り、その一方でリコは般若のように顔を歪めていた。


「さっきも言ったでしょ? 今回の術は、あくまで人間以外の生物が対象なの! 部外者である人間が蟲に干渉することはできない。触ることくらいは可能だけど……相手をどうこうするっつーのは無理なんだっつーの!」

「だ、だけどそれは一般人向けの説明でしょ? 現に昨日、リコ達は蟲と戦ってたじゃない」

「だーかーら! アタシ達が蟲相手に戦えるのは、特殊な武器があるからだっての!」


 そう言ってリコは、左手に持っている木の枝を大げさに揺らした。すると、枝の先に付いている茶色い実がフサリと動く。


「ほら、これ! インドボダイジュっつーの。オシャカサマがサトリを開いた時に傍に生えてた、有難ーい木なんだって。対異端者(ヘレテイキ)用の、最終兵器なんだから!」

「俺達は、この武器の助けがあってようやく蟲と対等に戦えているんス。一応、異端審問官内で実験も行なったんスよ? 術具なしに蟲に干渉できるかどうかって。でも、そんな人間は一人も居なかったっスね」


 思わず、ぽかんと口が開いてしまう。


 嘘だ、そんなの。

 だって、まだ足の裏に感触が残っている。固いけど、中身がスカスカした物体を踏み潰した時の……あの独特な感覚が。


「じゃあ……どうして僕は、ダンゴ虫を殺せたの?」

「……何言ってるの、アンタ」

「昨日の話だよ。リコ達から逃げていた時、たまたまダンゴ虫を踏んじゃったんだ。その時、殻が粉々になるまで潰しちゃって……殺しちゃったんだよ」

「は? んなもん、アンタの気のせいじゃないの? たまたま蟲同士が殺し合いをした後に通り掛かったとか……」

「だから、気のせいなんかじゃないって!」


 なんでリコは、僕の言うことを信じてくれないんだろう。どうすれば信じてくれるんだろう。


「そういや椿チャン、さっき何か言いかけてやせんでした?」

『っ……な、なんでもない……!』


 イケメンに話を振られて、椿はまた言い淀む。

 そんな彼女の声を聞いて、ある名案が僕の脳裏をよぎった。


「そうだ、椿なら証明できるよね! 僕がダンゴ虫を潰したこと!」

『はぁっ!?』

「そういえばあの時、椿も一緒に居たもんね! ね、椿。僕が蟲を殺した瞬間を、君も目撃したでしょ?」


 その場に居る全員から注目されて、椿は黙り込んでしまった。

 しかし、すぐに気を取り直したように息を吐くと、


『あ、ああ……こいつの言っていることは勘違いなどではない。この私が、証人になってもいい……』


 椿の援護射撃に、イケメンは困惑の視線をリコに送る。どうやら僕の証言は、異端審問官としては想定外だったらしい。

 だが、リコの判断は早かった。


「じゃあ、今日の夜にテストでもしましょっか?」

「……テスト?」

「ええ。疑わしい事があるなら、実際に確かめればいいじゃん。そうだ、ついでに椿の特殊能力の性能がどの程度なのかも調べてみよっか? 人型の蟲を研究できる機会なんて、そうそう無いしー」

「……僕達に、また夜の街に出ろっていうの?」

「そうよ! そしてもし、アンタの言っていることが本当だったなら――」


 そこで一旦言葉を切ると、リコはニヤリと微笑む。


「柚彦。アンタはアタシの仲間になりなさい」


 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。

 だけど、リコの猛禽のような瞳は間違いなく僕をまっすぐ射抜いていて……。


「実は今日、わざわざアンタに会いに来たのはそれが目的なの。それだけの価値が、椿とアンタにはあるわ」


 リコは誘うように僕を見てくる。


「アタシ達の仲間になるなら、椿を『最後の一匹』にしてあげる。蠱毒が終わっても、椿だけは生き残らせてあげる。どう? いい条件でしょ?」


 突然の勧誘に、僕は咄嗟に反応できなかった。

 いきなりそんなことを言われても、困る。僕はまだ、リコを完全に信用したわけじゃないし、何よりこんな物騒な人達の仲間になったら何をやらされるか……!


「そういえば、昨日貸した手袋はどうだった? 効果あったっしょ?」

「あ……うん。おかげで、全然蟲に襲われなかったよ。ありがとう」

「その手袋、アタシ達の仲間になるっつーならあげてもいいけど?」


 まるで、聖女のような清らかな笑顔だった。

 リコの言っている意味が分からなくて、ぱちぱちと目を瞬いていると――


「頭の鈍い男ねぇ。アタシ達の仲間にならないんなら、さっさと返せっつってんのよ」

「なっ……!」


 反論が、言葉にならなかった。

 でも冷静に考えてみれば、リコが僕に手袋を貸す義務なんて無いのだ。むしろ、昨日一日貸してもらえただけでも感謝するべきな訳で。


 この申し出を断れば……椿は今日、確実に命を落とすだろう。

 あの暗い駐車場の中で。自転車ごと潰されて。蟲に食われて。蹂躙され。


 ああ……不思議だな。

 例え性格がキツくても、僕に全然心を開いてくれなくても。何故か椿のことは守らなくちゃいけないって思う自分が居たのだ。


「……分かった、なるよ。リコの仲間に」

「そう、良かった。椿は問題ない?」

『……ああ』


 僕達がそう判断をすると分かっていたのだろう。リコは事もなげに頷く。


「じゃあ、仲間の紹介をしてあげなきゃね。コルチカム、前に出なさい」

「うっス」


 リコに促されて、ずっと隣に居たイケメンが前に出た。


「彼は異端審問官補佐のコルチカム・ギー。日本語を変な漫画で覚えたせいで口調がおかしいけど、頭はそこそこいいヤツよ。質問があったらコイツにするよーに」

「どうもよろしくっス!」

「あ、はい……どうも」


 差し出された厳つい男の手を、流されるがままに握っておく。

 そんな僕達をニヤニヤと眺めながら、リコはサラッと言う。


「そうそう。コイツのことはコルちゃんって呼んでいいわよ。コルチカムって名前、舌噛みそうでしょ?」

「は、はぁ? 何ほざいてんスか、オジョーサマ。そんなダッセェあだ名、付けないでくださ――」

「コルちゃんでいいのよね?」

「……うス」


 う、有無を言わさぬ眼力……。

 この集団の上下関係が気になるところだが、深く突っ込むのはやめておこう。


「それより、コルチカム」

「うス」


 短い合図で、コルちゃんが何かをこちらに差し出してくる。

 右上を大きなクリップで止めてあるA4サイズの紙の束だ。厚さは1cmほどだろうか。どのページにも、やたらと細かい字がたくさん書かれている。

 その冊子のタイトルは――


「『皿久米市異端者候補』……?」

「異端者候補のまとめっス。今日中に目を通しておいてくれると有難いっスね」

「えっ!? この量を?」

「当たり前でしょ? アンタ、仕事舐めてんの?」


 仕事っていうか、僕は脅されて従わされているだけなんだけど……リコには、そんな些細なことは関係ないらしい。ギロリと鋭い目で睨んでくる。


「え、ええと……この中に、昨日の覆面の人もいるのかな?」

「入ってるかもしれないし、入ってないかもしれないわね」

「つまり、分からないってこと?」

「…………」


 どうやら図星らしい。


「昨日、部下に後を追わせてたよね? それは結局、撒かれちゃった……ってこと?」

「違うわよ。アイツらは帰って来なかったの」

「……どうして?」

「さぁね」


 話を打ち切るように、リコは吐き捨てる。


「とりあえず、アンタ達に話すことはこれでおしまい。今日の放課後、あのビルまで来なさい。待ち合わせ場所は今後あそこにするわよ!」

「う、うん……」


 結局、流されるがままに作戦会議とやらは終わってしまった。

 夜に異端審問官を手伝わなくちゃいけないと考えると、胃が痛くなる。でも、手袋が手に入っただけでも僥倖だと思わなくちゃ……。


「そうそう。そういえばアンタは何の蟲なの?」


 リコが思い出したように振り返る。

 その視線の先に居るのは、もちろん自転車――椿だ。


『……何が、だ?』

「ほら。だってアンタ、実体がない上人型だから、元が何の生き物なのかさっぱり分からないじゃん」

「自転車と一体化しているところからすると、かなり特殊な方法で育てられたみたいっスねぇ。柚彦サン、本体は自転車にくっ付いてないんスか?」

「うん。昨日調べてみたけど特には……」

「なら、完全に自転車と融合してるんスね」

「椿。いいから参考までに教えなさいよ」

『…………』


 リコの質問に、椿は一言も言葉を発しようとしなかった。

 どうやら椿は、都合が悪かったり言いたくないことがあると黙り込んでしまう癖があるようだ。


「オオミズアオじゃないでしょうか」


 椿の言葉を待っていると、後ろからか細い声が飛んで来る。


 振り向いた先に居たのは――なんと、雪柳だった。

 昨日、散々酷い目に遭わされたにも関わらず、背筋をピンと伸ばして、真正面からリコ達と向き合っている。


「アンタは、昨日の……」

「雪柳です。どうぞよろしくお願いいたします」


 ぺこりと頭を下げると、雪柳はすぐさま自転車へと視線を移す。


「昨日、椿さんの姿を見た時に思ったんです。発生時期も全然違うし、人型になってはいますが、あの特徴的な姿はオオミズアオじゃないかって。オナガミズアオと迷ったんですけど、静止時の羽根の形がオオミズアオっぽかったので……」


 どうやら雪柳は、僕達の会話を全て聞いていたらしい。椿の名前を知っているのが、その証拠だった。


「ほら、皆さんも見てください」


 僕達の訝しげな視線を気にもせず、雪柳はスマートフォンを差し出してくる。言われるがままにその画面を覗き込むと、そこには白い大きな蛾が一匹映っていた。


 黄色い触角と大きな羽根。赤い手足。そして、首の周りにふわふわとした毛が付いているのが特徴的な、美しい蛾だった。


「オオミズアオ……別名アルテミスと呼ばれる蛾です。椿さんに似ていると思いませんか?」


 言われてみれば、確かに。

 画面に映る白い蛾は、記憶の片隅にある椿の姿と酷似していた。今ここで、現実の椿と見比べられないのがもどかしいくらいだ。


「椿、これがキミなの?」

『……ああ』


 つ、椿が僕の質問に答えてくれた! め、めめめ珍しい……!

 思わずにやけそうになる顔を無理矢理無表情にし、僕は雪柳に振り返る。


「雪柳って物知りなんだね。それとも、わざわざ調べてくれたの?」

「そ、それは……」

「んなもん、元々知ってたに決まってるじゃん。コイツ、生き物マニアなんだから」

「へ?」


 話についていけない僕に、うす笑い気味にリコが説明する。


「この女は、生き物を愛しちゃってるのよ。生き物の構造や生体のことを考えているだけでも幸せなんだって。最近のマイブームはキノコカスミカメ。今まで夜な夜な街中を徘徊していたのも、巨大化した生き物を間近で観察したかったから。そんな女なら、蛾くらい余裕で見分けがつくでしょ」

「へ、へぇ……」


 意外な事実に、曖昧な反応しかできない僕。


「でも、なんでリコが雪柳の趣味まで知ってるの? 雪柳とは昨日初めて会ったんでしょ?」

「本人に教えてもらったのよ。ねぇ、雪柳?」

「……はい」


 リコの問いかけに、雪柳は恥ずかしそうに俯いてしまう。

 なるほど。昨日僕が囮になっている時に、雪柳は捕まっていたんだっけ。その時に尋問されていたのなら、雪柳があっさり容疑者から外してもらえたことへの説明も付く。


「でも私、その趣味のおかげで生き物にすっごく詳しいんですよ。弱点とか天敵なんかも、大体分かりますし!」

「は? 何が言いたいわけぇ?」

「ですから私も、皆さんの仲間に入れてもらえませんか? 私、絶対にお役に立てると思うんです」

「なっ……!?」


 まさかの提案に、思わず口が開いてしまう。


「な、何を言い出すんだよ雪柳!? そんなことわざわざ頼むなんて――!」

「んー……すぐには返事できないけど、考えてあげてもいいわよ」


 リコの何でもないようなつぶやきに、僕は再度衝撃を受けた。


「は、はぁ!? リコまで何言ってんの!? 本気!?」

「もちろん。本人がやりたいって言ってるんだから、検討くらいしてあげるべきでしょ? っつーかコイツ、アタシ達の話聞いてたんでしょ。それって超ヤバくね!?」


 公共の場で堂々と話しているから、機密情報でもなんでもないのかと思っていたら……。

 なんて迂闊なんだ、異端審問官……。


「じゃあ用も済んだことだし……行くわよコルチカム!」

「了解っス、オジョーサマ!」


 そして一方的に用件を済ませると、リコ達はさっさと立ち去ってしまった。

 相変わらず、嵐のような人達だったな。結局あのコスプレには意味があったのだろうか……。


 ――じゃなくて!


「ねぇ雪柳。さっきの話だけど、本当に大丈夫なの?」

「え? 何がですか?」


 僕の心配なんてまるで気付いていないように、雪柳が首を傾げる。


「だって、あいつらの仲間になるってすごく大変なことだよ。雪柳だって昨日、酷いことされたじゃないか!」


 こうして雪柳と話しているだけでも、昨日の光景を思い出す。

 乱暴に首を掴まれ、喘ぎ苦しむ姿。そして、廃ビルの床に叩きつけられる華奢な体。意識がほとんど無かったとはいえ、あんなことをされた集団の仲間入りに志願するなんて、正気の沙汰じゃない。


「僕は脅されているから仕方ないけど、雪柳は何も弱みを握られていないでしょ? だったら、無理して一緒にいることはないんじゃないかな」

「いいんです」


 僕の言葉を噛みしめるようにかぶりを振ってから、雪柳はそっと目を伏せた。


「私、夏見君と一緒に居たいだけですから」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ